第38話:オークション会場③
貨物区画の手前側には、予想通り使える物が残っていた。
固定フレーム。搬送レール。
切り離し前提で積まれた補助電源ユニット。古いが質の悪くない外装板。
この辺りまでは、ただの積み残しとして理解できる。クロンが近くの補助フレームを軽く蹴った。
「ほらな。手前は普通に当たりだ」
「こういうのは、そのままでも売れるし、抜いて持ってってもいい」
アイリスが区画の中を見回す。
「思ってたより残ってるね」
「途中で手を入れて、途中で放った感じだな」
カインが言う。
確かにそうだった。
抜かれた箱は多い。
だが、抜き方が妙に中途半端だ。
急いだのか、見るだけ見て優先順位を切ったのか、どちらにせよ“時間があればもっとやれた”痕跡が残っている。カインはそのまま奥へ視線を流した。そこで足が止まる。貨物区画の一番奥。
そこだけ固定金具の形が違っていた。
荷崩れ防止というより、“そこから動かさせないため”の留め方に近い。
しかも床の補強プレートまで別物だ。
「……そこだな」
クロンも同じものを見て、表情を少しだけ締めた。
「ああ」
「普通の積み方じゃねえ」
アイリスもつられて奥を見る。
「箱……?」
そこには中型のコンテナが三つ並んでいた。
形は軍の規格箱に近い。
だが表面の識別番号は削られている。
雑に消したというより、最初から読ませる気がない削り方だ。
カインが一歩近づいた時、右目の補助表示がわずかに揺れた。
視界の端へ薄い警告線が走る。
『反応あり』
アドミラルの声が低く落ちる。
『微弱エーテル共鳴を確認』
アイリスが小さく息を呑む。
「エーテル……?」
「ただの積み荷じゃなさそうだな」
カインが低く言った。
クロンが鼻を鳴らす。
「輸送船の奥に、番号削った箱をわざわざ別固定か」
「まともな荷じゃねえ」
「で、こういう時は大体、面白いか面倒か、その両方だ」
カインは一番手前の固定具を手で確かめた。
硬い。だが死んではいない。
仮電源でロックだけは生かしてあったらしい。
「提督」
『ロック形式は旧軍規格ベース』
『ただし一部に追加認証あり』
「開けられるか」
『強制解除は可能』
「やれ」
貨物区画の壁に寄ったまま、カインは右手で端子を探る。ブラッドハウンドの補助が接続位置を薄く示す。接触。短い電子音。
次の瞬間、箱の固定具がひとつずつ鈍く鳴って外れた。
「便利だね……」
アイリスが小さく言う。
「便利じゃなきゃ困る」
カインはそう返し、蓋の縁へ手を掛けた。
重い。だが重量の掛かり方が少し妙だ。
中身がただの機械部品なら、もう少し素直に沈む。これは中心が不自然に偏っている。
蓋がずれる。中には厚い緩衝材。
さらにその内側に、金属フレームで抱え込まれた何かが収まっていた。
アイリスが思わず声を漏らす。
「……なに…これ…」
半透明の結晶体だった。
青でもない。白でもない。
見る角度によって鈍く色を変える。
エーテルクリスタルに似ている。だが、ただの結晶ではない。その周囲を、人類製の制御ケーブルと冷却ジャケットが無理に巻いている。
まるで“本来そうではない物”を、人間の技術で無理やり機械の中へ縛りつけたみたいだった。
『既知の標準軍規格ではない』
ミラの声が通信越しに続く。
「結晶性制御ユニットの一種と思われますが、データのいずれとも一致しません」
アドミラルが静かに補足する。
『無人艦内部で確認した混成部材と傾向が近い』
『エーテリアン関連技術の断片、もしくはそれを模倣・接続した補機の可能性が高い』
