5.
■
「おや」
それから暫く歩き、日も傾き始めた頃。二人の前で壊れた馬車が道を塞いでいた。
格子のついた馬車だった。車輪は爆ぜ、破れた断面が焦げ付いている。火矢では焦げて表面だけだろう。魔法か。
やや離れた場所で背中を裂かれて息絶えた御者。繋がれていたはずの馬はいない。
少し歩を進める。血の臭いが濃くなり、護衛と思われる片腕の無い男が天を仰いでいた。息はない。
「罪人の仲間ですかね。街まで面倒がなければいいんですけど」
そう言って振り返ると、そこにはいつの間にか聖剣を手にしたベラルドがいた。
「もう終わっていることですよ? 目の前で起きたわけじゃないんですから」
呆れたようにナターシャが言う。しかし、ベラルドは何も言わず歩き出した。嘆息し、ナターシャは付き従う。
「せめて近いところならいいんですけど」
神々しく輝く刃が薄暗い獣道を照らした。実際、それは導きだった。
ベラルドがその輝きに従い、進む。どれだけ歩いたか。猟師が拠点として使っていたのだろうか、小屋がひとつ。馬が二頭、近くの木に繋がれていた。見張りは立てられていない。油断か、自信の現れか。
「ここなんですね」
ナターシャの声より先に、ベラルドが歩いた。それをナターシャが制す。
「寿命の無駄使いはしないでください」
言って、ナターシャが先に立った。ベラルドはその後ろをつく。
小屋に近づくと喧騒が聞こえた。下卑た男たちの笑い声。女の悲鳴。中で胸糞悪い光景が広がっていることを覚悟しつつ、ナターシャはその扉を蹴破った。
「誰だてめえ!」
最初に叫んだ男は聖女の指先から弾けた光で貫かれ、額に新しい穴を空けて倒れた。
無詠唱の奇跡。ナターシャが神より給いし御業のひとつだった。
そこでようやく、ナターシャは小屋の中を見渡した。
たった今起きた出来事に、呆気にとられている男が三人。半裸の少女を前後に組み敷いている男が二人。小屋の奥には首があり得ない方向にねじ曲がった女と、それを貫いている威のありそうな男が一人。その背後に立つ、節くれだった杖をこちらに向けた男が一人。
「炎よ、爆ぜろ!」
杖の男が呪文を唱えた。短縮詠唱。練られた業である。炎の塊が矢の如き速度で飛来した。だが、それよりも速く、ナターシャの前に光の壁が立ちはだかる。しかし、その光壁に炎塊が触れるよりもなお速く、閃光が走った。
「ああっ、もう! 私がやるんですってば!」
炎の塊を断ち切り、その奥にいた杖の男をも両断した輝きは勇者ベラルドによるものだった。炎の残滓が宙に霧散し、その内包する魔力とともに消えた。
「罪には、罰を」
上半身と下半身とが泣き別れした杖の男は、その内部から爆ぜる。飛び散った肉片は男たちと少女、分け隔てなく振り注ぐ。血と肉の雨を避けられたのは光の壁で遮ったナターシャと、血肉さえ避けて通るべラルドだけだった。
「ゆ、勇者……」
聖剣の輝きは、罪人たちにすらベラルドが勇者であることを知らしめる。
威のある男がじりと後ずさった。首の折れた女から引き抜かれた汚らわしい男そのものは、恐怖からかだいぶ縮こまって見える。
「罪には、罰を」
剣閃。不可思議なことに、威のある男は身体が切り裂かれはしなかった。そう思った次の瞬間には、男の首がその可動域を無視して一周し、血の泡を吹いて倒れる。
「ひ、ひいいっ!」
誰があげた悲鳴か。その元を絶つかのように剣が走る。少女を組み敷いていた一人の男の右腕が飛び、下半身が消えた。腸が先に零れ落ち、後を追うかのように上半身が床につく。もう一人の男は、少女の喉元に剣を宛てがおうとして、やはり下半身と喉を失った。
「罪には、罰を」
そして、ベラルドの手から聖剣が消える。神の報復装置である役目を終えた証しであった。
「まったく、聖剣を使い過ぎなんですよ」
残っていたはずの男たちは、ナターシャがすでに片付けていた。彼らは皆、等しく額に穴を空けている。
ナターシャは呆然と血肉にまみれた少女へと歩みだし、勇者が崩折れた音で振り返った。
「ベラルド!」
ナターシャが駆け寄る。すでに哀れな少女は眼中になかった。
顔は青白く、目は虚ろ。呼吸も浅い。
ナターシャは信じてもいない神に祈りを捧げ、ベラルドを掻き抱いた。
聖女の身体から溢れた柔らかな光が勇者を包む。ナターシャは慈愛に満ちた瞳を向け、赤子をあやすように囁いた。
「大丈夫、大丈夫ですから。あなたが落ち着ける場所に辿り着くまで、私があなたを死なせません」
それは聖女ではなく、ナターシャという一人の少女の誓いだった。
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