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004 プリン・ア・ラ・モード

「ようやく完成したぞ、お前専用の厨房が」

「あーーーっ! 働きたくないのにーーーっ! 花嫁修業で手一杯なのにーーーっ!」


 リュシアン専用のプライベートガーデンの隣に完成した、真新しい厨房。

 そのど真ん中で、私は頭を抱えて絶叫していた。

 眩いほどに磨かれた調理台を目にした瞬間、日本にいた頃の『1日15時間労働』という地獄の洋菓子店の記憶がフラッシュバックする。

 うっ、頭が……。目の前が暗くなりながら、私は縋るような思いで辺りを見回した。


「……ん? ちょっと待って。オーブンがまだ無い?」


 あれ? これって、まだお菓子作りをしなくていいってことでは!?

 希望の光を見出し、期待に満ちた目でリュシアンを見上げる。


「クーラーと冷蔵庫は、もともと王宮にあった魔道具を流用した。冷凍庫は現在、大容量の『氷の魔石』の納品待ちだ。オーブンは魔道具職人が総出で開発中だから、もうすぐできるらしいぞ」

「あああーーーっ! 天は我を見放したーーーっ!」

「……その不届きな言葉、絶対に外で言うなよ」


 呆れ顔のリュシアンをスルーしつつ、私はふいーっと胸をなでおろした。

 でも、よくよく考えたらオーブンがないなら、スポンジケーキもクッキーも焼けない。つまり、まだ本格始動は先なのだ。やったね!


「さて、それでは、何か作ってもらおうか。オーブンがなくても何かできるだろう? 薪火の調整はエレノアが見てやれ」

「はい。おまかせください」


 エレノアさんがエプロンを締めながら、やる気満々でかまどの前にスタンバイする。

 うぐぐ、逃げられないか……。


「薪火に、冷蔵庫か……どうしたもんか……。とりあえずプリンでいい?」

「プリンか……」


 私が提案すると、リュシアンがなぜか、もの凄く複雑な表情を浮かべた。


「以前、我が国に来た流れ人がな、『プリンで異世界無双する』と豪語して、卵と牛乳と砂糖を限界まで買い込み、結果的に破産して奴隷落ちしたのだが……そのプリンか?」

「……多分、そのプリンね」


 何やってんだよ、日本人!

 っていうか、プリンごときで異世界無双しようだなんて、異世界の経済を舐めすぎである。


「……ちなみに、その人今どうなったの?」

「索敵のスキルを持っていたから俺が買い取った。今は北の砦で、魔獣の警備についている」


 無双するどころか、超絶ガチな肉体労働にジョブチェンジさせられていた。


「よしっ、それじゃあ私は破産しない程度に、ちょっと豪華な『プリン・ア・ラ・モード』を作っちゃうよー!」




 ◆◆◆◆◆




 まずは、お買い物スキルでポチポチとお買い物。

 バニラビーンズ、卵、牛乳、そしてグラニュー糖。ついでに、生クリームと、フルーツ、缶詰のさくらんぼを銅貨で購入した。


「まずはカラメルソース作りね。鍋にグラニュー糖と少しの水を入れて、火にかける!」

「火加減はこのくらいでよろしいですか?」

「完璧! エレノアさん、そのままキープで!」


 触らずにじっと待つと、砂糖水がふつふつと泡立ち、やがて黄金色から深い琥珀色へと変わっていく。

 独特の、香ばしくてちょっぴりビターな香りが厨房を満たした。


「ここ! この絶妙な焦げ茶色になった瞬間に、お湯をジュッ! と入れて色を止めるの。これがプロのカラメル!」

「わざと砂糖を焦がすのか……大丈夫か?」


 リュシアンが背後から身を乗り出して、鍋の中をのぞき込んでくる。


「……ねえリュシアン。お仕事はいいの?」

「俺が少し目を閉じている間に俺の菓子を食べた者がいるからな。見張っておく」

「…………」


 まだ、根に持っている。あれから毎朝フルーツヨーグルトを作っているのに。


 カラメルを型に流し込んだら、次はプリン液だ。

 ボウルに卵を割り入れ、グラニュー糖を加えて泡立てないように静かに混ぜる。

 温めた牛乳に、本物のバニラビーンズのさやから掻き出した黒い粒々をたっぷり投入。これを卵液と合わせたら、シノワ(目の細かい漉し器)で三回、徹底的に漉し上げる。


「これを型に注いで、お湯を張った深鍋に入れます。エレノアさん、ここからは超・弱火!」

「分かりました、限界まで火を落とします!」


 オーブンがないなら、鍋を使った湯煎蒸しだ。

 薪火での温度調整は至難の業だけど、そこは有能すぎる侍女エレノアさん。完璧な火加減で、プリンに『す(気泡)』が入るのを防いでくれた。

 じっくり蒸し上げること20分。

 型を揺らすと、中心が優しく揺れる絶妙な固さに仕上がった。

 これを、冷蔵庫に入れて、キンキンに冷やす。




 ◆◆◆◆◆




 冷えたプリンを型からそっと外し、細長いガラスの器の真ん中へポン、とひっくり返す。

 その周囲を、パックを振ってホイップした生クリーム、色鮮やかなイチゴ、キウイ、リンゴにバナナ、そして真っ赤なチェリーを華やかに飾り付けた。


「さあ、召し上がれ! プリン・ア・ラ・モードでございます!」

「ほう……! なかなか美しい……まるで芸術品だな」


 リュシアンが青い瞳を輝かせ、息を呑む。

 目の前に現れたのは、中世異世界の住人が見たこともないような、圧倒的な視覚的暴力を誇る現代の極上スイーツだ。

 リュシアンが銀のスプーンをプリンに差し込む。

 スプーンの重みだけで、ぷるん、と心地よい弾力を返しながら、滑らかにすくい取られた。


 リュシアンが大きめのひと口を、その綺麗な唇へと運ぶ。

 瞬間。

 口の中に入れた途端、まるで魔法のように、プリンがとろりと儚く溶けて消えた。


「ん……!? 口の中で溶けたぞ……!?」


 驚愕に目を見開くリュシアン。

 バニラビーンズの甘く高貴な香りが鼻腔を吹き抜け、濃厚な卵黄のコクと牛乳のまろやかさが、怒涛の勢いで押し寄せる。

 そこに、しっかりと苦味を効かせたカラメルソースが絡み合い、全体の味を極限まで引き締めていた。


「甘いが、ただ甘いだけではないな、焦がした砂糖がいいアクセントになっている。果物の酸味も口をさっぱりさせてくれる。……この白いフワッとしたものはなんだ?」

「ふっふっふ、美味しいでしょう。少しは見直した? 白いのは生クリームね。牛乳の脂肪分を泡立てたものだよ」


 隣を見ると、エレノアさんも一口ごとに「はふぅ……」と、とろけるような吐息を漏らしながら、幸せそうに頬を押さえていた。


「ナギ様……これは……天上の食べ物です……。あの奴隷落ちした流れ人の気持ちが、今なら少しだけ分かります……。確かにこれは、世界を揺るがす味です……っ」

「いや、無双はしないからね!?」


 夢中でスプーンを動かす二人を見ながら、私は心のなかでガッツポーズを決める。






「プリンか……うまいが……イメージが……どうしたものか……」




お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。


5話本日21:20公開。


6話明日7:00公開。

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