第3話
「えっ、なにそれ。野良に追われてたの?」
運転しながら、ミラーにチラチラと目を配り、耀が目を丸くした。面白がっている顔だった。
「あ――……まぁ、たまにいるよね。野良っていうか、マナーのなってない吸血鬼の面汚し的みたいなのとか。街中で人間捕まえて、ガブガブいっちゃう奴。奈鬼羅でも、ちょっとめんどくさいんだよね、アイツら」
「風評被害だよな。吸血鬼のイメージダウンも良いとこでさ。まぁ、財閥のクリーンイメージに関しては遥大兄が主だって社交してるから安泰だけど」
「他人事にしないでね、耀。野良の取締り、本来は君だよ」
耀と軽口を交わし合う遥大は困ったなぁ、と言いたげに肩をすくめた。まるで食事マナーの悪さを咎めるような深刻さの無い口調だった。
「でもね、理玖君に、俺たちとそういう野良を一緒にされちゃうと……、うん、困るなぁ……」
「つぅかさ、何回も追われたってことは、外でも相当、血の匂いキツいんだ?」
遥大の声のトーンが、ほんの少しだけ下がった。微笑みは崩さない。崩さないからこそ、空気がずしりと重くなる。
だが、耀はそれを全く気にせず、好奇心を隠すことなく無遠慮に聞いてきた。
「……ちっ、怪我してたら何処からともなく吸血鬼の奴らがヨダレ垂らしてやってくんだよ。ガキの頃に……それで、一回吸われたことがある。あんな痛てぇのはこりごりだってのに、吸血鬼に買われたとか……」
理玖の決めつけは自身の経験と、一般的な知識からくるものだった。吸血鬼といえば血、血といえば吸血鬼。実に単純な構造で、人間の法の外で生きる吸血鬼に関して死人が出れば、さすがに時折ニュースにもなっている。
だが、奈鬼羅家の吸血鬼たちとは少々……いや、かなり常識の範疇が違うらしいというのは彼らが理玖に向けてくる目のせいだ。
「……痛い?」
耀が不思議そうに理玖に聞き返した。理玖側の窓は指一本分くらいしか開けられていないが、耀の運転席側はもう少し広い。外気で気を紛らわせているらしい。
「俺ら吸血鬼は普通、吸血時の痛みなんて与えないけど?」
「いや、痛かったから、すんごく」
「だからさぁ、人間のイメージで言うと、ほらあれ、蚊と同じ。牙が刺さる時に流し込む唾液が、麻酔つうか、痛みなんて感じなくなるんだよ」
「人によっては、気持ちよく感じる場合もあって、催淫効果があるとか言われてるね」
「そうそう。その野良、ただの下手くそか、嗜虐趣味があるかのどっちかだなぁ」
耀がボヤきながら、ウィンカーを出して曲がり、敷地に入っていく。奈鬼羅の家に連れていかれるのかと理玖は思っていたが、どうやら向かった先はホテルらしい。
「そういう意味でも、俺たちは由緒正しき吸血鬼の一族、奈鬼羅だ。そんな連中とは格が違う。だから君も、もう少し丁寧に扱われると思えない?」
「いや、だからって、マジで愛でるとか意味分かんねぇ、怖ぇだろ。女ならまだしも、俺、男……。あり得ねぇぇ……」
「……ぶはっ」
耀が吹き出した。肩を揺らし、ハンドルを両手に持って前のめりになり、目尻に涙すら浮かべている。
「男同士で、可愛がるのがわけわかんない?」
耀は心底不思議そうに首を傾げた。なんで分からないんだろうと常識を訊ねてくる子どものような顔だった。
「逆に聞くけどさ、可愛いモノを愛するのに理由いる? それがたまたま男だっただけじゃん」
「耀、あんまりからかっちゃダメだよ。まだ理玖は知り合ったばっかりなんだから」
「いやいや、遥大兄がド直球に言い過ぎるから、理玖が困惑してんじゃん。俺補足してるだけよ?」
耀が車をバッグに駐車場に停めながら、声が弾んでいた。
「俺が非常識みたいに言うな。吸血鬼と人間は価値観が違ぇだろ!」
「ああ、さっき、俺の血目当てって言ったよね。じゃあ聞くけど、君は自分の価値、血だけだと思ってるんだ?」
「俺の血がヤベェって言って窓開けてエアコン効かせてる奴がそこにいて、そんなこと言えるのがすげぇな。オニーサン?」
「はいはい。いいよ、教えてあげる。俺たちの目的は血だけじゃない。可愛がって、愛して、依存させて、骨の髄まで奈鬼羅家のモノにすること。最期は責任もって看取る。途中で捨てたりなんてこともしない。……血なんておまけだよ、おまけ。人間を飼うの、初めてじゃないし、ずっとこのスタンスだから、慣れてね」
「慣れてね――じゃ、ねぇよ! 要するに餌だろ、家畜だろ。俺は、人間だ!!」
理玖が苛立ちのまま遥大を言い返せば、遥大の碧の瞳の奥に、ほんの一瞬、熱とともに温度が下がったような気配が走ったのを見た。
「ん? あのさ、君。なにか勘違いしてない? 君は、もう俺のモノ。奈鬼羅の家一員だよ。人間の理の外だ」
遥大は理玖の腕を掴み、ぐいと身体ごと向き合わされた。理玖のネクタイを引っ張り、鼻と鼻が触れるほどの至近距離。
「俺たちが君を欲しいって思ったから、大金を払った。君の両親は喜んで君を差し出してくれたよ。だからね、男とか女とか、そんな些細なことで価値が決まるわけないじゃないか」
「――っ」
「人間の血が欲しいだけなら、孤児を迎えるだけで良い。さらに言うと、もっと適当な人材を集めるなんて奈鬼羅財閥には造作もない。わざわざ手続きを踏んで、君を買ったんだよ」
遥大の美貌は、覗き込めば覗き込むほど人間とは違うと実感させられた。それがかえって喉元に牙を突きつけられたと錯覚するほど、理玖の背筋を凍らせた。




