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018 九十九年

 祝賀行事、三日目。


 本日の目玉は、闘技場での十一対十一の団体戦である。

 初戦のカードは、『ガルガドール王国騎士団 対 ヴァルディシア王国騎士団』。


 昨夜一睡もできなかったのか、血走った目で特別席(ロイヤルボックス)に現れた全権特使。彼へ向けて、リュシアンがこれ以上ないほど甘く、そして悪魔的な声をかけた。


「特使殿、夕べはよく眠れましたか? ……おや、随分とお顔の色が悪い。十万枚の金貨を失ったまま本国へ戻れば、あなただけでなく、国元のご一族がどうなるか……私はとてもとても心配です。

 そこで、です。我が国は慈悲深い。あなたに『すべてを取り戻す、一世一代の大勝負』の機会を差し上げましょう。

 私が賭けるのは、ヴァルディシアが誇る広大な穀倉地帯、そこから採れる『穀物の半分の権利三十年分』、そして昨日いただいた『金貨十万枚』を、そのままそっくりお返しするのはいかがです? 

 なぁに、あなたが賭けるのは貴国が所有する『鉱山の半分の権利二十年分』だけで結構ですよ?」


 その条件を聞いた瞬間、特使の目がギラリと獣のように光った。

 そして、それを見逃すような、他国の王族や特使たちではない。


「おお、なんと慈悲深い! 新興国の若獅子たる殿下みずからが、これほどの情けをおかけになるとは。特使殿、若輩者からの施しとて、恥じることはありませんぞ。ありがたく恩恵にあずかればよろしい」


「いかにも。昨日の雪辱を晴らす絶好の機会。ガルガドールの長きにわたる栄華を思えば、鉱山の権利二十年など、庭先の小石を差し出すようなものでしょう。むしろ、たった二十年でよろしいのですかな?」


「いやいや特使殿、貴国の誇り高き紋章にかけて、二十年などというケチな数字ではご先祖様の霊も浮かばれますまい! ここは一つ、もっと盛大に賭けてこそ、大国の器量というものですぞ!」


 周囲の野次馬たちに自尊心を徹底的に抉られた全権特使は、ワナワナと肩を震わせると、血走った目を見開いて叫んだ。


「ええい、黙れ黙れえっ! 我がガルガドールの誇りを侮辱するか! リュシアン殿下、二十年だと? ふざけるな! 我が国の威信にかけて、その期間を『九十九年』としてやろう! その代わり、勝った暁には貴国の穀物権利も九十九年分いただくぞ!!」

「……素晴らしいご英断です、特使殿」


 リュシアンは完璧な作り笑いで、その賭けを即座に呑んだ。


(日本にいた時に聞いたことがある。ギャンブルで負けた人は、負けを取り戻すために無茶な賭けに出て身を滅ぼすって……)


 今まさに目の前でそれを実行しようとしている全権特使。可哀想を通り越して同情してしまう。


 周りの王族たちは、扇で口元を隠し、極上のショーを心底楽しんでいる。


「ふふふっ、では私はヴァルディシア王国騎士団に金貨一万枚」

「おやおや、それでは、私はヴァルディシア王国騎士団に金貨二万枚賭けましょう」


 全権特使にわざと聞こえるように、こぞってヴァルディシア側に賭け始める王族たち。それを聞いた特使の頭は、今にも湯気を噴き出しそうなほど真っ赤に茹で上がっている。


(完全に冷静さを失ってる……)


 私は、眼下の闘技場へ目をやった。

 ヴァルディシア陣営の先頭に立つのは、プレートアーマーで全身を包み、赤いバラが刻まれた大剣を手にした一人の騎士だ。


 試合開始の銅鑼(どら)が鳴り響き、二つの騎士団が激突……するはずだった。


 赤いバラが刻まれた大剣を手にした騎士が、単騎でガルガドール王国騎士団のど真ん中に突っ込み、その大剣を軽く一振りした。

 ズドォォン!! という爆音と共に、三人の重装備の騎士がいとも容易く宙を舞った。


「陣形を立て直せ! 全員で抑えろ!」


 昨日レンくんに吹っ飛ばされた代表騎士が、悲痛な声を張り上げる。


「潰せ! 殺せ! ガルガドール王国の威信にかけて何としてでも勝てぇぇっ!」


 なだめようとする執事たちを振り払い、全権特使が周りの目など一切気にせず、身を乗り出してなりふり構わず絶叫している。

「ねえ、リュシアン……。あそこで大剣を振り回してガルガドールの騎士たちを吹っ飛ばしてるの、やっぱりレンくんだよね?」

「ああ。昨日、王家の紋章入りの剣を受け取った時点で、彼は我が国の『名誉騎士』だからね。今朝少しお願いしたら、二つ返事で参加してくれたよ」


 眼下では、レンくんが次々と吹っ飛ばした騎士を、後方に控えていたヴァルディシア王国騎士たちが、ゴミ拾いでもするかのようにヒョイヒョイと自陣の檻(捕虜入れ)に放り込んでいく。


 そして残り一人。最後まで立っていた代表騎士が、昨日と全く同じフォームでレンくんに吹っ飛ばされて試合終了。


 圧倒的な戦力差を見せつけられ、ヴァルディシア王国騎士団の完全勝利を告げる鐘が鳴り響いた瞬間だった。


「あ、あばば……」


 全権特使は盛大に白目を剥き、口から泡を吹いてその場にバタリと倒れ伏した。


「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」


 私が慌てて身を乗り出す横で、他国の王族たちは優雅に広げた扇で口元を隠し、気絶した特使に向けて容赦のない死体蹴りを始めた。


「おや、特使殿? 勝利の喜びに打ちひしがれて、神の御許へ旅立たれましたかな? それとも、九十九年分の鉱石の重みに押し潰されたのでしょうか?」


「なんと哀れな。大国の威信とやらが、新興国の剣の一振りで吹き飛ぶ様は、さながら秋の嵐に散る枯れ葉のようでしたな。吟遊詩人にとってこれ以上ない滑稽譚となりましょう」


