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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第30話:見学

 バンカーボートを出ると、午後の光は少しだけ鈍っていた。自由港の通路には、まだ昼の熱が残っている。荷役区画の方から流れてくる搬送音。

工房街の金属を打つ音。どこか遠くで鳴る短い警告音。人も機械も止まりきらないまま、街だけがゆっくり午後へ傾き始めていた。

 ホバーバイクの脇まで戻ったところで、アイリスがカインを見上げる。


「……この後は?」


 カインはすぐには跨がらず、バンカーボートの方を一度だけ振り返った。

さっきまで見ていた仕事板。壁際の男。

表に出る依頼と、出ない依頼。あの場の空気は、もう十分拾った。


「他の所も見に行くか」


「戻らないの?」


「戻ってもいいが、今ドックへ帰っても向こうはまだバタついてるだろ」


アイリスは小さく頷く。


「……そっか」


カインは通信機に触れ、短く通信を入れた。


「アドミラル」


『聞いている』


「こっちは、もう少し自由港を見て回る」


「今戻っても、そっちの邪魔だろう」


『妥当だ』


アドミラルの声は静かだった。


『本艦側の一次改修は継続中。現時点で緊急性を要する呼び戻し要件はない』


少し遅れて、別回線でミラの声も入る。


『こちらも同意します』


『現状、解体・搬入導線が流れているため、今はお戻りいただかない方が効率的です』


アイリスが少しだけ笑う。


「…追い返されたみたい」


『現場判断です』


ミラが真面目に答える。


カインは小さく鼻を鳴らした。


「聞いた通りだ」


「雑多な物は、次回ミラがいる時」


「生活用品とか、艦で使う細かい物は、金を渡してある」


「お前の部屋に置く物も、その時まとめて見ればいい」


アイリスは少しだけ考えてから頷く。


「……うん。たしかに、その方が良さそう」


『必要であれば、後日三名での買い回り計画を組みます』


「…うん、それは楽しそう」


『記録しておきます』


カインは通信を切る前に短く言った。


「何かあれば入れろ」


『了解した』


『そちらも、状況次第では通信を』


「ああ」


通信が落ちる。自由港のざわめきがまた近くなる。工房街の音。荷役の駆動音。人の流れ。


アイリスが改めて聞いた。


「じゃあ、この後は?」


「武器と足だな」


「足?」


「移動手段だ」


 カインはホバーバイクのハンドルへ軽く手を置いた。


「これはクロンのだろ」


「ずっと借りっぱなしってのもな」


アイリスは後ろのホバーバイクを見て、少しだけ笑う。


「……確かに」


「それに二人乗りだ」


カインは言う。


「三人で動く時は不便だ」


「……ミラも一緒ね……」


「ああ」


「ノクスも好きな場所にそのまま停められるわけじゃない」


「小型船でも、係留できる場所は決まってる」


「ちょっと別区画へ行くたびに船を動かすのは面倒だ」


アイリスは少し真面目な顔になる。


「…自由港の移動手段って、他にもあるんじゃないの?」


「あるぞ」


カインは短く答えた。


「タクシーみたいなやつ、バスも、浮遊列車もな」


「ただ、この港の治安であれに頼りきるのは少しあれだ」


「足がつきやすいし、人目にもつく」


「なるほど……」


「だから、自前の足があるかどうかは見ておく」


アイリスは頷いた。


「武器の方は?」


「今すぐ必要なわけじゃない」


カインは言う。


「だが、自由港で何が流れてるかは見ておく価値がある」


