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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第27話:ミラのお使い

クロンワークスの一角。

白い作業灯の下で、ミラの端末に新しい受信表示が灯った。


『送るぞ』


 ロイの声が通信越しに入る。

本人はギアハンドのオフィスにいるらしく、こちらへ顔を出す気配はない。


 次の瞬間、在庫リストが展開された。

古い輸送艇が一隻。補給艦崩れが一隻。小型曳船の残骸が一つ。

それぞれの項目の下には、抜けそうな部材が細かく並んでいた。


 古い輸送艇。

 外装板。区画隔壁材。汎用配線束。積載レール。簡易姿勢制御補機。民生規格寄りの標準部材。


 補給艦崩れ。

 補給導管。大型支持材。区画間接続フレーム。予備電力ケーブル。搬送用補助レール。中継ポンプ。量のある外板。


 小型曳船の残骸。

高張力ワイヤー基部。牽引アーム接続部。短尺高強度フレーム。姿勢制御補助材。推進補機の一部。曳航負荷に耐える補強材。


クロンが鼻を鳴らし、端末を覗き込んだ。


「一隻目なら補給艦崩れだな」


「見てくれは一番ひでぇが、腹の中はまだ使える」


 ミラは何も言わず、補給艦崩れの項目を拡大した。支持材。導管。接続フレーム。外板。補助ケーブル。第一段階に欲しい物が、無駄なくまとまっている。


通信越しにアドミラルの声が落ちる。


『現段階で優先すべきは、艦の運用安定化だ』


『自衛兵装系より先に、外装、区画、導管、支持材の再接続を行う』


ミラは静かに頷いた。


「適しています」


「輸送艇は悪くありませんが、今の本艦には少し細い」


「曳船の残骸は後で効きますが、優先順位は下です」


クロンが腕を組む。


「だろうな」


ロイが短く返す。


『補給艦崩れでいいなら話は早い』


『帳簿上も資材転用予定艦で処理できる』


ミラは即座に言った。


「では、その一隻を買います」


ロイが答える。


『決まりだな』


『曳航ドローンを回す』


『クロンワークスの解体ドックに入れておけ』


 白い照明の下、しばらくして低い駆動音が近づいてきた。数機の曳航ドローンが、買い取った補給艦崩れをゆっくりと引いてくる。


 船体は古び、外板は波打ち、塗装もほとんど死んでいた。見た目だけなら、どこにでも転がっていそうな廃棄船だ。だが、完全な残骸というほど終わってはいない。クロンは腕を組んだまま、その船体を下から上までゆっくり眺めた。


「……悪くねぇな」


短く言って、船腹の中央あたりを顎で示す。


「ここがまだ潰れ切ってねぇ」


「船首寄りの歪みはきついが、真ん中の骨が残ってる」


「見てくれは死んでるが、腹の中にはまだ使えるもんがある」


 長年、壊れた船を見て、バラして、抜いてきた人間の勘だった。少し離れた位置で、ミラもまたその船体を見ていた。黄金の瞳が、わずかに明るさを変える。外板の損耗。船腹中央の歪み。支持材の残り方。接続部の負荷痕。導管の通りそうな位置。そうした情報を、目の前の船体から順に拾い上げていく。


