014 オークキング! シーサーペント! ドラゴン!
芸術的なケーキに対する各国の貴族たちのどよめきと興奮が、まだ完全には収まりきらない中、大宴会は本格的な幕開けを迎えた。
ダンッ、ダンッ、ダンッ――!
「静粛に! これなるは第一の、偉大なる獲物!」
最初に大広間に運び込まれてきたのは、これでもかと金箔をあしらったオークの丸焼き。婚約発表の宴の時よりも一回り大きい。
会場にざわざわとどよめきが広がる。
「あの大きさ、オークキングではないか?」
「確か、北の森林地帯に巣食っていたオーク達は討伐されたと聞いたが……」
オークの丸焼きの前で演劇が始まる。
演目は、リュシアンが騎士団を率いてオークの大群とオークキングを討伐した英雄譚だ。
「……ねえ、リュシアン。いつオークキングを討伐したの?」
婚約発表の宴が終わってからほぼ毎日、顔を合わせているはずなんだけど。
「ふふふ、不思議なこともあるもんだな」
「まあ……わかってるけどね。ねえ、グリフォンも、もしかして……」
「あの時はちゃんと、トドメは刺したぞ」
「その言い方、ちょっとひっかかるんだけど」
まあ、リュシアンは力より頭を使うほうが得意そうなのは、分かってるけどね。
オークキングが切り分けられ、骨だけになった頃、次の料理が運び込まれる。
ダンッ、ダンッ、ダンッ――!
「静粛に! これなるは第二の、畏るべき海の獲物!」
「あれは、シーサーペント!!」
「バカな! あの船をも噛み砕くシーサーペントを仕留めただと!?」
「オークキングといいシーサーペントといい、ヴァルディシア王国は一体どうなっているのだ!?」
巨大な蛇のような姿の怪物、シーサーペントの丸焼きの登場だ。
すべての鱗を一度剥いで丸焼きにし、再び鱗を貼り付けて、まるで生きているかのように見せている。
貴族だけでなく、来賓の王族や全権特使達も騒ぎ立てる。
そして始まる、リュシアン率いる騎士団がシーサーペントを退治する演劇。
「……リュシアン、流石にやりすぎたと思うよ」
「……そんなことは無いだろう。ほら、貴族たちも喜んでいる」
目を向けると、シーサーペントの鱗を餅投げのように投げて、それを貴族たちが奪い合っている。
「何あれ? なんであんなに必死になってるの?」
「シーサーペントの鱗は水難よけのお守りになるからな。……それに、素材としての価値も高い」
エレノアさんが、シーサーペントの鱗を一枚手渡してきてくれた。
「……ねえ、リュシアン。最近これと同じものを、レンくんからもらったんだけど……」
「うむ。偶然だろう。珍しいこともあるもんだな」
骨になりつつあるシーサーペントに目をやる。
周りで赤い革鎧を着た鉄仮面の男が、派手な飾りを付けた大剣を無駄に振り回している。
シーサーペントの骨が大広間から退場した。
もう流石に次は普通の肉料理だろうと、安堵の空気が大広間に流れる。しかし、大広間の外から再びザワザワと声が聞こえてきた。
ダンッ、ダンッ、ダンッ――!
「静粛に! これなるは第三の、神話に謳われし伝説の獲物!」
「ねえ、次は何が来るの?」
「ふふふ、見てのお楽しみだ」
広間の入り口から、十数人がかりで巨大な銀の台座が運び込まれてきた。
「嘘だろ……」
「……何……だと……」
「はっははは……私は、夢でも見ているのか?」
台座の上に乗っていたのは、信じられないほど巨大な『ドラゴンの丸焼き』だったのだ。
シーサーペント同様、一度鱗を剥ぎ取り、焼いたあとに再び鱗を貼り合わせて、生きた時の姿を再現している。
口にはアルコールが仕込まれ、本物の炎が燃え上がっている。
そして三度目のリュシアンの討伐劇。
リュシアン役の男の後ろで、赤い革鎧の鉄仮面の男が、過剰なほどに大剣を振り回している。
「聞くのも馬鹿らしいんだけど……どうしたの、あれ?」
隣に座るリュシアンが、ワイングラスを傾けながら得意げに微笑む。
「ふふ、最近いい友達ができてな」
なんと、第三の公示で乱入してきたドラゴン殺しの流れ人、レンくんに、直々にドラゴンの討伐を依頼したらしい。
「報酬は、ナギの食事で手を打ってくれたよ」
(なるほど……! だから最近、結婚式の準備で忙しいのに、やたらとレンくんが厨房に『ご飯食べさせてー』って入り浸ってたのか……!)
