表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/48

第37話:オークション会場②

 資材交換市場――そう呼ばれている建物の中へ入ると、空気が一段だけ変わった。

外より静か、というわけではない。

むしろ人の声は多い。

だが通りの雑多な音ではなく、値踏みと確認と牽制の声に変わっている。

天井は高く、もともとは荷捌き用の倉庫だったのだろうと分かる作りだった。

中央には太い搬送レールの名残が走り、左右には仮設の競り台と閲覧区画、奥には半固定のブース群が並んでいる。

照明は明るいが白すぎず、品物の輪郭だけはきっちり見えるよう調整されていた。

アイリスが小さく辺りを見回す。


「……思ってたより、ちゃんとしてる」


「ちゃんとしてねえと金と物が動かねえからな」


クロンが答える。


「ここはジャンクバザールみたいなガラクタ置き場じゃない」


「“値が付く物”だけが集まる場所だ」


カインの視線はすでに中を流れていた。

手前には実物の部材が並んでいる。

外装板。推進補助ユニット。軍払い下げらしき隔壁材。小型炉の外装。一見して使い道が分かる物もあれば、素人にはただの重い塊にしか見えない物もある。だが、その先の壁面には大型ホログラム表示が並んでいた。

回転表示される船影。保管区画番号。

現物は別保管。接近制限。即決価格。最低入札価格。閲覧権のみ、などの注記。


アイリスがそこを見て言う。


「……あれ、実物ないの?」


「あるが、ここには運んでねえな」


クロンが言う。


「会場にそのまま運ぶにはでかすぎる廃棄船や、係留区画に繋いだままの船、保管中の物なんかはああやって流す」


「逆に、現物をここへ置ける物は手前へ出す」


カインが低く言う。


「実物とホログラムの二種類か」


「ああ」


クロンは頷いた。


「ここで勘違いするなよ」


「オークションつっても、入札一本じゃない」


アイリスがそちらを見る。


「どういうこと?」


「物によるってことだ」


クロンが顎をしゃくる。


「小物や流動の早い部材は普通に競る」


「だが、船体や係留区画付きの物件、出入りパス、保管庫まるごとの権利みたいなのは、即決価格が付いてる場合もある」


「先に押さえた奴が持ってく」


アイリスは少しだけ目を丸くした。


「えっ、それってオークションなの?」


「自由港式のな」


クロンが鼻を鳴らす。


「競らせた方が得な物と、さっさと切った方が得な物がある」


カインは短く言った。


「高くなる前に押さえるか、泳がせて値を読むか」


「そういうことだ」


 クロンが答える。


「だから“欲しい顔”をするなって言った」


アイリスが小さく息を吐いた。


「なるほど……」


カインはその会話の間にも、手前の実物棚と奥のホログラム掲示を交互に見ていた。

輸送船の外装板。工業船の補修アーム。旧式軍輸送艦の隔壁材。そして、船そのものの表示。


ホログラムの一つに、切断途中の中型輸送船の三次元映像が浮いている。

現状係留中。区画番号。残存外装率。即決可。

閲覧パス別売り。


カインの右目が微かに収束した。


ブラッドハウンドの補助表示が視界の端へ走る。

輪郭強調。識別補助。部材の損耗予測。


「……使うぞ」


カインが小さく呟く。


『了解した』


アドミラルの声が、通信機越しでは無く耳の内側へ近い位置で返る。

ブラッドハウンドの出力が一段上がる。

視界情報が分離され、補助層が追加される。

カインの見ている会場の景色は、そのまま艦側へアドミラルにも送られ始めた。


『視界リンク受信』


アドミラルの声。


「こちらでも確認しています」


ミラの声も続く。


「手前右列三番目、旧式搬送フレーム。状態は中程度。補修前提なら可」


カインは僅かに視線をずらした。


「見えてるか」


『鮮明だ』


アドミラルが答える。


『ホログラム列中央上段。中型輸送船残骸。残存骨格率は悪くない』


「…即決付いてるね」


ミラが言う。


「ただし閲覧パスが別です。現物確認まで含めると初手の出費が増えます」


クロンがちらりとカインを見た。


「後ろの連中か?」


「ああ」


「視界飛ばしてる」


「便利な目してんな、お前」


クロンが笑う。


「そういうのは使って正解だ」


アイリスは辺りを見ながら、少し声を抑えて聞いた。


「今って、何から見てるの?」


「まずは流れだ」


カインが言う。


「実物で回る物、ホログラムだけの物、即決が付いてる物」


「それで市場の温度が分かる」


「温度?」


「売り手が急いでるか、強気か、泳がせてるかだ」


クロンが補った。


