010 メレンゲ
「………………」
お手伝いの侍女さん達が氷砂糖に色を付けている横で、私はバルザード伯爵に作って頂いたハンドミキサーを前に葛藤していた。
出来上がってきたハンドミキサーは、例のマッサージ機を魔改造したものだった。
わかっている。プリンで破産した流れ人が余計なことを言っていなければ、この世界の人達にとってこれは、ただのマッサージ機を改造したハンドミキサー。
使っていても何も問題は無い。
でも、正直これを人前で使うのには、激しい抵抗がある。
「しかし、これを使わないと……」
洋菓子店で人力でメレンゲづくりをした記憶が蘇る。
「うっ……」
私は意を決してハンドミキサーを手に取り、スイッチを入れる。
――ヴィィィィィィィィィンッ!!!
お菓子作りには似合わない、やたらと力強い重低音が厨房に響き渡った。
「す、すごい振動……! 手が、手が震える……!」
あまりの激しさに、思わず声が漏れる。横で氷砂糖に色を付けていた侍女さんたちが、聞き慣れない異音と私の様子に目を丸くしてこちらを見つめていた。
人前でこの形のものを使う抵抗感で顔が熱くなるのを必死に隠しながら、私はボウルの中の卵白にミキサーの先端を突っ込んだ。
――ガガガガガガガガッ!
「でも、流石はバルザード伯爵……パワーは一級品だわ!」
パティシエの血が騒ぐ。メレンゲを大成功させるコツは、卵白をキンキンに冷やしておくこと。
そして、お砂糖を最初から入れずに、まずは卵白だけで軽く泡立ててから、三回に分けて砂糖を投入していくことだ。
こうすることで、キメが細かく、ツヤのある、しっかりとした角が立つメレンゲに仕上がる。
手動なら腕がもげるほどの重労働。だが、この魔改造ミキサーがあれば、ほんの数分だ。
「よし、ツヤツヤで、ボウルをひっくり返しても落ちない最強のメレンゲが完成!」
「まあ……! 魔法も使わずに、透明な卵の白身が、こんなに真っ白でふわふわな雪のようになるなんて……!」
侍女さんたちが感嘆の声を上げる。私は完成したメレンゲを絞り袋に詰め、天板に手早く丸く絞り出すと、予熱しておいた魔導オーブンへと滑り込ませた。
◆◆◆◆◆
「とりあえず、メレンゲ菓子を焼いてみたんだけど、どうかな?」
ハンドミキサーの試運転を兼ねて作った焼きメレンゲを、リュシアンに試食してもらうことにした。
「どれどれ……」
リュシアンが真っ白な焼きメレンゲを、その綺麗な指先でつまんで口へと運ぶ。
サクッ。
小さく、心地よい硬質な音が響いた。だが、次の瞬間、リュシアンの青い瞳が驚きに小さく見開かれる。
「……なんだこれは。確かにサクサクとした歯ごたえがあったはずなのに、次の瞬間には、まるで春の淡雪のようにシュワリと消え去ったぞ。……口の中に、濃厚な甘みと高貴な香りだけを残して、形がなくなってしまった」
「ふふん、それがメレンゲ菓子の魔法だよ。お砂糖マシマシにしたから、お疲れの脳にも効くでしょ?」
「うむ。これは形のある甘い空気を食べているかのようだ。いくらでも食べられてしまうな……危険な菓子だ」
そう言いながら、リュシアンは早くも二個目へと手を伸ばしている。完全に気に入ったようだ。
「……ところでリュシアン、マッサージ機のことなんだけど、プリンの流れ人から何か聞いてる?」
「何かとは、なんだ?」
リュシアンが私の顔を見つめる。その表情には、何の裏も無いように見える。
「別に何も聞いていないんならそれでいいの」
「そうか……お前も菓子作りで肩がこるだろう。バルザード伯爵に専用のマッサージ機を頼んでおこう」
「……あ、ありがとね」
本当に知らないっぽいな。一安心、一安心。
◆◆◆◆◆
厨房に戻ってきた私は、色付き氷砂糖やホワイトチョコのオランジェットが量産される隣で、パティシエの憧れ(?)自分の結婚式のウエディングケーキづくりに挑むのであった。
「王族や貴族が相手じゃなきゃ気楽なんだけどなー」
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