第31話:報告
クロンワークスへ戻った時には、作業場の空気がいつもとは少し変わっていた。
乱雑に動いているのではない。
一段落した現場特有の、熱を残した静けさがある。切断機の音はまだ遠くで鳴っている。
搬送の波は少し落ち着き、今は切り出した部材の確認と仕分けへ重心が移っているのが分かった。
クロンは、切り出された骨材の前に立っていた。
支持材。
外装板。
導管。
補機。
使う物、まだ見る物、売る物。
その山を前に、腕を組んで一本ずつ目で追っている。
その少し横にはミラもいた。
ミラの手元には端末があり、クロンの確認と同じ流れを別の角度から追っているらしい。
ホバーバイクを停泊帯へ寄せると、クロンが先にこちらへ気づいた。
「戻ったか」
「ああ」
カインは先に降り、後部ラックに積んでいたケースと弾薬箱を外す。
それから、借りていたホバーバイクの認証タグを外してクロンへ渡した。
「助かった、返す」
クロンはそれを受け取り、機体を一度だけ見た。
「雑には乗ってねぇな」
「壊す理由がない」
「そりゃそうだ」
クロンは鼻を鳴らしてから、すぐに本題へ入った。
「で、そっちは見て回れたか」
「それなりにな」
カインはケースを持ち直しながら答える。
「仕事場も、武器も、足も見た」
「足?」
「車両だ」
「候補はあったが、今日は見ただけだ」
「そうか」
クロンはそれ以上深追いせず、今度は自分の足元の部材群へ顎をしゃくった。
「こっちはこっちで進んでる」
カインは視線を向ける。
昼間は見ていない。
だからこそ、今ここに並んでいる量だけで十分だった。
切り出された支持材は思ったより揃っている。
導管類も太さごとに分けられ、外装板も重ねるだけでなく、使える形ごとに分けて置かれていた。
ぱっと見て山に見える物も、実際にはちゃんと流れの中に乗っている。
「進みはどうだ」
カインが聞く。
クロンはあっさり答えた。
「明日には、お前達が使う分は全部終わる」
「残りはこっちでバラシをやって、ロイの所に流す」
アイリスが目を瞬かせる。
「……明日には?」
「早いだろ」
カインは小さく鼻を鳴らした。
「十分だ」
「いくつか先にロイ側に流してあるぞ」
そう言ってクロンがミラの方を見た。
ミラは静かに頷く。
「受領済みです」
「先行売却分は依頼料に回しています」
カインがミラを見る。
「こっちの買い付けは?」
「順調です」
ミラは端末を軽く操作し、一覧を開いた。
「必要部材群は予定通り確保しました」
「加えて、外部作業用の補助装備も押さえています」
カインの視線が少しだけ細くなる。
「補助装備?」
「はい」
ミラは落ち着いて答えた。
「ノクス運用補助候補として、搭載用アンカーランチャー一式」
「および船外作業ドローン二機を確保しました」
アイリスが小さく目を丸くする。
「……そんなのも買ったの?」
「必要性を認めました」
ミラは淡々としている。
「現状ではアンカー未搭載ですが、今後の選択肢として有効です」
クロンがそこで会話へ入った。
「そいつの話はもう聞いてる」
どうやらミラが戻った時点で話を通していたらしい。
「ノクスにあれを付けたいなら、うちでやるぞ」
カインがクロンを見る。
「できるか」
「できる」
クロンは即答した。
「難しくない」
「固定位置と電源の取り回しを決めりゃいい」
「外で使う前提だからな、最初から補強も込みでやってやる」
ミラが補足する。
「アンカーランチャーは、短距離係留補助、船外固定、曳航補助に転用可能です」
「作業ドローン二機も含めれば、ノクス側の外部作業能力が上がります」
カインは少しだけ考えた。
「今すぐじゃない」
「だが候補としては悪くない」
「はい」
ミラは頷く。
「その想定で仮登録しています」
クロンは部材の山へ視線を戻しながら言う。
「解体の話に戻るぞ」
「お前らが使う分は明日で揃える」
「残りは残りで、金になるもんからロイへ流す」
「それで回る」
カインは短く答えた。
「分かった」
アイリスは切り出された部材を見て、ぽつりと呟く。
「……朝に別れて、戻ってきたらもうこんなに進んでるんだね」
「これで飯食ってる」
クロンはぶっきらぼうに返した。
ミラが静かに続ける。
「本艦側の一次改修も、搬入分から順次進めています」
「外見上も、進行が確認できるはずです」
