第32話:報告②
食堂区画へ移ると、艦の外で続いている作業音が少しだけ遠くなった。完全に静かになるわけではない。仮設導管を流れる低い唸り。時折どこかで鳴る固定具の作動音。作業ドローンのかすかな振動。だが、それでもここは外よりずっと“落ち着いて話せる場所”だった。
卓に食事が並ぶ。湯気。皿の熱。一日の終わりへ向かう空気。ミラが席に着き、アイリスもその向かいへ座る。カインは椅子を引いて腰を下ろした。天井のスピーカーからは、アドミラルの気配が静かに落ちている。
『では、次はそちら側の共有を受ける』
カインは水を一口飲んでから口を開いた。
「通信をいれたがまずブラックネビュラバーへ行った」
ミラが視線を上げる。
「確認のためですね」
「ああ」
カインは頷いた。
「軍の匂いを軽く嗅いだ」
「店員のガレスとリゼットにも会った」
アイリスが横から言う。
「…やっぱり、あそこは普通の店じゃなかった」
カインは短く続ける。
「表向きはバーだが、あそこはそれだけじゃない」
『妥当だ』
アドミラルが言う。
『あの場は人的選別に重心がある』
「そのあと、オールドスパインアーカイブへ行った」
カインは食器へ手を伸ばしながら話を続けた。
「向こうでは、例の混成無人艦に近い事例が“完全にゼロではない”と分かった」
「数は少ないが、記録はある」
「こっちの情報も、見せていい範囲で渡した」
ミラが静かに頷く。
「照合継続中の案件ですね」
「ああ」
アイリスが補う。
「ハルバードの断片もあったし、娯楽データも拾えた」
「オズワルドとセピアも、ちゃんと見てくれた」
カインはそこで、少しだけ声を落とした。
「問題は、その後だ」
アイリスの表情も少しだけ引き締まる。
「……うん」
「アーカイブを出た時点で、尾行に気づいた」
ミラの黄金の瞳がわずかに細くなる。
「その時点で、ですか」
「ああ」
カインは短く答えた。
「向こうが下手だったわけじゃない」
「ただ、あの辺りで輪郭が出た」
アイリスが小さく言う。
「……私は全然気づかなかった」
「気にするな」
カインは即答した。
「そういう時に見るのは俺の役目だ」
その言葉に、アイリスは少しだけ口を閉じた。反論はしない。ただ、小さく頷いた。
カインは続ける。
「飯屋を挟んで、外した後に接触した」
「ついでに聞いた」
「いつから付けていたのか」
ミラが問う。
「答えは?」
「ブラックネビュラバーを出た時からだそうだ」
食堂区画の空気が少しだけ変わる。
アイリスがそっと言った。
「……じゃあ、バーを出た時点でもう見られてたんだ」
「ああ」
「ただ、気づいたのはアーカイブを出た後だ」
「結果的に向こうは敵じゃなかった」
そこは短く、はっきり言った。
ミラがそれ以上の追及はしない。
必要な線だけを引くように、黙って続きを待つ。
「その後、バンカーボートを見た」
カインが話を戻す。
「表の仕事場としては十分機能してる」
「軽い護衛、運搬、回収、見回り、倉庫番。そういう札が並ぶ」
「ただ、その札より人を見てる目があった」
「ブラックバナーの気配だな」
アイリスが頷く。
「バンカーボートは“日々の仕事”って感じ」
ミラが端的に整理する。
「表の仕事の流れと、裏の選別の入口を確認したわけですね」
「ああ」
カインが答えた。
「クロンの言ってた通りだった」
「そのあと、武器屋通りを見た」
アイリスが少しだけ笑う。
「“見るだけ”って言ってたけど、結構ちゃんと見てたよね」
「見に行ったんだから当然だ」
カインは平然と返した。
「流通の確認だ」
「混ざってる」
「刃物も同じだ」
「どこになにがあるか、大体見えた」
ミラが静かに頷く。
「現場確認としては十分です」
「買ったけどね」
アイリスが言う。
カインは小さく鼻を鳴らした。
「使い道が見えたからだ」
アドミラルが即座に補う。
『両対応のレバーアクションショットガン。現在、武器庫区画で整備中』
「ああ」
カインが答える。