クロンが低く息を吐いた。
「当たりだな」
「ただし、普通の意味じゃねえ」
カインは箱の中のユニットを見たまま、次の箱へ視線を向ける。
「二つ目も開ける」
『了解』
固定具解除。こちらは一つ目より軽かった。
蓋を開く。中にあったのは、形の違う部材だった。細い骨組みに沿って、何本もの共鳴導体らしき線材が走っている。人類製の配線束に見えなくもない。だが、芯の金属が光を飲むような質感をしていた。外装には規格印がない。
代わりに、接続端の一部だけが旧連合軍仕様へ無理に合わせられている。
「配線……かな?」
アイリスが言う。
「ただの配線には見えないな」
カインが答える。
ミラがすぐに反応した。
「共鳴導体ユニットの可能性があります」
「通常配線よりもエーテル反応の伝達効率を優先した構造に見えます」
『兵装補助か、制御系か、あるいは無人機接続用の補機だ』
アドミラルが言う。
『用途断定には追加解析が必要』
クロンは箱の縁を軽く叩いた。
「輸送船に積むにしちゃ、妙に扱いが丁寧だ」
「ただの盗品や横流しなら、ここまで金具を使わねえ」
「つまり?」
アイリスが聞く。
「分かってる奴の、“壊さず運べ”って積み方だ」
クロンが言う。
カインは最後の箱へ手を掛けた。少しだけ重い。
一、二箱目よりも密度が高い。
「これが本命か」
『可能性はある』
アドミラルが返す。
ロック解除。蓋が開く。
三人とも少しだけ黙った。
中にあったのは、機械の心臓みたいな部品だった。球体に近い。だが完全な球ではない。
外側を金属フレームが囲み、その内側で薄い結晶層がゆっくり脈動しているように見える。
生きているわけではない。だが、死んだ機械とも違う。
しかも、その接続基部には、以前倒した無人艦の内部で見たものとよく似た加工痕があった。
人類製フレームへ、エーテリアン系の何かを後から噛ませたような、不自然な継ぎ方。
「……これ」
アイリスの声が小さくなる。
「嫌な感じがする」
カインは振り向かずに聞いた。
「覚えがあるのか」
「はっきりじゃない」
アイリスは首を振る。
「でも、施設で見た機械の感じに少し似てる」
「同じじゃない。でも、近い」
「……嫌な方で」
その言い方で十分だった。
ミラの声が少しだけ硬くなる。
「無人艦系の混成技術に近いです」
「同一ではありませんが、接続思想が似ています」
『この貨物は偶然ここに残ったとは考えにくい』
アドミラルが言う。
『輸送船に積まれていた以上、何らかの移送中だった可能性が高い』
クロンが眉を寄せた。
「売り物としてはどう見る?」
それはカインではなく、もう半分は自分へ向けた問いだった。
カインが答える。
「普通の市場へそのまま流す代物じゃない」
「ああ」
クロンも頷く。
「値は付く。だが相手を選ぶ」
「下手に流すと、面倒くせえ」
アイリスが貨物区画の奥を見回した。
「ってことは……これ、拾うの?」
カインはすぐには答えなかった。
代わりに一歩下がり、三つの箱と手前の通常部材を視界へまとめる。使える物はある。売れる物もある。そして、これは情報でもある。
「アドミラル」
『聞いている』
「こいつを押さえる価値は」
短い沈黙。
『高い』
アドミラルが答えた。
『部材としても、情報としてもだ』
「ただし全部抱える必要はありません」
ミラが続ける。
「通常部材は予定通り使う分と売る分へ切り分けられます」
「問題はその三箱です」
「……持って帰るなら、そこだけ別管理ですね」
クロンが低く笑った。
「やっぱりそうなるか」