カインはケースを持ったまま一度だけ頷いた。
十分だった。外で見てきたことと、中で進んでいたことが、これでようやく繋がった。
「じゃあ、こっちは戻る」
クロンは軽く手を上げた。
「俺はまだこっちだ」
「ああ」
カインが答える。
クロンはそれ以上は言わず、また部材の方へ視線を戻した。最初から最後まで自由港の人間だ。
余計なところへは踏み込まず、踏み込ませもしない。
ミラが一歩前へ出る。
「では、こちらへ」
「うん」
アイリスが頷く。
カインは最後に一度だけクロンワークスの作業場を見た。
切り出された骨材。流れる搬送。
まだ熱の残る現場。その全部が、止まらず次へ回っている。それを背に、三人はアウタードライドック6番――艦の方へ向かって歩き出した。
アウタードライドック6番へ続く通路を抜けた時、カインは自然と足を緩めた。
先に見えたのは、作業灯の白い光だった。
それが夜の手前の薄い暗さの中で、巨大な艦体の輪郭を浮かび上がらせている。
エーテルガイスト。
朝にここを出た時と、もう少し違って見えた。
もちろん、完成には程遠い。
継ぎ接ぎだ。未完成の巨大艦であることに変わりはない。だが、その未完成さの質が少し変わっている。剥き出しだった側面フレームの一部分には、新しい支持材が渡されていた。
色の違う外装板が何枚か仮留めされ、露出していた補機区画のいくつかは仮設カバーで閉じられている。腹側には補給導管が這い始め、艦腹を回る足場と作業灯の数も、朝より明らかに増えていた。雑然としていた線が、少しだけ“艦”の輪郭へ戻り始めている。アイリスも同じものを見て、思わず足を止めた。
「……ほんとに、進んでる」
小さく呟く。
「出た時より、ちゃんと変わってる……」
カインは何も言わず、しばらくその艦影を見ていた。
仮留めの板。
新しく渡された骨。
まだ露出している配線。
そこに混ざる、元からあった艦体の重さ。
見た目だけを整えたわけじゃない。
流し込まれた部材が、ちゃんと次の形へ組み替えられ始めている。それが一目で分かった。
ミラが静かに言う。
「帰投時に視認しやすい範囲の補強も、優先度を上げました」
頭上のスピーカーから、アドミラルの声が落ちる。
『視覚的な変化は必要だと判断した』
『進行状況が外見からも分かることは、現時点での艦内外運用に有益だ』
アイリスが少しだけ笑う。
「…やっぱり、分かるようにしてたんだ」
『その通りだ』
カインは小さく鼻を鳴らした。
「見れば分かるってのは大事だ」
『同意する』
ドック内には、まだ作業の名残がある。
仮設クレーンが静止状態で待機し、足場の一部には工具箱が開いたまま残り、搬入用の浮遊台車には空になった固定具だけが残っていた。
ほんの少し前までここで、部材が運ばれ、固定され、切られ、繋がれていたことが分かる。
昼間に別れたきりの時間が、艦の表面にそのまま積み上がっているようだった。
アイリスが艦を見上げたまま言う。
「……なんか、朝よりちゃんと艦っぽく見える」
カインはその言葉にすぐには返さなかった。
だが、否定もしない。
未完成だ。まだ粗い。足りないところだらけだ。
それでも、朝よりは確かに今の方が“こちら側”へ寄っている。
「戻るぞ」
低く言って、カインは先に歩き出した。
仮設足場の影を抜け、艦へ繋がる導線へ入る。
ケースに入ったショットガンが手の中で少しだけ重い。ホバーバイクで見て回った。車両候補。外で拾った情報。武器の流れ。ブラックバナーの気配。全部を持ったまま、今度は艦の中へ戻る。乗艦用の導線へ足を踏み入れたところで、アドミラルが改めて告げた。
『帰投を確認した』
『本日分の外出記録、およびクロンワークス側の進行記録は統合済み』
「後で聞く」
カインが言う。
『了解』
ミラが一歩先で振り返る。
「ショットガンは先に武器庫区画へ回しますか」
「ああ」
カインはケースを軽く持ち上げる。
「弾も一緒だ」
艦内へ入ってすぐの壁面が、静かに左右へ開いた。細長い収納部。緩衝材と固定具が並ぶ、艦内壁運搬輸送ユニットだ。
アイリスが目を瞬かせる。
「……これ、壁の中を走るやつ?」
『その通り』
アドミラルが答える。
『主要区画間の物資搬送用ユニットだ。現在は武器庫、医療区画、生産区画等の主導線のみ再稼働中』