「いざ必要になった時、どこで何が買えるかも含めてな」


アイリスが少しだけ笑う。


「…買うかどうかより、場所と流れを見に行くって感じなんだ」


「そういうことだ」


カインは少しだけ目を細めた。


「車両の方も、最初から良い物が転がってるとは限らん」


「最悪、残骸でもいい」


 アイリスが瞬く。


「残骸?」


「ああ」


「芯が生きてりゃ、後は何とかなる」


「……何とかなるかな……」


「俺達の艦なら直せるだろ」


カインはぶっきらぼうに言ってから、ほんのわずかに間を置いた。


「多分な」


アイリスはそこで小さく吹き出した。


「多分なんだ……」


「絶対と言い切るよりはマシだ」


カインは先にホバーバイクへ跨がる。


「行くぞ」


「うん」


アイリスも後ろへ乗る。

背中に軽く触れる手の感触を確かめ、カインは低く浮上音を鳴らした。機体が床からわずかに浮く。自由港の午後はまだ動いている。

そして自分たちも、まだ今日は止まらない。

ホバーバイクは低く唸り、雑多な通路の風景の中へ滑り出した。


 工房街へ戻る導線の途中で、通りの空気が少し変わった。

荷役区画の荒い匂いに混じって、油と火薬と焼けた金属の気配が濃くなる。

露店。

半開きのシャッター。

貨物コンテナをそのまま店にしたような細長い店舗。

強化ガラス越しに整然と並ぶ銃器店。

逆に、刃物ばかり壁へ吊るした古臭い店もある。

武器を扱う店が、工房街へ続く通りの途中に固まっていた。


「……この辺なんだ」


アイリスが背中越しに言う。


「ああ」


カインは前を見たまま答えた。


「仕事を拾う場所の近くには、大体こういうのも出来る」


「売るだけじゃない。直す店も、部品を流す店もいる」


 ホバーバイクを区画脇の停泊帯へ寄せ、静かに減速させる。低い浮上音が落ち、機体が沈んだ。


「行くぞ」


「うん」


 二人は降り、武器屋の並ぶ通りへ足を向けた。

一軒目は、比較的まともな店舗型の銃器店だった。外装は古いが、ショーケースはきちんと磨かれている。中には短銃、長銃、予備部品、ホルスター、照準補助器、各種カートリッジケース、充電セル、冷却パックまで並んでいた。

棚には現行規格対応、旧式互換、再生品、試作品扱いと雑に区分けされた札が掛かっている。


 カインはまずガラス越しに小火器を見る。

人類が宇宙へ出て、およそ百年。

そしてエーテル技術が兵器分野へ本格的に入り込んでから、まだ五十年ほどしか経っていない。

だから武器事情は、まだ完全には塗り替わっていなかった。化学推進式の火薬銃。蓄電セル駆動のレーザー兵器。ビーム投射器。コイル加速式の実体弾銃。圧縮ガスや電磁補助で撃ち出すブラスター。小型グレネードランチャー。肩撃ち式の簡易ランチャー。そして、エーテル弾やエーテル励起機構を組み込んだ新しい世代の武器。

全部が、まだ同じ棚に並ぶ時代だった。


「……思ったより混ざってるんだね」


アイリスがガラスの向こうを見ながら言う。


「そうだ」


カインは短く答えた。


「宇宙に出てからは長いが、エーテルが主流になり始めたのはその半分くらいだ」


「まだ全部が置き換わったわけじゃない」


「そこへエーテル式が食い込んでる」


ショーケースの中段には、細身の現代銃が並んでいる。

蓄電セル式のレーザーピストル。

短銃型のビームブラスター。

冷却ジャケット付きの小型ビームカービン。

どれも火薬式ではない。

だが、エーテル技術も使っていない。


 その隣には、コイル補助で小型スパイク弾を撃ち出す短機関銃がある。さらに下段には、圧縮ガスと電磁補助で弾体を押し出す民生ブラスター、簡易スタングレネード対応の小型ランチャーまで並んでいた。


