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002 ホットケーキ

「…………」

「…………」


「な、なによ」

「エレノアが帰って来る前に、少し話をしておくか。……お前、歳はいくつだ?」

「いきなり女性の歳を聞くとか、失礼すぎない? ……23だけど」

「……ギリギリだな」


 何がギリギリだ! まだピチピチだ! 失礼な奴め!


「先に忠告しておくが、その能力、絶対に他人に知られるなよ」

「エレノアさんからもきつく注意されましたよ。そんなに秘密にしないといけないものなの?」


「ドラゴンを単身で討伐するバカが、可愛い赤子に見えるくらいには危険な能力だ」

「え? たかが買い物スキルが?」

「まったく、流れ人はどいつもこいつも……」


 王子が重厚な執務机から立ち上がり、私の対面にあるソファーへと腰を下ろした。


「これで小麦粉を買えるか?」


 そう言って、銅貨を1枚渡してくる。


「薄力粉、中力粉、強力粉、どれがいい? あっ、全粒粉もあるわよ」

「なんだそれは? すべて小麦粉なのか? ……どれでもいい、買ってみろ」

「はいはい」


 とりあえず薄力粉を買う。

 念じた瞬間、何処からともなく紙袋に入った1kgの薄力粉が現れた。

 王子が袋を開けて、真剣な顔で中身を確認する。


「……白いな。俺が商人だったら、この不純物のない小麦粉を売り捌く。一体どれだけの富を生むか……これだけで一生安泰だぞ。スパイスなら……想像もつかんな」


「あっ!……その手があったか」

「馬鹿か? そんなことをしてみろ。小麦農家や、小麦粉を作る粉屋が何人路頭に迷うと思っている!」

「あっ!」


 そっか、市場破壊が起きちゃうんだ。


「ようやく気がついたか。……もし悪人が先に見つけていたら、逃げ出さないように足の一本でも切り落として、死ぬまで粉を出させていただろうな」

「ひぇっ!」


 想像して、思わず自分の足を両手で押さえた。


「今は俺とエレノアしかお前のことは知らん。だが、いつまでも隠し通せるものでもない……いっそ、こっそり始末してしまえば問題ないか……」

「ひぃっ! なんでもしますから殺さないでくださいぃ!」


「……利用価値があれば、そう簡単には殺さん。まずスキルの偽装だ。お前のスキルは『菓子を作るスキル』。分かったな? 間違っても人前でその能力を使うなよ」

「うんうん!」


 私は全力で首を縦に振った。


「はあ……。で、この小麦粉で何が作れる?」

「いろいろ作れるけど、オーブンはある?」


「オーブン? なんだそれは」

「えっと、ケーキのスポンジやクッキーを焼くための道具で、一定の温度で長時間焼くのに便利なものなんだけど」


「ものを焼くなら石窯で十分だろう。石窯も使えないのか?」

「石窯だと、焼きムラとか火加減とか調整するのがめちゃくちゃ難しいの」

「スキルでは買えないのか?」

「流石にオーブン……電気を使うものは買えないみたい」


「電気? なら、別の物でいい。鍋やフライパンぐらいは使えるだろう?」

「もちろん使えるけど。……熱源は当然、薪火よね? 火加減だけみてくれる?」

「本当に大丈夫か……?」


「私たちがいた世界じゃ、薪火で料理なんてほとんどしないのよ! ……フライパンだけか……ホットケーキでいいかしら? ここで買い物スキルを使えばいいのね? 銅貨、たくさん頂戴!」

「まるで子供だな」




 ◆◆◆◆◆




 ベーキングパウダー、卵、牛乳、バター。

 ついでに、ステンレスのボウルや泡立て器など、使い慣れた道具も購入。


「……これは何だ?」


 泡立て器を手に取り、王子が不思議そうに眺めている。

 そこへ、コンコンコン、とドアをノックする音が響いた。


「エレノアです。失礼いたします」

「入れ」


 エレノアさんが、仕立ての良いドレスを手に入ってくる。


「私の以前着ていたドレスですが、よろしいでしょうか?」

「今の妙な服よりはマシだろう」


「ちょっと、このスーツのどこがいけないのよ」

「……足をそんなに出して、恥ずかしくないのか?」

「これくらい普通でしょ!?」


 私が着ているのは、いたって普通のリクルートスーツ。

 服を選ぶ時間すら惜しんで寝ていたかったから、就活で使っていたスーツをそのまま毎日着ていたのだ。だいぶ、くたびれているけれど……


「エレノア、早く着替えさせろ」

「はい。ナギ様、こちらへ」




 ◆◆◆◆◆




「き、きついっ! ねえ、コルセット脱いじゃダメ!?」

「ダメに決まっているだろう」


 初めてのコルセットに悶絶する私を、ニヤニヤと眺めるイケメン王子。くそっ、性格悪いな!


