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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第35話:次の一手

 ラウンジ区画で別れたあと、アイリスは少しだけ眠たそうな顔で自室へ戻っていった。

 ミラも搬入予定と明日の確認があると言って、静かにその場を離れる。

 アドミラルの気配だけが、いつものように艦内全体へ薄く広がったまま残った。


そしてカインだけが、武器庫区画へ足を向けた。


 夜の武器庫は静かだった。

照明は必要な分だけ落ち着いて点いている。

整備台はすでに空いていて、その上には今日持ち帰ったレバーアクションショットガンと、工具、計測器が整然と並べられていた。


 その横で、小型整備ドローンが二機、待機姿勢のまま静かに浮いている。


『作業を開始するか』


頭上のスピーカーから、アドミラルの声が落ちた。


「ああ」


カインは短く返した。


「寝る前に、こいつだけは形にしておく」


整備台の前へ立つ。

ショットガンを持ち上げ、肩へ当てるつもりで構え、すぐに止めた。


やはり長い。

悪くはない。

だが、今の自分にはまだ少し余る。

船内。狭い通路。咄嗟の抜き。

今必要なのは、古い猟銃めいた安定感よりも、もっと荒っぽく即応できる形だった。


「アドミラル、図面を」


整備台の上に、青白いホログラムが立ち上がる。

ひとつは現状。買ったままの全体形状。

もうひとつは、そこから数か所が短く、削られた完成予想図だった。

ストックは完全に切り詰められている。

肩付け前提ではない。片手ともう片手の補助、あるいは脇へ抱え込むような取り回しを優先した形。銃身も少しだけ短くなっていた。

しかし機関部とチューブマガジンには手が入っていない。装弾数は変わらない。

カインはホログラムを見比べる。


「……ふむ」


『装弾数は維持される』


『銃身長の短縮は限定的だ。集弾性低下はあるが、近距離運用を主眼に置くなら許容範囲内』


「分かってる」


「最初からこの形で売っててもよかったくらいだ」


『その場合、価格は上がるだろう』


「だろうな」


カインが言うと、小型整備ドローンの一機が工具アームを展開した。もう一機が固定具を整備台へ滑らせる。カインはショットガンを台へ置き、自分で切断位置を確認する。

ホログラム上の完成図と、現物の線を目で合わせる。ストック後端。銃身前方。どちらも切りすぎれば戻らない。だから最後の線だけは、自分の目で決める。


「ここだ」


指で示す。

ドローンがレーザーガイドを当てた。

低い作動音。火花。夜の武器庫に、小さな金属音だけが散る。カインはただ眺めているのではない。時折ホログラムを動かし、角度を変え、切り落とした後のバランスを見直す。


「もう二ミリ落とせ」


ドローンが停止し、再調整する。


『これ以上削ると後端処理に余裕がなくなる』


「分かってる。だから二ミリだ」


『了解』


再び火花。


切断されたストックが整備台へ静かに落ちる。

その後、切断面を均し、木部の角を落とし、握りやすさと引っかかりのなさを優先して整形していく。カインは切り詰められた後部を手に取り、何度か振るようにして重心を確かめた。


「……いい」


次は銃身だった。

こちらはさらに慎重になる。

長すぎれば邪魔になる。短すぎれば散る。

だが今回は遠射を求めていない。

必要なのは、近い距離での制圧力と、すぐ抜いて撃てることだ。ホログラム上で完成図の銃口長を見て、現物へ視線を戻す。


「そこまでだ」


『了解』


固定。切断。再整形。

火花の色が一瞬だけ強くなり、また静けさへ戻る。作業は続く。銃口処理。表面のバランス。

レバーの開閉確認。装填動作。空での作動。

カインは完成に近づいたそれを持ち上げた。

短い。だが粗雑ではない。

元の銃の古い顔は残したまま、用途だけを今の自分に寄せた形だ。


「動作確認」


ドローンが空シェルを差し込む。

カインがレバーを回す。滑る。上がる。戻る。


もう一度。もう一度。


問題ない。


『装弾数は維持』


『給弾機構への悪影響なし』


『火薬式、エーテル弾双方の運用に支障は見られない』


カインは短く頷いた。


「これでいい」


「次は装備側だ」


『ホルスターと弾帯か』


「ああ」


ショットガンだけでは終わらない。

今の自分の傭兵装備へ、無理なく足せる形にする必要がある。


整備台の上に別のホログラムが立ち上がる。

カインの現在装備。

崩兼元。

拳銃二挺。

ベルトライン。

長物の保持角度。

ショットシェルの配置。


「刀はそのままでいい」


カインが言う。


「崩兼元は左腰だ」


ホログラム上で左腰の刀が強調される。


「問題は銃の方だ」


両腰の拳銃位置が表示される。

そこへ長物を足すと確かに散る。


「セミオートは右腿に下ろす」


『レッグホルスターか』


「ああ」


「腰を空ける」


 ホログラム上で、セミオートが右股のレッグホルスターへ移動する。歩行、抜き、座位、どれも大きな問題はない。


『妥当だ』

 

