015 トーナメント
祝賀行事二日目は凄腕騎士や冒険者たちが名誉と財産を賭けて競い合う『トーナメント』。
闘技場で最も高い場所に位置する、贅を尽くした特別席。
中央に国王と王妃……リュシアンの両親が座り、その左右には私とリュシアン、他国の王族や全権特使たちが、互いの格を測り合うようなピリピリとした空気の中で並んで着席していた。
第一試合。いきなり、馬上槍試合にリュシアンが出場する。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
対戦相手は、歴戦の猛者であるヴァルディシア王国の騎士団長だ。心配する私に対し、銀の甲冑に身を包んだリュシアンは、兜を被る前に不敵な微笑みを浮かべた。
「心配ない。私の月よ、君に勝利を捧げよう」
ファンファーレが鳴り響き、試合開始の合図が轟いた。
――一度目の激突。
地響きを立てて突進する二騎。猛烈なスピードで交錯した瞬間、「ガキィィン!」と凄まじい金属音が響き渡った。互いの槍が盾に弾かれ、激しく火花が散る。
――二度目の交錯。
リュシアンの鋭い一突きを騎士団長が紙一重でかわし、すれ違いざまに放たれた騎士団長の反撃を、リュシアンが身を屈めて鮮やかに避けた。
息を呑むようなハイレベルな攻防に、一般市民の客席からは地鳴りのような大歓声が沸き起こり、誰もが総立ちになって熱狂している。
そして迎えた、三度目の衝撃。最大加速で突っ込んだ両者が、正面から激しくぶつかり合った。
――ガギィィィンッ!!
凄まじい衝撃音の直後、「ぐわあっ!」という太い声と共に騎士団長が大きく宙を舞い、派手に馬上から転げ落ちた。
「勝者、リュシアン殿下ァァァ!!」
……私は見逃さなかった。激突の直前、騎士団長が「よし、今だ!」と言わんばかりに自ら体を仰け反らせ、綺麗なフォームで華麗に吹っ飛んでいったのを。
(いや……今の、吹っ飛び方がプロのスタントマン並みに上手すぎない!?)
会場が興奮の坩堝と化す中、リュシアンは馬から降りると、倒れた騎士団長に自身の腰の剣を授けた。
「見事な戦いであった。これからも私の剣となり、共に戦ってくれ」
「はっ! ありがたき幸せ!」
王子の度量の大きさと美しい主従の絆に、観衆は大興奮だ。
しかし、ふと周囲の貴族席を見ると、みんな拍手こそしているものの、手元の賭け帳で次の試合の予想をしたり、どこか冷めた様子でワインを傾けたりしている。
特別席では、侍女さんたちが色付き氷砂糖やホワイトチョコのオランジェットをゲストの方々に勧めていた。真面目に作ったオランジェットよりも、私が手抜きで作った色付き氷砂糖のほうが話題になっているのが、パティシエとしては地味に気になるところだ。
そうこうしているうちに、リュシアンが特別席に帰ってくる。
「おかえり、リュシアン……ねえ、もしかして今の、全部演技? あと、なんでみんな賭けをしてないの?」
「何を言っている? 王族の試合に倍率をつけるなど不敬だからな。当然、私の試合は賭けの対象外だよ」
「あ、やっぱり最初から出来レース扱いなんだ……」
リュシアンは涼しい顔をしてすっとぼけた。本当に食えない王子様である。
◆◆◆◆◆
エキシビションが終わり、第二試合。ここからが本番だ。
王子の時はあんなに澄ましていた会場の空気が、一瞬で変貌した。
「殺せー!!」
「いけええ! 俺の全財産がかかってるんだぞ!!」
観客席の熱気は、時間が経つにつれて異常なものになっていく。
私たちのすぐ下にいる国内の貴族たちは、血走った目で手元の賭け帳を睨みつけて一喜一憂し、賭けに負けた者は「税収一年分がぁぁ!」と頭を抱えて床に崩れ落ちている。
私の左右に座る他国の王族や全権特使たちも、プライドがあるため大声こそ出さないものの、国家予算レベルの金を賭け、目が全く笑っていない。
(うわぁ……。王子の時はあんなに冷めてたのに、金が絡んだ瞬間これだよ。異世界のホワイトカラー、ギャンブル狂いが多すぎない……?)
