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逃亡勇者、魔王になる  作者: ねさかなこ
7.そうして勇者は、魔王になった

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帰りたくない

 ネオンがカーテンを開けた。爽やかな、しかし暗夜には重苦しく感じられる朝日が暗夜の瞼を灼く。――朝が来てしまった。


 昨日の朝、暗夜は城を飛び出してからそのまま帰らなかった。アドレインは主を探し回っているかもしれない。薄く目を開けると、視界の中で、ネオンの青い髪が揺れた。白い手が頬に当てられる。ひんやりとして冷たい。


「暗夜、起きて。城に帰らないとまずいのでは?」


 昨夜も同じことを言われたが、暗夜はそれを押し切ってベッドを借りた。ネオンは呆れたようにため息をついていたが、最終的には暗夜を甘やかすことにしたらしく、その結果がこれである。

 暗夜は昨夜と同じように、頭を振ってこの世の終わりのような声を吐いた。


「嫌だー。帰りたくない……」


 頭まで布団を被る。布団の上でまんじゅうのようになった暗夜を見て、ヌヌが笑う。


「暗夜、大人なのにこどもみたい!」


「うるさいなー。大人だってそういうときもあるんだよ。ていうか僕、まだぎりぎり子どもだよ」


「ほら、起きて。今朝は甘いパンケーキですよ」


 結構強引に布団をひっぺがされて、暗夜は冬の朝の外気にさらされて身を震わせた。渋々と起き上がると、確かに甘い匂いがする。テーブルの方に目を向ける。何枚も積まれて塔になったパンケーキが中央に(そび)え、その周りに、一枚ずつ取り分けられた皿が五枚。卵でできたクリームといちごが添えられていて、甘くて香ばしい香りが暗夜の鼻腔をくすぐった。


「いい匂い」


 ぽつりとつぶやいて、暗夜はベッドから降りた。席につく。ネオンのかわいい子供たちはもうすでに食事を始めていて、小さな手でナイフとフォークを握りしめて、容積の少ない頬をぱんぱんにしながら忙しなく顎を上下させている。彼らに倣って、暗夜もパンケーキを一口。卵と砂糖の素朴な香りがする。甘くて心が落ち着くような味。


「食べたら城に帰りましょうね。また遊びにきてね」


 ネオンの涼しい声に叩かれて、暗夜はうっと息を詰まらせた。


「帰りたくない……」


「あなたは城にいないといけないひとでしょう」


「……」


 ネオンは暗夜のことをどこまでわかっているのだろうか。なんとなく真に迫るような発言をされて、暗夜は苦い顔で口の中身を嚥下した。


 食事を終えると、子供たちは連れ立って外へ出ていった。暗夜も誘われたけれど、「暗夜は城に帰るのです」とネオンに断られたので部屋に取り残された。

 食器の片付けをするネオンを手伝う。慣れない家事にもたもたと動く暗夜。それとは対象的に、てきぱきとせわしなく揺れるネオンの青い毛先は、窓から差す朝の光を浴びてきらきらと輝いている。


 不意にネオンが振り返って、暗夜の顔を見つめて目を細めた。


「さっきからじっと見て、なんです?」


「ネオン、僕のこと知ってる?」


「知ってますよ。あなたは暗夜ですね」


「そうじゃなくて……」


 肩を落とす暗夜。ネオンは涼しい顔をしてふふ、と笑って、


「魔王様のそっくりさんかしら? 最近、本物の魔王様をお見かけしませんねぇ」


 暗夜が今いちばん言われたくない言葉を返してきた。


「……今は、僕が魔王なんだ」


「そうなんですね」


 濡らしたふきんでテーブルを拭きながら、ネオンがふうん、と息を吐いた。暗夜はその横顔を一瞥して、汚れた食器を一枚水にくぐらせた。


「――輝夜は今、僕の代わりに壁の外にいる。僕は向こうで勇者だったんだ。それでいっぱい、魔物を殺した」


 懺悔するような小さな暗夜の声。


「そうなんですね」


 重大な話をしているというのに、相変わらずネオンはヌヌが数えたアリの数を聞いたときと同じような返答をする。暗夜は柳眉を寄せて、ネオンを見つめた。


「驚かないの?」


「驚いて欲しいのですか?」


「そうじゃないけど……そうなのかな……」


「私は別に、盾の国や城でのあなたがどんな存在だっていいのですよ。暗夜が私たちに真剣に関わってくれるのなら」


「そっか……」


 うつむく暗夜。テーブルを片付け終えたネオンが寄ってきて、暗夜に並んで食器を洗い始めた。はっとした暗夜が止まっていた作業を再開すると、隣からふふっ、と笑い声がした。

 

「でも魔王様なら、城にいないとまずいですよね? 今日は帰ってください。またいつでもきてくださいね」


「うん……ありがとう」


 うつむく暗夜。さらに近くに身を寄せてきたネオンの薄い尻に押されて、流し台の端に追いやられる。そっと渡されたふきんで食器を拭きながら、暗夜が天を仰ぐ。


「僕も、ここで生まれて、ネオンに拾われたらよかったな」


「魔王様が帰ってきて、あなたが路頭に迷ったら拾ってあげるわ」


 濡れた食器を渡される。それを素直に拭きながら、子どもみたいに頬をふくらませる。


「今がいい」


「だめですよー、いってらっしゃい」


「……うん、いってきます。これ終わったらね」


 拭き終わった食器を脇に積み上げながら、暗夜は静かにうつむいた。

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