表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堅物女子がどろどろに甘やかされて落とされるまで  作者: 花依はな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/13

バレる

グイグイ始まります

その夜も、立華はいつものバーにいた。


薄暗い照明が、琥珀色のボトルを優しく照らしている。カウンター越しに並ぶグラスの列が、静かに光を弾いていた。低いジャズの音色が空気に溶け、誰かの笑い声が遠くで聞こえる。氷の溶ける音だけが、耳に近い。


カウンターの端。

隣に座った男が、声をかけてきた。


「一人ですか?口説いてもいいかい」

「結構です」

「冷たいね。名前くらい教えてよ」

「興味ありません。離れてもらえますか」


男が少し粘っていると、背後から低い声がした。


「彼女は俺の大切な人だ。離れてくれ」


立華はびくりとして振り返った。

最近よく聞き覚えのある声。

心臓が、大きく跳ねる。


そこに立っていたのは——茅だった。


シアーブラウンの髪が、薄暗い光の中で淡く光っている。

綺麗な顔立ちを引き立てる、シンプルな黒いコート。いつもの軽い笑みはあるが、目が優しく、どこか熱を帯びていた。男は茅の雰囲気に圧倒されたのか、すぐに席を立った。

足音が遠ざかる音が、妙に大きく聞こえた。

立華は頭の中が真っ白になった。


まさか、ここで。

この格好で。


昼の自分が、夜の自分に追いつかれてしまったような、奇妙な羞恥と恐怖が胸を満たす。茅は空いた席に座り、店員に「同じもの」と注文した。そして、ゆっくりと体を寄せてくる。カウンターの椅子が小さく軋むほど、近い。


彼のコートから夜の冷気と、手元のウイスキーの甘い香りが混ざって漂ってきた。


「……立華さん?」


声が、いつになく低く、甘い。

立華は冷たいグラスを握りしめ、視線を逸らした。

指先が、少し震えている。


「……人違いです」

「人違い、か」


茅は彼女の頰に指を添えた。

熱い指先が、優しく顎を持ち上げる。無理にではなく、大切にするように。立華の鼓動が、耳の奥で大きく鳴る。


「立華さんの声も、耳に髪をかける仕草も、きれいな指先も、全部同じだよ。でも服装は、昼間のきっちりしたスーツ姿とは全然違うな」


視線が、彼女の唇から鎖骨、そして胸元の開きまでゆっくりと落ちる。その視線が熱くて、肌が焼けるようだった。


「夜の立華さん、マジで可愛い。息止まりそうだわ」

「やめてください」


声が上ずる。

茅の指が髪から首筋へ滑り、鎖骨のくぼみを優しく撫でる。夜の空気より熱い。立華は息を詰めた。誰にも触られたことのない場所を、こんなに自然に触れられて、頭が真っ白になる。


