素直になる
酔っ払った夜から数日が過ぎた。
つむぎはあの夜のことはほとんど覚えていなかったが、茅の優しさが以前より胸に沁みるのを感じていた。
修繕完了まで、残り一週間。この家での時間が、少しずつ「仮」ではなくなりつつあった。
食事の準備は、ほぼ毎日茅がしてくれていた。
朝はトーストと卵、夜は簡単でも栄養バランスの取れたもの。「つむぎが食べる顔を見るのが好きなんだ」と笑って、エプロン姿でキッチンに立つ。つむぎは最初こそ申し訳なく思っていたが、今では「いってらっしゃい」「おかえり」の延長のように、自然に受け取るようになっていた。
その代わり、部屋の掃除はつむぎの役割になっていた。
掃除機をかけて、棚を拭いて、ゴミ箱を空にする。茅の荷物と自分の荷物が混ざり合うリビングを、丁寧に整える。「つむぎが掃除してくれると、家が明るくなる気がする」と茅に言われるたび、照れくさくて俯いてしまう。
ゴミ出しは、最初の頃は茅が行っていた。
しかし、意外と忘れがちだった。「あ、今日は燃えるゴミの日だった……」と後で気づくことが多い。それを見たつむぎが、自然と自分で行くようになった。朝、茅が朝食を作っている間に、袋を提げてマンションの集積所へ。帰ってくると「ありがとう。助かるよ」と笑顔で迎えてくれる。その繰り返しが、いつの間にか習慣になっていた。
洗濯物も、つむぎに任せてもらえるようになっていた。
最初は茅が自分で洗っていたが、「つむぎがやってくれると嬉しい」と言われたのがきっかけだった。ただし、下着だけは「いいよ」と遠慮されていた。
ある日、つむぎが「二人の服、一緒に洗っていいですか?」と聞いたとき、茅は本当に驚いた顔をした。
「いいのか? 女性って、そういうの気にするのかと思ってた」
「人によりますよ。私は気にしません。別に汚れるわけでもないし」
茅はしばらく黙ってから、小さく笑った。
「……ありがとうな」
それからというもの、つむぎは茅の下着も勝手に洗うようになった。
洗濯籠に入っているものを、自然に一緒に回す。茅はそれを知っていても、止めなかった。むしろ、嬉しそうに洗濯が終わったシャツを畳んでいた。
ある夜、二人で食後の茶を飲んでいるとき、茅がふと口を開いた。
「なんだか、同棲してるカップルみたいだな」
にこにこと、本当に嬉しそうに笑う。
つむぎの胸が、くすぐったくなる。
「……たまたまです。役割分担ができただけで」
「たまたまでも嬉しいよ。つむぎが俺の下着まで洗ってくれるなんて、想像もしてなかった。俺、つむぎに惚れ直してる」
「な……何言ってるんですか」
「本気だよ。食事も、掃除も、ゴミ出しも、洗濯も。つむぎと一緒にいる日常が、全部好きだ、修繕もっと伸びてくれないかな」
残り一週間。
その言葉が、現実を突きつけた。つむぎは湯飲みを両手で包み、俯いた。このまま帰ってしまって、本当にいいのか。茅の「おかえり」が無い朝を、想像しただけで胸が苦しくなる。
「つむぎ。改めて、話させてくれ」
彼はテーブルを回り、彼女の隣に座った。
手を重ねてくる。熱い。
「俺は、つむぎが好きだ。最初はなびかないのが面白くて近づいたのかもしれない。でも今は、本気だ。休日のつむぎも、昼間の課長も、掃除をしてくれるつむぎも、酔ってるつむぎも、全部好きだ」
つむぎは唇を噛んだ。
「……社内恋愛は、面倒くさいです。噂になって、仕事に影響が出たら……」
「俺が全部守る。職場では距離を置く。つむぎのキャリアを、絶対に傷つけない。約束する」
「私、素直になれない性格です。すぐ壁を作ってしまう。茅さんを傷つけてしまうかも」
「傷ついてもいい。つむぎが壁を作ったら、俺が優しく壊す。一回や二回の喧嘩で、嫌いになったりしない」
茅は彼女の手を、両手で包み込んだ。
「不安なこと、全部言ってくれ。一つずつ、ほぐすから」
つむぎは彼の目を見た。
真剣で、優しくて、逃げ場がない。
「……居候みたいに、ずっといいの? 迷惑じゃない?」
「迷惑なんかじゃない。むしろ、居てくれないと困る、帰らないでくれ」
「私、茅さんみたいに上手に甘えられない」
「それでいい。つむぎが『はずかしい』って言いながら隣にいてくれるだけで、十分だ」
一つずつ、不安を丁寧にほどかれていく。
つむぎの目が、熱くなってきた。拒む理由が、音を立てて崩れていく。
「……茅さんのこと……好き」
茅の顔が、ぱっと明るくなった。
「本当か?」
「でも」
つむぎは彼の手を握り返しながら、はっきりと言った。
「そもそも、付き合ってないですよ。告白してください。ちゃんと」
茅は一瞬目を丸くし、すぐに嬉しそうに笑った。
「……そうだったな。ごめん」
彼は姿勢を正し、彼女の両手を握り直して目を合わせた。
「つむぎ。俺と、付き合ってくれ。正式に、恋人として。俺の隣に、いてくれ」
つむぎは頰を赤くしたまま、小さく頷いた。
「……はい。お願いします」
茅は彼女を抱きしめた。
強く、優しく。
「ありがとう。本当に、ありがとう。惚れ直しただけじゃ足りないくらい、好きだ」
つむぎは彼の胸に顔を埋め、小さな声で言った。
「…私も好き」
二人分のマグカップが並び、湯気がゆっくりと立ち上る。
窓の外では、都心のビル群が朝日を浴びて淡く輝いていた。
――告白させられた茅視点
——さっきも、今も、ずっと前から告白してるのにな。
心の中で小さく呟く。
酔った夜に「好きだ」と言ったことも、熱を出した朝に「好きだ」と伝えたことも、今夜も、全部、告白だった。彼女の不安を一つずつほどきながら、何度も何度も気持ちを伝えてきた。それでも彼女は、今になって「ちゃんと」と言ってくれた。
——ようやく、ここまで来たか。
胸の奥が、熱く広がっていく。
最初はただの興味だった。なびかない女が面白くて、ちょっかいを出していただけだった。それがいつの間にか、彼女の「ただいま」を待つようになり、彼女の匂いがする部屋が落ち着くようになり、彼女がいない朝を想像しただけで息が苦しくなるようになっていた。
——初めての我儘だから、いっか。
彼女が自分から「告白してください」と要求してきたこと。
それが、妙に愛おしかった。いつも壁を作って、素直になれない彼女が、ようやく自分に何かを求めてくれた。初めての、彼女からの我儘だ。だから、ちゃんと応えてやりたい。
彼は姿勢を正し、彼女の両手を握り直して目を合わせた。
「つむぎ。俺と付き合ってくれ。正式に恋人として。俺の隣に、いてくれ」
つむぎは頰を赤くしたまま、小さく頷いた。
「……はい。お願いします」
茅は彼女を抱きしめた。
強く、優しく。
——やっと、届いた。
スパダリっぽくなってきたのでタグ追加しました(こんな甘々になる予定はなかった)
※会話の違和感を修正しました!流れに変更はありません!