「今のままだと少し長いが、後で詰めるつもりだ」
「狭い場所向けに使う」
アイリスはそれを聞いて少し笑った。
「店で見た時点で、もう“切る”って決めてたもんね」
「骨が良ければ後は合わせればいい」
「…今日それ何回も言ってる」
「大事だからな」
そのやり取りに、ミラの口元がほんの少しだけ柔らいだ気がした。
カインは話を次へ進める。
「最後にビークルヤードだ」
「まともな売り物も見た」
「だが、決め手に欠けた」
「そのあと奥のヤードで、見つけた」
ミラが視線を上げる。
「候補車両ですね」
「ああ」
カインは頷く。
「芯は生きてる。かなり悪くない」
「三人で動ける。荷も積める。必要なら武装も載る」
「ただし、ノクスに乗せるには少し大きい」
「今のままだと、外に抱かせるか吊るかだな」
アイリスが食器を置きながら言う。
「ちゃんと“候補”って感じだった」
「残骸っていうより、“まだ終わってない物”って感じ」
「そうだな」
カインは短く返した。
「今すぐじゃないが、次に見に行く意味はある」
話が一度切れる。
食堂区画には、外の工事音と艦内の低い駆動音だけが薄く残った。朝に別れてからの流れが、ようやく一本にまとまって卓の上へ並んだ感じがあった。アドミラルが静かに言う。
『人的接触、情報取得、表仕事場観測、兵装流通確認、車両候補確保』
『本日分の外出結果としては十分以上だ』
アイリスが少しだけ息をつく。
「……こうやって並べると、一日で結構いろいろあったね」
「外を回ったならこんなもんだ」
カインが答える。
「拾える物は拾った」
「後は、どう使うかだ」
その言葉に、ミラは静かに頷いた。
「では、本艦側の作業と照合したうえで、明日以降の行動へ落とし込みます」
カインは食事へ視線を戻しながら、小さく言った。
「そうしてくれ」
外ではまだ改修が続いている。
だが、この卓の上にはもう、今日という一日がちゃんと載っていた。夕食を終える頃には、皿の上の熱もだいぶ落ち着いていた。食堂区画の空気は少しだけ緩んでいたが、カインは席を立つのが早かった。食後の水を一口だけ飲み、椅子を引く。
「先に撃ってくる」
アイリスが顔を上げる。
「買ったやつ?」
「ああ」
カインは短く答えた。
「買ったまま寝かせる気はない」
ミラがすぐに言う。
「武器庫区画で初期点検は完了しています」
「試射区画の使用も可能です」
『弾種登録済み』
アドミラルが静かに続けた。
『通常散弾、スラッグ、スタン弾、ショック弾。すべて試験射撃可能だ』
カインは頷いた。
「アイリス行くぞ」
言われて、アイリスも椅子から立つ。
「私も?」
「ついでだ」
カインは言う。
「お前も軽く撃っとけ」
「うん」
アイリスは頷いた。
ミラは席に残ったまま言う。
「試射区画の記録は保存します」
「風呂の準備も並行して進めます」
「助かる」
カインは短く返し、アイリスを連れて食堂区画を出た。武器庫区画へ続く通路は、居住区画より少しだけ温度が低い。
壁面に埋め込まれた誘導灯。
金属床の硬い反響。整備用導線の匂い。
艦が未完成であっても、武器庫区画だけは艦らしい緊張を持っている。武器庫区画へ入ると、整備支援ドローンがちょうど作業を終えたところだった。ケースは既に開かれ、買ってきたショットガンが整備台の上に置かれている。
まだフルサイズのまま。洗浄と点検を終えたばかりで、表面の金属が少しだけ冷たい光を返していた。
その横には、カインが普段使っている艦内製のリボルバーとセミオート拳銃、それに崩兼元も整然と並べられていた。新しく買った物だけでなく、今の自分の手に馴染んでいる物も一度通しておくつもりだった。
『機関部確認済み』
アドミラルが言う。
『ショットガンは火薬式・エーテル式両シェルとも使用可能』
『既存装備についても簡易整備状態は良好だ』
カインはまずショットガンを手に取る。
重さ。
前後のバランス。
レバーの抵抗。
整備を通したことで、店で持った時よりさらに癖が分かりやすくなっていた。