「じゃあ、これもエーテルじゃないんだ」


アイリスが、細い銀灰色の短銃を指す。


「そっちはセル式のレーザーだな」


カインが言う。


「火薬も使わないし、エーテルでもない」


「へえ……」


「宇宙進出後に広まった型だ」


「整備はしやすい。だが、出力の癖や冷却で好みが分かれる」


そのさらに奥には、軍規格らしい長銃がある。

こちらはコイル加速式。

薬莢もエーテル弾も使わず、専用弾を電磁的に押し出す型だった。


「こういうのもある」


カインが顎で示す。


「コイル式だ」


「…軍でもまだ残ってる?」


「ああ」


「部隊、補給、用途、予算、整備……そういうので残る物は残る」


アイリスは少し真面目な顔になる。


「……じゃあ、今の主流って言っても、完全に一色じゃないんだ」


「そうだ」


カインは答えた。


「今はまだ、変わりつつある途中だ」


 自由港では、新しい物だけが強いわけではない。弾が手に入り、部品が流れ、直せる者がいるなら、古い武器も死なない。

逆に新しい武器でも、消耗材や整備者が足りなければすぐ不便になる。

ここはそういう場所だった。


ショーケースの上段には、エーテル技術の現行武器も並ぶ。

エーテル弾対応の拳銃。

発射時にエーテル圧縮を補助する短銃。

小型のエーテルブラスター。

圧縮エーテルを炸裂させるグレネード。

対装甲用の軽ランチャー。

見た目は新しいが、まだ高価で、補給も扱いも人を選ぶ。


「…こっちは分かりやすく新しいね」


アイリスが言う。


「ああ」


「今の流れだ」


「だが、こっちだけで全部回るほど、まだ世の中は揃ってない」


 今日見に来たのは補充より、流れの確認だった。露店が続く区画へ入ると、武器の並び方が少し雑になる。同じ銃でも、店舗型のガラス越しに置かれていた時とは見え方が違った。

 荷箱を三つ並べ、その上に布を敷き、そこへ無造作に流れ物を広げている。

切り詰めた旧式カービン。

黒染めだけやり直した短銃。

再生フレームに別規格の部品を継ぎ足した、半分密造みたいな銃。

古いビームブラスター。

冷却ジャケット付きのレーザー短機関銃。

グレネード本体だけが抜かれたランチャーの殻。

どれも使えなくはない顔をしているが、信用できる顔ではない。


カインはその中の一つを手に取った。

灰色の短銃。

見た目はまだまともだが、重さの乗り方が鈍い。


「死んでるな」


ぼそりと言う。


「分かるの?」


アイリスが覗き込む。


カインは短く答えた。


「外だけ整えて流した再生品だ」


「レーザー系でも?」


「ああ」


「火薬だろうが、コイルだろうが、レーザーだろうが同じだ」


「中がボロなら意味がない」


別の箱には、古い肩撃ち式ランチャーが寝かされていた。

弾頭収納部は空。

誘導補助部に雑な再配線。

撃てるように見せているだけで、実際に使えば照準が流れるのが目に見える。


カインは視線だけでそれを捨てる。


「…こういうのは?」


アイリスが聞いた。


「脅しにはなる」


「本気で使うなら俺は選ばん」


 さらに先、青白い照明を強めに焚いた店があった。こちらは露店ではなく、エーテル技術の兵器を主に扱っているらしい。ガラス越しに見えるのは、細身で洗練された輪郭の武器ばかりだ。


エーテル弾対応の拳銃。

圧縮エーテルを段階制御するブラスター。

収束ビームの短機関型。

非殺傷制圧用のスタンランチャー。

小型のエーテルグレネード投射器。

民間向け護身用と、半ば軍崩れ向けの危うい物が同じ棚に並んでいる。


アイリスは、そこで少しだけ足を止めた。


「……これ、私のにちょっと似てる」


視線の先には、コンパクトな非殺傷用拳銃がある。弾倉はなく、代わりにエーテル残量表示と充填ポート。圧縮・放出式だ。


「系統は近いな」


カインが言う。


「ただ、お前のはもっと癖がない」


「艦の中で合わせて作ったからだ」


 アイリスはガラス越しに見つめながら、小さく頷いた。


「…自由港でも、こういうのが普通なんだね」


「増えてきてるみたいだ」


カインの視線は、店の下段に落ちる。

 新しいエーテル兵器のすぐ脇に、古いコイル銃用の部品箱と、予備冷却パック、火薬式の整備具まで押し込まれていた。

 