「ナギ様、これでもまだかなり緩く締めている方です。頑張ってください」

「うそでしょっ!?」


 衝撃の事実に慄きながら、エレノアさんに連れられてお城の厨房に到着する。

 そこには、恰幅のいいおじさんが一人、腕を組んで待っていた。


「お待ちしておりました、王子。今日は一体、どういったご用件で?」

「料理長、すまないな。この者は流れ人で、菓子を作るスキルを持っている。試しに一品、作らせてみる」


「ほう、そうでしたか。……流れ人様は味にうるさいですからな。さぞや美味しいお菓子を作られるのでしょうなあ」


 なんだコイツ。

 チクチクチクチクと……パティスリーにいた嫌味な先輩パティシエを思い出して胃が痛くなる。


「はあ、そう邪険にするな。薪火の火加減をみてやってくれ」

「……失礼いたしました」


(エレノアさん、あの人、なんか怒ってない?)

(……色々ありまして。また今度説明しますね)


 まあいいや。作って黙らせるのが一番手っ取り早い。


 ♪〜〜〜 ♪〜〜〜


 有名な料理番組のテーマ曲を鼻歌で歌いながら、さっき買った材料と道具を袋から取り出す。


「まずは、薄力粉200gをボウルにどーん!」

「白い小麦粉! それになんて綺麗なボウルだ!? 鉄か? なんて薄さだ! それにこの光沢! どうやって作ったんだ!」

「こいつのスキルだ」


「……次行きますねー。ベーキングパウダー8g! 砂糖を大さじ4! 泡立て器でよく混ぜまーす!」

「なるほど、その針金の塊はそう使うのか……」


「混ざったら、牛乳200mlと卵2個を入れてさらに混ぜる! 混ぜながら、フライパンにサラダ油を引いて中火に。熱くなったら一度濡れ布巾にのせて、少し冷まします」

「王子! この牛乳、まったく獣臭くありませんぞ!? それにこの透明な油は一体!」


「……はい、次いきまーす。フライパンを火に戻して、生地を流し込む。料理長さん、弱火にして!」

「こ、このくらいですか? ……おお!? なんと甘く、香ばしい香りだ……!」


「表面がポツポツしてきたら、ひっくり返す! えいっ。よし、いいキツネ色!」

「これで完成か。随分と簡単だな」


「言っておきますけど、これは簡単なやつですからね。オーブンや冷蔵庫があれば、もっとスゴイのが作れるんだから! はい、両面焼けたらお皿へ! バターをのせて、はちみつをたっぷりかけて完成! どうぞ、冷めないうちに召し上がれ!」


「まずは、料理長の私が毒味を――」

「いえいえ、毒味は侍女である私が――」

「いやいや!」

「いえいえ!」


 二人が言い争っているうちに、王子がひょいとホットケーキを切り分け、一口パクリ。


「……美味いな」

「「あああーーーっ!?」」


 フライング王子に絶叫する二人。


「……大丈夫です、二人の分もすぐ作りますから」

「「ナギ様!!!」」


 さっきまでの余所余所しさはどこへやら。二人の目がキラキラと輝いた。

 全員分のホットケーキを焼き終え、残った牛乳で乾杯する。やっぱりホットケーキには冷たい牛乳だよね。


 3人からは「牛乳をそのまま生で飲むのか!?」って顔で見られたけれど。


「……どうやら、お前には十分に利用価値はありそうだな」

「それはどうも」


「ナギ、結婚するぞ」

「は? 私が? 誰と?」


「決まっているだろう。俺とだ」

「はぁーーーーーっ!?」


 突拍子もない言葉に、私は素っ頓狂な声を上げた。


「どうする? 結婚せずに修道院で清く正しく一生を終えるか。それとも、結婚して俺のために菓子を作るか。選ばせてやろう」


「えーーー……。エレノアさん、修道院ってどんなとこ?」

「……未婚の女性が、残りの人生を神に捧げる場所です。薬草を育てたり、写本を作成したりします。働きがいはありますが……このような素晴らしい菓子を食べるのは、ちょっと……」


「ぐぬぬ……」

「どうする、ナギ? お前が言っていた『オーブン』とやらも、魔道具職人に頼んで作らせてやってもいいぞ」


「れ、冷蔵庫と冷凍庫と、クーラーの効いた涼しい厨房も作ってくれる!?」

「もちろんいいぞ」


「や、休みは!? たっぷり寝れる!? 一日15時間労働とか、もう絶対嫌だからね!」

「……俺もそこまで鬼ではない。お前、一体どんな過酷な環境で働いていたのだ……?」




お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。


3話本日20:40公開。

4話本日21:00公開。

5話本日21:20公開。


6話明日7:00公開。

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