「……やっぱり長いな」
小さく言う。
アイリスが横から覗く。
「…短くする前に試すんだね」
「ああ」
「元の動きを見てからだ」
カインはレバーを一度だけ回し、戻す。
金属音が短く響く。
動きは悪くない。
このままでも使える。
だが、狭い場所を考えるとやはり少し余る。
『射撃区画を開放する』
武器庫区画の奥、厚い隔壁が左右へ開く。
その向こうに伸びるのは試射レーンだった。艦内の、制御された区画だ。今回の標的は可動式。距離も段階調整できる。対人、対軽装甲、対ドローンの想定パターンまで簡易的に組める。
カインが先にレーンへ入る。
「最初は通常散弾でいい」
『了解』
壁面の装填補助ユニットから、登録済みシェルが一発ずつ出てくる。カインはそれを受け取り、手元で確認してから装填した。
標的が十数メートル先へ立つ。
「行く」
一言だけ言って、カインは構えた。
轟音。
散弾が標的を叩き、金属片が後方へ弾ける。
反動は重い。だが、想定の内だ。
そのままレバーを回し、次弾を送る。
スラッグ。重い一撃が標的の中央を強く打ち抜き、後ろの耐衝材まで揺らした。
さらにスタン弾。着弾と同時に青白い電光が散り、標的表面にノイズが走る。
最後にショック弾。こちらは機械系やドローン相手を意識した弾で、衝撃と通電の質が違った。
カインは四種を撃ち終えると、ようやく銃身を少し下げた。
「十分だ」
アイリスが聞く。
「どう?」
「使える」
そこでカインはショットガンを一度整備台へ戻し、次に艦内製のリボルバーをホルスターから手に取った。こちらはもう迷いがない。
引き金にかかる指も、構えも、反動の受け方も全部身体に入っている。
重い発砲音。
近距離想定の標的へ、一発ずつ硬く打ち込む。
ドローンや軽装甲を想定した、いつもの確認だ。
続けてセミオート。こちらは取り回し重視。
連続で数発。反応、戻り、収まり。いつも通りだ。最後に、カインは崩兼元を抜いた。
金属音は小さい。だが、銃声の後だと逆にその静かさが際立った。射撃区画の端に用意された近接用標的へ向き直る。
一歩。半歩。腰を落とす。抜き打ちに近い角度から一閃。硬い繊維と複合材で組まれた標的の表面が、斜めに深く裂けた。
アイリスが小さく息を呑む。
「……やっぱり、刀の時だけちょっと違う」
カインは崩兼元を返しながら言う。
「確認してるだけだ」
「でも、そういう感じじゃないよ」
それには返さず、鞘へ戻した。
今の自分の武器は全部生きている。
そこへ、新しい一本が加わるだけだ。
「次、お前だ」
「うん」
アイリスは自分の腰のホルスターへ手をやった。
艦内製の非殺傷用拳銃を自分で抜き、手の中で一度だけ握り直す。
内部充電式エーテルコンデンサー。
圧縮・放出で撃つ非殺傷型。弾薬式ではない。
彼女のために作られた武器。
カインはレーンの横へ立つ。
「距離は近めでいい」
「最初は中心だけ見ろ」
アイリスが構える。
まだ少しだけ肩に力が入っている。
「力みすぎだ」
「うん……」
「狙うより先に握るな」
カインの声はぶっきらぼうだ。
だが、見ているところは細かい。
「前に流しすぎるとブレる」
「……こう?」
「そうだ」
アイリスが息を整える。
標的を見て、引き金を引いた。
圧縮されたエーテルが非殺傷用の衝撃として放たれ、標的の胸部を弾く。火薬の反動とは違う。
軽いが、押し返す感覚はある。
「…当たった」
「外してないだけだ」
カインは言う。
「次」
アイリスは少しむっとした顔をしながらも、二発目、三発目を続ける。最初よりブレが少ない。
肩の力も抜けてくる。
『収束は改善傾向』
アドミラルが淡々と告げる。
『発射ごとの姿勢補正も安定している』
アイリスが少し笑う。
「褒められてる?」
『事実を述べている』
「…じゃあ褒められてるってことにする」
カインは小さく鼻を鳴らす。
「好きにしろ」
それでも次の発射を見て、短く言った。
「今のは悪くない」
アイリスがそちらを見る。
「ほんと?」