「つまり、この船は面白い」
「手前は普通に当たり。奥は面倒な当たり」
「そういうことだな」
カインは小さく鼻を鳴らした。
「自由港らしい」
アイリスが少しだけ困ったように笑う。
「全然嬉しそうじゃない」
「面倒が増えた時はこういう顔になる」
クロンが言う。
「だが、拾わない顔でもねえ」
その通りだった。
カインは貨物区画の奥をもう一度見た。
結晶性制御ユニット。共鳴導体。
無人艦系と似た混成補機。
クレイドル。無人艦。座標宙域。
ばらけていた線が、少しだけ近づいてくる。
「……押さえる」
カインが言った。
アイリスが顔を上げる。
「この船を?」
「ああ」
「ただし、全部を抱えるわけじゃない」
クロンもすぐに理解した顔で頷く。
「使う分を抜く。残りは流す」
「その前提で値を見る」
「そうだ」
カインは短く答えた。
ミラが即座に補足する。
「推奨します」
「手前区画の通常部材は、使う分を除いて再売却可能」
「奥の特殊貨物だけを別枠扱いすれば、損失を抑えられます」
『即決価格次第だ』
アドミラルが言う。
『高すぎれば見送れ』
「その時はその時だ」
カインが答える。
「だが、今はまだ降りない」
貨物区画の薄暗い空気の中で、三人は短く視線を交わした。ここまで見たなら、次は値段だ。
拾うに値するか。使う分と売る分を切り分けても、まだ得か。そして何より、この奥の三箱を押さえる意味があるか。
クロンが口元を歪める。
「ようやく本題だな」
アイリスも頷いた。
「……うん」
貨物ハッチの外へ出る。
三人はそのまま、B-17区画の出口へ向かって歩き出した。だが、出口へ向かいかけたところで、カインは足を止めた。
クロンが振り返る。
「どうした」
「まだ二番を見てないな」
貨物区画二。
さっきアドミラルが“やや硬い”と言っていた区画だ。クロンは一瞬だけ眉を寄せ、それから肩をすくめた。
「見るだけ見るか」
「ここまで来て見ねえのも損だしな」
カインは貨物区画二の隔壁前へ向かった。
区画一よりも扉の状態は悪い。表面には古い焦げ跡があり、認証盤も半分ほど死んでいる。
「アドミラル」
『解析を開始している』
短い電子音が、沈んだ貨物区画に響いた。
『ロックは旧軍規格』
『ただし、通電経路に破損あり』
「開けられるか」
『可能』
『だが、開放時に船内補助電源の一部が再起動する可能性がある』
クロンが低く言う。
「嫌な言い方だな」
「だが見ない理由にはならん」
カインが返す。
「開けろ」
『了解』
隔壁の奥で、何かが唸った。
死んでいた配線に電気が戻り、古い機構が無理やり起こされる。重い音を立てて、貨物区画二の扉が少しずつ横へ滑った。
中は、当たりだった。
アイリスが思わず声を漏らす。
「……すごい」
整然と固定された搬送フレーム。
束ねられた補修ケーブル。
未使用に近い隔壁材。
旧式軍規格の補助電源セル。
作業船用と思われる汎用アーム基部。
耐熱配管。
小型ドローン整備ラック。
埃は被っているが、抜かれていない。
ミラの声が通信越しに少しだけ明るくなる。
「これは良好です」
「補修、搬送、内部区画再構成に使える部材がまとまっています」
『貨物区画二だけでも、取得価値は大きい』
アドミラルも言う。
『即決価格の一部は、この区画だけで回収可能と推定』
クロンが笑った。
「おいおい」
「こいつは本当に当たり物件になってきたな」
カインはまだ笑わなかった。
右目の端で、ブラッドハウンドの表示がわずかに揺れていたからだ。
ピピッ!
