この国の軍は大丈夫かの?
ヨコヅナは朝の鍛錬で手合わせをしていた。
相手はハイネ…ではない。
ハイネは軍を率いて王都を離れている。
ヨコヅナが相手をしているのは名前も知らな…
「リーゼックです。お願いします」
今名前を知った男、この訓練場で訓練している兵士である。
リーゼックは訓練用の槍を携えている。
ヨコヅナはいつもどおり素手で褌一丁だ。
それでもリーゼックは手加減することなく、
「セイッ!!」
気合と共に槍を突き出す。
「遅いだな」
ヨコヅナはその一撃をかわし、槍が引かれる前に掴む。
そして自分の方へ引く。
「うおっ!?」
その力に前のめりに蹈鞴を踏むリーゼックの顔に張り手を喰らわせる。
一撃で倒れ伏すリーゼック。
「突くのも引くのも遅いだ、あと足腰をもっと鍛えた方が良いだよ」
「…は、はい」
何とか立ち上がったリーゼックはフラつきながらその場を退く。
「次来るだよ」
「ルルガです。お願いします」
ヨコヅナの前に出るルルガと名乗る男。
その後ろにはまだ、十数人の兵達がヨコヅナとの手合わせをするため並んでいた。
「どうしてこうなっただ」
ヨコヅナが何故兵達と手合わせしているかを簡単に説明すると下記のようになる。
ヨコヅナとメガロの決闘は多くの兵達が観戦していたため、当然ヨコヅナの事は噂になる。
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ハイネとの手合わせも度々目撃されていたため、ヘルシング家とヨコヅナの関係性も噂になる。
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噂を聞いて早朝の訓練場に兵達が来るようになった。
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兵達から理由と噂を聞いたハイネはこう言った。
「ヨコヅナと手合わせして、膝をつかせる事が出来た者には、私の名において昇格させることを約束しよう」
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元帥の娘であり自身も将軍であるハイネのこの言葉は効果覿面。
その結果が今のこの状況である。
「ハイネ様は実はオラの事が嫌いなんだべかな?」
そんなことは全くなく、ハイネとしては自分が居ない間、ヨコヅナの手合わせの相手を用意してあげたという親切心しかなかった。
しかしヨコヅナにハイネの親切心は届いていない、何故なら
「誰かに一度でも膝をつくとこがあれば、ヨコヅナは軍に入隊だからな」
と言っていたからだ。
ハイネの本音からすれば、軍に入隊させたいわけではなく、ヨコヅナが他の者に先に膝をつかされることが許せないだけだ。
「軍には入りたくないから、勝つしかないだな」
真意が知らないヨコヅナは、嫌々ながらも兵達の相手をするしかなかった。
ルルガは両手剣を上段で構え前に出る、だが剣を振り下ろすよりも先に、
「ぐへぁっ」
ヨコヅナのブチかましで吹き飛ばされるルルガ。
「動きが遅いのに大振りしようとしたら駄目だべ。あともっと足腰を鍛えたほうが良いだよ」
ヨコヅナは手合わせした一人一人に改善点を指摘していた。
これもハイネにそうする様言われたからだが、指摘はほぼ全部「動きが遅い」「足腰を鍛えた方が良い」の二つだ。
相手は一般兵、才能が突出している者もいない。
ハイネと比べれば皆動きが遅いし、ヨコヅナと比べれば足腰の鍛えが足りない。
ヨコヅナは武器を扱わないため、技術のアドバイスは出来ないから他に言えることがないのだ。
「次来るだよ」
「一般兵では相手にもなりませんか」
「弱いの。大丈夫かこの国」
少し離れた場所で手合わせを観ているラビスとカルレイン。
「鍛錬が早朝なのが幸いしましたね」
ヨコヅナが強いのは確かだが、素人相手に軍人が軒並み手も足も出ない状況は世間には見せられないものだ。
「ヨコヅナが強すぎるのだ。だからこそ私もここで訓練している」
そんな聞いてもないことを喋るのは、バカで名高いメガロ。
ヨコヅナの鍛錬を真似に来た以降も、メガロはほぼ毎日訓練場に来ていた。
メガロは手合わせに参加してないわけではなく、
「一般兵だけではありませんでしたね。相手にもなっていないのは」
一番最初に手合わせして秒で負けたのだ。
この手合わせには特別なルールが三つあった。
一つ目、ヨコヅナは素手だが、訓練用の武器であれば飛び道具以外使用可。
二つ目、足の裏以外が地面についた時点で負け。
三つ目、一度負けたらその日は再挑戦出来ない。
「他の者と違って私は武器を使っていない」
「言い訳している暇があるのでしたら、すり足でもしてたらどうですか」
「フンっ、言われなくてもそのつもりだ」
そう言ってすり足の鍛錬を行うメガロ。
「……つもりはあってもヨコが行うすり足と同じとは言えぬの」
メガロのすり足はヨコヅナのように重しを持っていない、それでも動きがぎこちなく遅い。
初日は途中でブッ倒れていた鍛錬、以降も全部真似ようとしたが、ヨコヅナがそれをやめさせた。型が出来ていないからだ。
スモウに限ったことではないが、鍛錬とは我武者羅にやれば良いと言うものではない。
型が出来ていない状態で無理をすれば怪我の元になる。
だからメガロにはもっとも基礎となる四股とすり足を重点的にする事を提案した。
それに対してメガロは思いのほかあっさりに承知したのだ。
「地味な鍛錬だけなんて嫌がるかと思ったのですが」
「根が素直なんだべ」
「わはは、バカじゃがの。ん?…手合わせはどうしたヨコ」
「終わったべ」
手合わせしていた場所を見ると倒れ伏す兵達。
始めてからまだものの数分。
メガロだけではない、20人以上の兵士全員が秒で倒されたのだ。
「まだ朝飯までは時間があるのじゃがの」
ルールには一応四つ目もあった。
カルレインが朝食の時間を告げた時点で手合わせ終了。
20人以上いてもハイネとの手合わせより速く終わってしまったのだ。
「ヨコヅナ様、タオルをどうぞ」
「ありがとうだべ」
「王都の兵は平和ボケが過ぎる様ですね」
いつものラビスの軽口だが、ヨコヅナの表情は厳しいものだ。
「……平和なのは良いことだよ、でもそれを守るためには力が必要だべ」
ヨコヅナは平穏にのんびり暮らすこと目標にしている、その為には力が必要なことを知っており、だから毎日鍛錬を欠かさない。
自分だけでなく国の平穏を守らなければいけない軍人がこれでは笑えない話であった。
「……ヨコヅナ様、時間もありますし物足りないようですから、私とも手合わせしませんか?」
「ラビスと?……オラは女性とは戦わないだよ」
「…ではハイネ様のことは女性と思っていないと。今度言っておきます」
「そんなことないだよ!」
「ククク、ヨコヅナ様でしたら、怪我させずに転かす事も出来るでしょ」
ヨコヅナの返事も聞かず、武器をとり構えるラビス。
ラビスが手にした武器は短めの片手剣、メイド服でありながらも、その構えは堂に入っている。
「……手加減が難しそうだべな」