カインはケースを中へ収める。続けて弾薬箱も置いた。通常散弾。スラッグ。スタン弾。ショック弾。
「武器庫区画に」
『指定受付』
『到着後、整備支援ドローンが受領する』
ミラが補足する。
「初期点検、分解洗浄、機関部確認、弾種登録を行います」
「その後、仮登録して保管します」
「頼む」
固定具が自動で閉じる。
ケースと弾薬箱が内部でロックされ、次の瞬間、低い駆動音と共に壁の内側へ消えていった。
アイリスがその跡を見て、小さく笑う。
「……こういうの見ると、艦の中って感じする」
『艦だ』
アドミラルが平然と返す。
「…分かってるけど、言いたくなるんだって」
カインはそれを横で聞きながら、ようやく肩の力を少し落とした。外で拾った物は、これで艦の中へ入った。後は整理して、次へ繋ぐだけだ。
ミラが先導するように歩き出す。
「では、進捗報告へ移ります」
『本日分の一次改修は予定工程を上回って進行した』
アドミラルの声が通路に響く。
『支持材の一次挿入、外装板仮留め、補給導管の暫定再接続、補機区画の仮閉鎖まで完了している』
「見れば分かる」
カインが短く言う。
『分かるようにした』
「それも含めてだ」
アイリスが、さっきまで外から見上げていた艦の方を思い出すように小さく息を吐く。
「……今日は、外も中も、ちゃんと進んだ日だったね」
カインは通路の先を見たまま答えた。
「そうだな」
その答えは短かった。だが、それで十分だった。
通路を進む間にも、艦の奥では低い駆動音が途切れなかった。補機の唸り。導管を流れる圧。
仮設灯の白い光。エーテルガイストはまだ未完成だ。だが、もう“止まったままの巨艦”ではない。
ラウンジ区画へ入ると、壁面モニタに艦の簡易断面図が立ち上がった。
外装。兵装。補機区画。未修復区画。仮設ライン。それぞれが色分けされ、朝より確実に情報量が増えている。
カインは卓の前で立ち止まり、短く言った。
「それで?どこまで進んだ」
頭上のスピーカーから、アドミラルの声が静かに降りる。
『了解』
『優先事項ごとに報告する』
ミラが横で端末を開き、補助表示を出した。
アイリスもその横から覗き込む。
『第一。偽装外装の追加装甲化について』
壁面の図が切り替わる。現在の外装ラインと、仮設の追加装甲配置。偽装船として被せるために用意していた外装材が、今は別の意味を持ち始めていた。
『結論から言えば、取り付け作業中だ』
『偽装外装は、そのまま外部追加装甲として装着』
『格納式艦橋、主砲、副砲、対艦兵装、各可動部との干渉を避けるため、兵装側は格納状態を前提にラインを再設計した』
画面には、格納状態の主砲トライデント、収納された副砲群、外装板の逃がしが表示される。
「主砲も副砲も、邪魔にならないようにしたってことか」
カインが言う。
『その通りだ』
『外から被せるのではなく、艦の輪郭そのものへ寄せて追加装甲化する』
『現状、本艦のエーテルシールドは連続稼働三分が限界だ』
『被弾や威圧への即応を考えれば、外部追加装甲を持つ方が有利だ』
カインがモニタを見る。
「艦の速度は?下がるか?」
『低下は軽微』
アドミラルは即答した。
『当初は外部重量増加による速力低下を想定した』
『だが、エーテルコアの最適化、および艦内部補機の一次修復が進んだ結果、推力余剰が予想より確保できた』
『潜伏航行、低出力巡航、ステルス運用が主だったため、現在の運用域ではシミュレート上、顕著な差は出ていない』
カインは小さく鼻を鳴らした。
「要するに、今までの使い方なら変わらんってことだな」
『そうだ』
『第二。ハルバードの解析』
モニタが再び切り替わる。
ミサイル断面図。誘導演算補助。弾体構成。
推進部。制御層。
『購入済みのハルバードのうち一本を分解解析した』
『推進、弾体構造、姿勢制御、誘導演算補助、自己診断層の基礎は取得済み』
『加えて、オールドスパインアーカイブから回収した関連データを今しがた受領した』
ミラが補足する。
「運用補助記録、自己診断断片、誘導補助演算断片を照合に回しています」
「実物分解だけでなく、記録側からも底上げできます」
カインが頷く。
「それで、何が変わった」
『仮組みしていた演算シミュレータの精度が上がる』
『既存のミサイル機動演算、予測補正、終末誘導補助へ反映可能だ』
『要するに、“飛ばす”だけなら既にできた』
