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005 虹のフルーツゼリー

「ナギ、近々、婚約発表の宴がある。宴の最後にお前が作った菓子で来客の度肝を抜く。相応しい菓子を作れ。期待しているぞ」


 ニヤニヤと意地悪く笑うリュシアン。

 その言葉を聞いた瞬間、私の目の前は真っ暗になった。


「神よ、私が一体何をしたというのでしょう……。ちなみに、何人分作らないといけないのでしょうか?」

「三百人分だな。土産用の菓子も頼む。詳しいことはエレノアと相談しろ」

「はぁーーーーーーあっ!?」

「ちなみにプリンは禁止だ。イメージが悪い」


 あっ(察し)。




 ◆◆◆◆◆




「ナギ様、お気を確かに。婚約発表の宴で新婦が自ら菓子作りなど前代未聞ですが、これも政治なのです」


 クーラーの効いた快適な厨房で、うなだれている私を、エレノアさんが優しく気遣ってくれる。


「政治って……エレノアさん、どういうこと?」

「現在のナギ様は、流れ人でありながらご主人様のお部屋に引きこもっている無職……いえ、正体不明の人物でございます」

「エレノアさん!? 今、はっきり無職って言わなかった!?」


 図星だけど! 事実ニートだけど! これでも毎日、花嫁修業で忙しいんですけど!


「……続けますね。今やヴァルディシア王国の貴族たちは、ナギ様の話題で持ちきりでございます」

「なんでよ?」

「料理長が、上手く噂を流してくれましたね」

「あのヤロウ……!」


 あの恰幅のいい料理長、王宮のスピーカー係になっていたらしい。


「さらに噂に尾ヒレがつきまして。ご主人様とナギ様のおとぎ話のようなラブロマンスや、ナギ様が極上の菓子を作る『神の使い』であるなど、聞いていて飽きません」

「……エレノアさん、絶対面白がって楽しんでません?」

「そんなことはありませんよ。とにかく皆様、ナギ様がどれほどの力を持っているか、興味津々なのです」


 なるほど。つまり……。


「私の『お買い物スキル』を直接見せるわけにはいかないから、極上のスイーツを出して、彼らを納得させろってこと?」

「その通りでございます。王子の婚約者として相応しいことを見せつけるのです」


「しかし三百人分かーー。婚約発表の主役なのに、私が厨房にこもって作業なんて無理だよね」

「はい。事前に何か作って頂いて、当日は私達侍女が責任をもってお運び致します」


「はあー。お土産の用意もあるのよねー。普通はどんなのを配るの?」

「一般的な宴でしたら、ドラジェですね」

「ああ、ドラジェね」


 アーモンドを砂糖でコーティングした、可愛いお菓子。

 日本でも結婚式の定番のギフトで、幸福、健康、富、子孫繁栄、長寿の願いが込められている縁起物だ。


「スキルで出した極上の砂糖を職人さんに渡すから、あとはよろしく! ……じゃダメかな?」

「確かに、それだけでも今までとは比べ物にならない極上なドラジェができそうですが……。ただ、ドラジェはあくまで今まで通り配る形になると思いますので、やはりナギ様ご自身の手で、他に何か一品作ることになるかと」

「ぐぬぬ! ……はあー。悩んでいても始まらないし、ちょっと試しに作ってみようか」


 私はお買い物スキルを発動し、材料リストを眺める。

 大量に作り置きできて、冷蔵庫で保存でき、なおかつ異世界の貴族の度肝を抜くもの……。


「エレノアさん、簡単な作業なんだけど、手伝って貰える?」

「勿論です。本番では私一人だけでなく、手先が器用な侍女を、ナギ様専属のお手伝いとしてご用意いたします」

「それならなんとかなるかなー」


 私は気合を入れて、エプロンをキュッと身につけてキッチンに立った。




 ◆◆◆◆◆




「パティシエが自分の結婚式でウエディングケーキを作るって話はたまに聞くけど、婚約発表の宴で三百人分のスイーツを用意するって、どうなのよ!?」

「ナギ様、お気持ちは痛いほどお察し致します……」


 エレノアさんに慰められながら、ポチポチと材料を購入していく。

 赤いラズベリー、桃缶、パイナップル缶、キウイ、ブルーベリー、レモン、グラニュー糖、そして海藻由来の凝固剤であるアガー。最後に、足の付いたお洒落なガラスのゼリーカップを購入。


