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011 TKG

 あの怒涛の婚約発表の宴から、早いもので二週間が経った。


 この国には、結婚の前に『本当にこの二人が結婚していいのか』を周囲に問いかける、三週間の公示期間というものがあるらしい。

 その間、特に異議や問題が出なければ、晴れて正式に結婚となるわけだ。


「主の恵み深き民らよ、聞くが良い。ここに、我が王国の第一王子リュシアン殿下と、星の彼方より来たりし乙女ナギの婚姻を公示する。

 もし、この二人の婚姻に、教会法上の正当なる不都合、あるいは隠されたる障壁を知る者がおらば、神と法の名において、直ちに申し出るが良い。

 これが第三の公示である。不都合を知りながら今これを隠す者は、その魂に永遠の罪を負うものと知れ」


 大聖堂で神官様が厳かに宣言した、その瞬間だった。


 ――バァン!!!


 大聖堂の重厚な扉が、鼓膜が破れそうな大音量を立てて蹴り破られた。


「異議ありーーーーーっ!!」


 息を切らせて乱入してきたのは、背中に身の丈ほどもある大剣を背負った一人の少年だった。


「おい、あれは……『ドラゴン殺し』のレン殿ではないか!?」

「リュシアン殿下の前の婚約者、エレイン様と結婚した流れ人の?」

「なぜ彼がここに……!?」


 ざわざわと騒ぎ出す周囲の貴族たち。

 大剣の少年――レンくんは、壇上の私をビシッと指差して大真面目に叫んだ。


「ナギ! 悪の王子に監禁されてるって、エレインから聞いたぞ! 今すぐ助けてやるからな!」


 ……は?


 大聖堂が一瞬でシベリア並みに静まり返る。誰ひとりとして口を開かない。


 あんなおバカな言動でも、彼はドラゴンを単騎で倒す規格外の力を持つ『流れ人』だ。下手なことを言って刺激するわけにはいかない。


 ……これもしかして、私が解決しないといけないの?


「えっと、私、監禁されていないけど?」

「えっ」


「リュシアンに倒れているところを助けてもらい、衣食住も用意してもらって……えっと、それでリュシアンと仲良くなりまして、この度、結婚することとなりました」


 あまりにも冷静な私のトーンに、レンくんは「えっ、助けを求める美少女じゃないの……?」と、出鼻をくじかれてポカンとしている。

 すると、隣にいたリュシアンがニヤリと意地悪く笑い、私の腰をグッと引き寄せた。


「聞いたか、レン殿。私とナギは深く愛し合っているのだ。なぁ、私の可愛い眠り姫?」


(うわ! 完全にレンくんのこと挑発しにきた!)


 私は一瞬でビジネスモードに脳を切り替え、リュシアンの胸にコテッと頭を預けた。


「ええ、そうよリュシアン(ハート)。毎日私のお菓子を美味しい美味しいって食べてくれる、私の素敵な太陽なんだから。他の男なんて、目に入らないわ」

「……っ(お前、乗っかるのが妙に上手いな)」

「……っ(あなたに合わせてあげたのよ!)」


 こっそりとアイコンタクトを交わしながら、これでもかとわざとらしいラブラブっぷりを見せつける。

 それを見たレンくんは、ガーン! と目に見えてショックを受け、その場に膝をついた。


「いいな……王子はそんなにイチャイチャできて……。俺なんて、エレインと結婚したのに笑ってもくれない……。俺、あいつのために命がけでドラゴン狩ったのに……」


 ボロボロと大粒の涙を流し、大聖堂の床に指で『の』の字を書き始めるレンくん。

 そんな哀れなドラゴン殺しを見下ろし、リュシアンはふっと鼻で笑った。


「ドラゴン殺しのレン殿、あなたは何も分かっていないな。そもそも貴族の婚姻とは、家や領地、血統のための政治的契約に過ぎん。そこに最初から愛を求めること自体が間違いなのだ」

