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013 純白のケーキ

 教会の外で夫婦の誓いを終えた私たちは、重厚な大聖堂の扉を開け、神聖な堂内へと足を踏み入れた。


 香炉からくゆり出す神秘的な乳香の香りと、床一面に撒かれたハーブの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。巨大なステンドグラスは太陽の光を浴び、万華鏡のような色彩を冷たい石床に落としていた。


 大司教が待つ祭壇の前に進み出ると、私たちは深くひれ伏した。

 すると、リュシアンの側近である4人の騎士たちが、私たちの頭上を覆うように、美しく巨大な絹の布――天蓋を屋根のようにピンと張って掲げた。


(なんだか、布の下の狭い空間に二人きりでいるみたい……)


 大司教が長々と祝福の祈祷を読み上げる声が堂内に響き渡る。

 薄暗くなった天蓋の下で、ひれ伏したままそっと隣を見ると、布を通して差し込む柔らかな光の中で、リュシアンの青い瞳が私を見つめていた。


 長い祈祷が終わると、いよいよミサの締めくくりである『平和の接吻(パックス)』だ。


 大司教が、聖なる絵が描かれた木の板『パックス・ボード』に恭しくキスをする。それを受け取ったリュシアンが、ボードの同じ場所に唇を落とした。

 神の祝福をリレー形式で繋ぐ儀式。最後にリュシアンは私の方を向き、その綺麗な唇を私の唇へと重ねた。


 婚約発表の時のような、契約の証としてのキスではない。

 優しく、慈しむような、ひどく甘い口付け。神の前で、私たちが本当の意味で結ばれたことを証明する、祝福のキスだった。




 ◆◆◆◆◆




 厳かなミサを終え、舞台は王宮の絢爛豪華な大広間へと移った。大宴会の幕開けである。


 宴はまだ始まったばかり。杯は交わされたものの、酔っ払って羽目を外す者はまだいない。


どこかヒリヒリとした政治的な緊張感が漂う中、各国の王族や使節団による、威信をかけた祝いの品の披露が続き……


 ダンッ、ダンッ、ダンッ――!


 王宮の全使用人を統括する見事な白髭の家令が、金色の儀礼杖を石床に打ち鳴らし、高らかに口上を述べる。


「これより、ガルガドール王国全権特使殿より、御祝いの品の献上にございます!」


(ガルガドール王国――それは大陸屈指の軍事力と豊かな財力を持つ、絶対に怒らせてはいけない超大国だ。あのドラゴン殺しの英雄、レンくんのお嫁さん、エレイン姫の実家でもある)


 私が少し身構えていると、豪華な絹の礼服に身を包んだ初老の全権特使が、恭しい足取りで進み出た。

 その後ろには、従者たちが抱える眩いばかりの金銀財宝や、見たこともないほど美しい陶器の数々が並べられている。


「リュシアン殿下、ナギ妃殿下。この度の御成婚、我が国の王に代わり心よりお祝い申し上げます」


 特使は優雅に一礼すると、口元にねっとりとした笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「黄金の輝きを纏う茶器と、天上の雲を織り成した絹の反物――我が国の誇る宮廷芸術を、此度のご挨拶の印として。

ヴァルディシアの若き獅子たちの武勇は、確かに大陸の驚異。しかし、真の支配者たる王族に必要なのは、力ではなく、高度で洗練された文化と教養にございます。我が国の薫り高き気品に触れ、貴国の宮廷が少しでも、洗練という名の輝きを知る契機となれば、幸甚に存じます」