《警告》
《船内補助電源系統、異常迂回》
《貨物区画三:封鎖状態変化》
カインの視線がすぐに貨物区画三の方へ飛ぶ。
「下がれ」
声が低くなった。
クロンの反応は早かった。
すぐにアイリスの肩へ手を伸ばし、自分の側へ寄せる。
「来い、嬢ちゃん」
「え、でも――」
「いいから来い」
クロンの声には、さっきまでの軽さがなかった。
アイリスは息を呑み、カインを見る。
カインはすでに右腰へ手を伸ばしていた。
『貨物区画三、封鎖ロック半解除』
『内部に機械反応』
『数、三』
重い金属音。
死んでいたはずの貨物区画三の隔壁が、わずかに開いた。隙間の奥で、赤いセンサー光が三つ灯る。次の瞬間、隔壁の隙間をこじ開けるようにして、旧式の警備戦闘ドローンが一機、飛び出した。丸みのある胴体。左右の小型スラスター。
下部の多関節アーム。前面には短銃身のスタン砲と、旧式の対人制圧用ランチャー。
だが、動きが普通ではない。
がくつきながらも、照準だけは速い。
『旧軍規格警備戦闘ドローン』
『認証失敗』
『侵入者判定』
「面倒な当たりだな」
カインは右腰のショットガンを左手で抜刀する様に抜いた。
昨夜切り詰めたばかりのレバーアクション。
身体に沿ってすっと抜ける。長すぎない。
狭い貨物区画でも、引っかからない。
「クロン、アイリスを奥へやれ」
「言われなくても」
クロンはアイリスを貨物区画二の大型フレーム裏へ押し込むように誘導する。
「ここだ。頭下げろ」
「私も援護できる」
アイリスは自分のホルスターへ手を伸ばした。
小型の非殺傷銃。カインが以前渡した護身用装備だ。
「エレキショックモードにしろ」
カインが言う。
「撃てる時だけ撃て。無理に身を出すな」
「…うん」
アイリスの声は震えていた。だが、手は動いていた。セーフティ解除。出力選択。青白い小さな表示。カインはショットシェルベルトから二本抜き、シェルを確認する。
ドローン用ショック弾。装填。
「ちょうどいい」
最初のドローンが突っ込んでくる。
カインは腰を落とし、ショットガンを左義手で構えた。近い。引き金。
バスン!バチチ!!
轟音ではなかった。爆ぜる音に、電撃の破裂音が重なる。ショック弾がドローンの前面装甲に散り、青白い電弧が機体を這った。
ドローンの姿勢制御が乱れる。
そこへカインが一歩踏み込む。
右手で左腰の崩兼元を抜いた。
金属音。刀身が貨物区画の薄暗い照明を吸う。
一閃。
装甲を断つというより、関節部とセンサー基部を斬る。ドローンは火花を散らして床へ落ち、まだ動こうとしたが、カインの片足がその上部を押さえつけた。
「一つ」
奥から二機目と三機目が同時に出る。
片方は天井近くへ上がり、もう片方は床すれすれに低く滑る。連携している。
旧式とはいえ、戦闘用だ。
ピピッ!
《警告》
《上下挟撃》
カインはショットガンをホルスターに戻し今度は左腰のリボルバーを左手で抜いた。
大口径。
対ドローン、対重装用の硬い相手向け。
低く滑る方へ一発。
ズドン!
重い銃声が貨物区画を揺らした。
弾丸はドローンの正面装甲を貫通し、内部ユニットを砕く。
床を転がる機体から、黒い煙が上がった。
カインはリボルバーを収めた。
天井側の三機目が射角を取る。
その瞬間、フレーム裏から青白い閃光が走った。
パシュン!バチン!!
