表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/32

012 指輪

「ナギ様、本日は誠におめでとうございます。さあ、お支度を始めましょう」


 朝日が差し込む王宮の一室。

 私、綿貫なぎは、専属の侍女であるエレノアさんの声で目を覚ました。


 ついこの前までは、町の洋菓子店で朝から晩まで1日15時間も働き詰めのパティシエだった。


 それが今や、なだらかな丘陵地帯と肥沃な大地に恵まれた『大陸の心臓』ことヴァルディシア王国の第一王子、リュシアン・ド・ヴァルディシアの花嫁になろうとしているのだ。


 数人の侍女たちに囲まれ、入浴が始まった。

 大理石の湯船には、たっぷりの香油と花びらが浮かべられている。エレノアさんの手によって丁寧に身を清められ、甘く高貴な香りが肌の奥まで染み込んでいくのを感じる。


「エレノアさん、今日のドレス……やっぱり純白じゃないんだね」

「はい。王族の婚姻において、白は使いません。ナギ様がお召しになるのは、王家の紋章である真紅のバラにちなんだドレスにございます」


 湯から上がり、纏わされたのは重厚なベルベットで作られた、目の覚めるような真紅のドレスだった。


 何十人もの職人が手作業で仕上げたそのドレスには、眩いほどの金糸の刺繍が施され、動くたびに縫い付けられた無数の宝石がシャンデリアのように煌めく。

 鏡の中には、見違えるほど荘厳で美しい未来の王妃の姿があった。


「あれ? エレノアさん、髪は?」

「下ろしたままでございます。長く伸ばされた髪を人前で下ろしたまま歩くのは、この結婚式の日の朝が、人生で最後となりますから」


 一秒でも長く惰眠を貪るため、休日に美容院にも行かず伸ばしっぱなしだった髪が、こんな形で役に立つとは……。


 エレノアさんが、艶やかに梳かれた私の髪に、宝石が散りばめられたサークレットをそっと載せた。

 なんだか、本当に結婚するという実感が湧いてきて、少しだけ胸が締め付けられた。


(お父さんとお母さんに見てもらいたかったな……)




 ◆◆◆◆◆




 準備が整い、いよいよ大聖堂への行進が始まる。

 本来なら花嫁の父親がエスコートするはずだが、羊に轢かれて異世界にやってきた流れ人の私に身寄りはない。


「ナギよ。本日は国王たるこの私が、そなたを大聖堂へと導こう」


 私の前に現れたのは、リュシアンの父親であり、この国の頂点に立つ国王陛下だった。

 見事な金糸の刺繍が施された重厚な絹のチュニックに、王族の証である最高級のシロテンの毛皮をふんだんにあしらった真紅のベルベットのマント。その頭上には、数え切れないほどの宝石が散りばめられた王冠が眩く輝いている。


「国王陛下……! よろしいのですか?」

「うむ。我が息子の伴侶を、出迎えるのは当然のこと。……ナギよ、不器用な倅だが、どうか末永く支えてやってくれ。リュシアンを頼んだぞ」

「はい!」


 私が国王陛下の力強い腕にそっと手を添えると、陛下は優しく頷いた。


 城門を出ると、沿道には何千人もの民衆が押し寄せていた。楽師たちが奏でるリュートや太鼓の陽気な音が響き渡る中、私たちは花びらが雪のように舞う道を、大聖堂へと向かってゆっくりと歩みを進めた。




 ◆◆◆◆◆




 大聖堂の巨大な扉の前に到着すると、そこには真紅の陣羽織を纏い、儀礼剣を帯びたリュシアンが立っていた。サラサラの金の髪を飾るのは、眩い光を放つサークレット。太陽の下に立つ彼は、目が眩むほど美しかった。


 国王陛下からリュシアンへと、私の手が引き継がれる。彼の大きな手が、私の震える右手をしっかりと包み込んだ。


「ナギ、よく似合っているぞ、私の月」

「リュシアンこそ、すごくかっこいいよ、私の太陽」


 婚約発表の宴で振る舞った虹のフルーツゼリーにちなんだ合言葉を交わし、ふふっと笑い合う。

 しかし、大司教が進み出ると、場の空気は一気に厳粛なものへと変わった。


「これなる二人の結婚に、異議のある者はいるか!」


 大司教の通る声が、群衆に向けて三度叫ばれる。


(異議あり! って……またあのドラゴン殺しのレンくんみたいに誰か来ないよね!?)


 一週間前の公示期間に起きた大乱入事件を思い出すが、大司教がぐるりと広場を見渡しても、何千人もの群衆は水を打ったように静まり返り、完全なる沈黙が広場を支配した。


「よきかな。では、殿下。財産の付与を」


 大司教の言葉に頷き、リュシアンが群衆に向かって朗々と宣言する。


「私、リュシアン・ド・ヴァルディシアは、我が妻となるナギに対し、我が財産と領地のすべてを付与し、永遠に守り抜くことをここに誓う!」


 ジャラ! ジャララッ!! ジャラララララッ!!!


 宣言と同時に、リュシアンが私の足元に置かれた銀の盆に向かって、革袋から大量の金貨をばら撒いた。

 太陽の光を反射して眩く輝く黄金の雨。それは私を一生経済的に守るという、王子によるド派手なパフォーマンスだった。群衆から割れんばかりの歓声が沸き起こる。


「では、誓いの指輪を」


 リュシアンが、私の右手をそっと持ち上げた。

 彼のもう一方の手には、王家の紋章が刻まれた重厚なルビーの指輪が握られている。


「父と――」

 リュシアンの低い声と共に、冷たい指輪が私の親指にそっと触れる。


「子と――」

 次に、人差し指を滑るように撫でる。


「聖霊の――」

 そして、中指へ。


 彼の熱を帯びた青い瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。指輪が指先を移動していくそのゆっくりとした動作は、心臓が爆発しそうなほど甘く、ひどく官能的な儀式だった。


「御名において――」

 最後に、私の右手の薬指へと、ルビーの指輪がスッと滑らかにはめ込まれた。


 指輪の冷たさと、彼の手の温もりが混じり合う。


 何千人もの祝福の歓声が降り注ぐ中、私、綿貫なぎは、名実ともにこの異世界で彼と運命を共にすることになったのだ。




お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。


7:00と12:00に公開予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▼小説家になろうに新作投稿しました!▼

▼どうかこちらも、よろしくおねがいします!▼

ISEKAI BBQ 〜BBQソースと共にあらんことを〜
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