第26話:オールドスパインアーカイブ
ブラックネビュラバーを出ると、自由港の通路には昼前のざわめきが満ちていた。
工房街から流れてくる金属音。どこか遠くで鳴る短い警告音。店の中にあった抑えた空気が、扉一枚で途切れる。外はまた、いつもの自由港だった。
カインはホバーバイクの脇で一度だけ立ち止まった。
アイリスもその隣で、さっきまでの話を頭の中で整理しているようだった。
「……お酒より情報が欲しい……」
アイリスが小さく言う。
「……気になるね……」
「俺達に関係があるかは、まだ分からん」
カインは短く答えた。
「次は記録屋に行くぞ」
そう言って、耳元の通信を開く。
「アドミラル」
『聞いている』
「バーの方は浅く拾えた」
「雇われの連中が増えてる。情報を欲しがる手合いだ」
「ただ、何を探してるかまでは見えん」
アドミラルの声は変わらず落ち着いていた。
『空気の変化としては十分意味がある』
カインは通路の先を見たまま聞く。
「そっちはどうだ?」
短い間のあと、アドミラルが返す。
『進展はある』
『結論から言えば、廃棄船から資材を取る方が効率が良い可能性が高い』
アイリスが少しだけ顔を上げる。
「……廃棄船を使うんだ……」
『そうだ』
アドミラルは続けた。
『ギアハンド側で確認した結果、解体待ち在庫に候補がある』
『大型の資材は、船からまとめて抜いた方が早い』
カインが短く言う。
「なるほど」
『本艦の再生整備機能とも相性が良い』
『完全同規格品である必要はない。芯が生きていれば、再加工で使用可能域まで引き上げられる』
アイリスが小さく頷く。
「……船を食べる感じだね……」
『表現としては近い』
カインは小さく鼻を鳴らした。
「静かに進める分には悪くない」
『その通りだ』
『表向きは補修対象艦の資材流入として処理できる』
アイリスがホバーバイクのシートに軽く手を置きながら言う。
「……じゃあ、ちゃんと進んでるんだね……」
『進んでいる』
「分かった」
「こっちは次にオールドスパインアーカイブに向かう」
『了解した』
カインはホバーバイクへ跨がった。
アイリスも後ろへ乗る。
「行くぞ」
「うん」
ブラックネビュラバーで拾ったのは、街の浅い変化だった。そして今、アドミラルから返ってきたのは、艦がもう次の段階へ踏み込んでいるという話だった。廃棄船から資材を取る。船を解体し、部品を抜き、使える形へ戻す。それは自由港らしいやり方であり、エーテルガイストらしい生き方でもある。ホバーバイクは低く唸り、自由港の通路を滑るように走り出した。
次の行き先は、古い記録と技術の骨が沈んだ場所――オールド・スパイン・アーカイブだった。
工房街の白い作業灯から離れるにつれ、通路の色が変わっていく。新しい補修板は減り、古い梁と、継ぎ足しただけの接続路が増えた。居住区とも工房街ともつかない、街の“昔の骨”みたいな場所だった。
後ろに乗ったアイリスが、小さく言う。
「……こっちは、ちょっと空気が違うね……」
「古い区画だな」
カインが前を見たまま答える。
「人も物も、奥に沈む」
「アーカイブって、こういう所にあるんだ……」
「情報を抱えてるなら、人目につく場所には置かん」
アイリスは少しだけ苦笑した。
「それ、偏見じゃなくて?」
「経験だ」
オールド・スパイン・アーカイブは、通路の奥まった一角にあった。入口は狭い。看板は古く、文字は少し擦れている。一見すると古物商か、閉まりかけた書店にしか見えない。だがガラスの奥に見える棚には、紙束、記録板、旧式端末、封印箱の類いがびっしり詰まっていた。
カインはホバーバイクを脇へ止める。
「ここだ」
アイリスが少し身を寄せる。
「……入りづらい……」
「入りやすい店に碌な物はない」
「……またそういうこと言う……」
カインは短く鼻を鳴らし、扉を押した。
中へ入ると、乾いた匂いがした。紙。古い樹脂。保存薬品。少しだけ焦げたような旧式端末の熱。
照明は黄色寄りで、店全体は薄暗い。
