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堅物女子がどろどろに甘やかされて落とされるまで  作者: 花依はな


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6/13

新婚さんの週末

残業で帰宅が遅くなった翌朝。

つむぎは茅のベッドで、まだ深い眠りに沈んでいた。


休日だという安心感と、連日の疲れが重なって、身体が鉛のように重い。薄いカーテンの隙間から、柔らかな朝の光が差し込んでいる。部屋の空気は静かで、遠くで聞こえる街の騒音さえも、まどろみの中では遠くに感じられた。


そのとき、ベッドの脇で茅の声がした。

低くて、優しい声。


「つむぎ、起きてるか?」

「……ん……」


返事にならない吐息が漏れる。

茅は小さく笑って、彼女の髪に触れそうで触れない距離に手を伸ばした。


「新婚さんなので、週末デートしないか?」


まどろみの中で、言葉がぼんやりと耳に入ってくる。

新婚さん。デート。意味がうまく繋がらない。頭の中が、甘い霧に包まれているみたいだった。


「……うん……いいよ……」


適当に、ほとんど無意識に返事をしてしまった。

茅が小さく笑う気配がした。温かい視線が、自分の頰に落ちている気がする。


「ありがとう。じゃあ、後で起こすよ。ゆっくり寝ててくれ」


つむぎは再び、深い眠りに落ちた。

夢の中で、誰かが「おかえり」と優しく呼んでいる気がした。


――


二時間後。


「つむぎ、そろそろ起きてくれ。約束のデートだ」


つむぎはゆっくりと瞼を上げた。

まぶしい。茅がベッドの縁に座り、優しく微笑んでいる。シアーブラウンの髪が朝の光に透けて、柔らかく見えた。


「……はい?」


頭がまだ完全に覚醒していない。

茅は楽しそうに目を細めた。


「今朝、『いいよ』って言ってくれたよな。新婚さんの週末デートだ」


つむぎは枕に顔を埋めた。

昨夜の残業の疲れが、まだ身体の芯に残っている。


「適当に返事しただけです……! 寝ぼけてたんです! ちゃんと覚えてません!」

「でも、承諾は承諾だ。キャンセルはなしで頼む」


茅は彼女の布団を優しく剥がした。

冷たい空気が肌に触れて、つむぎは小さく身を縮める。


「それに、つむぎ、出かける服、ほとんど持ってきてないだろ。だから、まず服を買いに行こう。夜は久々にバーにも行こう。好きな服を着てくれ。できれば、ちょっと身体のラインが出る服がいい」


つむぎは起き上がって、茅を睨んだ。

頰が熱い。


「下心、隠さなすぎです」

「ああ。つむぎの綺麗なところ、俺だけに見せてほしいから。昼間のきっちりした姿も好きだけど、夜のつむぎも……大好きなんだ」


茅は彼女の手を取り、ベッドから優しく引っ張り起こした。

掌の温もりが、眠気を少しずつ追い出す。


「準備、手伝うよ。今日は一日、俺に任せてくれ。新婚さんのデート、俺が全部計画してるから」


つむぎは文句を言いながらも、結局身支度を整えた。

鏡の前で髪をまとめようとして、途中で止める。茅が後ろから「今日は下ろした方がいいよ。可愛いから」と囁いたからだ。拒みきれない自分が、少し悔しかった。胸の奥が、くすぐったい。


――


午後のショッピングモール。

明るくて広い通路に、人の声と音楽が溢れている。

茅はつむぎの隣を歩きながら、楽しそうに店を見て回る。時折、彼女のペースに合わせて歩幅を調整する。


「ここ、いいな。つむぎに似合いそうな色だ。落ち着いたトーンで」


試着室の前で、茅は何着も服を選んできた。

タイトめのワンピース、肩の開いたブラウス、少し腰のラインが出るスリットスカート。どれも、昼のつむぎが普段選ばない系統だった。


「これ、着てみてくれ。絶対可愛い。俺の目に狂いはないから」

「……茅さんが選ぶと、全部そういう系統になりますね」


つむぎはため息をつきながらも、試着室に入った。

カーテンを閉めて、服を着替える。鏡に映る自分は、確かにいつものスーツ姿とは違う。ボディーラインが自然に出るデザインに、頰が熱くなる。


「こんなの……仕事じゃ着られない」


出てくると、茅の目が一瞬で細められた。

視線が、ゆっくりと上から下へ落ちる。


「……やっぱり、可愛い。息が止まりそうだ。買うよ。全部」

「全部は多すぎます!」

「俺が払う。新婚さんの買い物だ。俺の家にいる間の、特別な服だ」

「誰が新婚さんですか。言い方もなんか変です」

「今朝、認めてくれたよな、新婚さんって。寝ぼけてても、本心が出るんだよ」


茅はレジに向かって歩きながら、振り返って笑った。

つむぎは後ろから追いかけて、彼の袖を軽く引っ張った。


「ああいう発言、人前で……恥ずかしいです」

「恥ずかしいのは、嫌じゃないってこと、だろ?」


つむぎは顔を赤くして、黙ってしまった。

茅はそれ以上いじらず、優しく袋を持ってくれた。


「赤い顔して照れてるの、好きだよ」


――


夕方までかけて、服と少しの小物を揃える。

茅は終始、下心を隠さなかった。


「これ、仕事に着てくれよ」

「絶対似合う」

「俺だけが見ていたい」

「腰のライン、綺麗だから」


つむぎは「はずかしい」を連発しながらも、なぜか楽しかった。

誰かに選んでもらうという、久しぶりに感じる甘えに、少しずつ心が緩んでいく。買い物袋が重くなるたびに、茅が「俺が持つよ」と自然に受け取ってくれる。その仕草が、当たり前のように優しかった。