謎が解決したものの、私の手料理がドラゴン討伐の報酬とは、少しだけ複雑な気分になる。
ドラゴン討伐劇に目をやると、火を吹くドラゴンの巨大な張り子に立ち向かう、輝く金の髪に青い瞳を持つ勇敢なる王子の姿が演じられていた――。
「何事も、やり過ぎは良くないと思うな」
「これぐらいのこと、どこもやってるよ」
涼しい顔で答えるリュシアン。メンタルが図太すぎる。
ちなみにドラゴンの鱗は幸運のお守りとして人気で、貴族たちの間で激しい争奪戦になった。
私はレンくんに直接たくさんもらったので、お菓子作りを頑張ってくれた侍女さんたちにプレゼントしたのだが……
(それで、泣きながら『家宝にします』って喜んでいたのか……)
◆◆◆◆◆
夜も更け、樽で用意された極上のワインが何十と空く頃には、広間は完全な狂乱の渦と化していた。
最初はヒリヒリとした緊張感を保っていた貴族たちも、すっかりベロベロに酔っ払い、どこから持ち出してきたのか、グリフォンやドラゴンの仮面を被ってはしゃいでいる。そして、すっかり骨になったドラゴンを真ん中に、輪になって踊り始めていた。
「さあさあ! 殿下たちをお部屋までお見送りするぞー!」
ベロベロに酔っ払った貴族たちや神官、楽師たちが、大音量の音楽とともに私たちを取り囲んで寝室までゾロゾロとパレードを始める。
寝室に入ると、エレノアさんたち侍女の手によって、重い真紅のドレスやコルセットが次々と外されていく。
(えっ、ちょっと、待って! みんな見てる前で着替えるの!?)
最終的に薄い絹の寝着一枚にされ、私はフカフカのベッドの中へと投げ込まれた。リュシアンもまた、薄手のシャツ一枚で私の隣に横たわる。
「殿下! 立派な世継ぎを頼みますぞ!」
「お手柔らかになー!」
「やり方はわかってるな! 朝までにベッドの足を折れよ!」
部屋の中には大量のギャラリーがひしめいており、口々に囃し立てたり、どぎつい下ネタのジョークを飛ばして笑い合っている。日本ならセクハラで一発アウトだ。
私は恥ずかしさのあまり、シーツに潜り込む。
リュシアンは全く動じることなく、余裕の笑みで「任せておけ」と貴族たちに片手を上げている。
ふと周りを見回すと、エレノアさんがリュシアンの靴下を私めがけて投げつけてきた。
「ふぎゃ!」
見事に私の鼻へ命中。
「わはは! 丈夫な男の子が生まれるぞ!」
やがて大司教がベッドの周りに進み出て、聖水をパシャパシャと振り撒いた。
「この神聖なるベッドに悪魔が寄り付かず、ヴァルディシアの未来を担う、立派な世継ぎが生まれますように……」
大真面目な祈祷の後、侍女たちが客全員に、スパイスと蜂蜜がたっぷり入った甘いワインを配り歩く。私のお買い物スキルで揃えた、最高級のシナモンやジンジャーが効いた極上の一杯だ。
「では、リュシアン殿下とナギ妃殿下に、乾杯!!」
全員が一気にワインを飲み干し、ようやく「お邪魔しましたー!」と笑いながら部屋を出ていく。最後にエレノアさんが「ごゆっくりどうぞ」と微笑んで、ベッドの分厚い天蓋のカーテンを閉めた。
――しん、とした静寂が、寝室に降りてきた。
ようやく、本当の意味で二人きりになったのだ。
「……終わったな」
リュシアンが、ため息混じりに小さく笑う。
「もう、恥ずかしくて死ぬかと思った……エレノアさんは、靴下投げてくるし……」
「あれは子宝に恵まれるまじないだ。許してやれ」
私が真っ赤な顔を手で覆っていると、リュシアンの大きな手が私の手首を優しく掴み、そっと外させた。
暗い天蓋の中、彼の熱を帯びた青い瞳が、至近距離で私を見つめている。
「……婚約のときに言った言葉、覚えているか?」
「『これで完全に俺のものだ。絶対に逃がさん』……でしょ?」
私が少し意地悪く微笑んで返すと、リュシアンは「そうだ」と低く囁き、薄い寝着越しに、その逞しい腕で私の腰を強く抱き寄せた。
「太陽と月が、ついに巡り逢ったのだ。……もう、元の世界になど帰してやらないからな、私の可愛いナギ」
甘いスパイスとワインの香りが混じり合う中。
彼の熱い唇が再び私の唇を塞ぎ、甘く長い夜が幕を開けた。
「ねえ、リュシアン。ケーキよりも、肉料理のほうが目立ってたような気がするんだけど……」
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