アドミラルが言う。


『腰部の保持具に余裕が生じる』


「ショットガンは右腰だ」


ホログラムが変わる。

右腰に短くなったショットガン。

左腰には崩兼元。形も理屈も違う。

だが左右に一本ずつ差しているような収まりになる。


「刀と対になる形だな」


『両腰に一本ずつ保持する形になる』


『視覚的には二刀流に近い』


「悪くない」

 

「ショットシェルの弾帯は普通に襷掛けでいい」


『了解』

青白い線が再構成される。胸を斜めに横切るショットシェルベルト。火薬弾。スタン弾。ドローン用ショック弾。必要最低限を素早く抜ける本数に絞られていた。カインはホログラムを見たまま言う。


「作るのは生産区画だな」


『すでに準備している』

 

壁面モニタの一部に、生産区画の映像が開いた。

 

無人工作アームが動き、素材ラックから革調高耐

久材と補強フレームを引き出していく。

裁断。縫合。リベット固定。内部補強。テンション調整。ショットシェルベルト。右腰用ショットガンホルスター。右腿用セミオートのレッグホルスター。それぞれが別ラインで同時に組まれてい

く。


「手が早いな」


『兵站だ』


「便利だな」

カインは鼻を鳴らした。

やがて生産区画側のラインが停止し、完成した装備一式が壁内運搬ユニットへ送られる。

数秒後、武器庫区画側の搬出口が静かに開いた。整然と並んでいる。右腿用のセミオート・レッグホルスター。ショットシェル用の襷掛けベルト。

そして、切り詰めたショットガンを右腰へ差すための保持具。カインは順番に手に取った。

硬さ。縫い。保持力。悪くない。

まず右腿にセミオートのレッグホルスターを装着する。次に左腰へ崩兼元。そして右腰にショットガン用保持具。最後に襷掛けのショットシェルベルトを掛けた。

切り詰めたレバーアクションショットガンを右腰へ収める。

重さの乗り方。歩いた時の揺れ。

腰を落とした時の干渉。右手の抜き。

左義手での補助。そのまま半歩ずつ動き、振り返り、壁際を抜ける想定で身体をひねる。

今度は散らない。左腰に崩兼元。右腰に切り詰めたショットガン。右腿にセミオート。見た目にも、動きにも、無駄がない。


「……これでいい」


『記録する』


「しとけ」


カインは壁面モニターへ映った自分のシルエットを一度だけ見た。


左に刀。右に短くなったショットガン。

腿にセミオート。遠目には、左右に一本ずつ差しているようにも見える。

 

買った時は“使えるかもしれない”武器だった。

今は違う。手を入れ、位置を決め、装備全体へ組み込んだことで、ようやく自分の戦い方の中へ落ちた。武器庫の壁内運搬ユニットが再び開く。


「一時保管。明日から運用で」


『了解した』


ショットガンと予備装備が収まる。崩兼元だけはそのまま左腰へ残した。ハッチが閉じる。武器庫に静けさが戻った。明日は、また金と部材と市場の話だ。オークション。連絡線。無人艦の謎。