「例えば、あそこの外装板」


彼が示した先には、実物の大型板材が何枚も立て掛けられていた。規格は古い。

だが厚みは悪くない。


「ありゃ普通に競らせる気だ」


「数がある。慌てて即決にする意味が薄い」


「逆に、あっちの係留中輸送船」


ホログラムの一つを指す。


「即決付きってことは、売り手が保管料か係留料を嫌がってる」


「長く持ちたくねえんだ」


カインは短く言った。


「つまり値次第じゃ拾い得か」


「そういうこと」


クロンが頷いた。


ブラッドハウンドの補助表示が、視界の端でいくつかの対象に薄いマーキングを乗せていく。

古い軍規格材。工業支援船由来の多関節アーム。

補修ユニット一式。それぞれへ、ミラの短い評価とアドミラルの用途判定が重なる。


「左手前の補修アーム、状態はいいです」


ミラが言う。


「船内整備拡張用に流用可能です」


『右奥の旧式隔壁材も候補だ』


アドミラルが続ける。


『規格が古い分、質量と耐久に余裕がある』


カインは歩きながら、それらを一つずつ拾っていく。足を止めすぎない。だが流しもしない。


アイリスはそんなカインの動きを横目で見ていた。


「……見てるようで、止まってないんだね」


「止まる時は決めた時だけだ」


カインが答える。


「今はまだ決める前だ」


その時、前方の半開きの区画で、小さな競りが始まった。実物の補助電源ユニット三基。

司会役らしい男が台へ立ち、周囲に集まった数人が価格端末を操作している。

アイリスがそちらを見た。


「始まってるね」


「小物だな」


クロンが一瞥して言う。


「見てもいいが、今のお前らの本命じゃないな」


カインも同じ判断だったらしい。


「流す」


「了解しました。」


ミラが応じる。


『同意する』


アドミラルの声。


三人はさらに奥へ進む。


ホログラム列の先には、保管庫単位の出品が出ていた。倉庫番号。封印状態。現状渡し。内容目録一部公開。即決可。


アイリスが目を瞬かせる。


「保管庫ごと売るの?」


「開ける手間より、閉じたまま流した方が儲かる時もある」


クロンが言う。


「中身が当たりなら得、外れなら泣く」


「すごい博打だね……」


「だから慣れてる奴しか手を出さんのさ」


カインの視線はさらにその先、係留区画の出入りパスを示す掲示へ止まっていた。

出品物そのものではない。

特定区画へ入るための一時アクセス権。

現物閲覧用。

軍規格残骸あり。

保管期限短。


「……こっちか」


クロンが同じものを見て、口元を少しだけ上げた。


「気付いたか」


「ああ」


「船そのものじゃなく、見る権利を先に売ってる」


「で、中が良けりゃ即決で持ってける仕組みだ」


アイリスが困ったように笑う。


「普通に面倒くさいね」


「面倒くさくして、分からん奴をふるい落としてるんだよ」


クロンが言う。


「その分、分かる奴には安く拾えることもある」


カインの右目に、ブラッドハウンドの簡易照合が走る。区画番号。保管期限。掲示の更新時刻。

古い軍規格タグの断片。


「アドミラル」


『見えている』


「この区画パス、どう見る」


『悪くない』


アドミラルが答えた。


『中身の保証はない。だが、保管期限が短い分、売り手は強気ではない』


「現物確認まで行く価値はあります」


ミラが続ける。


「ただし、ここで即断はしない方が。まず他の流れも一巡しましょう」


クロンが頷く。


「その通りだ」


「最初に当たりを見つけた気になると、大抵そのあとで足を取られる」


カインは短く鼻を鳴らした。


「分かってる」


だが、視線は一度だけその区画番号を覚えるように止まった。手前に実物。奥にホログラム。

競らせる物。即決で切る物。権利だけ先に売る物。


市場は思っていた以上に整理されていて、同時に面倒だった。だからこそ、ここで見る意味がある。


「どうする?」


アイリスが小さく聞く。


カインは会場全体をもう一度だけ見渡した。


「もう半周見る」


「それからだ」


クロンが先に歩き出す。


「いい」


「じゃあ次は船列の奥だ」


アイリスが頷いて続く。

ブラッドハウンドはまだ会場の情報を拾い続けていた。アドミラルとミラも、その視界の向こうで選別を続けている。次に掴むのは、ただの部材か。使える船か。それとも、この市場のさらに奥へ繋がる別の入口か。

三人はそのまま、次の列へ足を向けた。


 船列の奥へ進みながら、クロンは手近な実物棚の前で足を止めた。立て掛けられているのは、切り出された外装板と隔壁材、それにまだ配線束の一部が残った補助フレームだ。一見するとただの“重い金属”にしか見えない。