その代わり、閲覧卓だけが妙に明るかった。
棚の間を、細身の旧式アンドロイドが静かに動いていた。外装は古い。だが手入れはされている。動きには少し癖があり、関節の駆動音も今どきの機種よりわずかに遅れて響く。そして奥のカウンターでは、痩せた老人が一冊の資料束を開いたままこちらを見た。
「……客か」
声は掠れていたが、通る。
カインは店の空気を一度だけ見てから答えた。
「情報を探してる」
「そうだろうな」
老人は不機嫌そうに言った。
「雑貨屋に見えるか?」
「見えないな」
「なら話は早い」
「何を知りたい」
アイリスが少しだけ緊張しながら、カインを見る。カインは視線を外さず言った。
「まずはエーテリアンだ」
その瞬間、老人の目がわずかに細くなる。
「通称だ」
「……え?」
「“エーテリアン”は、人類側の便利な呼び名だ」
老人は資料を閉じる。
「当人たちがそう名乗った記録は、今のところ見つかっていない」
「で、その便利な呼び名の何を知りたい?」
カインが答える。
「遺構」
「船」
「炉」
老人の機嫌が、ほんの少しだけ変わった。
面倒な客ではある。だが、少なくとも筋は外していない。そういう反応だった。
アイリスが小さく言う。
「……私たち、旧連合軍の無人艦に遭ったの…」
「…でも中に、エーテリアン系の炉みたいなものがあった…」
「…それが何なのか知りたい…」
そこで初めて、棚の間にいた旧式アンドロイドがこちらを向いた。
「検索対象を更新します」
「エーテリアン関連、遺構、旧連合軍規格無人艦、炉心複合事例」
老人が鼻を鳴らす。
「こいつはセピアだ」
「古いが、索引だけはまだ死んでいない」
旧式アンドロイドはわずかに頭を下げた。
「閲覧補助、索引検索、記録抽出、案内を担当します」
老人は続ける。
「私はオズワルド・グレイン」
「この店の、捨てられた情報の番人だ」
カインは短く頷いた。
「カインだ」
「こっちはアイリス」
オズワルドは二人の名を一度だけ口の中で転がしたあと、言った。
「いいだろう」
「まず前提から片づける」
老人は立ち上がり、棚の奥から薄い記録板を数枚引き抜いた。
「ここは遺跡屋じゃない」
「エーテリアンの話だけを抱えてる店でもない」
「人類が宇宙へ出る前の古い工業資料から、出た後の船舶設計図、運用データ、発掘報告、企業カタログまで、古くてまだ死んでいない情報を扱ってる」
「だから“繋がる”」
アイリスが小さく目を瞬かせる。
「……繋がる……?」
「遺構と技術だ」
オズワルドは記録板を閲覧卓へ置いた。
「エーテリアンの遺構だけ見ていると、神秘で終わる」
「人類側の船体規格だけ見ていると、工学で終わる」
「だが、お前たちが持ち込んだ話は、その二つが混ざっている」
カインの目が少しだけ細くなる。
「旧連合軍規格の無人艦に、エーテリアン系の炉」
セピアが静かに補足する。
「旧連合軍規格の船体に、エーテリアン系の炉心反応が重なった例は、かなり異質です」
「自然な組み合わせとは考えにくいですが、前例が皆無というわけではありません」
オズワルドが続ける。
「数は少ない」
「だが、似た報告が沈んでいないわけでもない」
「無人艦の目撃談は珍しくないが、そこに遺構由来らしき技術が混ざるとなると話は別だ」
「だからこそ、お前たちの持っている断片に価値がある」
「こちらの記録と噛むかもしれん」
カインが低く言う。
「照らせば分かるか」
「全部は要らん」
オズワルドは答えた。
「規格、炉、制御、そのあたりを軽く寄越せ」
「近い類なら、こっちで拾える」
アイリスがカインを見る。
「……どうする?」
カインは数秒だけ考え、それから懐から小型情報端末を取り出した。
「全部は出さない」
「だが、見せてもいい範囲ならある」
端末を閲覧卓の上へ置く。表面には細かい傷が走っていたが、保存媒体としては十分使えた。
「無人艦から拾った解析情報の一部が入ってる」
「位置情報、完全構造、戦闘ログ、艦内詳細は伏せる」
「出すのは、規格断片、炉心反応要約、材質比較、制御系統の異常点だけだ」
