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003 フルーツヨーグルト

「ねえ、リュシアン。この国の人って、お野菜食べないの?」


 ここは王宮の、それも第一王子リュシアン専用のプライベートガーデン。数日前、私が異世界転移してぶっ倒れていた因縁の場所だ。

 色鮮やかな花々が咲き誇る美しい庭園で、私はハンモックに揺られながら素朴な疑問を口にした。


 異世界に来て数日。

 現在、私専用の厨房を、リュシアンが腕利きの大工と魔道具職人を総動員して突貫工事で作らせている真っ最中である。


 そのおかげで、厨房が完成するまではリュシアンの寝室(ベッドは当然別々!)とこのお庭を行き来するだけの、最高にぐーたらでハッピーなニート生活……


 ――を送れると思っていたのだが、現実はそんなに甘くなかった。


 今はエレノアさんによる礼儀作法、テーブルマナー、ダンスのレッスンと、超スパルタな花嫁修業の真っ最中。

 ハンモックに揺られているこの時間は、私にとって貴重な休憩時間なのだ。


 そして、そんな私には一つ深刻な不満があった。

 それは、この王宮の食事事情である。


「土が付いた食べ物など、農民が口にするものだ。我ら王族や貴族は、肉を食べるだけでいい」


 芝生のベンチ(ターフ・シート)に座るリュシアンが、さも当然といった顔で答える。

 そう、この世界の貴族の食事は、昼も晩も肉・肉・肉のオンパレード!

 おまけに味付けは、これでもかとばかりにスパイスをドバドバ効かせている。肉を食べているのか、スパイスを食べているのか分かったもんじゃない。


「……じゃあさ、朝食は? なんで誰も朝ご飯食べないの?」

「朝から食事をとるなど、肉体労働者じゃあるまいし。お前は朝から肉でも食っていたのか?」

「……(前の世界じゃ、朝6時には小麦粉の計量始めてたわよ畜生!)」


 思わず遠い目になる。文化の違いとはいえ、この国の食生活は色々と絶望的すぎる。

 ビタミンも食物繊維も圧倒的に足りてない! みんな絶対、そのうちお肌カサカサになるか、病気になるって!


「それよりお前、なんだそれは」


 リュシアンが不思議そうな目で、私が寝ている布を見た。


「ん? これ? ハンモックだけど。エレノアさんに頼んで、そこらへんの丈夫な布と紐で作ってもらったの。最高に気持ちいいよ〜」

「また妙なものを……。お前たち流れ人は、本当に変わっているな。読み書きに高度な計算ができるかと思えば、テーブルマナーもダンスも出来ない。かと思えば、妙な道具を作り出す。一体どんな世界から来たのだ?」


「私がいたところは、いたって普通だよ……ところで今さらなんだけど、なんで私達結婚するの? 普通、王子様は外国のお姫様と結婚するって聞いたよ」


「本当に今更だな。お前みたいなのを野に放つ訳にいかないだろう。俺の妻になれば、手を出そうという馬鹿も少しは減る。お前のスキルは、貴族でも喉から手が出るほど魅力的だからな」