私はその殺伐とした空気に、完全に引いていた。
◆◆◆◆◆
闘技場での熱戦が続き、ついにトーナメントは準決勝へと突入した。
勝ち上がってきたのは、ヴァルディシア王国の誇る騎士団長。
そして対するは、レンくんの奥さんであるエレイン姫の祖国であり、大陸屈指の軍事力を持つガルガドール王国の代表騎士だ。
特別席の空気は、試合前からヒリヒリと焦げるような緊張感に包まれていた。
「いやはや、ついに我が国の騎士と、貴国の騎士団長殿の対決ですな」
昨日の宴で嫌味を言ってきたガルガドール王国の全権特使が、ねっとりとした笑みを浮かべてリュシアンに話しかけてきた。
「せっかくの素晴らしい舞台。私は余興として、我が国の騎士の勝利に『金貨一万枚』を賭けさせていただきました。……リュシアン殿下は、いかがなされますかな?」
金貨一万枚。それがどれほどの価値か正確には分からないが、特使の背後に立つ従者たちが一斉に息を呑んだところを見ると、とんでもない額なのは間違いない。
明確な挑発だ。しかし、リュシアンは涼しい顔でワイングラスを置いた。
「それは面白い。では、私も我が騎士団長の勝利に同額を賭けさせてもらいましょう」
(ちょっと! リュシアン! 気軽に賭けていい金額なの!?)
この世界にきてからせいぜい銅貨くらいしか扱ったことのない私の心の中の絶叫をよそに、二人は冷たい作り笑いを浮かべたまま、グラスを軽く打ち合わせた。
やがて開始のドラが鳴り響き、二人の騎士が激突した。
――勝負は、思いのほか早く決した。
ガルガドール王国騎士の凄まじい筋力と重い一撃の前に、ヴァルディシア王国の騎士団長は果敢に打ち合ったものの、最後は盾ごと豪快に弾き飛ばされ、泥を舐めたのだ。
「決着! 勝者、ガルガドール王国代表騎士!」
その瞬間、特使から「ふんすっ!」という荒い鼻息が漏れた。
チラリと見ると、特使は必死に落ち着きを払い、優雅に観戦する大貴族を装ってゆっくりとワインを飲んでいる。
しかし、口角は痙攣するほどにつり上がり、グラスを持つ手は歓喜でプルプルと震えていた。隠しきれない喜びが、全身からダダ漏れである。
「……ふ、ふふふ。どうやら、我が国の騎士が少しばかり、力が入りすぎたようですな。リュシアン殿下、悪く思わないでいただきたい」
「ええ、気になさらず。見事な戦いでした」
特使の嫌味たっぷりな言葉にも、リュシアンは全く気にした様子を見せず、優雅に微笑み返している。巨額の金を失ったというのに、その横顔には焦りどころか、余裕すら漂っていた。
眼下の闘技場では、敗者となった騎士団長がトーナメントの掟に従い、勝者に自らの高価な甲冑を没収されて肩を落としている。
「おい」
リュシアンは背後に控える側近を呼ぶと、パチンと指を鳴らした。
「騎士団長の武具を買い戻してやれ。負債はこちらで全額肩代わりする。……あれは『私の剣』だからな。丸腰にさせておくわけにはいかない」
「はっ。ただちに」
莫大な賭け金を持っていかれた上に、装備の買い戻しまで払うなんて、大赤字もいいところだ。
特使は「新興国の王子め、強がりおって」と言わんばかりに鼻を鳴らしている。
(……あれ? でも、リュシアンがこんなに素直に大損を受け入れるはずがないよね?)
私は隣で涼しい顔をしている夫の横顔を見て、嫌な予感……を抱いていた。
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