 さらに少し進むと、今度は刃物ばかりの店が現れた。銃器店の並びの中にあって、そこだけ空気が少し違う。火薬や充電セルや冷却剤の匂いではなく、油と研ぎ粉と焼けた金属の匂いが強い。

 壁面にずらりと吊るされたナイフ。

 短剣。旧軍格闘刃。工具寄りの鉈。刃の厚い作業刀。装飾だけは立派な模造長剣。

その奥には、数本だけ長物が立てかけられている。刀。あるいは刀の真似事。


 だが、それだけではなかった。

反対側の棚には、もっと新しい近接兵装も並んでいる。

蓄電セル式のレーザーブレード。

細い実体刃へ電磁振動を与える高周波ナイフ。

装甲材や隔壁を焼き切るためのトーチブレード。

 さらに、刀身へ薄くエーテル刃を纏わせる民間向け近接武器まであった。


「……刃物も、結構混ざってるんだね」


アイリスが店内を見回しながら言う。


「ああ」


カインは短く答えた。


「銃と同じだ」


「古いのが消えたわけじゃない。新しいのが増えただけだ」


そう言って、まずは新しい棚の方へ目を向ける。


 細身のレーザーブレード。

 実体刃はなく、柄から薄い光の刃を発振する型。見た目は洗練されている。軽い。派手だ。

だが、いかにも現代兵器という顔をしていた。


アイリスが一振りを指す。


「…これ、完全に刃が光ってるんだ」


「レーザーブレードだな」


カインは目だけで追う。


「切れるだろうが、発振部が死ねば終わりだ」


「壊れたら一気にダメってこと?」


「そういうことだ」


「整備と予備部品が前提の武器だな」


隣には、見た目だけなら普通のコンバットナイフに近い一本があった。

ただし刀身の根元に細い発振子が仕込まれ、札には電磁振動刃とある。


「…これは?」


「高周波か電磁振動の類だ」


カインが言う。


「実体刃を振動で補助してる」


「…こっちは少し普通の刃物に近いんだね」


「ああ。刃そのものがある分、まだ信用はしやすい」


さらに奥、もっと無骨な棚にはトーチブレードが並んでいた。


 厚い柄。短く幅広い刃。武器というより、半分は現場工具だ。熱で溶かし、切断するためのもの。


カインがそれを見て、小さく鼻を鳴らす。


「トーチブレードか」


「武器というより、半分は工具だな」


「…でも危なそう」


「危ない」


カインは即答した。


「斬るってより、焼き切る方だ」


「装甲材や解体を相手にする現場向けだろう」


アイリスは少しだけ顔をしかめる。


「それで人と戦うの、あんまり綺麗じゃないね」


「綺麗さで選ぶ物でもない」


カインはそう言いながら、さらに奥へ目を流した。


そこにはエーテル技術を使った近接武器もあった。


短刀サイズの補助刃。

直刀型の民間向けエーテルブレード。

刀身表面へ薄い収束エーテル膜を纏わせ、切断力を補助する類いだ。

見た目だけなら普通の刃物に近い。

だが札を見ると、消耗、再充填、整流調整の文字が細かく並んでいる。


「これもエーテル式?」


「そうだな」


カインは答えた。


「刃そのものにエーテルを載せる型だ」


「今の流れではある」


「強いの?」


「強いだろうな」


「ただ、値段が高いし時間制限がある」


「補給も整備も人を選ぶ」


「じゃあ万能ってわけじゃないんだ」


「そうだ」


カインは短く返した。


「新しい物が全部上ってわけでもない」


そう言いながらも、彼の視線は最終的に別の棚へ戻っていく。


長物の並び。


そこには、量産臭い刀剣もあれば、形だけ似せた真似事もある。

鍔だけ立派な物。

柄巻きの雑な物。