「ああ」
「やっと素直に言った」
「言う時は言う」
訓練は長くはやらない。
アイリスも数発だけ撃って感覚を整えたところで止めた。
「今日はここまでだ」
カインが言う。
「うん」
アイリスは拳銃を安全状態へ戻し、ホルスターへ収めた。そこでアドミラルが静かに告げる。
『残量低下を確認』
『エネルギー供給を推奨する』
アイリスが拳銃へ視線を落とす。
「……あ、結構使ったんだ」
「撃ったからな」
カインが言う。
アイリスは一度だけ頷くと、ホルスターから拳銃を抜き直した。
「じゃあ、これ充填に回すね」
『了解』
壁面の輸送ユニットが静かに開く。
細長い収納部、緩衝材と固定具が並ぶ。
アイリスは自分の拳銃をそこへそっと置いた。
『充填後、自室へ返送する』
「…ありがとう」
『当然の運用だ』
固定具が閉じ、拳銃は壁の内側へ滑るように消えていく。
アイリスがその跡を見て言う。
「自室で受け取れるの、便利だね」
「だな」
カインはショットガンを見下ろした。
「こっちは武器庫へ戻す」
『了解』
整備支援ドローンがショットガンを受け取り、保管位置へ戻していく。今度は“買った武器”ではなく、“これから自分用に仕上げる武器”として置かれる感じがした。
「切るのは後で?」
アイリスが聞く。
「ああ」
「次に触る時は切り詰めた後だ」
それだけ言って、カインは試射区画を出る。
火薬の匂い。金属の匂い。
エーテルの焦げるような残り香。
それを流すには、次の行き先は決まっている。
「風呂だな」
カインが言う。
アイリスは少しだけ笑った。
「うん。そうだね」
二人は武器庫区画を後にし、そのまま風呂区画へ向かった。
湯気の向こうで、水音がやわらかく反響している。女湯の方は、男湯より少しだけ照明が落ち着いていた。艦内設備らしい無機質さはある。
けれど、その中へちゃんと“人が入る場所”の空気が出ている。
アイリスは湯に肩まで浸かり、小さく息をついた。
「……はぁ……」
今日一日の疲れが、ようやく少しずつ抜けていく。外を歩き、見て、考えて、撃って、戻ってきた。湯の熱が、そんな一日をゆっくりほどいていく感じがあった。
少し離れた場所で、ミラも静かに湯へ入っている。
アイリスはふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば」
「…アンカーランチャーと作業ドローン、どこで買ったの?」
「ヴェラの所?」
ミラが顔を上げる。
「いいえ」
「ヴェラの店ではありません」
「別の店です」
アイリスが少しだけ目を丸くする。
「別の店?」
「はい」
「TOYBOXです」
「……トイ・ボックス?」
名前だけ聞くと、どうしても玩具屋のように思える。その反応が分かったのか、ミラは小さく頷いた。
「名称は軽いですが、扱っている物は実務寄りでした」
「補助ドローン、作業用ユニット、小型機材、交換アーム、そういった物をまとめて扱う店です」
「へえ……」
アイリスは少し興味を持ったように湯の中で身体をずらす。
「どんな感じの所だったの?」
「ジャンクバザールの中では、かなり整っている方です」
「ヴェラの店が“積み上げられた現場”なら、あちらは“整頓された箱庭”に近い印象でした」
アイリスが少し笑う。
「その言い方、分かりやすい」
「実際、そのような印象でした」
「小綺麗で、見た目は柔らかいです」
「ですが中身は、ちゃんと働く機械がありました」
「じゃあ、そこで買ったんだ」
「はい」
「船外作業ドローン二機と、アンカーランチャー一式を押さえました」
アイリスは湯を掬いながら言う。
「ミラ、そういうの見つけるの上手いね」
「必要な方向が見えていれば、絞れますから」
淡々とした返事だった。だが、その中に少しだけ自負が混じっているようにも聞こえた。
「店主は、コフレというアンドロイドでした」
ミラが続ける。
「接客用として整えられた印象はありましたが、芯は作業機です」
「落ち着いた個体でした」