「外板の損耗は大きいですが、支持材はまだ死んでいません」


ミラが静かに言う。


「船腹中央の歪みも、致命的というほどではありません」


「補給導管は三割から四割。接続フレームはそれ以上、残っている可能性があります」


クロンが鼻を鳴らした。


「ほらな」


「真ん中の骨が残ってるってのは、そういうことだ」


ミラは視線を外さず続けた。


「導管は全取りではなく、生きている部分を優先して切り分けた方が効率的です」


クロンが口元を歪める。


「いい目してるな」


「俺は勘で当たりを付けるが、お前は中身まで割って出してくる」


ミラは短く答えた。


「勘が先です」


「私はそれを数字にしているだけです」


クロンは一瞬だけ黙り、それから小さく笑った。


「違いねぇ」


「勘で当たりを付けて、分析で裏を取る」


補給艦崩れは固定具で押さえられ、解体ドックへ据えられた。クロンワークスの作業員と作業ドローンが周囲へ散っていく。


クロンはすぐに声を飛ばした。


「荒解体でいい」


「外板はまとめて剥がせ。ただし潰すな」


「導管と支持材を先に見ろ。接続フレームは歪みを見ながら抜け」


「使えるもんは形を残せ。細切れにするのは最後だ」


作業員たちが短く返し、切断灯が灯る。

作業ドローンも船腹へ取り付き、固定、切断、引き抜きの手順を流れるように始めた。


ロイの声が通信越しに入る。


『使わない部材、余る部品はこちらに流せ』


『捌いた分は解体の代金に回せる』


クロンが口元を歪めた。


「そういう話だ」


「こっちで骨を抜く。要るもんと要らねぇもんを選る」


「使わねぇ部材はロイに流して換金、その金でうちの手間賃に充てる」


ミラは短く頷いた。


「了解しました」


「ここでは部品取りと大まかな切り分けまで」


「再生と改修、取り付けはドライドック6番で並行します」


『妥当だ』


アドミラルが言う。


『ここで必要なのは、素材を死なせず運べる形にするところまでだ』


 白い作業灯の下で、補給艦崩れの船腹が少しずつ開いていく。剥がされる外板。引き抜かれる導管。形を残したまま外されていく支持材。


 最初の一隻は、ただの補給艦崩れ。だが、その残骸はここで骨を抜かれ、やがてドライドック6番へ運ばれ、別の巨大な艦の血肉となる。

ミラはその様子を一度だけ見届けると、端末を閉じた。


「では、買い付けに向かいます」


クロンが片手を上げる。


「こっちは回しとく」


「バラした奴から搬入を始める」


ロイの声が続く。


『細かい物はジャンクバザールで当たれ』


「了解しました」


 ミラは短く答え、解体ドックを後にした。

 クロンワークスの係留区画。

そこに、小型艇ノクスが静かに待機していた。

ミラはその船腹に手を当て、状態を確認する。

買い付けるのは細かい部材だけではない。

量が集まれば、それなりに嵩張る。

手持ちで運ぶより、最初から船を使った方が早い。ハッチが開く。ミラは無駄のない動きで乗り込み、操船席へ座った。外では、解体ドックの白い光が補給艦崩れを照らしている。第一段階は、もう動き出していた。次は、隙間を埋める細かな部材を拾いに行く番だった。ノクスの駆動音が低く立ち上がる。ミラは進路をジャンクバザールへ設定し、小型船を静かに滑り出させた。




 ジャンクバザールは、クロンワークスのある工房街から少し行った先にあった。

工房街の白い作業灯を背に、ノクスは短く滑る。騒音と熱と油の匂いが少しずつ濃くなり、やがて景色の質が変わる。ジャンクバザールは、自由港の中でも匂いの強い区画だった。焼けた樹脂。酸化した金属。油。保存剤。無理に延命された機械の熱。市場と呼ぶには雑然としすぎた空間に、部品、用途不明のユニットが積み上がっている。新品を探しに来る場所ではない。だが、死にきっていない物、雑多な物を探すなら、この場所の方が早い。


 スクラップフィストの一角。

ヴェラの店は、相変わらず半分倉庫のような顔をしていた。ノクスを近くへ寄せて係留し、ミラが降りる。すぐそばでは、解体された推進器の外殻が積まれ、別の区画では古い配線束が網箱に放り込まれていた。入口の奥、カウンター代わりの作業台に肘をつきながら、ヴェラがこちらを見る。