鞘の収まりだけ妙に良い物。

見れば見るほど、出来の差が分かる並びだった。


カインの歩みが、そこで少しだけ遅くなった。


「やっぱり見るんだ」


アイリスが横から言う。


「見るだけだ」


 そう答えながらも、カインの視線は一本ずつ確かめていく。


鞘の口。

柄の締め。

鍔周り。

刃の反り。

重心の位置。

量産臭い物。

飾りだけの物。

実用品の顔をしているが芯の浅い物。


「こっちは飾りだな」


「こっちは悪くない」


「だが中途半端だ」


短い評が零れる。


「分かるの?」


「見りゃな」


「刃物は、見た目より癖が出る」


 その中に、崩兼元と並べれば収まりのよさそうな脇差が一本だけあった。

長さは悪くない。

副刃として持つには扱いやすい。

狭い場所や補助用途なら、十分に成立する。

拵も過剰ではない。

実用品としてまとめた感じはある。


アイリスがすぐに気づく。


「…それ、ちょっと見てるの長いね」


「そうか」


「うん」


カインは手を伸ばさない。

ただ目だけで、重さと線を測るように見ていた。


「…買わないの?」


「副兵装としては悪くない」


「だが、今すぐ要る物でもない」


アイリスは少しだけ笑う。


「じゃあ、候補?」


「そんなところだ」


崩兼元ほどの気配は当然ない。

あれは別だ。

今ここに並んでいるのは、自由港に流れ着き、値札を付けられた刃物だ。

それでも、死んでいる物と生きている物の差はある。


カインの視線はさらにもう一振りの刀へ向く。

見た目だけは整っている。

だが、鞘から半寸抜かれた刃先の色を見て、すぐに戻した。


「これは死んでる」


「そんなに違うんだ」


「違う」


短い返答だった。


そのあと、彼の目はもう一度だけ反対側の棚へ戻った。

レーザーブレード。電磁振動刃。トーチブレード。エーテル刃。

新しい刃物は、確かにそこにある。時代の流れもある。切断力も、理屈も、用途も分かる。

 だが、見た上でなお、カインの足が止まるのは結局、実体のある刃の前だった。


「なんか、分かる気がする」


アイリスがぽつりと言う。


「何がだ」


「…カイン、こういう新しいのを嫌ってるわけじゃないんだね」


「嫌ってはいない」


カインは答えた。


「理屈は分かる」


「…ただ?」


「信頼するかは別だ」


「刃がある物の方が、俺には分かりやすい」


アイリスは少しだけ笑った。


「…それも、何か分かる」


 カインはそれには返さず、最後にもう一度だけ脇差の棚へ視線を置いた。

買わない。今日はそこまでだ。


「行くぞ」


「うん」


二人は刃物屋を後にする。


背後には古い刃と新しい刃が並んだまま残り、

前にはまだ、火薬の匂いを濃くする別の店が待っていた。


 さらに少し進んだところで、通りの匂いがまた変わった。火薬。油。乾いた金属粉。間口の狭い、地味な店。看板も控えめだ。だがショーケースの中を見た瞬間、カインの足が止まる。薬莢。実包。古いマガジン。無骨なレシーバー。火薬式の小銃と短銃だけが、妙に丁寧に並べられていた。


「珍しいな」


「…そんなに?」


「火薬式だけでやってる店は、正規の港でも多くない」


「好事家向けか、古い流れを切らない連中向けだ」


 二人はそのまま中へ入った。中は外見より広い。黄味のある灯りが、木と金属を鈍く照らしている。壁面には旧軍規格を思わせる小銃。棚には民間向けの狩猟・護身モデル。ケースの中には磨かれたリボルバー、薬莢箱、銃床、スリング、照準器、マズルデバイス。


