024 甘い罠
大国ガルガドール王国の王城、その最も豪奢な一室は、甘く魅惑的な香りに包まれていた。
「おお……なんという美しさだ。まるで本物の宝石ではないか」
ガルガドール国王は、ベルベットの布が敷かれた木箱の中を覗き込み、感嘆の息を漏らした。
箱の中に恭しく収められていたのは、第三王子がヴァルディシア王国から土産として持ち帰ってきた品々だった。
表面はシャリッと、中はゼリーのように柔らかい、透き通った『琥珀糖』。
光を反射してキラキラと輝く、赤や青の『色付き氷砂糖』。
そして、彼らがこれまで見たこともないほどに純白でサラサラとした『砂糖』と、鼻腔をくすぐる未知の『スパイス』の数々。
これまで焼いた肉や塩気ばかりの無骨な食事を良しとしてきたガルガドールの王族たちにとって、それは味覚の概念を根底から覆す衝撃だった。
口に含んだ瞬間、脳が痺れるほどの強烈な甘味と幸福感が押し寄せる。
王族たちは、すっかりその甘い毒の虜となっていた。
だが、王族たちを最も狂わせたのは、箱の中央に鎮座する黒褐色の菓子——『チョコレート』だった。
「これぞ、黒いダイヤ……。口の中で滑らかに溶け、心地よい苦味と甘味が絡み合う……。それに、これを食べると体の底から熱い活力が湧いてくるのを感じるぞ」
国王が頬を紅潮させて言うと、王妃も妖艶な笑みを浮かべて同意した。
カロリーとカフェインの塊に過ぎないのだが、肉体至上主義のガルガドールにおいて、食べた直後に心拍数が上がり精力がみなぎる(ように感じる)この黒い菓子は、いつしか王族の間で最高級の『媚薬』として噂されるようになっていた。
「これほどの品が、あるとはな。……よし、我が国で大々的に輸入してやろう。ヴァルディシアに書簡を送れ。『我が国が買い取ってやるから、品物をまとめて売りに来い』とな」
傲慢な大国であるガルガドールにとって、他国との取引とは常に『してやる』ものだった。彼らは上から目線で呼びつければ、相手は喜んで献上してくるものと信じて疑わなかったのである。
◆◆◆◆◆
「——『売りに来い』か……」
ヴァルディシア王国の執務室で、ガルガドールからの高圧的な書簡を読み終えたリュシアンは、氷のように冷たい笑みを浮かべた。
「こうも上手く罠にかかってくれるとは、拍子抜けも良いところだな」
◆◆◆◆◆
ひと月後。
ガルガドール王都の最も格式高い迎賓館にて、『ヴァルディシア王国特産品・限定オークション』が開催された。
会場に集められたのは、事前の厳しい審査を通過し、招待状を受け取ったガルガドールの高位貴族や大富豪たちのみ。彼らは皆、王族たちの間で持て囃されている『幻の宝石菓子』や『黒い媚薬』の噂を聞きつけ、血走った目で会場を訪れていた。
「それでは、本日の第一の品……『純白の砂糖』! 開始価格は金貨十枚から!」
オークショニアの声が響くや否や、会場は異様な熱狂に包まれた。
「金貨十五枚!」
「馬鹿め、そんな端金で買えるか! 金貨二十枚だ!」
最初は「たかが菓子に」と見下していた者たちも、試食品として配られたほんの欠片を口にした瞬間、目の色を変えた。
見栄っ張りでプライドの高いガルガドールの貴族たちにとって、『王族が魅了されている魅惑の菓子』を競り落とすことは、もはや家格を示す最大のステータスとなっていた。
「続いては、皆様お待ちかね。ヴァルディシア王室秘伝の『黒いダイヤ(チョコレート)』でございます。こちらは今月、わずか三箱しかご用意できませんでした。開始価格は……金貨五十枚!」
「百だ! 金貨百枚出す!」
「ええい、百五十!」
貴族たちが次々と狂ったような高値を叫ぶ。
原価は、銅貨数枚。
それが今、金貨数百枚という途方もない価格で落札されていく。
毎月、一日にだけ開催されるこの狂乱のオークション。
供給を絞り、煽り、枯渇感を与えることで、ヴァルディシアの菓子はガルガドール国内で『富と権力、そして快楽の象徴』として神格化されていった。
そして誰一人として気づいていなかった。
この甘く芳醇な香りの裏で、ガルガドール王国の膨大な富が、静かに、だが確実にヴァルディシア王国へと吸い上げられ始めていることに。
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