「珍しい。一人で来たね」


ミラは無駄な挨拶を省いた。


「買い付けに来ました」


ヴェラは口元だけで笑う。


「だろうね」


「細かい物が入り用かい?」


ミラはほんのわずかに目を細めた。


ヴェラは店からあまり出ない。

だが、自由港の空気は浅く広く拾っている。

アウターリングドライドックに大きな搬入があったこと。クロンワークス側で廃棄船が動き始めたこと。そこにカインたちが絡んでいるらしいこと。その程度なら、わざわざ確かめなくても察しがつくのだろう。だが、ヴェラはそれ以上は言わなかった。何を入れたのか。何を直しているのか。どこまで知っているのか。そういうことには踏み込まない。必要な範囲だけ拾い、必要な範囲だけ話す。それがこの店の距離感だった。


「はい」


ミラは短く答えた。


「こちらで、補助材と流用品を揃えたい」


ヴェラは鼻を鳴らす。


「なるほど」


「大物は工房街で、細部はこっち。」


「で、何を探してる?」


ミラは端末を開き、必要項目を並べた。


「ロケット推進補助系の流用品」


「誘導演算補助材に転用できる旧式基板」


「弾体内部の隔壁に使える小型耐熱材」


「配線束」


「高負荷時に焼けにくい導体部材」


「それと、ハルバードの類似品を組む時に使えそうな残骸を幾つか」


ヴェラは項目をざっと見て、片眉を上げた。


「……兵器寄りだね」


「完品じゃなくていいのかい?」


「はい」


ミラは答える。


「流用前提です」


「形と材料が残っていれば十分です」


ヴェラは小さく頷いた。


「そういう買い方なら、綺麗な物を探す意味はないね」


「こっちだ」


 ヴェラは作業台から体を起こし、店の奥へ歩いていく。ミラもその後を追った。積み上がった部品箱の列。解体された推進ユニットの外殻。古い飛翔体の尾部らしき残骸。配線束を丸めたコンテナ。用途不明の耐熱板。


ヴェラはその前で足を止めた。


「まずはこれ」


足元の長箱を蹴り寄せる。


「ピルムの残骸だよ」


ミラが視線を落とす。


 箱の中には、時代遅れの飛翔体ユニットが分解された状態で収まっていた。尾部推進器。古い誘導翼。機械式寄りの制御箱。焼けた配線。ミサイルとして見れば完全に過去の遺物だが、骨格はまだ読める。