 そして壁際の短い棚に、一本だけ気配の合うものがあった。


 レバーアクションのショットガン。

見た目はクラシック。だが完全な旧式品ではない。薬室周りと機関部の処理が新しい。表面の造りは古風でも、規格刻印が現代仕様を示している。


「見せてくれ」


店員に差し出されたそれを、カインは受け取った。重さ。前後の乗り方。レバーの遊び。薬室の余裕。肩へ入れた時の線。


そして機関部の脇に刻まれた表示を見て、目がわずかに細くなる。


「……両対応か」


「両対応?」


アイリスが聞く。


「火薬の弾とエーテル弾だ」


「最初から使えるように組んである」


カインはレバーをゆっくり下ろし、戻した。

動きは滑らかだ。戻りがいい。


しかも対応シェルのホログラムが棚横に出ている。

通常散弾。

スラッグ。

非殺傷スタン弾。

ドローン用ショック弾。

さらにエーテル互換シェル。


近距離で役割を変えられる。

崩兼元とも、拳銃とも、役割が被りすぎない。


ただし一つだけ、カインはそこで小さく息を吐いた。


「……ふむ…」


「ダメ?」


「ダメじゃない」


カインは短く返す。


「むしろいい」


「このままじゃ少し長いが、状態がいい」


アイリスが首を傾げる。


「短くするの?」


「ああ」


「艦内や狭い場所で使うなら、この長さは邪魔だ」


「肩付けは捨てる。取り回し優先で詰める」


 店員が価格を出す。安くはない。だが法外でもない。この銃なら、そのくらいだろうという値段だった。


カインは一瞥し、頷いた。


「これを貰う」


さらに通常散弾、スラッグ、スタン弾、ショック弾を最低限揃える。支払いを済ませ、ケースと弾薬箱を受け取った。


店を出ると、アイリスが少し笑った。


「…さっきまで“今日は見る日”って感じだったのに…」


「例外はある」


「…それ、結構気に入ったでしょ」


「好き嫌いじゃない」


 カインはケースを軽く持ち上げる。


「使い道が見えたからだ」


 ホバーバイクの後部ラックへケースと弾薬箱を固定しながら、カインはもう次を見ていた。


「次は足だ」


「うん」


二人は再びホバーバイクへ跨がる。


武器は見た。

流れも分かった。

そして一本、増えた。

なら次は、自分たちの移動手段だ。

借り物のホバーバイクではなく、三人で動けて、荷も積めて、必要なら武装化もできるような足。

ホバーバイクは低く唸り、武装通りのさらに先――ビークルヤードのある方へ滑り出した。


「先にまともな方を見る」


「まともな方?」


「売り物として一応形になってるやつだ」


「その後で、ヤードだな」


アイリスも後ろへ乗る。


「……順番に見るんだ」


「比較しやすい」


 低い浮上音が鳴り、機体が床からわずかに浮いた。そのままホバーバイクは武装通りを離れ、工房街と外縁運搬区画の中間をさらに奥へ滑っていく。通りの空気がまた変わる。

武器と部品の匂いが薄れ、今度は潤滑油と冷却剤、焼けた樹脂と古い金属の匂いが濃くなる。

行き交うのは人だけじゃない。

低浮上の搬送台。小型整備ドローン。荷を牽く多脚作業機。このあたりから、明らかに“人を運ぶ物”と“荷を動かす物”の領域へ入っていた。


「…自由港って、ほんと何でもあるね」


アイリスが背中越しに言う。


「何でもある」


カインは答える。


「その代わり、何でも混ざる」


少し進んだ先、比較的整った店構えの一角が見えてきた。


コンテナを積んだだけの即席店舗ではない。

外壁は一応揃えられ、看板も読みやすい。

店先には低浮上車両が数台、見せるために並べられている。中古車両店、という言い方が一番近い。ただし自由港らしく、どれも素直な中古ではなかった。ホバーバイクを所定の停泊帯へ寄せると、カインは先に降りる。