「お労しや。祖国へ戻れば、特使殿を待っているのは華やかな凱旋ではなく、断頭台への行進でしょう。いっそこのまま目を覚まさない方が、彼のためかもしれませんな」


「ほほほ。これからはガルガドールの鉱山から採れた鉄で、我々の農具を作らせていただきましょう。大国の鉄で耕す畑の麦は、さぞかし美味に育ちますことよ」


 貴族社会、本当に容赦なさすぎて怖い。


「おや、特使殿はあまりの歓喜に気を失われてしまったようだ」


 リュシアンは口から泡を吹いて気絶した特使を見下ろし、氷のように冷たい極上の笑顔を浮かべた。


「近衛兵。特使殿は大変お疲れだ。我が王宮で最も静かで涼しく、何人(なんぴと)たりとも手出しできない『最も安全な場所』へご案内しろ。……ああ、刺客から身を守るための、頑丈な鉄格子がついた地下の石室がちょうど空いていたね。そこでゆっくりとお休みいただこう」

「で、殿下……!? 地下の石室に鉄格子とは、まさか……っ!」


 顔面蒼白となった執事が、慌てて主人にすがりつこうとする。しかし、リュシアンは優雅な仕草でピタリとそれを制した。


「忠義に厚い執事殿。案ずるな、主人の看病は我が国の手練れの者たちに任せておきたまえ。それよりも、君には祖国へ戻って果たすべき重要な使命があるだろう?」


 リュシアンは、ワナワナと震える執事の肩をポンと優しく叩き、悪魔のような声で囁いた。


「特使殿が神聖なる決闘の場において約束された『金貨十万枚』だ。君は今すぐ馬を飛ばし、国元からそれを持ってき給え。……なに、安心しろ。特使殿の身は我々が責任を持って手厚く『保護』しておく。金貨を満載した馬車が、我が王都の門をくぐるその日まで、彼には地下の特等席でじっくりと骨休めをしていただくよ」


(それ、完全に人質じゃん……! 笑顔で言うことじゃないよ……!)

 私の胃の痛みをよそに、外野の王族たちはさらに容赦のない追い討ちをかけた。


「おお、神よ! なんという寛大さでしょう! 敗者から身ぐるみ剥がすのではなく、命を繋ぐ猶予をお与えになり、その上お住まいまで提供されるとは。リュシアン殿下の大いなる慈悲に、女神様もさぞかし微笑んでおられましょう」


「いかにも! これぞ騎士道における究極の寛容。さあ執事殿、殿下の気が変わらぬうちに、一刻も早く国元へ帰って国庫の底をさらうのですな。……特使殿の首と胴体が繋がっているうちに!」


 絶望の底に突き落とされた執事は、涙目で深くうなだれると、近衛兵にズルズルと引きずられていく主人を見送りながら、トボトボと闘技場を後にした。




 しかし、圧倒的すぎる戦力は、また別の問題を引き起こしていた。


「殿下ぁ! あんな規格外の人間がいたら賭けが成立しません! 胴元が破産してしまいますぅ!」


 闘技場の運営陣が涙ながらに泣きついてきたのだ。

 流石のリュシアンもこれには苦笑し、レンくんは初戦のみで騎士団から外されることになった。


「いやー。ちょっとやりすぎちゃったかなー」

「気にするな。おかげで極上の見世物になった」

「それなら、よかった。あっ、このお菓子美味しい。ナギさんが作ったの?」


 全権特使が退場し、リュシアンの隣の空いた席に、いつの間にか装備を外したレンくんがちゃっかり座っている。二人はとても楽しそうに、上等なワインが入ったグラスを傾け合っていた。

 そして、そのレンくんの周囲には――。


「我が国のバラの紋章が、これほどお似合いになるお方は他におりませんわ! レン様が我が国に骨を埋めてくださるなら、私、どんなおねだりでも聞いて差し上げますのに……」


「レン様、凄かったですわ! あの恐ろしい騎士たちを一振りで! 汗をお拭きしますわ、こちらの果実水もどうぞ」


「レン様、王宮の堅苦しい料理はお口に合わないのでしょう? 私、お肉と野菜を煮込んだ素朴なスープの作り方を勉強いたしますわ。ですから……これからも離れに伺ってもよろしいかしら?」


 訳ありで売れ残っていると思われる、二十歳ぐらいの姫君たちが三人、レンくんにぴったりと寄り添い、甲斐甲斐しく世話を焼いてチヤホヤしていた。

 デレデレと鼻の下を伸ばすレンくんと、群がる姫たち。


(……完全に異世界キャバクラだ。あの人奥さんいるのに、数日後には刺されるんじゃないの?)


 私は呆れ果てて、深く大きなため息をついた。


 ちなみに、レンくんという規格外のチート枠が抜けた後も、初戦の大勝ですっかり勢いづいたヴァルディシア王国騎士団は快進撃を続け――見事、団体戦で優勝を飾ったのだった。




お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。


7:00と12:00に公開予定。

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ISEKAI BBQ 〜BBQソースと共にあらんことを〜
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