アイリスの非殺傷銃だ。
エレキショックがドローンの側面へ命中し、機体の動きが一瞬だけ鈍る。
「当たった!」
「隠れろ!」
カインは叫びながら、ホルスターに収めたショットガンを片手でレバー操作する。
空薬莢が跳ね、次弾が上がる。
天井側のドローンが姿勢を戻す前に、カインは抜いて撃った。ショック弾が広がり、ドローンのセンサー周辺を焼く。機体が落ちる。まだ壊れ切ってはいない。
カインは崩兼元を逆手気味に構え直し、落ちてきた機体の真下へ踏み込んだ。
斬る。
今度は胴体ではなく、推進基部。
左右のスラスターを切り離され、ドローンは床へ叩きつけられた。クロンがすぐに近くの固定具を引き抜き、ドローンのアームを押さえ込む。
「動くなよ、鉄屑」
「お前も下がれ」
「もう終わりだろ」
「終わりと決めるのは提督だ」
『周辺機械反応、低下』
『追加起動なし』
『貨物区画三内部、反応一部残存。ただし移動なし』
カインは刀を構えたまま、数秒待った。
静けさが戻る。機械の焼ける匂い。電撃の残り香。古い貨物区画の空気が、少しだけ焦げ臭くなっていた。
アイリスがフレームの陰から顔を出す。
「……終わった?」
「今のところはな」
カインは崩兼元を軽く振り、鞘へ戻した。
ショットガンもレバーを確認してから右腰へ戻す。
抜きも戻しも悪くない。昨夜の調整は正解だった。
クロンが床に落ちたドローンを見下ろし、低く息を吐いた。
「だから現物確認は嫌なんだよ」
「だが当たりだった」
カインが言う。
「そういうところが一番嫌なんだ」
クロンはぼやきながらも、ドローンの残骸を目で値踏みしていた。
「……こいつらも、部品取りにはなるな」
アイリスが少し驚いた顔をする。
「今のも売るの?」
「動かなくしたんだ。なら部品だ」
クロンは平然と言う。
「自由港だぞ」
カインは貨物区画三の半開きの扉へ視線を向けた。
「アドミラル」
『内部走査は限定的』
『だが、警備ドローンはこの貨物区画を守る配置だった可能性が高い』
「区画一の三箱か?」
『関連可能性あり』
ミラが続ける。
「ドローンの認証系に後付け痕があります」
「通常警備ではなく、特定貨物防護用に命令が追加されていた可能性があります」
アイリスは自分の銃をホルスターへ戻しながら、小さく呟いた。
「じゃあ、やっぱり普通の船じゃないんだ」
「みたいだ」
クロンがにやりと笑う。
「今ので値下げ材料が増えた」
カインがそちらを見る。
「ドローンが襲ってきたからか」
「当然だろ」
クロンは悪びれもしない。
「現物確認中に警備ドローンが誤作動した危険物件だ」
「係留料も掛かる。解除処理も必要。安全確認も面倒」
「売り手にその分を飲ませる」
アイリスが思わず言った。
「たくましい……」
「ここは自由港だぞ」
クロンはまた同じ言葉を返した。
カインは貨物区画二の部材、区画一の特殊貨物、そして半開きの区画三を順に見る。
使える部材。売れる残り。隠された貨物。
誤作動した警備ドローン。
面倒だ。だが、拾う価値はある。
「戻るぞ」
カインは言った。
「今度こそ値段を聞く」
クロンが頷く。
「ああ」
「ただし、そのまま払うなよ」
「分かってる」
カインは短く答えた。
アイリスはまだ少し緊張の残る顔で、それでも小さく息を吐いた。
「……オークションって、見るだけでも大変なんだね」
「今日は特別だ」
クロンが言う。
「多分な」
カインは何も言わず、B-17区画の出口へ向かった。背後では、無力化されたドローンが静かに火花を散らしていた。それすらもう、自由港では“値段の付く残骸”になり始めていた。
B-17区画を出る頃には、カイン達の服にかすかな焦げ臭さが染みついていた。旧式警備ドローンの残骸は、いったんその場に残してある。
ただし完全に放置したわけではない。