アイリスも続いた。


「ここが、まともな方?」


「ああ」


「少なくとも値札を付けて売る気はある」


店先に並んでいたのは、いずれも“すぐ乗れる”顔をした車両だった。


密閉キャノピー付きの二人乗り低浮上ランナー。

荷台の短い民生ホバー。

警備会社上がりらしい軽装甲の巡回車。

四人乗りの連絡車両。

どれもきちんと洗われ、外板の傷もある程度は隠されている。

見るからに残骸という感じではない。


アイリスが一台を指さした。


「…これとか、結構良さそうじゃない?」


細身の低浮上ランナーだった。

キャノピーは半透明。

前後に二列で座れそうだが、後席はかなり狭い。


「二人ならな」


 カインが言う。


「三人だと窮屈だ」


「…ミラ入ると?」


「余裕はない」


次に視線を移したのは、荷台付きの民生ホバー車。荷物は積める。だが装甲は薄い。

運搬向けで、人を乗せて危ない場所へ入るには少し弱い。


「これは?」


「荷を運ぶならいい」


「人を運んで、何かあった時に守るには薄い」


「軽装甲車の方がいい?」


「ああ」


店先の一番奥には、警備会社払い下げらしい低浮上車があった。外装は落ち着いている。

警備会社の旧ロゴを消した跡がまだ薄く残る。 前面はやや厚い。側面も民生車よりはましだ。

だが、車体が少し長く、内部の作りも中途半端だった。カインは横へ回り、乗降ハッチの開き方と後部区画の長さを見た。


「惜しいな」


「惜しい?」


「装甲は悪くない」


「だが、人も荷もどっちつかずだ」


「あと、無駄に長い」


「狭い通路で振り回しにくい」


アイリスが少しだけ首を傾げる。


「結構細かく見るんだね」

カインは短く返した。


「乗れればいいって話じゃない」


店の中にも、さらに数台並んでいた。

バッテリー式の市街連絡車。

簡易なホバーカー。

どれも悪くはない。

だが今の自分たちに欲しい物と、ぴたりとは重ならない。


「…自由港の中だけなら、こういうのでもいいんじゃない?」


アイリスが言う。


「中だけならな」


カインは答える。


「でも、欲しいのはそれだけじゃない」


「三人で動けて、荷も積めて、多少荒い場所でも使える方がいい」


「必要なら武装も載る方がいい」


アイリスはそこで小さく息をついた。


「…やっぱり、最初からちょっと軍用寄りで考えてるんだ」


「民生で足りるなら苦労はない」


店先を一通り見たあと、カインはそれ以上深入りしなかった。値段も見た。状態も見た。

“まともな売り物”として、どのくらいの物があるかは分かった。


「ここでは買わないの?」


「今のところはな」


「悪くないのもあった」


「だが、決め手に欠ける」


アイリスが少し笑う。


「じゃあ次は、“まともじゃない方”?」


「そうなるな」


二人は店を離れ、再びホバーバイクへ戻る。

次の行き先は、もう少し奥だ。

商品として並べるには荒すぎる物、だが骨の生きている物が沈んでいる場所。


ビークルヤード。


ホバーバイクは低く唸り、さらに奥へ入っていく。

通路は少しずつ広くなり、その代わり整理は雑になる。置き場。仮設倉庫。作業用クレーン。部品取りの山。そして、地面すれすれに浮いたまま沈黙している古い機体の影。


やがて空間が一気に開けた。


高い天井。

太い梁。

片側に並ぶ搬送クレーン。

低浮上のまま固定された古いビークル群。

まだ使える物も、完全に死んでいる物も、一緒くたに並んでいる。


雑に立てられた案内板には、


払い下げ

再生待ち

部品取り


の文字。


「……こっちの方が、それっぽいね」


アイリスが言う。


「ああ」


カインは機体を停泊帯へ寄せながら答える。


「良い物があるなら、むしろこっちだ」


