輝夜の祈り
鉄格子のそばで呆然とこちらを見る受刑者たちに向けられた輝夜の表情は、微笑んでいた。
隻眼と目が合う。彼はこちらを強くねめつけて、それから、隣にいる長髪を見た。彼の肩に手をかけると、なにか耳打ちをした。
輝夜は目を閉じて、血のついた剣の腹に口をつけた。金臭い血を舐めとる。剣を振って、刀身に残ったイノリの血を振り落とす。
長髪の男が隻眼に向けて首を振って、手にした剣を胸元に抱いて彼から離れた。輝夜の位置からは会話は聞こえない。
隻眼が長髪の脛を蹴った。よろける長髪から剣を奪い取り、隻眼は彼の首を刎ねた。砂上にこぼれ落ちる、生首と大量の血。頭上から、熱気のこもった大音声が降ってくる。
隻眼は剣の刃先を輝夜に向けて、こちらに駆け寄ってくる。振り下ろされた剣を受けると、彼は野生の獣のような動きで、飛び跳ねるようにして後退った。ぎらぎらと輝く一つの目で輝夜を睨み据えて、再びこちらに斬撃を繰り出してくる。
鈍い剣戟音。ぎりぎりと二枚の刃先が噛み合う音が響く。輝夜に向けて剣を押し付けてくる彼の腹に、輝夜は靴の踵を蹴り込んだ。
体を折って跳ね飛ばされる隻眼。彼は涎をこぼしながら咳き込んで、すぐに立ち上がる。腕で口を拭うと、再度こちらに飛びかかってきた。ぎぃいん。凄まじい音と共に弾ける、火花。彼の剣を受けた輝夜は、骨の奥まで響くような痺れを感じた。
「なんであの人を殺したの?」
輝夜が問う。
「剣を寄越さなかったら奪うしかないだろう」
吐き捨てるように言った隻眼。輝夜は彼の一つ目を見て、息を吐いた。
「……そう」
「お前とオレ、何が違うんだ? お前もさっき、髪の短いのを殺したろう」
「……」
輝夜は何も言わなかった。隻眼が長髪を殺したように、輝夜もイノリを殺した。どれだけ崇高な理由があったとしても、自分の都合で他者を害する事は等しく汚れた行為だと輝夜は思う。それに、彼は長髪を必要以上に傷つけずに殺した。それは輝夜が彼にしようとしていたことと同じだ。動機の差はあれど、結果としては誰が殺したかの差しかないのだ。
隻眼がこちらに蹴りを繰り出して来たのを、輝夜は後方に飛びすさって避けた。輝夜の足元から砂埃が湧いて、風を煤けた色で汚す。
体勢を整える輝夜に向かってきた隻眼。彼の首に向けて、輝夜は剣を凪いだ。剣戟音。防がれた。互いの刃先が離れる。間髪を入れず力任せに振り下ろされた剣を受けると、衝撃に耐えきれずに輝夜の剣が折れた。折れた剣を即座に捨てて、輝夜は飛びのいて彼から離れた。
耳障りな喚声。風の音。
輝夜は腰を落として、両手を胸の前で構えた。
隻眼がじりじりと近づいてくる。彼の口元は嗤っていた。
輝夜は構えを解かない。隻眼が剣を振り下ろした。
横に避けて彼の剣を躱す。脚に蹴りを入れる。剣を振り下ろした勢いのまま、地面に倒れ込んだ隻眼の、剣を持った手を踏みつける。
「あぁあっ!」
悲鳴。手から離れた剣を奪い取る。手を踏んでいた足をどけて、代わりに彼の体をまたぐようにして、服の裾を両足で踏みつけて、彼の身体を地面に縫い付けた。輝夜の股の下でしばらく彼は暴れたが、輝夜からの拘束が解けることはなかった。諦めたように彼は、身体の力を抜いた。
『殺せ!』『腕を落とせ!』『目を抉れ!』『殺せ!』
頭上から、不愉快な喚声が降ってくる。輝夜は剣の切っ先を隻眼の首に向けた。
「きみの名前を教えて」
問いかけると、返ってきたのは輝夜を嘲る声だった。
「なんでお前に名乗る必要がある」
「名前を知ってから祈りたいんだ」
「祈るって、何にだよ」
そう聞かれて、輝夜は束の間沈黙した。それから、首を横に振る。
「わからない……ぼくは神様も信じてない」
「そうか、じゃあテメーはテメーに祈るんだな」
砂の上に唾でも吐くように、男が輝夜を嗤う。
「ぼくに?」
「祈る自分に酔ってんだろ? クソが」
「……そうかも」
『殺せ』『首を切れ!』『殺せ!』『足を切れ!』
頭上からは、絶えず熱狂した声が降ってくる。輝夜は観客席を見上げて、安全圏からこちらを見下ろしてくる男どもを睨みつけた。
「うるさい! これはぼくたちの戦いだ! 口を出すんじゃない!」
輝夜の怒号に叩かれてあたりが束の間静まり返る。沈黙を割るように、輝夜の足元で男が吐き捨てる。
「勝負はついてんだろうがよ。殺すならさっさと殺してくれ」
「名前を」「言わねーよ。勝手に祈ってろ」
「そっか、そうだよね……」
頷いて、輝夜は彼の首を落とした。白いズボンの裾に、赤い飛沫が飛び散る。イノリにそうしたように、彼の体に頭を抱えさせて寝かせる。小さな声で、いつもそうしているように祈りの言葉をつぶやいた。
「名も知らぬあなたが、次の生は祝福のもと、わたしの海に産まれますように」
立ち上がる。血のついた剣に唇をつける。喚声はもうざわめきに変わっていた。輝夜は鉄格子のそばで呆然としている最後の一人に向き直ると、笑った。