『今は、“思った通りに飛ばす”段階へ移行している』
アイリスが少しだけ感心したように言う。
「……一本潰した意味はあったんだね…」
『大いにあった』
『第三。ハルバードの艦内生産ライン』
今度は兵装区画の簡易図が出る。
弾体成形。推進部組立。誘導層実装。小型反応炉。検査。搭載。
『生産ラインは立ち上げ済みだ』
『完全量産とは言わないが、試作と小ロット生産が可能な段階まで到達した』
カインの目が少しだけ細くなる。
「もうそこまで行ったか」
『旧型のピルムミサイルを構造参考にしたのが大きい』
『弾体の区画設計、ハッチ内収納効率、誘導補助層の簡略化に流用できた』
ミラが画面を切り替える。
「現時点で、購入済みハルバードはミサイルハッチ内へ搭載完了しています」
「加えて、先行生産分をいくつか確保しました」
「ライン自体は生きていますので、以後は資材次第で増産可能です」
カインは短く頷いた。
「十分だ」
『現時点のハルバードは“使える”段階にはある』
『ただし“信頼し切れる”段階ではない』
『今後は実射、演算補正、個体差調整が必要だ』
「最初から完璧を期待してるわけじゃない」
カインが言う。
「撃てて、補正できるならそれでいい」
『了解した』
『第四。ピルムミサイルについて』
壁面図の一角、拡張兵装区画が明るくなる。
小型のミサイルセル。ハルバードより小さい弾体表示。
『ピルムはハルバードよりも小型の旧式ミサイルユニットだ』
『拡張用兵装区画の一つへ搭載を開始した』
『主用途は迎撃、防御、近接圏制圧補助』
『艦隊戦用の主攻兵装ではなく、防御と迎撃を厚くするための層と考えていい』
アイリスが目を瞬かせる。
「守る方のミサイルって感じ?」
『概ねそうだ』
『迎撃弾、防御用散布弾、簡易欺瞞補助弾への発展余地もある』
ミラが静かに続ける。
「ハルバードが“刺す”側なら、ピルムは“止める”側です」
「両方があることで、本艦の兵装運用はかなり柔らかくなります」
カインは小さく鼻を鳴らした。
「悪くない組み合わせだ」
『第五。トライデント』
その名前が出た瞬間、部屋の空気が少しだけ変わる。主砲。エーテルトライデント。
未完成艦の中でも、最も“切り札”に近い名前だった。画面に、格納状態の主砲構造図が出る。
三連。回転軸。装填系。冷却。エーテル収束。
『完全復旧ではない』
『だが、“使えるところまで起こす”という目標に対しては前進している』
『回転基部の固定、初期収束導管の再接続、格納シーケンスの暫定復旧までは完了』
『現時点では低出力域での機構試験が可能な段階にある』
カインが低く聞く。
「撃てるか」
『今日の時点では、まだ安全に“撃てる”とは言わない』
『だが、“沈黙したままの主砲”ではなくなった』
『起こし始めている』
『到達目標としては妥当な進捗だ』
カインはそれを聞いて、ほんの少しだけ表情を緩めた。
「十分だ」
アイリスがそちらを見る。
「そんなに?」
「でかい」
カインは短く答えた。
「完全じゃなくても、死んだままじゃないってのは違う」
『同意する』
アドミラルが返す。
『主砲が“存在している”だけの段階から、“起こせる”段階へ移った意義は大きい』
報告が一区切りつく。壁面モニタには、
追加装甲化進行
ハルバード解析完了
ハルバード生産ライン起動
ピルム搭載開始
トライデント機構復旧中
の文字が並んでいた。
ミラが静かに言う。
「要約すると、本艦は“未完成のまま戦う艦”から、“未完成でも強化しながら戦う艦”へ移り始めています」
アイリスが小さく息をつく。
「……ちゃんと前に進んでる感じする」
カインは卓へ手を置いたまま、モニタを見ていた。
追加装甲。シールドの穴埋め。主砲の再起動。
新しいミサイル。生産ライン。
全部、前日に自分で言ったことだ。
それが、ただの希望や見積もりではなく、もう数字と構造になって返ってきている。
「悪くないな」
短く言う。
「どころではありません」
ミラが珍しく、はっきりと返した。
「かなり良い進行です」
『同意する』
アドミラルの声が静かに落ちる。
『本日の時点で、本艦は確実に“前日より強い”』
その言葉に、アイリスが少しだけ笑った。
「……それ、なんかいいね」
カインは何も言わなかった。だが、否定もしなかった。