ホバーバイクが静かに沈み、二人は降りる。


ヤードの中は、外から見た以上に雑然としていた。

車輪付きの小型運搬車。

作業用の低浮上プラットフォーム。

民生ホバーの改造品。

古い警備車両。

荷台だけ生きている半端な機体。

外板を剥がれ、フレームだけ露出した残骸。

どれも札は付いている。

だが、見た目だけでは信用できない。


「思ってたより多いね……」


「死んだ数だけ残るからな」


カインは短く返す。


「自由港はそういう場所だ」


一台目は民生の大型ホバー車。

荷台は広い。だが装甲は薄い。座席も浅い。


「柔いな」


「荷車としてはいい」


「だが足にするには弱い」


二台目は警備会社上がりらしい低浮上車。

前面装甲はそこそこ。だが荷室が狭く、マウント基部も民間化されすぎて中途半端だ。


「これも違う?」


「惜しいが違う」


さらに奥へ入る。表に置いてある“まだ売りやすい物”より、もっと“分かる人間が拾う物”の匂いが濃くなる。梁の影になった区画で、カインの歩みが止まった。そこにあったのは、低く潰れたような輪郭の車体だった。車輪はない。

低浮上のホバー型。船底のように腹が広く、前面は斜めに切り上がっている。側面装甲は継ぎ接ぎだらけだが、元の骨格はまだ見える。上部には何かを載せていたはずの旋回基部。今は空だ。

後部は簡易荷室兼兵員区画のように開けてあり、折り畳み座席らしい跡も見える。


「……これだな」


カインが小さく言った。


「これ?」


「ああ」


ゆっくり車体を回る。


「旧軍系の低浮上装甲輸送車」


「兵員車か、前線支援寄りの型だ」


アイリスも横へ来る。


「まともな店にあったのより、こっちの方がいいの?」


「いい」


カインは即答した。


「少なくとも、欲しい方向に近い」


後部区画を覗き込む。思ったより広い。

ミラ。アイリス。カイン。

さらに荷も置ける。


「乗れる人数も悪くない」


「荷も積める」


上部の空いた基部を見上げる。

武装マウントの跡。配線は死んでいる。

だが基部そのものはまだ残っている。


「…元は何か載ってたんだね」


「また載せられるかもしれん」


「ホバーは?」


カインはしゃがみ込み、腹の下を覗いた。


 ホバーユニットは古い。だが完全には死んでいない。補助姿勢制御部には旧式の安定機構が残っている。


「……補助側は生きてるかもしれん」


「それって良いの?」


「十分だ」


「直せば使える」


アイリスが車体の横へ手を置く。


「じゃあ、買う?」


カインはすぐには答えず、もう一度全体を見る。


「……今すぐは決めん」


「悪くはない」


「かなりいい方だ」


「でも?」


「ノクスに乗せるには少し大きい」


「今のままだと内部格納は厳しい」


「じゃあダメ?」


「ダメじゃない」


「外に抱かせる手がある」


「吊るとか?」


「ああ」


「あるいは専用の懸架コンテナを作るか」


アイリスは少しだけ笑った。


「やっぱり今日は“見る日”なんだね」


「そうだ」


「まともな売り物も見た。残骸も見た」


「その上でこれがいいなら、次に来る意味がある」


外装は死んでいる。だが芯は生きている。

今の自分たちの足としては、かなり悪くない。

それでも、今日はまだ拾わない。

まずは艦へ戻る。ミラとアドミラルにも通す。

それからだ。


「行くぞ」


「うん」


 二人はヤードを離れ、ケースと弾薬を積んだ借り物のホバーバイクへ戻った。

夕方の自由港はまだ騒がしい。

だが今日見るべき物は、もう十分に見た気がしていた。

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