「コフレ……」
アイリスは小さくその名前を繰り返した。
「なんか可愛い名前」
「店の空気にも合っていました」
「それで、ラッチとヒンジにも会いました」
「ラッチとヒンジ?」
「店やその周辺で動いていた小型ドローンです」
「見た目は愛玩機に近いですが、動きはかなり正確でした」
「一機は棚札を読み取り、もう一機は下段の箱から部材を引き出していました」
「つまり、可愛い顔をした作業機です」
アイリスが少し吹き出す。
「それ、絶対見たかった」
「ミラ、ちょっと好きだったでしょ」
「嫌いではありません」
即答だった。
それが可笑しくて、アイリスはくすっと笑う。
湯気の向こうで、ミラは少しだけ間を置いてから続けた。
「コフレと少し話しました」
「自由港で店を続けている理由です」
アイリスはそれに少しだけ真面目な顔になる。
「なんて言ってたの?」
ミラは静かに要点だけをまとめるように話した。
「自由港は、人間だけが流れ着く場所ではない、と」
「旧式、規格から外れた作業機でも、ここならまだ次の役目を持てることがある」
「表では“管理できるか”が先に問われる」
「でも、ここでは“使えるか”が先に来る」
「その違いは、自分のような個体には大きい――そういう意味のことを言っていました」
アイリスはしばらく湯の表面を見ていた。
コフレ。ラッチ。ヒンジ。
見た目は可愛かったり、整っていたりする。
でも、ただ置かれた機械ではなく、それぞれの場所で、それぞれの役目を持って動いている。
「……なんか」
ぽつりと、アイリスが言った。
ミラが視線を向ける。
「…アンドロイドとドローンにもいろいろいるんだね」
「何ていうか……生活してるっていうか」
「……生きてるんだね」
湯気の向こうで、ミラは少しだけ黙った。
その言葉を、すぐには軽く返さなかった。
「そうですね」
やがて、静かに答える。
「少なくとも、ただ命令を待つだけではない個体はいます」
「コフレもそうでした」
「ラッチとヒンジも、単に動いているというより、あの店の中で自分の役目に馴染んでいました」
アイリスは小さく頷く。
「うん」
「なんか、ちょっと分かった気がする」
「ミラも、提督も、そういう感じなんだなって」
ミラは湯の中で自分の手を少し見た。
「私はエーテルガイストの補助端末として作られました」
「アドミラルと基礎は共有しています」
「ですが、同一ではありません」
「経験する環境も、身体も、役割の持ち方も違います」
「だから、少しずつ差が生まれます」
「考え方も、判断も、好みも」
アイリスはそこで少しだけ笑う。
「うん」
「…それ、分かる」
「…ミラってちゃんとミラだもん」
ミラはその言葉に、ほんのわずかに目を伏せた。
「……ありがとうございます」
アイリスは湯に肩を沈めながら続ける。
「コフレも、自由港でちゃんと店をやってて」
「ラッチとヒンジも、ちゃんと働いてて」
「アドミラルはアドミラルで、あの艦の中でずっと考えてて」
「そういうの見ると、ただ機械っていうだけじゃないんだなって思う」
ミラは静かに頷いた。
「そう考えるのは、自然だと思います」
「個体差はあります」
「ですが、役目の持ち方や、場所への馴染み方には違いが出ます」
「それを“生活している”と表現するなら、大きくは外れていないかもしれません」
アイリスは少しだけ嬉しそうに笑った。
「そっか」
「なんか、いいね」
「何がですか?」
「ミラがいて、提督がいて、外にはコフレみたいなのもいて」
「ちゃんと、みんなそれぞれ違うっていうの」
ミラは少しだけ考えるように間を置いた。
「……そうですね」
「違うことは、悪くありません」
その返しは、いつものミラらしく整っていた。
けれど、その奥に少しだけ柔らかいものが混じっていた。
アイリスは湯の中で肩を寄せるように沈み、ふっと息をつく。
「今度、私もコフレに会ってみたいな」
ミラは静かに頷いた。
「はい」
「機会があれば、案内できます」




