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砥石の聖女―その聖剣は命で輝く―  作者: 無屁吉


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6/6

6.

 ■


「良いですか、聖女ナターシャ。あなたの役目は勇者を癒し、神に仇なす者を誅するまで、その戦いを支えることです」


 三年程の昔――魔王討伐の旅に出る間際、大神官から伝えられたその言葉。その時はその通りに受け取ったが、戦いの場でベラルドが傷を負うことなど無かった。

 ならば自分が付き従う意味とは何なのか、そう疑問に思った頃、ベラルドが倒れた。

 魔物に受けた傷はもちろん無い。聖剣の力を振るった代償だった。


 ――されどその強さゆえに、勇者の命は儚く、短い。


 勇者伝説の一節が脳裏に浮かぶ。そして、我武者羅になりながらベラルドへ癒しの奇跡を施した。

 そして、気づく。


 ――この聖女の力は、砥石だ。


 ナターシャという聖女は、ベラルドという聖剣を研ぐ石であり、研ぎ師なのだ。その刃の輝きが鈍ったとき、ナターシャが丁寧にその鋭さを取り戻させる。


 ――こんなもの、呪いではないか。


 光神の正義を象徴する剣に、不遜にも思う。

 命を削り、悪を倒して正義を示す。

 それを成したあと誰が、ベラルドの行いに報いてくれるのか?


「光の神とは、斯様に残酷であらせられるのですか!?」


 癒しの力を行使しながら、ナターシャは叫ぶ。聖女を選んだはずの神は答えない。しかし、その奇跡も彼女から取り上げることは無かった。


 この日、ナターシャは神に疑問を抱き、信仰を辞めた。


 ■


 ベラルドの容態が安定してから少し経ち、ナターシャはようやく組み敷かれていた少女を思い出した。

 半裸の少女は、ガチガチと歯の根を合わせて、呆然としたままこちらを見ている。

 自分の額に流れる汗を袖で拭い、ナターシャは少女の眼前で手を振った。見えているはずなのに、見えていないようだった。

 嘆息する。


「まあ、生きてるなら流石に、ですね」


 周りを見やると、水瓶があった。並々と水が入ってはいるが、いつ汲んだものかはわからない。念の為浄化の奇跡を施し、それをばしゃりと少女の頭からかけた。


「きゃあ!」

「ああ、良かった。水をかけても反応してもらえなかったら、困ってしまうところでした」


 言いながら、ナターシャは少女の身を布で清めていく。


「あ、ありがとうござい、ます」


 少女の目がナターシャで焦点を結ぶ。それに対し外向きの微笑みで答えた。正気を取り戻さなければ助からなかったことにしようと考えていたことなど、おくびにも出さず。


 ■


 少女の身柄を送り届けた後、ナターシャとベラルドは再び街道を歩む。


「ありがとうってご家族さんからお礼を言われちゃいましたね」


 思い浮かべるのは、出迎えてくれた人々の如何ともしがたい目線。面倒事を持ってきてくれたと、暗に語っていた。


「まあ、私たちには関係のないことですが」


 ベラルドは答えない。ナターシャはわかりきっていたとばかりに前を向いた。


「……例えばですけど、あの娘を私が介錯してたら、ベラルドはどうしたんでしょうね」


 戯れに問うたことだった。返事など期待はしていない。しかし、


「……それが罪なら、罰を」


 ベラルドが、口を開いた。ナターシャは振り返り、その事実に驚きながら、言葉の意味を咀嚼する。


「そうですか、そうですね」


 言って、ナターシャは再び前を向いた。ベラルドは、それきり何も答えない。

 ナターシャは出会った頃のような――柔らかい微笑みを向けた。


「だから私は、あなたに安息の地を与えてあげたいのです」


 そう告げて、聖女は勇者の手を引く。


 ――砥石もすり減るということを、勇者には決して伝えずに。


 了


お読みいただきありがとうございます。

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