 広間にいる貴族たちが一斉に息を呑む。

 特使の言葉に対し、リュシアンは顔色一つ変えない。


「大国の気高き薫りを湛えた贈り物、恐悦至極に存じます。

確かに我が国は、歴史の浅き未熟な国。されど、本日は大国の皆様の退屈な日常を吹き飛ばす、ヴァルディシアならではの、未知なる洗練をご覧に入れましょう。

――特使殿、どうかその特等席から目を離されぬよう。我が国がお魅せする、至高の幕開けにございます」


 バチバチと見えない火花が散る二人。

 しかし、私は特使の後ろに積まれたピカピカの黄金のティーセットや美しい絹の布を見て、純粋に目を輝かせていた。


「わあ……! ねぇリュシアン、すごいよ! あれでお茶会したら絶対ケーキが映えるし、絹の布もとっても綺麗だよ!」


 私が小さな声で隣のリュシアンに話しかけると、彼は一瞬だけ目を丸くした後、深々とため息をついた。


「……ナギ。君は本当に、話を聞いていたのか?」

「え? なに?」


 リュシアンが私の耳元に顔を寄せ、周囲に聞こえないよう、呆れた声で低く囁く。


「あれは『お前たちのような野蛮で歴史のない田舎国には、こんなに美しく洗練されたものを作る技術もないし、見たこともないだろうから恵んでやる。身の程をわきまえろ』という、遠回しな嫌がらせだよ」

「ええっ!? なにそれ、そんな性格悪い意味だったの!?」


 驚いて目を丸くする私に、リュシアンは意地悪く口角を上げた。


「大国の狸どもは、自分の国の文化レベルが世界最高だと信じて疑っていないからな。……さあ、見せてやろうじゃないか。他でもない、私の愛する妻が作り上げた最高の芸術を」


 ダンッ、ダンッ、ダンッ――!


 静まり返った広間に、重厚な音が三度、鋭く響き渡った。


「静粛に!」


 家令の、威厳に満ちた朗々たる口上が広間を震わせる。


「これより、我がヴァルディシア王国の新たなる太陽たるリュシアン殿下と、月たるナギ妃殿下より、御列席の皆様へ特別な菓子の御披露目にございます!」


 その声と共に両開きの扉が大きく開かれ、豪奢なワゴンに乗せられた巨大な純白の三段ケーキが姿を現した。


 私がパティシエとしてのプライドを賭け、数日がかりで作り上げたウエディングケーキ。

 その表面を彩るのは、手抜きの一切ない、極めて精密な砂糖細工(シュガークラフト)とマジパンの芸術だ。


 最高級のアーモンドプードルと粉砂糖を練り合わせたマジパンを使い、ヴァルディシア王家の紋章である真紅のバラを何十輪も作り上げた。花びらの一枚一枚に至るまで、本物と見紛うほどの精度で流れるようにケーキの側面を這わせている。


 最上段には、透き通る黄金色の飴細工で立体的に造形された気高き太陽と、純白のシュガーペーストで形作られた可憐な三日月が、互いに寄り添うように飾られている。

 縁を彩るのは、極限まで滑らかに仕上げたロイヤルアイシングによる、本物の絹のベールかと見紛うほど繊細なレース模様だ。


 その信じられないほど芸術的な代物を前に、冷静なはずの他国の王族や貴族たちの間に、隠しきれない激しい動揺が走った。


「なんだ、あの見事な真紅のバラは……! あれがすべて菓子でできているとでも言うのか!?」


 驚きのあまり、手にしたグラスからワインがこぼれていることすら気づかず、目を丸くして身を乗り出す小国の王族たち。


 一方で、文化の先進国を自負し、豊かな財力で見事な祝いの品を贈ってヴァルディシアを牽制したつもりだったガルガドール王国全権特使は、顔をこわばらせていた。


「莫迦な……我が国の抱える最高の宮廷職人でも、あれほど洗練されてはいないぞ……(……確かに美しいが、所詮は菓子。軍事力にはならん。ヴァルディシア王国は菓子作りに現を抜かしているのか? 付け入る隙があるな……)」


 ただの武力や財力ではない、未知の高度な食文化という力。

 異世界の権力者たちが、パティシエである私の技巧の前に完全に度肝を抜かれ、驚愕の視線を送っている。


「見ろ。各国の狸どもが、君の魔法にすっかり圧倒されているぞ」


 リュシアンが私の耳元で愉快そうに、そしてひどく自慢げに囁いた。


「他国のどんな豪華な貢物よりも、私の月が作ったこの菓子の方が価値がある。……崩して食べるのが惜しいくらいだな」


 彼はそう言って誇らしげに微笑むと、切り分けられたケーキの最初の一口を、何百人もの視線が注がれる中で私に優しく食べさせてくれた。




お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。


7:00と12:00に公開予定。

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ISEKAI BBQ 〜BBQソースと共にあらんことを〜
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