決着
アドレインが輝夜の肩に触れる。輝夜はその手を解いて、彼に笑顔を見せた。
「大丈夫。見てて。ぼくはこれで死んだっていいんだ」
輝夜が暗夜に向きなおる。
真っ直ぐに見つめ合って、互いに剣を構える。窓から差し込む日光を浴びて、輝夜の薄墨色の虹彩が光る。静かな呼吸の音。
まるで鏡でも見ているかのようだった。ふたりは精緻に踊るような動きで剣を噛み合わせる。春の日差しのように柔らかな剣戟の音が、冬の乾いた空気をひとつ、ひとつと彩っていく。
踊るふたりの切っ先がきらめいて、室内で光が揺れる。柔らかい音と、光。剣呑な空気はなかった。いつの間にか口元を緩ませて、ふたりはいつまでも剣を打ち続けた。
「暗夜、楽しいね。ぼく、前よりもっと強くなったんだよ」
「うん。でも、いつまでも続けられないよ」
「ねえ暗夜、今からでも」「しつこいな、無理だよ、輝夜」
暗夜が薙いだ剣が、輝夜の剣を弾く。それは軽やかな音を立てて地面を転がる。輝夜は、暗夜の目を見て目を細めた。暗夜の黒目は、揺れていた。
「――暗夜」
「輝夜――」
互いに名を呼び合う。意識の遠くからアドレインの声が聞こえる。暗夜が振り上げた剣を、ドアの向こうから飛び込んできた声が止めた。
「おいおふたり、ドア開けっ放しで何やってるんですか」
「オクリさん」
異口同音に、輝夜と暗夜。体躯に対して小さいドアを体を畳んで潜ったオクリは、床に落ちている剣を拾うと、輝夜に手渡した。それからふたりの間を割るようにして立ち、暗夜が剣をしっかりと握っている手を捕まえると捻り上げた。
「痛い痛い痛い、オクリさん離して!」
「きょうだいげんかはな、こんな物騒なやり方でやるもんじゃないですよ」
「これは! 喧嘩じゃなくて決闘なの!」
オクリに吊り上げられて、ばたばたともがきながらがなる暗夜。オクリは呆れたようにため息をついて、暗夜の手を離す。
「ああはいはい、とりあえずふたり揃ったんでちょっと俺たちとお話ししませんかね。ほら、アドレイン、置いてきぼりだし」
オクリにそう言われてふたりがアドレインの方を見ると、彼は金色の目をまんまるに広げて三人のふにゃふにゃしたやり取りを見ていた。
*
テーブルの上には、四人ぶんの紅茶。輝夜がベッドに、暗夜とアドレインが椅子に、オクリは床に腰を下ろして、ふたりの話を聞いた。
「……輝夜様が、無事に戻ってこられて良かったです」
ふたりとオクリの話を聞き終えたアドレインはそう言って、テーブルの上で俯いた。それから、ちらりと暗夜に視線を送る。
「暗夜様……も、大変な思いをされたのですね。私はこの見た目を変えることはできませんが、貴方に不快な思いをさせないように努力します」
「……僕が悪いんだ。キーナの言いつけを破ったから」
「ぼくはそう思わないけど」
そっと紅茶をすする輝夜。暗夜はふわりと頭を振った。
「僕がキーナを殺したんだ。僕は罰を受けなきゃ……あれ?
僕は、罰から逃げちゃったね。ああ、じゃあ、やっぱり、壊さないと」
「暗夜」
輝夜の小さな手が、暗夜の頬をむにっとつまむ。その手を払って、暗夜が輝夜に細い目を向けた。
「輝夜。おまえは僕を止めるだろう」
「盾の国に魔物を送るのは反対だよ。壁の国に攻めてきたわけじゃないのにこっちから兵を送るのもいやだ」
「おまえも向こうでさんざんひどい目に遭っただろ」
「うん。殴られたし、蹴られたし、鎖に繋がれたしご飯もらえなかったりしたし、人間と戦わされたり、無理やり魔物を殺させられたりしたよ」
輝夜が言葉を継ぐたびに、アドレインの表情が変わっていく。テーブルの下で、アドレインの足をオクリが踏んだ。アドレインの顔から表情が消える。
「復讐したいと思わないの?」
「思わないよ。でも、間違ってるから正さなきゃって思う」
ふーっ、と輝夜がカップに息を吐く。すっかりとぬるくなって湯気の立たないミルクティーの水面が揺れる。
「殴られたら殴り返すのが正解じゃないよ。殴られたら、もう二度と殴らせないようにするんだよ。綺麗事だけどね?」
そう言ってカップをソーサーに置く輝夜。暗夜をまっすぐに見据えると、暗夜の黒目がふらりと揺れる。
「復讐じゃなくて、止める方法を考えようよ、暗夜」
「……」
暗夜は何も答えなかった。しばしのあいだ幽鬼のようにぼやけた動きで立ち上がり、ふらふらとドアの方へと向かって歩く。その細い背中に、輝夜がきょとんとした声を掛ける。
「どこに行くの?」
「……拾われに行ってくる」
「暗夜……?」
そっと立ち上がった輝夜の肩をオクリが押す。半ば強引にベッドに座り直させられた輝夜は、不満げな顔をしてオクリを見た。
「暗夜様、部屋を用意しておくんで夜までには帰ってきてくださいよ」
廊下の奥へ消えた暗夜に、オクリが声を掛けた。