だが、ここではそういう物ほど値が付く。


「見ろ」


クロンが顎をしゃくる。


「今回バラした船の残り、使わねえ分はロイ経由で流したが、こういうのはこっちでも売れるぞ」


アイリスが棚の部材を見て言った。


「こういうのって……見た感じ、そこまで特別には見えないけど」


「そこが面白いとこでな」


クロンが鼻を鳴らす。


「使う側にとっちゃ、特別かどうかより“合うか”の方が大事なんだよ」


カインは立て掛けられた外装板の端へ視線を落とした。

古い規格の固定穴。

熱歪みは軽い。腐食は浅い。切り出しも悪くない。


「綺麗に抜けてるな」


「だろ」


クロンが言う。


「板そのものの値段じゃない。こういうのは“すぐ使える形で出てる”のが値になる」


「切り出しが雑だと、買う側がまた削る」


「削れば時間と金が飛ぶ」


アイリスが少し納得した顔になる。


「じゃあ、部材って“物”だけじゃなくて、“手間がどれだけ掛かってないか”も売ってるんだ」


「そういうことだ」


クロンが頷いた。


 その時、カインの右目にブラッドハウンドの補助表示が薄く重なる。

外装板の推定残存強度。腐食深度。

再加工の手間。横にはミラの短い評価が添えられた。


「この程度の板材なら、こちらでも十分売れますね」


ミラが通信越しに言う。


「特に、曲げ直しなしで使える寸法の物は回転が早いです」


『隔壁材も同様だ』


アドミラルが続ける。


『軍規格や旧工業規格の物は、補強材として欲しがる者が多い』


「つまり」


カインが低く言う。


「船を全部解体する必要はないと」


ミラが答える。


「必要部材だけ抜き、残りを部材または所有権利ごと売る形は有効です」


クロンが笑う。


「使うとこだけ抜いて、残りを“まだ売れる形”で流す」


アイリスは少し考え込む。


「じゃあ……例えば外で廃棄船を拾った時も、」


「使う分だけ抜いて、残りをここへ持ってくればいい?」


「持ち込みでもいいし、権利ごと流してもいい」


クロンが答えた。


「全部こっちまで曳いてくる必要がねえ時もある」


「現場で見て、“こっから先は売った方が早い”って判断もできる」


 カインの視線はすでに別の棚へ移っていた。

 そこには工業支援船由来らしい汎用アームと、補修ユニットがいくつか並んでいる。

 使える物だけ抜かれたあとの“残り”に見えるが、まだ十分値が付く顔をしていた。


「こういうのもか」


「ああ」


 クロンが横へ並ぶ。


「補修アームは単品でも動く。工房が欲しがる」


「配線束も規格が生きてりゃ売れる」


「補助電源なんかは、中身のセル抜かれてても、外装とコネクタだけで買う奴がいる」


 アイリスが少し呆れたように笑った。


「……何でも売れるんだね」


「売れねえ物は“売れねえ形で置いてある”だけだ」


クロンが言う。