「隠しきれねえよ。目が合った瞬間、わかった」


茅は彼女の髪を耳にかけ、指先で耳たぶを軽くなぞった。


「この格好で、一人でバーに来るのか。ストレス発散?……俺が、全部受け止めてやりたかったのに」


立華は唇を噛んだ。


バレた。

完全にバレた。


羞恥と、どこか甘い動揺が、同時に胸を満たしていく。


「……誰にも言わないでください。お願いします」

「……いいよ。でもな」


茅は身を乗り出し、彼女の腰に自然に腕を回した。

カウンター越しではなく、完全に密着する距離。彼の体温が、背中からじわりと伝わってくる。


「職場じゃ絶対に口外しねえ。誰にも言わねえ。その代わり——その格好で、俺とデートしてくれ。むしろお願いだ。可愛い立華さんを、俺だけに見せてほしい」


立華の目が大きく見開かれる。

心臓が、痛いくらいに高鳴った。


「え?」

「昼間の立華課長は、俺をいつも即答で断る堅物さんだ。でも、今夜は……違う。派手な服も、服に合わせたメイクも、全部が」


茅は彼女の腰を軽く引き寄せ、唇を耳元に寄せた。


「独り占めしたい」


吐息がかかる。

熱い。甘い。


「一度でいい。俺とデートしてくれ。知らない立華さんを、俺に教えてほしい」

「……それは、脅しですか」


声がかすれる。

茅の腕の中で、自分が小さくなっている気がした。


「いや。お願いだ」


茅は彼女の手を取り、自分の掌に重ねた。

指を絡め、ゆっくりと撫でる。掌の温もりが、不安を溶かしていくようで、逆に怖かった。


「嫌なら、俺は何も言わねえ。ただ俺は本気で、今夜の可愛い立華さんを独占したい。誰にも渡したくない」


茅の目が、真正面から彼女を捉えている。

腰に回した腕の力が、優しく、しかし逃がさない。立華は深く息を吐き、グラスを置いた。氷が溶けきったグラスが、薄い琥珀色に小さく揺れた。


「……一度だけ、です。一度だけなら」


茅の顔に、柔らかくて甘い笑みが広がった。


「サンキュー。嬉しい。……本当に嬉しい」


茅は額に、優しく唇を落とした。

柔らかくて、熱い。

恥ずかしすぎるスキンシップに、立華の瞼がぎゅっと閉じた。


「じゃあ、今から行こうか」

「今から!?」

「逃げる前に、確保しときたくて。離したくねえんだ」


茅は会計を済ませ、立華の手をしっかり握った。

熱い掌。彼女が立ち上がると、コートを優しく羽織らせ、腰に手を添えてバーを出た。

夜風が肌に触れるたび、茅の体温が近くに感じられる。ネオンの光が二人の影を長く伸ばし、街の音が遠くに聞こえた。


――


タクシーが止まったのは、少し離れたオーベルジュだった。

個室の扉が閉まった瞬間、外の喧騒が遠のいた。落ち着いた照明が、濃い赤のカーペットと木目の壁を優しく照らしている。控えめなジャズが流れ、空気はほのかにワインの香りがした。


茅は立華のコートを丁寧に預かり、彼女の肩に手を添えて席へ導く。個室のソファは二人きりには広すぎるほどで、茅は迷わず彼女の隣に腰を下ろした。


「もっと寄ってくれ。俺の隣がいい」


茅は彼女の腰に腕を回し、自然に引き寄せる。

体温が密着する。


「緊張してるな。手がまだ冷たい。俺が温めてやるよ」


立華は視線を逸らした。

個室の静けさが、二人の距離を余計に近く感じさせる。茅は彼女の頰に指を添えた。親指で唇の端を優しく撫でる。


「俺は嬉しいよ。昼間の課長がちゃんと羽を伸ばしてるみたいで。しかもこんなに綺麗だなんて」

「……確かにストレス発散の様なものですが……」

「目がくっきりして、唇も赤い。……キスしたくて、たまんねえ」

「やめてください……」

「ごめん。でも、本気だ」


茅はくすっと笑い、彼女の耳に口を寄せた。

吐息が、耳の奥まで響く。


「本当に綺麗だ。俺だけが知ってる秘密の立華さん」


腕の力が強まり、彼女を自分の方へ引き寄せる。

肩が密着し、髪の匂いが混ざる。立華は彼の体温に包まれながら、胸の奥が甘く疼くのを感じていた。

茅はメニューを開き、彼女に見せる。


「好きなもの、教えてくれ」


料理が運ばれてくる間も、茅の手は離れていない。

テーブルの下で膝に手を置き、太ももの上をゆっくり撫でる。ワインを注ぎながら「唇、赤いな。綺麗で、見とれちまう」と囁き、指で口元を拭う。立華が顔を赤くすると、満足そうに笑い、耳たぶを優しく摘まむ。


「昼間の立華課長は、俺をすぐ『お断りします』って切るのにな。でも今夜は、逃げられないよな。嬉しい」


触れられるたび、立華の中で「だめだ」という声と、「もっと」という声がせめぎ合った。

雰囲気に流されている。そう思いたかった。


「……約束したからです」

「約束、守ってくれて嬉しいよ。サンキュー」


茅は彼女の手を取り、指を一本ずつ優しくキスした。

唇の感触が、指先から心臓まで響く。個室の照明が、二人の影を壁に優しく落としている。


「この姿、俺以外に見せないでくれ。独占したい。誰にも渡したくない。俺だけのものでいてほしい」


立華は胸が熱くなった。

茅の視線が、露骨に自分を追いかけてくる。なびかない女が珍しくて、という段階を超えている気がした。自分が、こんなにも特別に見られているという事実が、怖くて、嬉しかった。