「ふっふっふっ、外国のお姫様より魅力的かー」

「話をちゃんと聞いていたか? ……ところでそれは、何を食べているのだ」


 リュシアンの青い瞳が、私の手元にある木製の器にロックオンされた。


「朝食の代わりにちょっとね。ヨーグルトに、フルーツを混ぜただけのお手軽デザートよ」

「……俺にも食わせろ」


 やっぱり食いついた。このイケメン王子、完全に現代の味に胃袋を掴まれかけている。


「えー、もうちょっとだけしかないよ。エレノアさーん、残ってるの、リュシアンに食べさせてあげてー」


 少し離れたところで控えている、今や私専属の侍女となったエレノアさんに声をかける。

 ……けれど。


「…………」


 なぜか、すっと綺麗に目を逸らすエレノアさん。


「……え、エレノアさん? もしかして、全部食べたの?」

「ナギ様が、傷むといけないから早く食べてと、仰いましたので……」


 いつも通り落ち着いたトーンで答えているけど、耳がちょっと赤い。エレノアさん可愛い。

 だけど、それを聞いたリュシアンの顔は一瞬で能面のようになった。


「……ほう。エレノア、我が忠実なる侍女よ。貴女のその細く優美な指先は、主君に仕えるためではなく、主君の皿を空にするために磨かれていたのですな? 素晴らしい、その類まれなる旺盛な忠誠心には感服いたしましたよ」


「恐れ入ります、我が君。しかしながら、果実の雫は初夏の風よりも気まぐれに傷むものでございます。主君の健康を害するやもしれぬ毒(傷み)を、この身を挺してあらかじめ引き受けた我が献身を、どうかお許しくださいませ」


「ふん。毒味を口実に高貴な甘露を独占するとは、随分と贅沢な身分になったものだな? そもそも、私はお前のあるじだぞ」


「もちろんでございます。なればこそ、高潔なるヴァルディシアの第一王子ともあろうお方が、日の出とともに食事を貪るという、肉体労働者のごとき無作法をなさるはずがない――私はそう、貴方様の高貴な品位を信じて疑わなかっただけでございますよ」


「――っ! ……くっ、相変わらず口の減らない女だ。私の言葉をそのまま私の盾に突き立てるとは、見事な剣技(口先)だな」


 ご自身の発言をそのままお返しされる王子様。

 エレノアさん、強すぎる。私もあれくらい図太ければ、前の職場で泣き寝入りしなかったのになー。


「はあー、分かったわよ。そんなに怒んないの。このくらいすぐ作ってあげるから。……どっこいしょ」


 不機嫌度マックスの王子をなだめるため、私は名残惜しくもハンモックから這い出た。

 身軽になったハンモックが、初夏の風にゆらゆらと揺れる。


 それを見たリュシアンは、ふんと鼻を鳴らして近づいてきた。


「……こんな布切れ一枚で、何が最高なものか」


 そう言って、長い足を器用に引っ掛けながら、リュシアンがハンモックに体重を預ける。

 ゆらり、と布が王子を優しく包み込んだ。




 ◆◆◆◆◆




 さて、私は近くの木陰に移動して、ポチポチとお買い物スキルを発動。

 銅貨数枚で、プレーンヨーグルト、それからイチゴにブルーベリー、仕上げにちょっぴり贅沢なハチミツを購入した。


 この世界の生ぬるい牛乳と違って、スキルで買ったばかりのヨーグルトはひんやりと冷たくて、それだけでご馳走だ。

 ビタミン不足だろうからイチゴとブルーベリーをたっぷり盛って、ハチミツをひとたらし。


「できたよー、リュシアン……って、あらら」


 ハンモックに戻ると、そこには規則正しい寝息を立てて、すやすやと眠るリュシアンの姿があった。

 日頃の執務で忙しいのだろう。綺麗な顔に少しだけ疲労の色が見える。


「……ナギ様、ご主人様は?」


 トレイを持ったエレノアさんが、足音を忍ばせて近づいてきた。


「完全に寝ちゃった。せっかく冷たくて美味しいの作ったのに、もったいないよねぇ」


 私は、スプーンでイチゴ入りのヨーグルトをすくい、パクリと頬張る。

 うん、甘酸っぱくて最高!


「エレノアさん」

「はい、何でしょうか」

「これ、温かくなると美味しくないから……リュシアンが起きる前に、二人で食べちゃおっか?」

「……! そういたしましょうか!」


 エレノアさんの目が、今日一番の輝きを放った。

 私たちはハンモックですやすや眠る王子のすぐ横で、背徳感たっぷりの極上スイーツタイムを満喫するのだった。


お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。


4話本日21:00公開。

5話本日21:20公開。


6話明日7:00公開。

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