「売れるように抜く。売れるように切る。売れるように並べる」


「そうすると、ただの残骸でも商品になる」


「自由港らしいな」


カインが言うと、クロンは肩をすくめた。


「だから次にお前らが外へ拾いに出るなら、頭ん中で三つに分けろ」


「使う物」


「あとで売る物」


「最初から触らねえ物」


カインは短く復唱した。


「三つか」


「そうだ」


 クロンが頷く。


「使う物だけ見てると、“あれも使えるな”が出る」


「逆に売ることだけ見てると、肝心の必要部材を取り逃がす」


「だから最初に分ける」


ブラッドハウンドの補助表示が、目の前の棚に薄い色分けを乗せた。

緑。使える物。

黄。売れる物。

灰。優先度の低い物。


「……分かりやすいな」


カインが小さく言う。


『視線傾向から仮分類した』


アドミラルが言う。


『必要なら精度を上げる』


「やりすぎるな」


『了解』


アイリスは感心したように、棚とカインの右目を交互に見た。


「便利だね、それ」


「便利じゃなきゃ付けてない」


カインはそう返して、次の棚へ目を向けた。

そこには、半ば抜かれた貨物船の内部フレームが、三次元ホログラムで表示されていた。

現物は別区画。外装はかなり剥がされている。

だが骨格はまだ生きている。しかも、注記には“内装残材まとめて現状渡し”とある。

クロンがそれを見て鼻を鳴らした。


「こういうのだ」


「骨格だけ欲しい奴もいりゃ、内装残材まで欲しがる奴もいる」


「お前らなら骨格見て終わりだろうが、別の工房なら内装配線まで買う」


「……つまり、同じ船でも、人によって“売れる所”が違うんだね」


アイリスが言う。


「そうだ」


クロンが答える。


「だから市場を見る価値がある」


「自分らにとっての当たりだけじゃなく、他人にとっての当たりも知っとくと、次に拾いに行った時の目が変わる」


 カインはそこで足を止めたまま、会場全体をもう一度だけ見た。

実物。ホログラム。単品。保管庫。係留パス。

現物閲覧権。即決。競り。


そして、同じ物でも見る人間によって値が変わる。


「……分かった」


カインが言う。


「外で拾う時は、いる物だけじゃなく売る物の事も見とく」


「それでいい」


クロンが頷く。


「ようやく会場に来た意味が出てきたな」


アイリスは小さく笑った。


「最初は“必要な物を競って買う場所”だと思ってたけど、違うんだね」


クロンが言う。


「で、だ」


彼は指先で、さっき見ていた保管区画付きの中型輸送船ホログラムを示した。


「今の話を踏まえてもう一回見ると、あれ、ちょっと面白く見えねえか?」


カインの視線も同じものへ戻る。残存骨格は悪くない。外装の一部はそのまま取れる。残りは売りに回せるかもしれない。閲覧権は別売り。即決付き。ブラッドハウンドの表示が、薄くその区画の見込み値を試算し始めた。