「まずは、缶詰の中身とシロップを分けておきます」

「ナギ様……この缶詰というものは便利ですね。封を開けなければ何年も持つと聞きましたが本当ですか?」

「うん、そうだよ。私は買えないけど肉とか魚の缶詰とか、プリンの缶詰もあるんだよ」

「これをお土産にできればいいのですが……」

「それだ!」

「……おそらくですが、珍しいお土産が増えたと喜ばれるだけで、ナギ様の手作り菓子の代わりにはならないかと……」

「ちくしょうめぇぇぇ!!!!!」


 缶詰をお土産にする作戦は、秒で失敗。

 エレノアさんに手伝ってもらいながら、果物を一口大にカットしていく。


「次に、ガラスのゼリーカップに、ブルーベリー、キウイ、パイナップル、桃、ラズベリーを層にして敷き詰めて……よし、下ごしらえは完了!」

「まあ……! 色とりどりで、まるで宝石箱のようですね」

「ふふん、まだまだこれからだよ。次に、アガーとグラニュー糖をボウルでしっかり混ぜ合わせておきます」


 アガーはダマになりやすいので、先にお砂糖と混ぜ合わせておくのがプロの基本だ。

 それにゼラチンと違って常温でも固まるから、宴の最中にドロドロに溶ける心配もない。大量生産にはもってこいの素材なのだ。


「そして、お鍋にさっきの缶詰のシロップとお水を入れて、アガーとグラニュー糖を投入。中火にかけて、かき混ぜます。沸騰したら、さらに一分加熱!」

「火加減はこのくらいでよろしいですか?」

「完璧! しっかり溶けたら火からおろして、レモン果汁を少し加える。とろみが付くまで、ちょっと冷まします」


 爽やかなレモンの香りが厨房に広がる。

 粗熱が取れた透明なゼリー液を、フルーツが入ったガラスカップへ静かに注ぎ入れた。


「これを冷蔵庫に入れて、しっかり冷やせば……」




 ◆◆◆◆◆




「はいっ! 虹のフルーツゼリーの出来上がり! どうぞ召し上がれ」


 キンキンに冷えたガラスカップをテーブルに置く。

 透明度抜群のゼリーの中に、赤、橙、黄、緑、紫のフルーツが浮かび上がり、窓からの光を反射してステンドグラスのようにキラキラと輝いている。


「なんという美しさ……。それでは、頂きます」


 エレノアさんがうっとりとしたため息を漏らし、銀のスプーンを差し込んだ。

 ぷるんっ、と心地よい弾力がスプーンを押し返す。


「……っ!! 美味しい……!」


 目を丸くするエレノアさん。

 海藻由来のアガーで作ったゼリーは、ゼラチン特有の匂いが一切なく、口に入れた瞬間に体温でつるんと儚く水のように解けていく。

 そこへ、シロップの甘さとレモンの爽やかな酸味が広がり、ゴロゴロと入った果物の食感が、たまらなく贅沢なアクセントになっていた。


「口の中で、果実の甘露が弾けました……! こんなに滑らかで美しいお菓子、三百人の貴族たちも間違いなく平伏します!」

「でしょでしょー! これなら前日から作って冷蔵庫に入れとけるし、見た目も華やかだし――」


「――俺を差し置いて美味そうなものを食べているな」


 厨房のドアが開いてリュシアンがズカズカと入ってきた。


「はいはい、リュシアンの分もあるわよ」


 リュシアン用のゼリーを差し出すと、すぐさま一口食べる。


「……なるほど。どんな方法か分からんが砂糖水でフルーツを閉じ込めたのか。甘さと酸味のバランスがいいな。肉料理が続いた宴の締めには、間違いなく最高の品だな。……砂糖はもっと増やしてもいいぞ」

「甘すぎない?」


 リュシアンの青い瞳が、満足げに細められる。

 よしよし、味の審査はクリアしたぞ!


「こんな感じでいいのかな? これなら侍女さんたちと手分けすれば三百人分いけると思うんだけど」

「……味は十分だ。だが……」


 リュシアンはカップをまじまじと見つめ、少しだけ眉を寄せた。


「見た目がシンプルすぎるな。婚約発表の宴なのだから、もう少し華やかさが欲しい。何か飾りをつけろ」

「ええーっ!? これでも十分カラフルじゃない! こっちの苦労も知らないで……」

「この菓子を題材にした歌を、吟遊詩人に歌わせて宴会の締めにする。物語性のある飾りを頼むぞ」

「ぐぬぬ……。何という無茶振り……分かったわ、何か考えておくわよ」


 私は頬を膨らませながら、この俺様王子をさらにギャフンと言わせるための最強のトッピングを、頭の中で検索し始めるのだった。




お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。


6話明日7:00公開。

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