「エーテル技術以前のミサイルですか」


「そう」


ヴェラが頷く。


「今どきこれをそのまま使う連中はいない」



「新しい飛翔体を真似るなら、こういう骨董も役に立つ」


 ミラは箱の中を静かに見ていく。

推進補助に使えそうな尾部ユニット。誘導演算補助へ転用できそうな制御箱。隔壁に切り出せる耐熱材。焼損しているが導体部はまだ使えそうな配線束。


「これも入れてください」


ヴェラが口元を少し歪める。


「迷わないね」


ミラは答えた。


「必要ですから」


「いい答えだ」


ヴェラは別の箱を引き寄せた。


「こっちは工事用推進補機崩れ」


「軍用みたいに洗練されちゃいないが、ノズルと補助点火系はまだ使える」


「こっちは旧式制御箱。誘導演算の補助材に回せる」


「こっちは耐熱板。切り出せば弾体内部の仕切りになる」


ミラは一つずつ確かめていく。損傷は多い。だが、どれも完全には死んでいない。


「これも下さい」


「これも」


「この配線束も、導体部だけ抜けば使えます」


ヴェラはそれを見て、小さく笑った。


「分かってる買い方だね」


「欲しい物の名前を並べるだけじゃなく、何が代わりになるかも見てる」


「そういう客は好きだよ」


ミラは短く答えた。


「代用品で足りる部分は、代用品で十分です」


「必要なのは、似た働きをさせられるだけの骨ですから」


ヴェラは端末に項目を流し込み始めた。


「じゃあまとめるよ」


「ピルム残骸一式。推進補機崩れ。旧式制御箱。耐熱板。配線束。導体ジャンク」


「細い導管も少し混ぜとく。どうせ後で切り分けるだろ」


「綺麗な物じゃない。ほとんどは残骸だ」


ヴェラはミラを見た。


「まとめて持っていくなら――全部で一万五千ソルでいい」


 ミラは端末の表示を確認した。類似品を組むための骨としては十分だった。


「妥当です」


ミラが答えると、ヴェラは口元をわずかに歪めた。


「話が早くて助かるよ」


ミラは支払いを済ませ、ヴェラがまとめた部材箱へ視線を向けた。


 ピルム残骸。推進補機崩れ。旧式制御箱。耐熱板。配線束。導体ジャンク。無理に運ぶより、ノクスへ積んだ方が早いし確実だった。


ヴェラが箱を軽く叩く。


「船で来たのは正解だったね」


「歩きで抱える量じゃない」


「そうですね」


ミラは短く答えた。

クロンワークスでは、今ごろ補給艦崩れの腹が開かれているはずだ。ならばこちらでは、細部を拾えばいい。外板。支持材。導管。接続フレーム。

そして、ピルムのような古い飛翔体の残骸。

そこから拾い上げる、ハルバードに似たものを組むための骨。派手さはない。艦の補修も、兵装の準備も、こうした地味な積み重ねでしか進まない。

ヴェラが最後に端末を閉じる。


「よし」


「持っていきな」


ミラは短く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 ジャンクバザールの油と金属の匂いの中で、補修計画は静かに形を取り始めていた。

 

 店の入口の方で、小さな駆動音が続けて鳴る。


 ぴこ。

 きゅい。


 ミラがそちらへ視線を向けると、二機の小型ドローンがするりと店内へ入ってきた。

どちらも愛玩機めいた、小さく丸みを帯びた機体だった。一機はころんとした胴体に大きめの発光アイを持ち、もう一機はやや細身で、滑るような飛行姿勢を取っている。可愛らしい外見に反して、動きには無駄がない。丸い方が棚札を読み取り、細身の方が下段の箱から細い部材を引き出す。