ミラの声が続く。


「使う部材を抜いたあとでも、一定以上は売れます」


「特に骨格と主電源が生きていれば、無駄にはなりません」


『悪くない候補だ』


アドミラルが言う。


『現物確認まで進む価値はある』


クロンが笑った。


「ほらな」


「市場ってのは、買う場所じゃなく、回す場所でもある」


カインは短く息を吐いた。


「……じゃあ、次だ」


「次?」


 アイリスが聞く。


「現物を見る権利を取る」


カインが答える。


「そこまで見て、ようやく“拾うかどうか”だ」


クロンがにやりと笑う。


「いい顔になってきた」


 三人は、そのまま保管区画閲覧の受付がある列へ向かって歩き出した。保管区画閲覧の受付は、会場のいちばん奥寄りにあった。

派手な看板はない。ただ、半透明の仕切り板と、番号札の浮いた端末、そして“ここから先は金の話が具体的になる”と空気で分かる区画だった。

実物棚の前みたいなざわつきは薄い。

その代わり、並んでいる連中はみな、目つきだけが静かに鋭い。

クロンが歩幅を少しだけ落とす。


「ここから先は、見るだけでも少し金が掛かる」


「冷やかしを減らすためだ」


アイリスが小声で聞く。


「閲覧権って、そんなに高いの?」


「物によるな」


クロンが答える。


「安いのは安い。だが、係留区画付きや軍流れっぽい物は、入口から値踏みしてくる」


「見せるだけで欲しがる顔が分かるからな」


カインは列を見たまま言う。


「……で、ここはどっちだ」


「中くらいだな」


クロンがホログラム掲示を顎でしゃくる。


「高すぎはしない。だが安くもない」


「“本気かどうか”を見る値段だ」


受付の前には、二組ほど先客がいた。

一組は工房主らしい男と、その護衛。

もう一組は仲買人風の細い女で、端末上の条件表示を見ながら、係員と短くやり取りしている。

どちらも無駄口がない。

アイリスが小さく息を吐いた。


「なんか、急に空気が違うね」


「金額が具体的になると、人間は静かになる」


クロンが言う。


「変に喋ると、自分の欲しさまで出るからな」


その間にも、カインの右目にはブラッドハウンドの補助表示が薄く流れていた。

受付端末。

閲覧権価格。

区画番号。

時限付きアクセス。

同行人数制限。

簡易武装制限。

転売権の有無。


『三名まで同行可』


アドミラルが耳の奥で言う。


『ただし、区画内記録は制限付きだ』


「視界記録は切られますね」


ミラが続ける。


「内部での完全走査は難しいです」


カインは小さく鼻を鳴らした。


「そこまで甘くはないか」


「…逆に、そこまで甘かったら怪しいでしょ」


アイリスが言う。


クロンが少しだけ笑う。


「だいぶ市場の顔になってきたな、嬢ちゃん」


やがて前の二組が順に捌け、こちらの番が回ってきた。


受付にいたのは、年齢の読みにくい男だった。

高くも低くもない声。

服装は地味だが、袖口と襟元だけ妙にきれいだ。

こういう場所で“目立たず整ってる”のは、それだけで仕事の匂いになる。


「区画番号」


男が言う。


クロンが先に口を開いた。


「B-17、係留輸送船の閲覧だ」


男の指が端末を滑る。

空間に短いホログラムが浮いた。


B-17 / 中型輸送船残骸 / 現状係留 / 閲覧権有効時間 二十五分 / 同行三名まで / 即決権あり


「代表一名の登録が必要だ」


男が言う。


「誰にする?」


カインが短く答えた。


「俺だ」


男の視線が一瞬だけカインへ向く。

それだけで十分だ、とでもいうような短さだった。


「支払いは」


クロンが横から言う。


「こっちで立てる」


「後で帳尻は合わす」


カインはわずかに視線を向けたが、止めなかった。


「助かる」


「今は流れに乗れ」


クロンはそう返す。


受付係が端末を操作する。

認証。仮登録。短い電子音。

それから、薄い板状のアクセスパスが三枚、カウンターへ滑ってきた。


「有効時間は通過後から二十五分」


「区画内の物品持ち出しは禁止」


「目視、簡易計測、現地判断のみ」


「即決する場合は、区画出口ではなく現地端末で処理しろ」


「遅れると次の閲覧枠へ回す」


クロンがパスを取り、一枚をカインへ、一枚をアイリスへ渡す。


「分かった」


カインが言うと、男はそれ以上何も言わない。

視線はすでに次の客へ向いていた。


三人は受付を離れる。


少し歩いたところで、アイリスが小さくパスを見た。


「…ほんとに“見る権利”なんだね……」


「ああ」


クロンが答える。


「ここじゃ、何を見るかも商品になる」


「で、ここから先だが、役割を決める」


カインが歩きながら言った。


「クロン、お前は相場目線で見てくれ」


