はじめての。
風が吹いた。乾いた砂と一緒に巻き上げられた白い外套の裾が、旗のようにひらめく。裾にあしらわれた金色の刺繍が、日光を反射して輝く。
「罪人ども! 剣を取れ!」
デオンの怒号。受刑者たちが揺れる。一人の男が前に出て、剣と盾を拾った。男たちから歓声が上がる。最低だ。
男と目が合う。彼の片目は醜く潰れていた。残った一つの目を鋭い形にして、輝夜を睨見つけてくる。頭上からデオンの高らかな声が降ってくる。
「勇者と戦って勝ったものには恩赦を与える! さもなければ死だ! 戦え!」
デオンの声に呼応して、歓声が聞こえた。輝夜は再び、デオンに平らな目を向ける。今度はこちらを射殺すような鋭い形相で睨み返された。鋭い息を吐いて、輝夜は彼から目を逸らす。
受刑者の全員が剣を持った。
最初に動いたのは、一番に剣を取った男だった。剣を構えて走り寄ってきて、こちらに向けて振り下ろしてくる。剣でそれを受ける。火花が散った。そのまま押しきろうと、ものすごい力で刃先を押し付けてくる。訓練されていない、野生の戦い方だ。目が合う。その目は殺意に満ちていた。
「名前を聞いてもいい?」
輝夜が問う。
「死ね」
冷たい返事。輝夜が彼の剣を流すと、勢い余った彼は地面に倒れ込んだ。手から剣が離れて、輝夜の後方へと滑っていく。輝夜は彼を見下ろして、剣を持った手を下ろした。切っ先が地面へと向く。
地面に伏したまま、彼は隻眼でこちらを睨みあげてくる。輝夜は彼を視界に収めて、立ち尽くす。震える手で、剣を振り上げた。
「全員でかかれ! 一人ずつで勝てると思うか!?」
頭上から、白い服を着た輝夜の知らない誰かが檄を飛ばした。
その声に弾かれるようにして前方から飛んできた盾を剣で弾き飛ばす。衝撃で手が痺れる。輝夜はまだ鉄格子のそばにいる男たちを見た。三人の中で一番手前にいる男が、肩で息をしながらこちらを見ている。盾を投げたのは彼だろうか。
足元で伏していた男が、素早い動作で立ち上がって掴みかかってきた。
「わっ」
襟首を掴まれて、剣を奪おうと手を伸ばしてくる。平均的な体格の男と比べて小柄な輝夜は、当然ながら手足も短い。剣を奪われまいと必死になって手を振り回して、男の手から剣を逃がそうとする。
前方から小走りの足音がいくつか聞こえた。囲まれてはまずい。輝夜は男の腹に膝を入れて、片目の男の拘束から逃れた。体を折って呻く彼の肩を押して地面に転がす。
駆け寄ってきた一人が、目の前で倒れた彼に躓いて転んだ。彼の手から離れた剣が、輝夜の後ろ側の砂に突き刺さった。砂の上で絡んだ二人を避けて飛びかかってきた長髪の男の剣を受けて、流す。彼もバランスを崩して地面に落ちた。
あとから来た短髪の男と目が合う。彼は少し後ずさりして、それから、肩を揺らしながらじりじりとにじりよってくる。
「わああぁあ!」
短髪の彼は、悲鳴のような叫びを上げながら剣を打ち込んできた。輝夜は、振り下ろされた剣を払った。脳の芯を突き刺すような不愉快な金属音が、火花とともに飛び散る。彼の体が大きく揺れた。
風が吹いた。輝夜の外套がはためく。血が落ちて、地面のベージュを黒く染める。
短髪の受刑者が、手から剣を取り落とした。からん。剣についた血の雫が跳ねて、地面を汚す。
砂の上に立つ誰もが硬直した。頭上から小雨のように、観客たちの声がぱらぱらと降ってくる。
短髪の受刑者が蹲る。輝夜が弾いた剣は、彼の手の中で大きく暴れて、彼の肩を切り裂いて地面に落ちた。濁った悲鳴が、足元の彼から絶えず湧き続ける。砂の上で団子になっていた三人は、じりじりと後ずさって輝夜から離れた。
ひどく出血している彼を見て、輝夜はここで彼にとどめを刺すべきだと思った。放置すれば苦しみが長く続くし、ここで輝夜が殺さない選択をとったとしても、受刑者の彼は治療も受けられず、輝夜以外の誰かによって無残に殺されるだけだろう。
しかし輝夜は、動かなかった。壁の国での執行には立ち会う。だから、受刑者の死の瞬間は見ている。けれど、自らの手で手を下したことはないのだ。戦闘の訓練はするけれど、それで相手に怪我を負わせたこともない。手が震える。赤い血。悲鳴。命のやり取り。躊躇えば、相手を余計に苦しめるだけ。わかっている。しかし手が震える。覚悟を決めて、ここに来たはずなのに。
輝夜は浅く、早い呼吸で肩を揺らした。自分の呼気音が妙に耳につく。絶えず聞こえる彼の声。はー。はー。はー。自分の息。
苦痛に歪む彼の目が、輝夜の黒い瞳を捉えた。断続的に、言葉を紡ぎ出す。
「痛い……」「殺してくれ」「オレは逃げたかった」「金がなくて、生きられなくて」「だから殺した」「死にたくない」「痛い」「オレは」「痛い」
「なあ、殺してくれ」
すがるような目。輝夜は、ゆっくりと瞬きをした。地面にへたりこんで血とうわ言を吐き出し続ける彼を視界に納めて、彼と視線を合わせるようにかがみこむ。彼の血と汗の匂いがする頭を抱いた。耳元で浅い呼吸と苦悶の呻きが聞こえる。
「ごめんね。名前を聞いてもいい?」
「……イノリ」
「ありがとう。イノリさん」
輝夜は彼から身体を離して、その額に唇を付けた。ゆっくりと、深く、息を吐く。剣を持つ手を上げて、彼の首元を一閃。
「イノリ。次の生はあなたが祝福のもと、わたしの海に産まれますように」
目を閉じて、身体から離れたイノリの頭を抱いた。彼の首から溢れた血が、輝夜の白い着衣を赤く染める。
地面の上で不格好な形に崩れた彼の身体を仰向けに寝かせ、その腕の中に頭を抱かせて、輝夜は立ち上がった。




