022 王子は微笑み、流れ人は歓喜する
祝賀行事最終日
怒涛の結婚式もいよいよ最終日の七日目。今日は他国の王族や特使に豪華なお土産を持たせてお見送りする日だ。
お土産を渡す場所について、私は「個室で一カ国ずつ角が立たないように渡すのかな?」と思っていたのだけれど、リュシアンが選んだのは大広間だった。
豪華絢爛な大広間の玉座に私とリュシアンが座り、順々に各国の王族と使者にお土産の山を渡していく。
――ゴン、ゴン、ゴン。
「静粛に! ガルガドール王国のいと高く、いと力強き血統――第三王子殿下のご入来にございます!」
三度の杖が床を叩く音と家令の声が響き、大広間に大陸屈指の大国・ガルガドール王国 の紋章を掲げた一団が入場した。
なんと、飛竜を飛ばして急遽来訪したらしい。第三王子は、大国のプライドを全身に纏ったような偉そうな態度で、大股でリュシアンの前に進み出た。
「ヴァルディシアの若き太陽よ。ガルガドールの空を駆け、はるばる赴いた我が恩情に感謝するが良い。先の愚鈍なる特使に代わり、この私が直々に足を運んでやったのだ」
王子は顎をしゃくりながら、後ろの従者に巨大な宝箱を置かせた。
「団体戦で我が国の騎士が遅れをとった件、敗者の装備代と約束の金貨十万枚はここに用意した。……しかし、我が国の誇る鉱山の権利は、決して渡すことはまかりならん! あれは愚かな全権特使の独断であり、王家の意志ではない。この金貨十万枚で我慢し、矛を収めるのだな!」
尊大な態度の第三王子だが、よく見るとその目には深い疲労が見える。『なぜ私が、あんなバカの尻拭いのためにこんな僻地まで来なければならないのだ……』という嘆きの声が、顔にデカデカと書いてあった。
「そして、その大罪を犯した全権特使の身柄を、ただちにこちらへ引き渡してもらおうか」
大国からの強烈な圧力。広間にいる他国の特使たちが息を呑む中、私の隣のリュシアンは、余裕の笑みを浮かべて口を開いた。
「これはこれは、ガルガドール王国の気高き飛竜よ。はるばるのお越し、心より感謝申し上げます。また、莫大な金貨の贈り物、誠に痛み入ります」
リュシアンは芝居がかった手つきで胸に手を当てた。
「鉱山の件、我が国としても少々『やりすぎた』と反省していたところ。権利書は喜んでお返しいたしましょう。そして、我が国からのささやかなお詫びと親愛の証として、王家特製の『純白の砂糖』と『極上のスパイス』を贈らせていただきます。さあ、全権特使殿もお返ししましょう」
リュシアンの合図で、青ざめた全権特使が引きずり出された。
「貴様……国家反逆罪だ。国に着き次第、死刑台が待っていると思え!」
「あ、ああーー、第三王子、私は騙されたのです。私は……」
「黙れ! 連れて行け!」
第三王子は全権特使を騎士に連行させると、リュシアンから純白の砂糖とスパイスの包みを引ったくるように受け取った。
「フンッ。新興国にしては殊勝な心がけだ。ガルガドールの寛大なる慈悲に感謝するのだな!」
最後まで偉そうな態度のまま大国のプライドをひけらかし、踵を返しかけた第三王子は、ふと足を止め、リュシアンの斜め後ろに控えていた一人の青年に鋭い視線を向けた。
リュシアンに言われるがまま、おそらく何も考えずにその場に立っていたであろう、ドラゴン殺しのレンくんだ。
「……そうだ。ついでに貴様にも、我が国からの決定を伝えておこう」
第三王子は、憎々しげにレンくんを睨みつける。
「流れ人の分際で我が国の貴族に名を連ねたレンよ。貴様とエレインの婚姻は、本日この場をもって白紙とする。すなわち、離縁だ!」
第三王子は、鬱憤を晴らすかのように、大声でその理由を並べ立てた。
「子を成し、血を繋ぐことこそが貴族の最大の義務! その神聖なる義務を怠り、我が国の至宝たるエレインを蔑ろにした罪は重い。貴様のような野蛮な流れ人は、ガルガドール王家から永久に追放してくれるわ!」
ドヤ顔で言い放つ第三王子。『どうだ、これで貴様はおしまいだ。泣いて許しを請え』と言わんばかりの表情だ。
しかし――。
「えっ……! ほ、ほんとに!? やったぁぁぁぁぁっ!!」
レンくんは両手を突き上げ、満面の笑みでガッツポーズを決める。
「いやっほう! これでやっと自由だ! ありがとう第三王子様、マジで感謝!!」
「…………は?」
予想外すぎる反応に、第三王子の顔から表情がすっぽりと抜け落ちた。
(な、なぜ喜んでいる……!? ガルガドールの貴族籍を失うことは、すべてを失うに等しいのだぞ!? ……やはり、ものの価値もわからぬ無知な流れ人がっ!)