オズワルドが鼻を鳴らす。
「構わん」
「何でも机に広げる奴は長生きしない」
セピアが静かに前へ出る。
「受信準備を開始します」
「外部簡易データの一時受信、既存記録との照合、類似報告検索、精査依頼処理に対応可能です」
カインは端末をセピアの脇にある旧式受信台へ差し込んだ。低い起動音。閲覧卓の上に淡い光が走り、受信表示が次々と立ち上がる。
《簡易データ受信開始》
《旧連合軍規格断片》
《炉心反応要約》
《材質比較要約》
《制御系統異常点》
アイリスがその表示を見つめる。
「……渡したんだね」
「ああ」
カインは答える。
「見せてもいい分だけだ」
「後は向こうの持ってる断片と照らしてもらう」
オズワルドは腕を組み、表示を見下ろした。
「いい判断だ」
「無人艦の話は多い。だが、その中から“普通ではない”ものを引き抜くには、こういう要約でも役に立つ」
「特に炉だ」
「エーテリアン技術由来らしきものとなれば、目撃談だけでは終わらん可能性がある」
セピアが淡々と処理を進める。
「照合を開始します」
「既存の無人艦報告例、遺構由来炉心疑似反応記録、旧連合軍規格複合事例との横断比較を実施」
「一致傾向、相違点、要再検証項目を抽出します」
カインは腕を組んだまま言う。
「時間はかかるか」
「かかる」
オズワルドは即答した。
「だが、やる価値はある」
「似た報告が眠っているなら、何かしらの線は出る」
「逆に、全く噛まないなら、それも情報だ」
アイリスが小さく頷く。
「……何も分からなくても、無駄じゃないんだね」
「そうだな」
カインが答える。
「違うと分かるのも前進だ」
オズワルドが鼻を鳴らす。
「話の分かる連中だ」
セピアが最後に静かに告げた。
「簡易データ受領完了」
「調査および精査依頼を受理しました」
「既存記録との比較を継続します」
オズワルドは閲覧卓へ指を置き、カインたちを見た。
「軽い情報だけでも十分だ引っ張り出す」
「無人艦とエーテリアン技術の組み合わせは少ない。だからこそ、噛んだ時は重い」
カインは短く頷いた。
「分かった」
「結果は次回聞く」
「そうしろ」
オズワルドが言う。
「こっちはこっちで掘る」
「お前たちはお前たちで、次の断片を持って来い」
オールド・スパイン・アーカイブの空気は相変わらず乾いていた。だがその乾いた空気の下で、今しがた渡した情報は、既に別の古い骨と照らされ始めている。無人艦。旧連合軍規格。エーテリアン技術由来らしき炉。それはまだ答えではない。
だが、答えへ繋がる線の端には、ようやく指がかかり始めていた。カインは受信台から端末を引き抜くと、閲覧卓の上に並ぶ記録板へもう一度視線を落とした。技術資料。運用ログ。発掘報告。兵装関連。この店の棚は雑然としているようでいて、欲しい物を探す目で見れば、沈んだ骨の並び方に一定の癖がある。カインは短く言った。
「……別件で聞きたい」
オズワルドが片眉を上げる。
「まだあるのか」
「ある」
カインは即答した。
「兵器関連だ」
オズワルドはしばらく黙っていた。
嫌がっているというより、値踏みしている沈黙だった。
「ここを何だと思ってる」
「捨てられた情報の番人だろ」
カインは短く返す。
「なら、兵器だろうが遺構だろうが、古くて死んでない記録ならあるはずだ」
オズワルドの口元が、ほんの少しだけ歪む。
「……言い方は嫌いじゃない」
セピアが静かに応答する。
「検索対象を確認します」
「兵器運用データ。火器管制ログ。誘導演算補助記録。保守診断記録。サルベージ由来兵装データ」
アイリスが少しだけ身を乗り出す。
「……そんなのまであるの……?」
「あることはある」
オズワルドが答えた。
「ただし、綺麗な形じゃ残っていないことが多い」
「沈んだ艦から抜いた端末の断片。火器管制に残っていたログ。回収兵装の自己診断記録。兵装員が持っていた運用メモ。そういうのを繋いで読める形にしたものだ」
「欲しいのは“使う側の情報”か」