「……え?」


 涙目で固まるレンくんを置き去りにしたまま、リュシアンは大聖堂のステンドグラスを仰ぎ見ながら、朗々と語り出す。


「婚姻のベッドにあるのは義務と子作りの作業だけだ。だからこそ、この世界における真実の愛とは、いつだって婚姻の外――つまり、すべてを失う恐怖に震えながらも惹かれ合う、命がけの不倫の間にしか生まれぬものなのだよ。レン殿の英雄譚は、我が国の美しき姫達の耳にも入ってきている。よろしければ紹介するが?」


(……ちょっと待て。今この王子、大聖堂の神聖な場でとんでもないこと言わなかった!?)


 私は引きつった笑顔のまま、リュシアンの脇腹をエルボー気味に小突いた。


「ねぇリュシアン、何サラッと不倫を美化して、不倫相手を勧めてんの? 神官様が真後ろでめちゃくちゃ頭抱えてるんだけど? もしかしてリュシアン、不倫してるんじゃないでしょうね!?」

「……何を怒っている、我が愛しの眠り姫」


 小突かれたリュシアンは、痛がる風でもなくクスクスと低く笑った。

 そして、私の腰を抱く手にさらにグッと力を込め、耳元に顔を近づけてくる。


「私とお前は違う。そうだろう?」

「ひゃいっ!?」


 耳にかかる熱い吐息に、思わず変な声が出た。


「私とお前の婚姻は、我が国始まって以来の真実の愛によるものだ。不倫などという不埒な真似、私がすると思うか? 私の身も、心も、財産も、すべてお前だけのものだ。……愛しているよ、ナギ」


(な、何この王子! 演技の範疇を超えて本気ガチの目をしてるんですけどー!?)


「し、信じていいのね、リュシアン」


 心臓がバックンバックンと暴れ出す。顔から湯気が出そうなほど熱い。

 演技だと割り切って乗っかったはずなのに、これじゃはたから見たらただのバカップルだ。さすがは魑魅魍魎が跋扈する政治の世界を生き抜いてきた王子、演技力が違う。


 それを見たレンくんは、もはや『の』の字を書く手すら震わせ、ガチの絶望の表情を浮かべた。


「う、うわあああああん!! 不倫が純愛ってドス黒い闇を突きつけられた後に、目の前で砂糖を吐きそうなガチ純愛見せつけられるとか、俺のライフはもうゼロだよ!! エレインのやつ、監禁されてるから助け出して来いって大嘘じゃねえか! ただのリア充爆発しろ案件じゃねえか! 異世界チートで簡単に美少女ハーレムができるんじゃねえのかよ! ちくしょうめぇぇぇーーー!!」


 床にゴツゴツと頭を打ち付けて、今度は滝のような涙を流し始めるレンくん。

 どうやら、裏で糸を引いているリュシアンの元婚約者とは、まったく良好な関係を築けていないらしい。

 なんでそんな子と結婚しちゃったのかなあ……可哀想に。


「リュシアン、もしかして元婚約者とられた意趣返し?」

「ナギ、私がそのような心の狭い人間に見えるのか。心外だな。…………それより、ナギ。あれ、どうするのだ?」

「はあ……、このまま放っておくわけにはいかないし……。なんとかしましょう」


 私はため息をつきつつ、嘆き悲しむレンくんの肩をぽんぽんと叩いた。


「ねぇ、レンくん。お腹空いてない? ちょっと厨房行こっか」




 ◆◆◆◆◆




 というわけで、なぜか乱入者を引き連れて私専用の厨房へと移動した。

 エレノアさんに外の見張りを頼み、私はコソコソとお買い物スキルを発動。

 銅貨で、卵、米、醤油、味噌、出汁の素を購入する。


 『銅貨でお菓子作りに関係するものを買えるスキル』でなぜ、お米や醤油が買えるのか不思議に思った諸君。答えは簡単。お米や醤油などを使ったお菓子があるのだ。


 お米はライスプディング、醤油はみたらし団子のタレ、味噌は隠し味、出汁はジュレなど。


 まあ、お米は珍しいけれどヴァルディシア王国にもあった。

 ただし品種改良されたジャポニカ米ではないので、そのまま炊いて食べるならやはり日本産に限る!


