第四話:英雄の翼
――カリスト行き・前日/とある基地の格納庫
旧式高機動戦闘翼機の機体だけが、鈍い光を返している。
整備灯が落ち、格納庫は夜の顔になっていた。
カインは、作業台に腰を下ろし、右目を閉じる。機械式多機能義眼が、低く起動音を立てる。
視界に、小さなチャットウィンドウ。
[Karasu_AI] 接続しました。
[Karasu_AI] 現在時刻 22:14。
「……久しぶりだな、カラス」
「起こしたか?」
[Karasu_AI] 私は眠りません。
「そうだったな」
[Karasu_AI] 待機状態でした。
[Karasu_AI] ただし、あなたの生体反応ログは定期的に参照していました。
「監視かよ」
[Karasu_AI] 任務外ですが、許容範囲です。
「変わんねぇな。……明日、カリストに降りる」
軍服の胸ポケットからタバコを取り出し火を着けた。
何気なく聞く。
「明日の任務、どう思う?」
一拍
[Karasu_AI] 公開情報と実態が一致しません。
「だろ」
[Karasu_AI] “視察”としては、警戒レベルが高す
ぎます。
「英雄様に、危険な場所を見せたいんだとよ」
[Karasu_AI] 皮肉ですか?
「事実だ」
金属音が、遠くで反響する。
[Karasu_AI] あなたは怒っています。
「……まだだ」
[Karasu_AI] “まだ”?
「怒る前の段階だ」
[Karasu_AI] 理解しました。
少し間が空く。
[Karasu_AI] 質問してもよいですか?
「珍しいな。いいぞ」
[Karasu_AI] なぜ、あなたが行く必要があるのですか?
カインは、即答しなかった。
「……俺が行かなきゃ、誰かが行く」
[Karasu_AI] それは理由になりません。
「人間の理由なんて、だいたいそんなもんだ」
[Karasu_AI] 私は、人間ではありません。
「知ってる」
笑う。
[kain] だから聞いてんだ。
[kain] お前なら、どうする?
声に出す必要はない。
思考が、そのまま文字になる
数秒
[Karasu_AI] 私は、あなたの生存率を最優先しま
す。
「……だよな」
[Karasu_AI] しかし。
「ん?」
[Karasu_AI] あなたが納得しない場合、
生存率は意味を持ちません。
カインは、ふっと息を吐いた。
「よく分かってるじゃねぇか」
[Karasu_AI] 長年、あなたと飛んでいます。
短い沈黙
[Karasu_AI] 明日、あなたは何かを見る可能性があります。
「予知か?」
[Karasu_AI] 統計です。
「……胸糞悪い統計だな」
[Karasu_AI] はい。
珍しく、即答だった。カインは立ち上がり、格納庫の闇を見た。
「もし、戻らなかったら」
[Karasu_AI] その仮定は拒否します。
「強情だな」
[Karasu_AI] あなたもです。
カインは、少しだけ笑った。
「……じゃあ、明日も頼む」
[Karasu_AI] 了解。
[Karasu_AI] 帰還時、最初に話しかけてください。
「縁起でもねぇ」
[Karasu_AI] それでも。
[Karasu_AI] あなたの声を、最初に認識したい。
カインは、返事をしなかった。
ただ、義眼を切る前に、小さく呟く。
「……ああ」
***
――カリスト軌道/着陸直前
旧式軍用高機動戦闘機簡易AIログ
***
[Karasu_AI] 木星磁気圏、侵入。
[Karasu_AI] 機体に軽微なノイズ。
「問題ない」
[Karasu_AI] あなたの心拍が上昇しています。
「……そりゃそうだろ」
[Karasu_AI] 理由を推測しますか?
「やめとけ」
[Karasu_AI] 了解。
[Karasu_AI] 着陸シーケンス完了。
[Karasu_AI] エンジン停止。
視界。灰色の大地。氷と岩の境界。重力、安定。
[Karasu_AI] 周囲に敵性反応なし。
コックピットハッチが、ゆっくりと開く。
[Karasu_AI] 外気温:-179.6℃
[Karasu_AI] あなたの装備では、長時間行動は非推奨です。
「分かってる」
短い返答。声は、いつもより低い。
[Karasu_AI] 予定滞在時間を超過した場合、自動回収プログラムを起動します。
「……保険ってやつか」
[Karasu_AI] はい。
カインが、立ち上がる。
操縦席を離れる前、一瞬だけ、機体に手を置いた。
「すぐ戻る」
[Karasu_AI] 了解。
だが、続けて表示される。
[Karasu_AI] ただし、この行動には
異常(死亡)フラグが付与されました。
「今さらだろ」
[Karasu_AI] はい。
カインは振り返らない。
ハッチの向こう、白い霧の中へ。
[Karasu_AI] 視認不能。
ハッチが閉じる。ロック音。
[Karasu_AI] パイロット、生体反応センサー外。
一瞬、処理が止まる。
[Karasu_AI] ……待機します。
「すぐ戻る」
その言葉は、
命令ではない。
[Karasu_AI] 帰還ポイント、維持。
[Karasu_AI] 私は、ここにいます。
灰色の空の下。
旧式戦闘機は、ただ、沈黙のまま、主を待ち続けていた。
その後、この機体が回収されることも、
再び彼を戦場に連れ戻すことも、この時点では――まだ、どちらも知らない。
作者のモチベになりますので、
★評価よろしくお願いします。
_| ̄|○何卒。