全部がまだ先で重なっている。

だが、少なくとも今夜の終わりにひとつだけ、手で触れて確かな物があった。

カインは小さく息を吐くと、そのまま武器庫を後にした。


翌朝。


自由港の朝は、地上の朝とは少し違う。

光の角度ではなく、稼働音の層で時間が分かる。

荷役アームの駆動音。搬送車両の低い唸り。

工房街から響く金属音。人も機械も、止まり切る前に次の仕事へ入っていく。

朝食を終えたカインとアイリスは、クロンワークスの区画へ向かっていた。

徒歩だ。艦側の搬入整理や細かい確認の為にミラは一足先にクロンの所に赴いている。二人は工房街の奥へ入る。


 クロンワークスの一角では、今日も解体と運搬が同時に進んでいた。

昨日までバラされていた廃棄船の残骸は、もうほとんど元の形を失っている。

骨組みだけになった区画。切り分けられた装甲板。分類ごとに積まれた配線束。

搬出待ちの機関部。使う物と流す物が、きっちり分けられていた。


「早いな……」


カインが小さく呟く。


軍の整備廠でも、ここまで雑味なく手早く回る所はそう多くない。自由港の工房だから粗い、ということはない。むしろ生き残るために早く正確だ。


その時、向こうからクロンが片手を上げた。


「おう、二人とも来たか」


「ちょうどいいところだ」


その横にはミラもいる。

すでに現場へ馴染んだ顔で、搬入リストを見ていた。


「朝から働いてるな」


カインが言うと、クロンは鼻を鳴らした。


「朝だから働いてんだよ」


「で、こっちだ」


クロンは親指で後方を示した。


そこには、切り出された部材がまとまって並んでいる。装甲材。骨格材。汎用配線。補修用フレーム。再利用可能な駆動補助機構。

先に回す分が、すでに識別タグ付きで仕分けられていた。


「お前らが使う分は、今日中にだいたい運び切る」


クロンが言う。


「流せる物はもう先にロイのとこに流してある」


そこで、ミラが小さく一歩前へ出た。


「残りも本日中に精算予定です」


カインは仕分けられた部材の列を見ながら言った。


「これで一段落か」


「一区切りってとこだな」


クロンが肩をすくめる。


「だが、欲しいもんが全部きれいに揃うわけじゃない」


「金で買うか、仕事で取るか、外で拾うか、その先は別だ」


カインは少し考えてから、通信機に向けて声を上げた。


「アドミラル」


『聞いている』


「見に行く前に整理しとく」


「今欲しい廃棄船の型を言え」


 一拍のあと、アドミラルの声が通信越しに落ちた。


『了解した』


『現時点で優先度が高いのは中型以上の輸送船だ』


『外装板、骨格材、搬送フレームが多く取れる』


ミラが続ける。


「次点で作業船、整備船です」


「汎用アーム、工具機構、補修ユニットが期待できます」


『旧式軍輸送艦があればさらに良い』


アドミラルが言う。


『規格の良い配線、隔壁材、補助機構が取れる可能性が高い』


「逆に外れは」


カインが聞く。


「客船系や小型船です」


ミラが答える。


「見た目ほど実入りがありません」


『熱融解破損船、重度汚染船も優先度は低い』


『処理コストが高い』


「分かった」


 クロンがその通信を聞きながら、口元を少しだけ上げた。


「なら、見るもんは決まったな」


「輸送船、工業船、旧式軍輸送の流れを先に当たる」


アイリスがカインを見る。


「じゃあ、オークション?」


「ああ」


カインは答えた。


「外に出るのは相場を見てからでも良い」


「何が高いか、何が流れてるか、何を拾いに行くか、何が価値があるか」


「廃棄船丸々使う訳じゃないからな。だから先にそこを知る」


クロンが頷く。


「いい判断だ」


「相場を知らずに外へ拾いに出て、帰ってきてから泣くのはよくある」


「オークション会場まで行くなら、足も出すぞ」


そこでカインが、何でもない調子で言った。


「先に、ブラックネビュラバーへ寄りたい」


クロンは詳しく聞かなかった。

ただ一度だけカインを見て、すぐに頷く。


「いいぞ」


あまりにもあっさりした返事に、アイリスが少しだけ瞬いた。


「…聞かないんだ」


「聞かれたくなさそうな顔してる時に聞くほど野暮じゃねえよ」


クロンはそう言って鼻を鳴らした。


「必要な寄り道なんだろ」


「ああ」


カインは短く返す。


「助かる」


クロンは腰の工具束を鳴らしながら、工房の脇へ顎をしゃくった。


「足はこっちだ」


シャッターがゆっくり上がる。

中から出てきたのは、低重心の実用車両だった。

工房街仕様の三人乗りユーティリティ。

外装は無骨で、擦れ傷も多い。

だがフレームはしっかりしていて、前部キャビンの後ろには工具箱と小積載スペースがある。

いかにも工房街の人間が使っていそうな車だった。


「こいつで行く」


クロンが運転席のドアを叩く。


「うちの車両だ」


「なるほど」


カインが言う。


アイリスは車を見回し、少しだけ楽しそうに言った。


「…なんか、クロンさんっぽい」


「褒めてんのかそれ」


カインが答える。


「多分な」


「多分かよ」


クロンは笑いながら運転席へ乗り込んだ。

カインは助手席側へ回り、アイリスは後席へ。

ミラは搬入リストを抱えたまま一歩下がる。


「こちらはお任せください」


「残り部材の選別、受け渡し、精算受領まで処理します」


『必要があれば随時通信する』


アドミラルの声も重なった。


「分かった」


カインは短く返す。


「こっちは寄る所に寄ってから、会場を見る」


「了解しました」


ミラが静かに頷く。

車両のエンジンが低く唸った。

振動は控えめだが、力はある。

クロンが前を見たまま言う。


「じゃあまずはブラックネビュラバーだな」


「頼む」


カインが答える。


「そのあとオークション会場へ向かう」


工房街の通路を、クロンの車両がゆっくり滑り出す。窓の外では、今日も自由港がもう仕事を始めていた。売る物。買う物。直す物。捨てる物。

生きるための全てが、街の中を流れている。

その流れへ、今度はカイン達も入っていく。

まずは連絡線。次に会場。その先にある次の手掛かりへ。クロンの車は、工房街を抜けてブラックネビュラバーのある区画へ向かった。

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