「使える部分より、“残りが売れるか”の方も頼む」


「任せろ」


クロンが即答する。


カインは次にアイリスを見る。


「お前は遠慮なく気になった所を言え」


「知識が足りないとかは気にするな」


「逆に、先入観がない方が見えるもんもある」


アイリスは少し驚いた顔をしたあと、真面目に頷いた。


「……分かった」


「…ぱっと見て変だと思ったら言う」


「それでいい」


カインは最後に、自分の右目へ意識を寄せる。


「アドミラル、ミラ」


『聞いている』


「区画内は完全走査できん」


「見える範囲だけで補助しろ」


『了解』


アドミラルが答える。


「内部構造の仮推定だけ回します」


ミラが続ける。


「骨格材、配線経路の推定を優先します。」


「あと」


カインが小さく付け加える。


「残りを売るなら、どこを潰さず残すと値が落ちにくいかも見ろ」


 一拍置いて、ミラが少しだけ楽しそうに言った。


「了解しました」


「だいぶ“回す側”の考え方です」


クロンが横で笑う。


「いい傾向だな」


区画B-17への通路は、会場のさらに裏手へ伸びていた。先ほどの棚と違い、こちらは保管ヤード寄りだ。むき出しの配管。床の補修跡。

途中途中にある番号札。簡易な警備ドローン。

露骨ではないが、さっきまでの市場よりは一段“裏”に近い。


アイリスが周囲を見ながら言う。


「…こういう所まで会場の中なんだ」


クロンが答える。


「金額が大きい物は、だいたい奥に沈んでる」


通路の先で、一つの隔壁扉が見えた。

脇に区画番号。B-17。


扉の横には、小型端末と認証スロット。

クロンが自分のパスを差し込み、続けてカインも認証する。アイリスも真似てパスを通した。

短い電子音。ロック解除。

隔壁が横へ滑り、ゆっくり開く。

中は保管ヤードだった。

天井は高い。外気に近い冷えた空気。

照明は必要最低限だが、物を見るには十分。

そしてその中央に、問題の中型輸送船が係留されたまま沈んでいた。


「……でかいね」


アイリスが素直に言う。

確かに大きい。エーテルガイストに比べれば小さい。だが、地上の感覚で見れば十分巨大だ。

船体側面は何枚か外装板が剥がれている。

腹部にも切開跡がある。だが骨格までは死んでいない。艦首側は比較的きれいで、後部の一部に損傷集中。貨物搬入口のハッチも片側はまだ生きていた。カインは足を止めず、そのまま近づいていく。ブラッドハウンドの補助表示が再起動する。

損傷部。

残存フレーム。

可搬価値。

解体優先候補。


『前部骨格、良好』


アドミラルの声。


ミラが続ける。


「使う分を抜いたあとでも、船体の売値は残せそうです」


クロンがぐるりと船体を見回した。


「悪くねえな」


「売り手が早く切りたいだけで、中身まで死んでるって感じじゃねえ」


アイリスは船体側面の切開跡を見て言う。


「…これって、誰かが途中まで見てやめた感じ?」


「多分な」


クロンが答える。


「見た上で、欲しい所だけ抜くには手間が足りないか、別の獲物へ行ったか」


カインの視線が貨物ハッチへ止まる。


「中は」


クロンが肩をすくめた。


「開けて見ろってことだろ」


船体側の簡易アクセス盤はまだ生きていた。

仮電源に繋がれ、最低限だけ起きている。

カインが近づき、手袋越しに表面をなぞる。

古い。だが完全には死んでいない。


「提督」


『解析中』


『貨物区画一。封鎖緩い。二はやや硬い。三は生きていない』


「一からだな」


クロンが言う。


「欲しい物があるなら、大体そこに残ってる」


アイリスが少しだけ息を吸った。


「……なんか、探検みたいだね」


クロンが言う。


「宝探しみたいだろ」


「……なんかいいね……」


「開けるぞ」


カインは短く言って、ハッチの解放盤へ手を掛けた。電子音。重い駆動音。半ば固着しかけていた貨物ハッチが、鈍く震えて少しずつ開いていく。

冷えた空気が、中から一段だけ濃く流れ出た。


三人は無言でその奥を見た。

薄暗い貨物区画。固定フレーム。

抜かれた跡。残された箱。配線。床面の擦れ。

そして、まだ“手付かずに近い何か”が残っている気配。


「……当たりかな?」


アイリスが小さく聞く。


カインはすぐには答えなかった。

代わりに右目の表示を走らせ、区画の奥を一つずつ拾う。クロンも、もう笑っていない。

商売人の顔で中を見ている。

数秒ののち、カインが言った。


「まだ分からん」


「だが、見る価値はある」


それだけで十分だった。


 三人はそのまま、係留された中型輸送船の貨物区画へ足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