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030 第三王子

堅牢な扉で閉ざされた取引所の中。


扉の向こうから聞こえる狂乱と絶望の怒号が響き渡る中、私は冷たく笑う。

我々ヴァルディシアの密偵が裏で糸を引き、意図的に相場を操り続けてきたこの偽りの取引所も、今日で御役御免というわけだ。床には、紙屑と同然になった証書が虚しく散乱している。


「終わりだな……これ以上は、我々も危ない急ぐぞ」


私が外套のフードを深く被りながら告げると、傍らで機密書類を火にくべていた同僚が、つまらなそうに肩をすくめた。


「終わってしまえばあっけないものだな」


あんなに威張り散らしていた大国の貴族どもが、たかが甘い粉のために泣き叫び、暴徒と化した市民から逃げ惑っているのだ。まったく、滑稽な喜劇だった。


「気を抜くな最後の仕事が残ってるぞ。第三王子の首を取りに行く。絶対にしくじるな」


闇の中から現れた部隊長が、氷のような声で場を引き締めた。


「他の王族は、いいのか?」


どうせなら、あの甘い毒に脳まで侵された愚王や他の王族たちも皆殺しにする方が、後腐れがない気がしたからだ。しかし、部隊長は冷徹に首を横に振った。


「捨て置け。あるじの命令だ。余計な事をしてしくじれば我々の首が飛ぶ」


なるほど……

あの無能な王族どもでも、生き残っていれば後々『分割統治』の操り人形として使い勝手がいいのだろう。だが、ただ一人ガルガドールの異常に気づき、国を憂えていたあの第三王子だけは違う。彼を生かしておけば、必ずや我らがヴァルディシアの脅威となる。

主の眼は、常に盤面の何十手も先を見据えておられるのだ。




◆◆◆◆◆




王都が赤蓮の炎に包まれ、暴徒たちの歓声が夜空を焦がす中。

我々は混乱に乗じて王城へ潜入し、幽閉されていた第三王子を救出する義賊の振りをして連れ出した。

そして、王都から少し離れた、静寂に包まれた深い夜の森の中。


「……ここまで来れば、もう暴徒たちの追手はこないだろう。助かった、礼を言う」


息を切らし、太い樫の木の幹に手をつきながら、第三王子は我々を振り返った。

軟禁生活でひどく痩せ細り、ボロボロの衣服を纏っていても、その双眸にはまだ国の再建を諦めない、鋭く強い意志の光が宿っていた。本当に、この愚かな国には勿体ないほどの傑物だ。




「ええ。もう追手は来ませんよ、殿下」


私は一歩踏み出し、静かに、そして流れるような動作で短剣を抜く。


「な……お前たち、まさか……ヴァルディシアの……ッ!」


第三王子が目を見開き、咄嗟に腰の剣を抜こうとした。

だが、剣が抜かれることは、なかった。


「っ――!」


一瞬の躊躇もなく、鋭い刃が王子の首を深く切り裂いた。


「が、はッ……おのれ……リュシアン……」


首から鮮血が吹き出し、枯れ葉を濡らす。

王子の体がドサリと冷たい土の上に崩れ落ちた。

彼は無念そうに、赤く燃える王都を絶望の目で見つめる。

やがてその瞳からゆっくりと光が失われる。


「優秀すぎるがゆえの死だ。恨むなら、甘い毒に溺れた己の国の愚かさを恨むんだな」


私は血濡れた短剣を第三王子の服で拭い、鞘に収めた。

振り返れば、木々の隙間から、かつて大国と恐れられたガルガドール王国が炎を上げて崩壊していく様がはっきりと見えた。


主の筋書き通りに全ては進み、我々は故郷ヴァルディシアに人知れず帰還した。




お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。


7:00と12:00に公開予定。


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