見た目は完全に愛玩ドローンだ。だが、やっていることはきっちり買い付けだった。


ヴェラが一度だけ目をやる。


「ああ、来たね」


「今日は何だい、ラッチ。ヒンジ」


丸い方の一機が短く音を鳴らす。


ぴこ。


細身の一機も続ける。


きゅい。


そのまま二機は作業台の前まで来ると、棚から持ってきた部材を順に並べた。


 細導管。小型センサー球。古い補助アームの基部。小型作業機用の交換パーツ。


ヴェラは鼻を鳴らす。


「相変わらず細かい物ばっかりだね」


ミラは二機を観察していた。


愛玩ドローンに見える。

だが、ただの愛玩機ではない。

棚の位置を把握し、必要な部材を選び、買い付けの手順も理解している。少なくとも、店の使い走り以上の働きはしていた。


「……店員機ですか」


 ミラが静かに言うと、ヴェラは口元を少しだけ歪めた。


「そう」


TOYBOX(トイ・ボックス)の連中だよ」



「ジャンクバザールには、うちより少し小綺麗な店もある」


「面白い物を抱えてるよ」


 ラッチとヒンジはその言葉に反応する様子もなく、慣れた動きで部材を回収用ケースへ収めている。


ヴェラは顎で二機を示した。


「ドローン、補助機、作業機――そういうのを集めてる店さ」


「店主もアンドロイドだ」


 ミラの黄金の瞳が、ごくわずかに明るさを変えた。


「……同族ですか」


「そういうこと」


ヴェラは軽く肩をすくめた。


「同じアンドロイド同士、気が合うかもね」


ミラは二機へもう一度視線を向けた。


ラッチは回収ケースの固定具を確認し、

ヒンジは足りない部材がないか棚の表示を順に読んでいる。愛玩機らしい柔らかな外見のまま、やっていることは徹底して実務的だった。

ラッチがケースを押し、ヒンジがその横へ付き添う。二機はヴェラへ支払い確認用のタグを差し出すように前へ出た。ヴェラは端末でそれを読み取る。


「はいよ。今日はこれだけだね」


ぴこ。

きゅい。


二機は短く鳴いて、くるりと向きを変えた。

そのまま店の出口へ向かいかけたところで、ミラは静かに口を開く。


「その店には、船外作業用の小型機材もありますか」


ラッチとヒンジは足を止めた。ヴェラが代わりに答える。


「あるはずだよ」


「うちみたいに残骸を積んでる店じゃないが、手足になる物は向こうの方が多い」



「ノクスに何か積むつもりなら、見ておいて損はない」


ミラは短く頷いた。


「分かりました」


ヴェラは作業台に肘をついたまま、店の外を顎で示した。


「通りを向こう側に」


「行けば分かる。うちより整ってるからね」


ラッチとヒンジは、それを待っていたように小さく音を鳴らした。


ぴこ。

きゅい。


そして二機はケースを押しながら、先に店を出ていく。


ミラは一瞬だけ思考し、ヴェラへ向き直った。


「先にこちらの荷をノクスへ積みます」


「その後、寄ります」


ヴェラは言った。


「面白い物があれば、拾ってくればいい」


 ミラは短く頭を下げると、買い付けた部材箱へ手を伸ばした。クロンワークスでは、補給艦崩れの腹が開かれている。ここでは、ハルバードに似たものを組むための骨を拾った。そして次は、まだ必要になるか分からない手足を見に行く。

 ノクスを係留したまま、ミラはジャンクバザールの通路を進んだ。


 通りを二本ほど抜ける。

ジャンクバザールの雑多な熱気の中で、その店だけ少し空気が違っていた。


TOYBOX(トイ・ボックス)


 小さな看板。色味は抑えめ。飾り気はあるが、悪趣味ではない。ヴェラの店が“積み上げられた現場”なら、こちらは“整頓された箱庭”に近かった。


 店の前には小型機材用の搬入台があり、窓の内側には補助ドローン、作業ユニット、交換アーム、センサー球、小型推進補助機の類いが並んでいる。一見すると玩具店めいている。

 だが並んでいる物の中身は、ちゃんと働く機械だった。ミラが中へ入る。店内は静かだった。

 棚の配置は整然としていて、商品札も統一されている。雑然としていないだけで、同じジャンクバザールの店でもこうも印象が変わるのかと分かる程度には、小綺麗だった。奥のカウンターで、一体のアンドロイドがこちらを向いた。

人型に近いが、過剰に人間らしくはない。

外装の継ぎ目は少なく、関節部の露出も抑えられている。接客用として整えられた印象はあるが、芯はあくまで作業機だ。姿勢も声音も穏やかで、店の空気にきちんと馴染んでいる。


「いらっしゃいませ」


そのアンドロイドが、一礼する。


「初めてのお客様ですね」


ミラは短く頷いた。


「はい」


「ヴェラの店で、こちらのことを聞きました」


「なるほど」


アンドロイドは穏やかに応じた。


「スクラップフィストのヴェラがそう言うのであれば、必要な物の方向はある程度絞れます」


「店主のコフレです」


そう名乗ると、コフレはカウンターの脇へ視線を向けた。


そこには先ほどヴェラの店で見た二機の愛玩ドローン――ラッチとヒンジが、すでに戻っていた。

ラッチは仕入れてきた小型部材を棚番号ごとに仕分けし、ヒンジは回収ケースを所定の位置へ納めている。見た目は丸く、小さく、愛玩機そのものだ。だがやっていることは完全に店員だった。


コフレが言う。


「必要な物を伺ってもよろしいでしょうか」


ミラは店内の棚へ視線を流した。


船外作業用の小型ユニット。交換アーム。

簡易係留機。外装面点検用ドローン。

磁着補助パッド。折り畳み式の簡易推進補助ユニット。どれも派手ではないが、使い道を知っている者にとっては十分に危ない品揃えだった。


「小型船に積める補助機材を見に来ました」


ミラが言う。


「将来的に外で廃棄船を扱う可能性があります」


「その場合、手足になる装備が必要です」


コフレは静かに頷いた。


「妥当な判断です」


「小型船は火力より先に、手足の不足が問題になりますから」


ラッチがぴこと短く鳴き、棚の一角へ飛ぶ。

ヒンジはその後を追い、別の棚から一つのケースと、やや大型の収納コンテナを押し出してきた。

コフレは整備卓の上へ品を並べた。


「候補は二つです」


「ひとつは船外作業ドローン二機セット」


「もうひとつは多用途アンカーランチャー」


ミラの黄金の瞳が、わずかに明るさを変える。


まずは船外作業ドローン。

ヒンジが押してきたケースは、一般的なアタッシュケースほどの大きさだった。厚みはあるが、片手で扱えないほどではない。外装は無駄のない灰色でまとめられ、端部には固定具と簡易ロックが付いている。