カインは頷く。
「そうだ」
「動かし方を知りたい」
「それなら筋は通る」
オズワルドはそう言って、セピアへ顎をしゃくった。
「兵器系索引を開け」
「優先は現行規格と旧連合軍規格、その周辺」
セピアが応じる。
「了解しました」
「該当棚、兵装運用区画。サルベージ端末ログ群。火器管制断片資料群。旧規格兵装資料索引を開放します」
薄暗い店内で、旧式端末の起動音が低く鳴った。
カインは、立ち上がりかけたセピアへ視線を向けたまま口を開く。
「ハルバードのデータはあるか?」
その一言で、オズワルドの動きがほんのわずかに止まる。
「……ミサイルか」
「ああ」
カインは短く答えた。
「資料じゃなくていい。運用記録、誘導補助、保守診断、弾体側ログ。何か残ってるなら見たい」
老人は細い目でカインを見た。
「こんな店に転がってると思うか?」
カインは低く返す。
「繋がる断片があればいい」
オズワルドは、そこで小さく鼻を鳴らした。
「……その言い方は嫌いじゃない」
セピアが静かに応答する。
「検索対象を更新します」
「エーテル飛翔体ハルバード。運用記録、誘導演算補助、自己診断、炉心関連断片」
アイリスが少しだけ息を呑む。
「……あるの……?」
「“ある”と“揃っている”は違う」
オズワルドが答えた。
「だが、まったく無いわけでもない」
「沈んだ艦。回収された兵装端末。火器管制ログの断片。そういう所から引き上げられた物が、ここには沈んでいる」
カインの目が少しだけ細くなる。
「ハルバードの運用データも、その中か」
「完全な形じゃないがな」
老人はそう言って、棚の奥へ歩いた。
「綺麗に残る前に砕けやすい」
「だが、運用端末や自己診断記録は別だ。沈んだ艦の中に、思ったよりしぶとく残る」
セピアが淡々と補足する。
「該当候補三件」
「一件目。護衛艦級火器管制ログ断片」
「二件目。回収弾体自己診断記録」
「三件目。兵装員運用補助マニュアル写し」
オズワルドが細い記録板を三枚、卓上へ置いた。
「ハルバードそのものの骨はない」
「だが、“どう使われていたか”と“どう動いていたか”を読むには足りる可能性がある」
アイリスが小さく呟く。
「……十分、かも……」
「十分だ」
カインは即答した。
「少なくとも、何かは分かる」
老人はその言葉に、わずかに口元を歪めた。
「そこまで頭が回ってるなら話は早い」
セピアが記録板の簡易表示を立ち上げる。
火器管制ログ。発射前チェック項目。目標種別。
中間誘導への接続条件。終末追尾への移行タイミング。次に自己診断記録。弾体内部の起動手順。
エラー項目。欠落はあるが、動作の順番は読める。最後に運用補助マニュアル。現場寄りの言葉で書かれていて、兵装員が何を重要視していたかが見える。
アイリスが小さく言う。
「……ほんとに、断片って感じだね……」
カインは記録板を卓上へ戻した。
「ここで全部を読む必要はない」
「持ち帰って、提督に見せる」
オズワルドが細い目で二人を見る。
「コピーを取るか、資料ごと買うかだな」
「原板は高いぞ」
カインは短く答える。
「価値があると分かった。なら後は持ち帰る」
「賢い」
オズワルドが鼻を鳴らした。
「ここで腰を据えて読み始める客は、大抵“読むこと”が目的になって終わる」
「本当に使う奴は、価値だけ見て持って帰る」
カインは自分のこめかみの辺りを軽く指で叩いた。
「こっちに回してくれ」
「参照はブラッドハウンドで受ける」
「並行して、端末にも落とせ」
アイリスが少しだけ目を瞬かせる。
「……両方に?」
「ああ」
カインは頷く。
「当たりを付ける分はブラッドハウンドの方が早い」
「持ち帰って回すなら端末の方が扱いやすい」
オズワルドが鼻を鳴らす。
「欲張るなと言いたいところだが、理屈は通ってる」
セピアがすぐに応じた。
「転送先を確認します」
「外部受信先一、機械式多機能義眼ブラッドハウンド」
「外部受信先二、小型情報記憶端末」
カインは懐から細長い小型端末を取り出し、閲覧卓の上へ置いた。