「米! それに醤油に味噌に出汁の素!? 一体どうやって手に入れたんだ!?」


「私のスキルよ。皆には内緒ね」


 私はお米を研いで水に浸ししておく。

 キャベツをざく切りにして塩で揉みこみながら、レンくんに尋ねた。


「レンくんは卵焼き、甘いのとしょっぱいのどっちが好き?」

「しょっぱいのでお願いします。甘いのはもう、こりごりです」


 火にかけた鍋からカチャカチャと蓋が鳴り、ご飯が炊く甘い湯気が立ち上り始める。


 その横で、私はボウルに卵を割り入れ、醤油と、ほんの少しの砂糖を加えてかき混ぜる。

 熱したフライパンに油をひき、卵液を流し込むと、ジュワァァッという食欲をそそる音とともに、醤油の焦げる香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がった。

 手早く巻いては卵液を足し、黄金色の綺麗な卵焼きを完成させる。


 炊き立てでつやつやと輝く白いご飯を器にふんわりと盛り、切り分けた卵焼き、塩揉みキャベツ、玉ねぎのお味噌汁を添えてお盆に乗せた。


「うわあああ! ご飯だ! いただきます!」


 レンくんは両手を合わせて深くお辞儀をした後、熱々のご飯を口いっぱいに頬張った。

 そして、卵焼きをひとかじり。


「あ……っ、これ……母ちゃんの味だ……しょっぱくて、でも少し甘くて……」


 咀嚼するレンくんの目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。


「う、うまい……。こっちの飯、肉ばっかりで胃がもたれてたんだよぉ……。エレインは俺の話全然聞いてくれないし……っ」


 ホームシックと家庭内のストレスが爆発したのか、レンくんはしゃくりあげながらも箸を止めることなく、あっという間に一杯目を平らげた。


「おかわり! おねがいします!」

「はいはい。卵焼きもおかわりいる?」

「それもいいんですが、もしできたら……生卵を……」

「はいはい、わかってるよ」


 私は二杯目のご飯をよそい、生卵と醤油を差し出す。

 レンくんは目を輝かせ、卵を割ってご飯に乗せ、醤油をひと回し。

 箸で豪快にかき混ぜ、ズズズッ! と音を立ててかきこみ始めた。


「……っ!?」

「…………」


 それを見ていたリュシアンとエレノアさんが、ドン引きで後ずさった。

 この世界にも卵を食べる文化はあるが、生で食べる習慣は絶対にない。というか、普通は食中毒を恐れて絶対にやらないのだ。

 『生の卵を、しかもドロドロにかき混ぜてすするなんて……野蛮すぎる……!』という声なき声が、二人の顔にデカデカと書いてある。何も言わないのは、一応彼がドラゴン殺しの英雄だからだろう。


「ごちそうさまでした!」

「はい、お粗末さまでした。エレインさんには上手いこと言っといてね」

「はい! 王子、なんか勘違いして殴り込みにきて本当にすいませんでした! エレインには『ナギさんが強すぎて手が出せなかった』って適当に言っときます!!」


 久しぶりの和食にレンくんはすっかりご機嫌になって、「じゃ、お幸せに〜!」と大きく手を振りながら帰っていった。


「……はあ。なんとか解決、かな?」

「あの様子だと、何かに理由をつけて飯をたかりに来そうだな」


 あきれ顔のリュシアンが、どっと疲れたように椅子に腰を下ろした。


「ワケありで売れ残りの姫に手を出してくれるとありがたいんだが……」

「リュシアン!?」

お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします。


7:00と12:00に公開予定。。

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