017 ワルツ
舞踏会に向けてパーティードレスに着替え、控え室で束の間の休息をとるリュシアンと私。
「ねえ、リュシアン。レンくんのことだけど……結局どうなってるの?」
「なんだいナギ。結婚したばかりだというのに、もう他の男が気になるのかい?」
「違うわよ、分かってるでしょ」
「レン殿か。どうもガルガドール王国には帰りたくなかったみたいでね。我が国の冒険者ギルドに登録して、冒険者になったのだよ」
「帰りたくないって……子供じゃないんだから」
「それで私が指名依頼を出して、オークキングにシーサーペント、ドラゴンを狩ってきてもらったというわけさ」
「一週間で?」
「一週間で、だ」
(レンくん、一体どんなチートスキルを持ってるのよ……)
「ねえ。大宴会で大剣を振り回してたのも、レンくん?」
「一応、大宴会にも招待したのだが、ああいう格式張った場所は苦手らしくてね。それなら劇に出てみないかと誘ったのさ」
「あの装備は?」
「王宮の武器庫で好きな武具を選ばせたら、誰も使わないような派手な飾りの付いた大剣を喜んで選んでいたぞ」
(まあ、ぱっと見、厨二っぽいとは思ったけど)
「それにしても、流れ人とは面白いな。王宮に用意した豪華な部屋を断って町の安宿に泊まり、塩を少しだけ振った肉、野菜を煮込んだスープを美味い美味いと言って食べていたらしい……黒いパンは口に合わなかったみたいだが……」
(完全に異世界ファンタジーの主人公してるなぁ。その肉と野菜スープはちょっと羨ましいけど)
これで王族や貴族のいざこざに巻き込まれなければ、もっと良かったのにね。
「今は、どうしてるの?」
「全権特使が逆恨みで暗殺するかもしれんと言ったら、ひどく震えていたよ。可哀想だから祝賀行事が終わるまで、王宮の離れに泊まってもらうことにした」
「あ、暗殺!? でも王宮の離れなら一安心?」
「ああ。今頃、ワケありで売れ残りの姫たちと『真実の愛』を育んでいるだろうさ」
(……レンくん……)
「……ねえ、明日の団体戦には、流石に出ないよね?」
「ふっふっふっ、どうだろうな」
あっ(察し)。
◆◆◆◆◆
昼間の闘技場での熱狂と土埃がまるで嘘のように、夜の王宮は甘く優雅な調べに包まれていた。
天井から吊るされた無数のシャンデリアが眩い光を放ち、着飾った貴族たちがグラスを片手に談笑している。
「おい、見たか昼間の無様な醜態を。ガルガドールは完全にカモだぞ」
「ドラゴン殺しという抑えの切り札を失い、国庫の金貨十万枚も消えた。今なら国境の守備兵にロクに給金も払えまい」
「我が国の軽騎兵を動かすなら、来月の新月の夜が狙い目だな……。ヴァルディシアが動く前に、我らで美味いところを掠め取るぞ」
(ダンスパーティーでなんて生々しい話してんのよ!)
すれ違った他国の王族たちから聞こえた、とんでもない密談に心の中でツッコミを入れる。
広間の中央で、国内の有力貴族と優雅に言葉を交わすリュシアンの後ろ姿を見て、私は小さくため息をついた。
太陽の光を思わせる金の髪と、洗練された純白の礼服。どこからどう見ても、非の打ち所のない完璧な王子様だ。……中身は、かなり食えない策士だけれど。
対して私が着ているのは、自身の通り名である『月』に合わせて仕立てられたミッドナイトブルーのイヴニングドレス。
上質なシルクには銀糸で繊細な星屑の刺繍が施されており、動くたびに夜空が瞬くようにキラキラと輝く。
歓談していたはずのリュシアンが目の前で立ち止まり、真っ直ぐに私を見つめた。
「お待たせしたね、私の月」
リュシアンは優雅に片手を胸に当て、深くお辞儀をする。そして、もう片方の手をスッと私に差し出した。
「この素晴らしい夜に、どうか私と一曲、踊っていただけませんか?」
周囲の貴族たち、特に令嬢たちの熱を帯びた視線が一斉にこちらへ突き刺さる。
私は少しだけ照れくささを感じながらも、差し出されたその大きな手の上に、そっと自分の手を重ねた。
「……喜んで、殿下」
◆◆◆◆◆
彼のエスコートで、大広間の中央へと進み出る。私たちが定位置につくと同時に、楽師たちが奏でる優雅なワルツの旋律が流れ始めた。
リュシアンの右手が私の腰にそっと添えられ、左手が私の右手をしっかりと包み込む。
彼が軽くステップを踏み出すと、私の体は羽が生えたようにふわりと引っ張られ、自然と音楽の波に乗っていた。
「上手いな。エレノアの花嫁修業の成果が出たな」
「もう、思い出したくもないよ……」
優雅なステップを踏みながら、私たちは誰にも聞こえない声で小さく囁き合う。
「昼間のあなたの企み、ヒヤヒヤしたわよ。やりすぎじゃない?」
「ふふ、ナギは本当に優しいな。あの程度、日常茶飯事さ」
リュシアンは涼しい顔で笑うと、音楽の盛り上がりに合わせて私の手を引き、クルリと鮮やかにターンをさせた。
ミッドナイトブルーのドレスが遠心力でふわりと広がり、まるで夜空の星雲のように美しく円を描く。ドレスが翻るたびに、周囲から「おお……」という感嘆の吐息が漏れるのが聞こえた。
彼のリードは、息を呑むほど完璧だった。
私の動きをすべて予測しているかのように滑らかで、まるで初めから一つの生き物だったかのように、足元が一切狂わない。
彼を見上げる私の視線と、私を見下ろすリュシアンの青い瞳が、至近距離で甘く絡み合う。
「……見直したか?」
「っ、ち、違うよ。ただ……すごく踊りやすいなって思っただけ」
強がって目を逸らそうとする私に、リュシアンは意地悪く微笑むと、腰に添えた手にグッと力を込め、さらに私の体を彼の方へと引き寄せた。
彼の体温と、微かに香る高貴な香水の匂いが私を包み込む。
「私以外の男の手を取ることは、許さない。君のステップを導くのも、君を抱きしめるのも、すべて私だけの特権だ」
独占欲の塊のようなその言葉を甘く耳元で囁かれ、私はカッと顔を熱くした。
「……そんなこと言われなくても、私はリュシアンとしか踊らないわよ」
私が俯き加減でそう返すと、彼は一瞬だけ目を丸くした後、たまらないといった様子で喉の奥で低く笑った。
「ああ、君は本当に……私をどうしたいんだい、ナギ」
曲が静かにクライマックスを迎え、最後の一音が響き渡る。
リュシアンは私の体を優しく支えたまま深く身を沈め、絵画のように完璧なポーズでフィニッシュを決めた。
「「「ブラボー!!」」」
割れんばかりの拍手と歓声が大広間に響き渡る。
鳴り止まない拍手の中、リュシアンは私の手の甲に恭しく唇を落とすと、誰もが羨むような、とびきり甘く美しい笑顔で私に囁いた。
「愛しているよ、私の可愛いお姫様」
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