「端末はこっちだ」
「ブラッドハウンド側は限定参照。要約と索引だけ先に流せ」
セピアが淡々と確認する。
「了解しました」
「火器管制ログ断片、運用補助マニュアル写し、回収弾体自己診断記録について、要約情報をブラッドハウンドへ、完全複写を小型情報記憶端末へ転送します」
控えめな起動音が鳴り、閲覧卓の上に淡い表示が走る。ブラッドハウンド側で、カインの視界の隅に細い文字列が立ち上がった。
《外部参照データ受信》
《兵装運用断片:3件》
《要約索引モード起動》
《優先項目:発射前点検/誘導補助/自己診断閾値》
同時に、小型情報記憶端末のインジケータが淡く点滅を始める。
「転送開始」
セピアが言う。
「ブラッドハウンドへは要約と索引のみ」
「小型情報記憶端末へは全文複写を実施」
カインは視界の隅に流れる索引を確認した。
発射前確認。中間誘導接続。終末追尾移行条件。自己診断エラー項目。炉心起動異常時の危険域。必要な骨だけが先に並ぶ。アイリスが端末の点滅を見る。
「……これで持って帰れるんだね」
「ああ」
カインは答える。
「詳しくは艦で読む」
「アドミラルとミラに回せば、見える物が増える」
オズワルドが腕を組んだ。
「墓から掘った骨は、飾るより使え」
転送完了の表示が静かに灯る。
セピアが告げた。
「転送完了」
「ブラッドハウンド:要約索引3件登録」
「小型情報記憶端末:全文複写3件保存」
カインは端末を取り上げ、懐へ戻した。
必要なものは拾った。後は艦へ戻して、必要な目で読み直せばいい。そして、こういう店なら、まだ別の沈み物もあるはずだった。カインは閲覧卓の端に見えていた別棚の表示へ目をやった。
技術資料。運用ログ。発掘報告。その少し外れに、映像資料、娯楽記録、立体物生成データ。
この店らしい、雑で妙に筋の通った並びだった。
「……他に面白い物は無いか」
オズワルドが片眉を上げる。
「面白いとは」
「娯楽関係だ」
「映像作品とか、その手の物だ」
アイリスが少しだけ驚いた顔をする。
「……そういうのも聞くんだ……」
「たまにはな」
カインはぶっきらぼうに答えた。
「こういう店なら、そっちも沈んでるだろ」
オズワルドは数秒ほど黙っていたが、やがて鼻を鳴らした。
「ある」
「しかも妙に揃ってる」
セピアが静かに補足する。
「映像資料群、娯楽記録群、立体物生成用データ群を保管中です」
老人は別の棚から記録板を二枚引き抜き、閲覧卓へ置いた。淡い表示が立ち上がる。
《旧特撮映像:全話収録》
《劇場版・特別編併録》
《関連玩具生成用データ》
《近年アニメーション作品:全本編データ》
《劇場版コンプリートセット》
《立体物・簡易生成モデル併録》
カインは一枚目を見た瞬間、わずかに動きを止めた。
【天雷装甲ライジンガー 全話・劇場版・特別編収録】
その下には、
《変身玩具生成用データ》
《雷刀ライジンマル、風刀フウジンマル再現モデル》
《作品全話及び劇場版完全網羅》
《オープニングノンテロップ版》
《ライジンガー、フウジンガーアクションフィギュア生成用データ》
の文字が並んでいる。
「……これは」
アイリスが横から覗き込む。
「知ってるの?」
「知ってる」
カインは短く答えた。
「俺が子供の頃に流行ってた特撮作品だ」
アイリスが少しだけ笑う。
「へえ……」
「…好きだったの?」
「当時はな」
カインは記録板を見たまま言った。
「主人公の神城ライガが、雷刀ライジンマルを使ってた」
「途中で弟の神城フウガが出てきて、風刀フウジンマルを振るう」
「兄弟で並ぶんだ」
セピアが淡々と補足する。
「天雷装甲ライジンガー」
「主役装甲戦士ライジンガーと、二人目の装甲戦士フウジンガーによる兄弟特撮作品です」
「変身装置は腕に着けた雷装輪ライライザーおよび風装輪フウライザー」
「劇場版限定強化武器として皇雷刀ライジンナルカミと王風刀フウジンカザナリを確認」
アイリスがすぐにカインを見る。
「……刀?」
「主役二人が使ってた」