カフェで休憩したとき、茅は彼女の前に甘い香りのするカフェラテを置いた。


「疲れてないか? ホットで少しはちみつ入れてる。ブラックが良ければ交換するぞ」

「……ありがとうございます、ちょうど甘いのが飲みたかったです」


つむぎはカップを両手で包み込んだ。陶器の温かさが指先に伝わってくる。ゆっくりと口をつけた。ミルクのまろやかさと、ほのかな甘さが舌の上に広がる。


その瞬間、視線を感じた。

顔を上げると、茅が真正面から彼女を見ていた。目を逸らす様子もなく、つむぎがラテを口にする様子を、じっと見つめている。つむぎが小さく目を細めて味を確かめると、茅の唇が緩んだ。静かに、でもはっきりと、嬉しそうに微笑んでいる。


つむぎはカップを少し強く握りしめ、もう一度、熱い液体を口に含んだ。甘さが、胸の奥まで染みる気がした。


「...つむぎが楽しそうにしてくれてるのが、俺は一番嬉しい。ちゃんと新婚さんのデートになってるか?」

「まだ言ってるんですか……」

「本気だよ。この時間が、俺にとって特別なんだ」


つむぎはカップを両手で包み、湯気を見つめた。

茅の視線が、優しく自分に注がれている。恥ずかしいのに、嫌じゃなかった。このまま時間が止まればいいのに、と思う自分がいた。


――


夜。


二人は、いつものバーへ向かった。

つむぎは茅に選んでもらった、肩の出るグレーのワンピースを着ている。髪を下ろし、清楚めなメイクをした。夜風が肌に触れるたび、ワンピースの生地が優しく揺れる。茅は隣を歩きながら、何度も視線をくれた。その視線が熱くて、つむぎは俯きがちになった。


「本当に綺麗だ。昼間の課長とは別人みたいで……でも、どっちも好きだ。俺の隣にいてくれるつむぎが、可愛いすぎる」


「また、そういうこと言って……」

「睨む顔もかわいい、好きだよ」


バーのドアを開けると、いつもの低いジャズと、琥珀色の照明が出迎えた。

カウンターの端に並んで座る。氷の入ったグラスが運ばれてくる音が、静かに響く。

茅が彼女の方に体を寄せてきた。

肩が触れそうな距離。


「今日は一日、ありがとう。新婚気分で満喫できた。つむぎの笑顔も見れたし」

「まだ言ってるんですか」

「本気だからな。で……一つ、お願いがある」


茅は彼女の手に、自分の手を重ねた。

熱い掌。指が、優しく絡まる。


「スキンシップ、許可してくれないか。触れたい。今日一日、我慢してたんだ」


つむぎはグラスを握りしめ、少し黙った。

氷が溶ける音が、いつもより大きい気がする。


恥ずかしい。


でも、今日一日、彼の優しさに触れて、拒む理由が薄れていた。鍵を預けられ、「おかえり」と待たれ、デートまがいなものもして、笑わされ、隣を一緒に歩いた。茅の下心を知りながらも、その温かさに絆されてしまった。


「……いいです。少しだけ」


茅の目が、明るく柔らかくなった。


「ありがとう」


彼はゆっくりと腕を回し、彼女の腰を抱いた。

密着する体温。ワンピースの生地越しに、彼の熱が伝わってくる。耳元で、低く甘く囁く。


「嬉しい。本当に嬉しいよ。つむぎが許してくれた」

「……耳元で話さないで」

「恥ずかしいのか?」


茅は彼女の髪に顔を埋め、優しく唇を寄せた。

額に、頰に、髪の生え際に。触れられるたびに、つむぎの心臓が大きく鳴る。

拒まない自分に、驚いていた。

恥ずかしいのに、身体が自然と彼に寄りかかってしまう。


「……そこまでいいなんて言ってないのに」

「俺、つむぎのことが好きすぎて、どうしようもないんだ」


茅は彼女を抱きしめたまま、カウンターの灯りを見つめた。

琥珀色の光が、二人のグラスを優しく照らしている。


「このまま、もう少しだけ。新婚さんの夜を、延長させてくれ。つむぎが『もういい』って言うまで、離さないから」


つむぎは彼の胸に、小さく額を預けた。

恥ずかしいのに、温かい。

彼の心拍が、耳に届く。絆されながらも、この腕の中が嫌じゃなかった。


社内恋愛は面倒くさい、絶対にしたくない、と何度も自分に言い聞かせてきたはずなのに。


バーの低い音楽が、二人の距離を優しく包んでいた。

つむぎは目を閉じ、茅の体温に身を委ねた。今夜だけは、逃げなくてもいいかもしれない。そう思ってしまった自分に、少しだけ、甘く敗北した。


茅は彼女の髪を梳きながら、何度も「好きだ」「可愛い」「ありがとう」と囁いた。

その声が、夜のバーに溶けていく。

つむぎは彼の胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。

許可したスキンシップが、今夜は特別に優しくて、特別に甘かった。

絆され始めました。

※情景描写を中心に追記をしました。流れに変更はありません!

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