アドミラルとミラが取得した視界情報、カインのブラッドハウンドが拾った警告ログ、そしてクロンが見た現物確認中の誤作動。それだけあれば、交渉材料としては十分だった。受付へ戻ると、先ほどの男は変わらない顔で端末を見ていた。
「閲覧は終了か」
「ああ」
カインが答える。
「ついでに聞く」
「B-17は即決付きだったな」
男は端末を操作する。
「そうだ」
「購入意思があるなら処理する」
クロンが横から口を挟んだ。
「その前に、現物確認中に警備ドローンが起動した」
男の指が止まる。
表情は変わらない。
だが、止まった。
「記録は」
「ある」
カインが短く答える。
「区画三の封鎖ロック半解除。旧軍規格警備戦闘ドローン三機が起動。侵入者判定で攻撃」
受付の男は少しだけ目を細めた。
「怪我は」
「ない」
「ドローンは」
「無力化した」
男は端末を数度叩いた。
何かを照合している。
その間に、クロンが少しだけ身を乗り出した。
「出品情報には稼働警備機構の記載はなかったはずだ」
「ない」
男は淡々と答えた。
「B-17は外の廃棄船溜まりから引かれてきた中型輸送船だ」
「登録上は、部品取り用の現状渡し」
「積荷の残りも、詳細確認済みとはされていない」
アイリスが少しだけ眉を寄せる。
「じゃあ……出した人も、中に何が残ってるか知らなかったってこと?」
受付の男は視線をアイリスへ向けた。
「少なくとも、申告はない」
それはつまり、知らなかったのか、知らないことにしているのか、どちらとも取れる言い方だった。
クロンが鼻を鳴らす。
「拾った船をざっと見て、使えそうだから市場に流した」
「中の細かい荷までは見てねえ、ってか」
受付の男は否定しなかった。
「廃棄船溜まりから出た物は、そういう扱いも多い」
「完全精査すれば値は上がる」
「だが精査には金と時間が掛かる」
「だから現状渡しで切る者もいる」
「その分、買う側が見る」
カインは短く言った。
「その“見る”最中に撃たれた」
「そうだ」
男は端末へ視線を戻す。
「出品情報にない危険要素だ」
「安全瑕疵として処理できる」
クロンがすぐに言う。
「なら即決価格はそのままじゃ通らねえな」
男は無言のまま端末を操作した。
数秒後、空間に数字が浮く。
最初に見た即決価格より、明らかに下がっていた。安くはない。だが、買えない額ではない。
クロンが口元だけで笑う。
「だいぶ現実的になったな」
受付の男は淡々と言う。
「現物確認中の安全瑕疵による即時調整だ」
「これ以上は下がらない」
「出品者に確認は」
「必要ない」
男は短く答えた。
「現状渡しの出品」
「だが市場側裁定で価格調整が入る」
「出品者が詳細未確認で出した以上、そのリスクは売値に反映される」
クロンが小さく笑った。
「いい制度だ」
「買う側にはな」
男は表情を変えない。
カインは少しだけ考えた。特殊貨物。
貨物区画二の部材。区画一の通常部材。
船体そのものの残り。警備ドローンの残骸。
全部を抱える必要はない。使う物だけ抜く。
残りは売る。
「クロン」
「買いだ」
クロンは即答した。
「ただし、そのまま持つな」
「うちで必要な所を抜く。残りは外面だけ整えて流す」
アイリスが小さく聞く。
「外面だけ?」
「商品に見える程度に、だ」
クロンは言う。
「足りない外装をジャンクバザールで拾う。うちに転がってるパーツも使う」
「完全な船にはしない」
「“部品取り用のジャンク船”として売る」
カインが頷いた。
「使える所は全部外す」
「特殊貨物は別管理」
「残った船体はクロンワークスで見せられる程度に整えて売却」
「それでいい」
ミラの声が通信越しに入る。
「推奨します」
「必要部材を回収した後でも、船体残骸としての売却価値は残ります」
『特殊貨物は通常市場へ流すべきではない』
アドミラルが続ける。
『本艦側で解析する』
「だろうな」
カインは受付の男へ向き直った。