コフレがケースを開いた。


中に収まっていたのは、二機の小型作業ドローンだった。折り畳まれたアーム。磁着パッド。簡易トーチ接続口。細い作業肢。掌に乗るには少し大きく、工業機としては小さい。


「外板の簡易点検」


「ワイヤー固定」


「近接切断補助」


「船体表面での軽作業」


「大型機一機より、小型二機の方が小型船では扱いやすい構成です」


ラッチがその一機の上へ乗り、ヒンジがもう一機を小さく押した。作業ドローンは短い自己診断音を鳴らし、アームを一度だけ展開してみせる。

無駄がない。そして十分だった。


「悪くありません」


ミラが言う。


「ありがとうございます」


コフレは素直に頷いた。


 次に、ミラの視線は整備卓の脇に置かれた収納コンテナへ向いた。


こちらは先ほどのケースより明らかに大きい。

背の低い長方形で、船外装備らしい無骨な固定金具が外側に付いている。小型船に載せる前提の荷姿だと、見てすぐ分かった。


「こちらが多用途アンカーランチャーです」


コフレが言う。


「現物は分解収納状態です」


「そのままでは店内で扱いづらいため、コンテナ内で保管しています」


ラッチがコンテナ側面のロックへ触れ、ヒンジが補助固定具を外す。蓋が静かに開き、中が見えた。


そこに収まっていたのは、いくつかの大きな部位だった。発射基部。巻き取りユニット。高張力ワイヤー収納部。アンカー射出部。制御用接続パーツ。明らかに船に積む装備だった。