カインは短く言った。
「たぶん、最初はそこだ」
「何が?」
「刀がいいと思ったのが」
アイリスがほんの少し目を丸くする。
「……じゃあ、今のカインの刀って」
「そこから始まったのかもしれん」
カインはそう言ってから、少しだけ言葉を切った。
「もちろん、今はそんな綺麗な話じゃないがな」
オズワルドが鼻を鳴らす。
「兵器記録の隣で原体験を見つけるか」
カインはそれには答えず、隣の記録板へ視線を移した。こちらは比較的新しい作品らしい。
【万能戦艦ヴァリアント・テトラ ―四界を征く一人の艦長と一体の相棒―】
アイリスがそちらの表示を読み上げる。
「……ヴァリアント・テトラ……」
下には概要が簡潔に出ていた。
《全領域対応戦艦》
《艦長カイト・レンジ/制御アンドロイド テトラ・ジェネシス》
《無人機に制圧された地球奪還戦》
《全本編データ》
《劇場版コンプリートセット》
《関連立体物生成用データ》
アイリスの目が、今度ははっきりと止まる。
「……これ、ちょっと気になる……」
カインが横目で見る。
「最近の作品だな」
「知ってるの?」
「名前くらいはな」
カインは答える。
「戦艦が、一人の艦長と制御アンドロイドだけで地球を取り戻しに行く話だったか」
セピアが静かに補足した。
「作品正式名」
「万能戦艦ヴァリアント・テトラ ―四界を征く一人の艦長と一体の相棒―」
「異星文明の侵攻により月面基地へ追いやられた人類が、陸・海・空・宇すべてを封鎖された地球を奪還する物語です」
アイリスは表示を見たまま、小さく言った。
「……万能戦艦」
「一人と一体」
「……無人機に支配された地球……」
「……なんか、ちょっとだけ分かる気がする……」
カインは小さく鼻を鳴らした。
「そうかもな」
オズワルドが腕を組む。
「そっちは近年の人気作だ」
「本編だけじゃなく、劇場版、特別映像、販促短編、立体物生成データまで揃ってる」
セピアが続ける。
「艦本体簡易モデル、カイト・レンジ可動フィギュア、テトラ・ジェネシス立像、無人機ミニセットの生成データを含みます」
アイリスが少しだけ笑った。
「……細かいね……」
「そういうものだ」
オズワルドが答える。
「本編より周辺が先に消える。だから押さえてある」
カインは二枚の記録板を見比べた。
片方は、子供の頃に見た特撮。刀に憧れる最初の形だった作品。もう片方は、最近の人気アニメ。
全領域対応戦艦と一人と一体の相棒の話。
今の自分たちとは違う。だが、まったく無関係とも言い切れない。
アイリスが小さく言う。
「……ライジンガーは、カインが昔好きだったやつ」
「……ヴァリアント・テトラは、今の私たちが見ても面白そう」
「そうだな」
カインは短く答えた。
「両方押さえる」
アイリスがすぐに振り向く。
「……え、両方?……」
「見つけた時に押さえた方がいい」
「……即決だ……」
「こういうのは後で無くなると面倒だ」
アイリスは少しだけ笑ってしまう。
「……それ、前も言ってたね……」
セピアが確認する。
「追加複写対象」
「天雷装甲ライジンガー全話・劇場版・特別編」
「変身玩具、立体物、フィギュア生成用データ」
「万能戦艦ヴァリアント・テトラ全本編・劇場版コンプリートセット」
「関連立体物生成用データ」
「以上でよろしいですか」
カインは頷いた。
「ああ」
オズワルドが口元を少し歪める。
「兵器運用データの横に、特撮とアニメを並べて持って帰るか」
アイリスが記録板を見ながら小さく言った。
「……なんか、ちょっとだけ安心する」
「何が」
「……こういうのがあると、艦の中が“戦う場所”だけじゃなくなる感じ……」
「……ちゃんと、暮らす場所になる」
カインは数秒だけ黙っていたが、やがて短く言った。
「……それもある」
閲覧卓の上には、ハルバードの運用記録と、古い特撮と、最近の人気アニメのデータが並んでいた。兵器と娯楽。自由港の古い記録屋らしい、ひどく雑で、けれど妙に筋の通った取り合わせだった。