「買う」
男は頷き、端末を操作する。
「代表名義は先ほどの登録で処理する」
「係留権は本日末まで」
「搬出延長は別料金」
「船体まるごと移動するか、区画内解体を申請するか選べ」
クロンがすぐに答えた。
「区画内解体申請だ」
「搬出は分割」
「危険物扱いの三箱は別封印で出す」
受付の男が一瞬だけ目を上げた。
「危険物扱いにするのか」
「中身の申告もなく、警備ドローンまで起きた船だ」
クロンが言う。
「安全な積荷だって言い張る方が無理だろ」
男は何も言わず、処理を進めた。
支払い認証。係留権移譲。区画内解体仮許可。
搬出タグ発行。特殊封印申請。
警備ドローン誤作動記録の添付。
淡々と、しかし確実に手続きが進む。
アイリスはその様子を見ながら、小さく呟いた。
「本当に買っちゃった……」
「買ったんじゃない」
クロンが言う。
「回すんだ」
カインも短く続けた。
「使うために買って、売るために残す」
「自由港っぽいね……」
「ようやく分かってきたじゃねえか」
クロンが笑った。
受付の男が最後に三枚のタグを差し出す。
「B-17の一時所有タグ」
「区画内作業許可」
「搬出識別」
「紛失するな」
カインが受け取る。
「出品者には?」
「市場側から必要事項だけ伝える」
男は淡々と言った。
「出品者が拾った船を現状渡しで流した」
「買い手が現物確認し、安全瑕疵を確認した」
「価格調整後に成立」
「それだけだ」
カインはその言葉に、ほんの少しだけ目を細めた。
「中身のことは」
「こちらは知らない」
男はすぐに言った。
「出品者も申告していない」
「売れた物は、もう売り手の物ではない」
分かりやすい線引きだった。
ここでは、それが信用でもある。
カインは短く頷いた。
「分かった」
受付の男はすぐに次の端末へ視線を落とした。
話は終わりだった。
クロンは踵を返しながら言う。
「ミラに連絡しろ」
「うちの連中を回す」
「まず貨物区画二の部材を抜く。次に区画一。三箱は別扱い」
「ドローン残骸も忘れるな」
「売れる?」
アイリスが思わず聞く。
「売れる」
クロンは即答した。
「動く野良ドローンは危ねえ。壊れたドローンは部品だ」
「そういうものなんだ……」
「そういうものだ」
クロンは平然としていた。
「最後に船体の残りを見て、どこまで商品にするか決める」
「ジャンクバザールで外装を拾うか」
カインが言う。
「ああ」
クロンは頷く。
「見た目だけでも“まだ使えそう”にしてやれば、買う奴はいる」
「中身は抜くが、骨格と皮を残しておけば部品取り船としては十分だ」
アイリスが少しだけ苦笑する。
「中身を抜いて、見た目を整えて、また売る……」
「悪徳商売みたい」
「違う」
クロンは真顔で言った。
「ちゃんと“部品取り用”って売る」
「嘘は言わねえ」
「言わねえだけで、余計なことも言わねえ」
アイリスは少し考えてから言った。
「……自由港だね」
「そういうことだ」
カインは手の中の所有タグを見た。
外の廃棄船溜まりから拾われ、市場へ流された中型輸送船。出品者も把握していなかった積荷の残り。誤作動した警備ドローン。使える部材。
売れる船体。隠された特殊貨物。面倒ごと込みで、手に入れた。
「戻るぞ」
カインが言った。
「まずミラと作業手順を合わせる」
クロンが頷く。
「その後で、俺が人を出す」
「今日中に抜けるもんは抜くぞ」
アイリスも小さく頷いた。
「うん」
三人は受付区画を離れた。
市場のざわめきがまた周囲へ戻ってくる。
誰かが競りをしている。誰かが値を吊り上げている。誰かが諦め、誰かが拾う。
その中で、カイン達は一隻の中型輸送船を手に入れた。全部を使うためではない。全部を売るためでもない。必要な物を抜き、危ない物を抱え、残りをまた市場へ戻すために。それが今の彼らの、自由港での動き方だった。