食事が進むにつれ、茅のスキンシップはさらに甘くなっていく。

ソファの背に腕を回し、彼女の髪を梳く。時折、額に軽いキスを落とす。


「疲れてないか? 俺の肩、貸すよ。寄りかかってくれ」


立華が遠慮がちに頭を預けると、茅は満足そうに髪を撫でた。


「いい子だな。……好きだ。本当に好きだ」


個室の空気とアルコールが、徐々に熱を帯びていく。

茅は彼女の手を握ったまま、真剣な目で見つめた。


「俺、本気で好きになった。昼間のきっちりとした課長も、今夜のかわいい立華さんも。社内恋愛が面倒くさいのもわかってる。それでも、付き合いたい」


茅は彼女の額に唇を寄せ、優しくキスを落とした。

柔らかくて、長い。


「一度だけのデートでも、伝えるなら今だと思った」


立華は彼の胸に顔を埋めそうになり、慌てて離れた。

鼓動が、ばれてしまいそうだった。


「……一度だけのデートです。これ以上は」

「でも、次も誘う。この格好でなくてもいい。昼間の姿でもいい。ただ、一緒にいたい。お願いだ」


どうしてか昼間の様に断ることができなかった。

食事を終えて店を出ると、夜風が二人を優しく包んだ。

茅は立華を自宅まで送り、玄関の前で彼女の腰に両手を回し、軽く引き寄せた。密着する体。吐息がかかる距離。


「おやすみのキス、いい? 我慢できないくらい可愛くて」

「だめです」

「じゃあ、頰だけ」


彼女の頰に、優しく、長く唇を落とした。

熱い。甘い。指が背中を撫で、離れがたそうにする。立華は目を閉じ、その感触を噛みしめてしまった。胸の奥で、何かが音を立てて崩れていくようだった。


「……ばれたら、許しません」

「ばらさない。約束だ。絶対に」


茅は彼女の髪を軽く撫で、額にもう一度キスをしてから離れた。


「おやすみ、今夜は、ありがとう」


立華は部屋に入り、ドアを閉めてから壁に背中を預けた。

頰が熱い。

胸が騒がしい。

腰に残る腕の感触、唇に残るキスの余韻。

秘密がばれたことで、距離が急激に縮まってしまった。

——社内恋愛は面倒くさい。絶対にしたくない。

そう自分に言い聞かせても、茅の「好きだ」という優しい声と、甘いスキンシップが、体の芯まで残っていた。

夜の街の音が、遠くで静かに響いている。

立華は窓の外を見つめながら、初めて、人の気持ちから逃げられないかもしれないと思った。


――


翌朝。オフィスで茅と顔を合わせたとき、立華はできるだけ平静を装った。

蛍光灯の白い光が、昼の世界をはっきりと照らしている。

茅はいつもの軽い笑みで近づいてくる。


「おはよう、立華課長。書類、頼むよ」


周囲には聞こえない声で、小さく付け加えた。


「昨夜は、サンキュー。また誘うからな。俺、待ちきれねえ」


指先が、さりげなく彼女の手の甲を撫でる。

その一瞬の温もりが、昨夜を鮮明に呼び起こす。

立華は書類を受け取りながら、小さく呟いた。


「……一度だけ、です」


茅は目を細めて、甘く笑った。


「ああ。一度だけのつもりだったよ。でも、誘うのはいいよな?」


営業エースと事務課長の距離は、秘密を共有したことで、もう後戻りできないところまで来てしまっていた。

昼のオフィスの喧騒の中で、立華は昨夜の甘い余韻を、静かに胸に隠した。

段落、会話の違和感の修正をしました。流れに変更はありません!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