コフレは整備卓の上に小さな投影器を置く。

淡い光が立ち上がり、空中に実物大の完成図ホログラムが浮かび上がった。細長い発射器本体。

船体固定用の基部。巻き取りユニットと接続された高張力ワイヤー。前方へ射出されるアンカー部。小型船の船腹か、あるいは下部ハードポイントへ装着する前提の形だった。


ミラはその実寸投影を見上げる。


「……思ったより大きいですね」


「はい」


コフレは穏やかに答える。


「係留、固定、曳航補助、緊急姿勢制御補助を行うための船載装備です」


「小型船向けではありますが、それでもこの程度のサイズは必要になります」


ヒンジがホログラムの基部付近を小さく示す。

ラッチが巻き取り部へ触れる仕草をする。

コフレが続けた。


「戦闘用ではありません」


「ですが、使い方次第で足止めにもなります」


「本来は作業と固定が主用途です」


ミラは視線を落とした。


アンカーランチャー。船外作業ドローン。

今すぐ必要か。断定はできない。

だが、外で船を拾う局面が来るなら、その時になって探すより、今揃えた方が早い。

店の静けさの中で、ラッチとヒンジは忙しなく棚の間を行き来している。コフレは客を急かさない。必要な説明だけを与えて、判断の間を残す。


「本日購入を決めていただく必要はありません」


コフレが言う。


「下見だけでも、十分に意味はあります」


ラッチがぴこと鳴いた。

ヒンジも小さくきゅいと続く。


ミラは二機へ視線を向けた。


 愛玩機にしか見えない。

だが棚の管理、在庫確認、軽量品の運搬、簡易デモンストレーション、どれもそつがない。

機体としても、店の空気としても、無駄に整っていた。


「補助機の運用精度は安定しています」


ミラが静かに言う。


「棚番号と在庫連動も正確です」


コフレは少しだけ目を細めた。


「ありがとうございます」


「同じ側の個体にそう言っていただけると、少し嬉しいものです」


ミラは一拍だけ沈黙した。


「なぜ、自由港で店を?」


短い問いだった。


コフレは少しだけ間を置く。


「自由港は、人間だけの流れ着く場所ではありません」


穏やかな声で、そう答えた。


「型落ちの補助機も、用途を失った旧式機も、規格から外れた作業機も、ここではまだ次の役目を持てることがあります」


「私にとっても、その方が都合が良かったのです」


「表の港では、“管理できるか”が先に問われます」


「ですがここでは、“使えるか”が先です」


「その違いは、私のような個体には大きいのです」


ミラの黄金の瞳が、ごくわずかに明るさを変えた。


「合理的です」


「ありがとうございます」


 コフレはそう言って、整備卓の上に価格表示を出した。


「同時購入であれば、合わせて一万ソルに調整可能です」


ミラは表示を確認する。


高すぎはしない。安くもない。だが、自由港でこうした機材を拾う値段としては妥当だった。


短い沈黙のあと、ミラは言った。


「両方購入します」


ラッチがぴこと強めに鳴き、ヒンジが小さく一回転するように浮いた。愛玩機らしい動きだったが、すぐに二機とも持ち場へ戻る。


コフレは静かに頷いた。


「承知しました」


「船外作業ドローン二機セット、多用途アンカーランチャー一式」


「合わせて一万ソルです」


ミラはその場で支払いを済ませた。


 コフレが確認を終えると、ラッチとヒンジがすぐに動き出す。ラッチは作業ドローンのアタッシュケースを押し、ヒンジはアンカーランチャーの収納コンテナを小型の運搬機へ載せ替えた。


 運搬機は低い台車型で、磁気浮上補助輪を持つ小型搬送ユニットだった。ジャンクバザールの狭い通路で荷を運ぶためのものらしい。アタッシュケースと収納コンテナを載せると、ちょうど収まりがよかった。


「ノクスまで運びます」


コフレが言う。


「ラッチ、ヒンジ」


 ぴこ。

 きゅい。


二機は運搬機の左右へ付き、滑るように店の外へ出る。ミラもその後を追った。


ジャンクバザールの通路を、運搬機が静かに進んでいく。

積まれているのは、一般的なアタッシュケースほどの大きさの船外作業ドローン用ケースと、分解収納されたアンカーランチャーの大型コンテナ。

 ラッチが先導し、ヒンジが時折後ろを振り返る。可愛らしい外見のまま、やっていることは実に手際がいい。やがてノクスの係留場所へ戻ると、運搬機はそのまま船腹横で停止した。

ミラは先に積んでいた部材箱の固定状態を確認し、新しく載せる位置を空ける。

ピルムの残骸。推進補機崩れ。旧式制御箱。耐熱板。配線束。導体ジャンク。

そこへ、船外作業ドローン二機と、分解収納されたアンカーランチャー一式が加わる。

ラッチとヒンジは運搬機からケースとコンテナを下ろし、所定位置まで押してくる。

ミラが固定具を掛ける間、二機は脇で静かに待っていた。


「積載完了です」


コフレが穏やかに言う。


「ありがとうございます」


ミラは短く答えた。


クロンワークスでは、補給艦崩れの腹が開かれている。ヴェラの店では、兵装を組むための残骸を拾った。そしてトイ・ボックスでは、外で働くための手足と、将来必要になる固定具まで揃えた。

コフレが一礼する。


「また必要な時は、いつでもどうぞ」


ラッチとヒンジも短く鳴く。


 ぴこ。

 きゅい。


ミラは小さく頷いた。


「助かりました」


コフレたちを見送ってから、ミラはノクスのハッチを開く。荷はまた増えた。だがその分、次に外へ出る時の手も増えた。戻る頃には、補給艦崩れもある程度バラされているだろう。ならば次は、それらをドライドック6番へ運び込む段階だ。

ノクスの駆動音が低く立ち上がる。

補修計画は、静かに、だが確実に次の段階へ進み始めていた。

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