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逃亡勇者、魔王になる  作者: ねさかなこ
4.輝夜と罰

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24/51

まだら模様の砂地

 突然乱暴に扉を開けられて、驚いた輝夜は跳ね起きて直立した。入ってきたのはデオンだった。


「おい勇者、出番だぞ」


 後ろ手で部屋の外を指す。おずおずと従う輝夜を待つこともせず、彼は踵を返した。テトラに視線を送ると、目が合う。困ったような、後ろめたいような様子で、彼の目はそっぽを向いた。肩をそっと叩かれて、扉の外へ出るように促された。

 いつの間にか、外からの喚声は先程のような熱はなく、ただのざわめきに変わっていた。


 灯りのない薄暗い廊下を歩く。なんだかかび臭いような、錆っぽいような、古ぼけた不衛生な臭いがする。


 長い廊下の突き当たりで、眼前を歩く巨体が足を止めた。前方には扉。左手には廊下の続き。輝夜も彼に倣って足を止め、振り向く。後ろで同じように立ち止まったテトラと目が合うと、軽く頭を下げられた。そのまま廊下の左手に進んでいくテトラの後を追おうとして、デオンに襟首を引かれた輝夜は「え゙っふ」濁った悲鳴をあげてつんのめった。


「ボケてんのか。お前はこっちだよ」


 ドアの方に向けて背中をどんと押されて、よろめく。


 ドアを開けた向こうには、小さな空間がある。さらにその向こうには、ものものしい鉄格子。鉄格子の隙間からはベージュ色の乾いた砂が広がっている。ここは闘技場だ。これから自分はなにかと戦わされるのだろうか。輝夜はそっと息を飲む。


「レーデ、バレてんぞ。油売ってねえで来い」


 デオンが低い声を響かせると、輝夜の左側にある闇の中で、空気が動いた。驚いた輝夜は少し跳ねて、そちらに目を向ける。


 光の当たらない闇から鉄格子から刺す光に照らされて現れたのは、昼前に会った様子のおかしい甲冑ではなかった。輝夜は彼を見たことがある。昨日、王に謁見したときに、王の隣に彼は立っていた。彼が動くと、腰まで伸びた長い黒髪が揺れた。


 彼はあのとき喋らなかったし、輝夜も彼の顔を注視しなかった。ぱっと見の雰囲気で、輝夜は彼を女だと思っていた。けれどよく見ると、男性的な顔つきをしている。輝夜の母親も彼と同じくらい髪の毛を伸ばしているが、彼のような長身痩躯と合わせると、その髪型は異様な気配を漂わせて見えた。


 レーデは輝夜の前に立ち、彼女の目を見つめる。輝夜の目はふわりと宙を泳いだ。彼の目は、なんだかどこかで見たことがあるような気がする。誰と似ているのかは、いまいち思い出せないけれど。そのせいだろうか、輝夜は彼の目を見ると落ち着かない気持ちになる。


「おい、レーデ!」


 呼ばれたきり返事もしない彼を急かす、デオンの怒号。レーデの目が扉のほうに向けられて、それからすぐに輝夜に戻った。


 節ばった長い指の生えた手が、輝夜の肩に触れた。長身を折り畳むようにして、輝夜の小さな耳元でささやく。


「処刑が済むまでは、君はここから出られないよ」


 ――なんだか、いやな予感がする。激しく脈打ち始めた輝夜の心臓。その拍動にとどめを指すように、レーデの低い声が頭上から降ってくる。


「きみの手で、罪人を処刑するんだ。きみにはきっと辛いだろう。でも、そうしないと、罪人はきっと、もっとひどい目に遭わされるだろう。これは、救いなんだよ。行ってらっしゃい」


 それは、呪いのような言葉だった。輝夜は砂地の方に目を向けた。眼前に広がる小さな砂漠。その砂は、ところどころどす黒い色で汚れている。鉄格子の外から穏やかに吹き込む風が、血腥い香りを輝夜の鼻腔へと運んでくる。男たちの喚声の中、今まで行われていた行為と、輝夜がこれからすることが脳裏を焦がす。頭がくらくらする。


 がしゃん。鉄格子が鳴いた。がしゃがしゃと乱暴な音を立てながら、眼前の鉄格子が上がる。処刑場への道が開けた。


 柔らかい日光に照らされた砂地を見つめたまま動けないでいる輝夜の背を、レーデがとん、と押した。よろめいて、輝夜は砂地の方へと足を踏み出した。レーデを呼ぶデオンの声がする。それに重なる、レーデの低い声。


「頑張っておいで。怪我はしないでくれ」


 振り返ると、背後ではもうすでに鉄格子が降りてきていて、輝夜の退路は絶たれていた。輝夜は汚れた砂を踏みつけて、処刑場の中心へと進む。ちょうど真ん中で立ち止まって、周りを見回す。円形に作られた砂の周りには高い壁が建てられていて、その外側で男たちがずらりと並んで輝夜にぎらぎらとした視線を向けている。彼らは期待している。これから起こる惨状を。

 処刑を見世物のようにするなんて、悪趣味極まりない。壁の国では、罪人の処刑は密やかに行われる。


 逃げ場はもうない。これから自分がひとを殺さなければならないなんて、信じたくなかった。今まで輝夜は、何者の命も奪ったことがないままここまで生きてきた。罪人と言えども自らひとを手に掛けるなんて、輝夜には考えられない行為だ。


 輝夜の顔が向けられた先にある、鉄格子。その向こうには、四人の男が立っていて、皆一様にうつろな顔をしている。絶望の淵に立って、足元を見下ろして悲観している顔だ。あの日、暗夜もそんな顔をしていた。


「勇者! 剣を取れ!」


 デオンの怒号が、輝夜の頬を叩く。輝夜が遥か高みにいる彼に平らな視線を投げると、彼は身をすくませて黙った。剣を抜く。暗夜の手によってよく研がれた刀身は、冬の鋭い日光を浴びて、軽やかな光を放った。


 抜いた剣を手にしたまま、輝夜は腕をだらりと垂らした。手が震える。鉄格子の向こうで、男たちが揺れた。


 鉄格子の上の観客席(・・・)から、輝夜と同じ白い服を着た男が、剣と盾を地面に向けて投げ捨てた。

 鉄格子が鳴く。扉が開いても、彼らは動かなかった。




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