レンくんのあまりの喜びようを見た他国の王族や特使たちが、扇子で口元を隠しながら、クスクスと優雅な笑い声を上げ始めた。
「まあまあ……。あの喜びよう、よほどガルガドール様の『洗練された文化』が肌に合わなかったのでしょうね」
「ええ、ええ。重苦しいしきたりや、高圧的な振る舞い……自由を知る英雄には、さぞかし息苦しい鳥籠だったことでしょう。離縁という名の『解放』を賜るとは、大国は本当に慈悲深い」
「ガハハッ! まったくその通りだ! 強き竜を討ち果たしたドラゴン殺し殿には、見栄ばかりの大国よりも、武を重んじ実力を尊ぶヴァルディシア王国のほうが、よほど性に合っておいででしょうな!」
「なっ……!(き、貴様らぁ……っ!!)」
第三王子は怒りと屈辱で全身を小刻みにプルプルと震わせ、何も言い返せないまま、今度こそ大広間から去ろうとした――その時。
「さて、誉れ高き友邦の皆様! 今しがた、ガルガドール王国より『大陸の平和と、皆様との友好のために使ってほしい』と、なんと金貨十万枚もの尊いご寄付を頂戴いたしました!
大国のこの素晴らしい御心に敬意を表し、我がヴァルディシアが責任を持って、この金を皆様との『新たな砂糖とスパイスの交易路の整備』のために全額運用させていただきましょう! これで皆様の国にも、我が国の特産品がより安く、安全に届くようになります!」
広間を埋め尽くす、他国の特使たちの地鳴りのような大歓声と拍手。
「ガハハッ! かの大国はなんと太っ腹なのだ! 我らがヴァルディシアの極上の砂糖を安く手に入れられるのは、すべてガルガドール様のおかげというわけだな!」
「本当に素晴らしい御心ですわ! 自分たちは高いお金を払って砂糖を買い、私達には交易路をプレゼントしてくださるなんて、まるで聖人のような大国ですこと!」
「……っ、ふ、フンッ! リュシアン王子、その『素晴らしい機転』、我が国へ戻ってもしかと父王へ報告させてもらう……!」
血が滲むほど拳を握りしめた第三王子は、捨て台詞を残して今度こそ本当に退場した。
こうして、怒涛の七日間にわたる結婚祝賀行事は、ヴァルディシア王国の完全勝利という形で、ようやく幕を閉じた。
◆◆◆◆◆
夜。すべての祝賀行事が終わり、ようやく戻ってきた私室で、私はドレスのコルセットから解放されて、ふかふかのベッドへ泥のように倒れ込んだ。
(……終わった。やっと、やっと終わったぁぁぁ!)
怒涛の結婚式、次から次へと襲いかかる王族ムーブ、そして最後の最後で見せつけられたリュシアンのエグすぎる外交劇。頭も体も完全にキャパオーバーだ。
起き上がって窓の外を見れば、夜空には美しい星が輝いている。
城の平穏な静けさが、今は何よりも愛おしい。
(リュシアンなら、ガルガドールが怒って何か仕掛けてきても返り討ちにしそうだけど……)
ふと、昼間の第三王子の顔を思い出す。あの目は絶対に、このまま引き下がる男の目じゃなかった。
私はそっと胸元で手を合わせ、満天の星空に向かって、心からの願いを込めて祈りを捧げた。
(神様、仏様、異世界の女神様。どうか、やっと掴んだこの結婚生活に、これ以上の嵐が吹き荒れませんように。リュシアンの隣で、私はただのんびりと、美味しいものを食べて穏やかに暮らしたいだけなんです。だから――どうかこの先、もう何っっっにも起きませんように……!!)
第一部 完
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。
7:00と12:00に公開予定。
▼新作投稿しました!▼
リゼット様! 重版決定です!
異世界から日本に逆異世界転移した公爵令嬢が出版業界で活躍します。




