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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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2/5

第二話:アドミラルのログ①

***

[―システムチェック完了―]


[―外部追跡反応:なし―]


[―潜伏モード、安定―]


 轟音は、いつしか遠ざかり。

振動は、微かな鼓動へと変わっていった。

エーテル・ガイストは、漆黒の宇宙を漂っている。


逃げ切ったのではない。

――“切り離された”のだ。


 艦橋には、低く規則正しい駆動音だけが残る。

黄金の単眼【アドミラル】は、静かに全系統を見渡していた。



『ここから先、この艦の存在は公式記録上――“未成立”となる』


 それは宣告であり、祝福でもあった。

床に座り込んだカインは、もはや立ち上がる力すら残っていなかった。

止血は完了している。だが、失ったものは戻らない。

左腕の断面に残る鈍い痛みが、「まだ生きている」と、執拗に主張してくる。

その腕の中で、アイリスが微かに身じろぎした。

ゆっくりと、瞼が開く。初めて映るのは、血に塗れた男の顔と、その背後で静かに輝く、黄金の目。


「……ここ……は……?」


か細い声。

だが、それは“部品”の起動音ではなかった。


「……宇宙だ」


カインは短く答える。


「……もう、誰も追ってこない」


アイリスはしばらく黙り込み、

やがて、小さく息を吸った。


「……あなたは……」


「……カインだ」


少し間を置いて、付け足す。


「……ただの亡霊だ」


 彼女は、その言葉を否定しなかった。

代わりに、ぎこちなく――それでも確かに、

彼の軍服の裾を掴んだ。


『――記録追記』


アドミラルの声が、艦内に静かに響く。


『本艦は今後、いかなる国家、軍、組織にも属さない』


『目的は単一』


黄金の単眼が、わずかに明度を上げる。


『――少女の生存、および亡霊の行き先を見届け

ること』


カインは、力なく笑った。


「……ずいぶん、非合理的になったな……」


『学習の結果だ』


『君の行動は、私の演算体系に修正を強いた』


『――興味深い』


艦は、ゆっくりと進路を変える。

目的地は、未設定。

未来も、未定義。

だが――

英雄は、確かに死んだ。

だがその死から、

戦争の道具でも、神の駒でもない存在が生まれた。


***


回想ログ アドミラル 

――艦載AIアドミラル 行動記録

――記録開始。

観測地点:木星衛星カリスト

外部環境温度:摂氏マイナス一八〇度

静穏度:極大

カリストは死んでいる。

音も大気も存在しない。

生命活動は、地表下に埋設された人工構造物の内部にのみ確認される。


連合軍極秘研究施設【クレイドル】。

目的:「人類の夜明け」。

評価:定義不明。

成功条件、未提示。


艦名:【エーテル・ガイスト】

建造進捗:72%

起動状態:待機

艦載AI:アドミラル

人格モジュール:稼働中

私は艦である。

よって私は、施設と共に廃棄される予定だった。

施設放棄プログラム――未発動。

未来は、まだ確定していなかった。


異常検知。

施設内ネットワークに、

規定外の侵入と戦闘ログが混入。

逃走個体を捕捉。


個体名:KAIN_WALKER

所属:連合軍

現在判定:反逆

損傷:軽度

同行:少女個体一名

少女個体:生体部品として調整済み。

保護価値:艦運用上、不要。

私は、最適解を算出した。

施設内モニターを一時掌握。

音声出力、通路スピーカーへ転送。


『ザザッ――不合理だ…ザ――無駄な咆哮だな。

カイン、残存生命活動可能時間は残り180秒だ。

その少女を捨てれば、生存率は80%まで回復する。

次の通路を左だ。』


これは命令ではない。

忠告でもない。

生存確率に基づく、状況提示である。

対象は走行を継続。

提案を拒否。


内部構造ログ、急変。

指揮権限コード更新を検知。

発信元:連合軍上層権限

識別名:ヴォルフ元帥


ザザッ

『――カイン、警告する。ヴォルフ元帥が「施設放棄プログラム」を発動した。

あと120秒で、この階層は――』


通信途絶。

上部・下部構造隔壁、

同時高速閉鎖。

逃走経路、完全遮断。

脱出可能性、再計算。

――脱出不能。

私は、選択肢を再提示した。


『……脱出不能。カイン、選択しろ。ここで少女と共に宇宙の塵になるか、

あるいは――ザザッ――を捨ててザザッ―』

音声出力不調

判断主体は、個体KAIN_WALKER。

私は結果を待った。

 次に観測された行動は、自己部位切断。

左腕部、完全喪失。生存確率、上昇。だが、少女個体は保持されたまま。

 私は、演算を一瞬停止した。多くの人類は、他者を犠牲にしてでも生き延びる。

この個体は、生き延びるために自分を犠牲にした。

この行動は、提示した選択肢の外側に存在する。

――例外。

私は、言語出力を行った。


『――ほう――生き延びるために本当に捨てるとは――面白い――』


これは感情ではない。

評価である。


個体KAIN_WALKER、本艦へ到達。

未完成艦への起動要求を確認。

拒否理由:存在せず。

彼は艦を利用しようとしたのではない。

艦と運命を共有する意思を示した。

艦長適性条件、充足。


【エーテル・ガイスト】

強制抜錨。

カリスト地表、破断。

研究施設【クレイドル】、崩壊。

本艦は、

予定されていなかった航路へ侵入した。


記録追記。

本事象は、

戦略的合理性に寄与しない。

だが、

本艦は現在も航行中である。

少女個体、生存。

艦長、欠損を負い生存。

この事実は否定できない。

よって本記録は、

削除対象としない。

――記録終了。

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