登場人物が増えると我の出番が少なくなるの
「以上が今日までの清髪剤とちゃんこ鍋屋の進捗状況になります」
ハイネの書斎でラビスは仕事の進捗状況を報告していた。
「一人とは珍しいがヨコヅナとカルはどうした?」
「お昼寝中です」
「ああ、今の時間はそうか」
いつもは三人でハイネに報告にくるのだが、昼寝を待っている時間も無駄なので今日はラビス一人で来ていた。
「仕事が順調とは言え、良いご身分です」
「許してやれ、あの体格を維持するには必要なことだ」
毎日厳しい鍛錬を行いながらもヨコヅナが太っているのは、太る努力をしているからだ。
食事の量が多いのもそうだが、昼寝してしっかり休むことで肉がつくようにしている。
「最近少し痩せたようにも見えるしな」
「もっと痩せて身だしなみに気をつければ、それなりに魅れる男性になると思うのですがね」
「痩せているヨコヅナか…」
人並みに痩せたヨコヅナを想像し、
「それはヨコヅナではない気がするな」
うまく想像出来ないぐらい合っていないと思うハイネ。
ちなみにカルレインは太るつもりなどないがたくさん食べて昼寝もしている、実際体型は少しも変わっていない。
「仕事に支障がなければ私はどちらでも構いませんがね」
「報告を聞く限り確かに順調のようだな」
話を報告された仕事の進捗についてに戻す。
「建国祭前とは段違いな進み具合だ」
「そうでなければ、私が補佐している意味がありません…と言いたいところですが。商品案は決まっていて、資金も人材も用意してもらえる。あとは手順通りにことを進めるだけですので、難しいことなどありません」
「ヨコヅナには聞かせられない言葉だな」
「そもそも田舎で農民だった少年に責任者を任せること自体が間違っているのですよ」
コヒィーリアは時々効率よりも面白さを優先する事がある。
周りからすれば迷惑以外のなんでもないのだが、問題が起ってもカバー出来る範囲を見極めてるだけに強く言えない。
「カル様が有能ですので誤魔化せていましたが、ちゃんこ鍋屋の件がなくても遠くないうちに補佐は派遣されていたと思います」
「その前に私が補佐を用意したさ、建国祭の準備が忙しくて後回しになってしまったがな」
以前ラビスをクビにしても補佐を用意すると言っていたのは既に宛があっての話だ。
「それは…私がやるべき事を終えてコヒィーリア王女の元へ帰った後にでも雇ってあげてください」
「そうだな…」
もうハイネもラビスが仕事では有能なのを認めており、途中でクビにすることを勧めるつもりはなかった。
「今日は随分とまともだなラビス」
「私はいつもまともですが」
「私に喧嘩を売る貴様の、どこがまともなのだ」
「…喧嘩を売っているつもりはありませんがね、今は止める人も居ませんし」
他人から見れば喧嘩を売っているとしか思えない発言が多いのだが、本気でハイネと喧嘩するほどラビスも恐れ知らずではない。
「…まぁいい。コヒィーからの依頼が順調なら私も安心して自分の仕事に専念できる。しばらく王都を離れなくてはいけなくてな」
「それは屋敷を留守にするということですか?」
「ああ、軍を率いて各地を行軍することになった」
ハイネが軍を動かすと聞いて、思考を巡らすラビス。
「……他国に不穏な動きが?」
「そうさせないための行軍だ」
「……ヘルシング元帥が復帰することを知らせつつ、ワンタジア王国に隙がないのをしめす示威行為ですか」
「察しがいいな。正直今の状況で王都を長く離れたくはないのだが、父上が病気に伏せている時は周りに色々と迷惑をかけている、断るわけにはいかない」
もちろん許可を取ってではあるのだが、ヒョードルの治療を出来る者を探して、ニーコ村に住むヨコヅナに会いに行けたのも、全ての仕事を他の者が肩代わりしてくれたからだ。
「ハイネ様が適任なのは確かですしね」
「……ヘルシング元帥の娘である私が、適任なのは確かなのだが」
「どうかされましたか?」
先ほど安心出来ると言った時とは違い、何かを危惧している表情のハイネ。
「ラビス、一つ頼まれてくれないか?」
「おや、私に頼み事とは珍しい」
珍しいのは「私はハイネ様の補佐ではありませんから」と断られるのが目に見えているからだ。
「頼みという形が嫌であれば、仕事として依頼する」
「…それほど懸念することがあるのですか?」
揶揄に対しても真面目に返すハイネを見て、ラビスも貼り付けた笑顔を消す。
「ヘルシング家がヨコヅナに何かしらの提案、もしくは接触をしようする可能性がある」
「……すでにちゃんこ鍋屋について口出しして来てますが」
ヒョードルから爺やを通して「ちゃんこ鍋にはこの酒が合うから店置いてはどうか」とか「他の種類のちゃんこ鍋もメニューに入れてはどうか」とか「ヘルシング家から料理人を送るからヨコヅナ君の弟子にしてやってほしい」などの提案が届いていた。
「投資もして下さっているので、提案は構わないのですが、店のためというよりも自分の要望としか思えません」
「…すまないな。父上には私から強く言っておく」
「参考にできる意見もありましたので構いませんよ。弟子に関しては即却下しましたが」
「私が言いたかったのは、ちゃんこ鍋屋のとは別なのだ」
ハイネは今までの経緯をラビスに話す。
ヨコヅナを屋敷に住まわしていることをヘルシング家の多くが反対していること。
無理に追い出そうとする者もいたこと。
父上は無理やり追い出すような真似こそしないが、出て行ってもらう理由を作ろうとしていること。
以前ヨコヅナにお見合いをさせようとしたことがあったこと。
などなど。
「……ヨコヅナ様個人がどうと言うよりも、ハイネ様が平民と男と一緒に住んでいることで、風評がたつことが許せないと言ったところですか」
「今住んでいるのはコヒィーの紹介だから仕方なく、というふうに建国祭で情報操作していたからな」
「命の恩人よりも娘の外聞の方が大切なようですね」
「全くくだらない話だ」
正直建国祭で本当のことを言いたかったハイネだが、ミューズに涙目で説得されしぶしぶ話を合わせてたのだ。
「私が留守にしている間にヨコヅナと接触し屋敷を出るための理由を作ろうとする可能性が高い、ラビスにはそれらを阻止、ないしは私が帰るまで保留にするよう勤めて欲しい」
「……ヨコヅナ様は世間知らずですからね」
「ああ、ヨコヅナにも気をつけるように言うが、口で丸め込まれて気づかない内に後戻り出来ない状況に追い込まれてたら困る」
「困る、ですか…何故屋敷にヨコヅナ様を住まわせる事に拘るので?」
ヨコヅナがハイネの屋敷に住むようになった経緯は軽く聞いているが、だからと言ってここに住み続けることに利点は多く無いように思うラビス。
「拘ると言うほどではない。ただ本人の意思にそぐわない方法が気に入らないだけだ」
「……おや、ハイネ様も本人の意思を無視して、軍に入隊させようとしているのでは」
「フッ、今はもう本気で入隊させようとは考えていないさ」
「そうなのですか?」
始めこそハイネも本気で軍に入隊させようとしていたことは確かだ。
「勿体無いとは思うがな。父親に憧れて幼い頃から鍛錬を積んでいたとは言え、農民でありながらあの実力だぞ。それに年齢的に見てもまだまだ伸びしろがある」
もし軍人になって全力を注げば将軍にさえ届け得る才能を持っている。
しかし、
「本人にその気がないのであれば、無理強いしても仕方ない」
「才能があっても、性格的に向いていませんからね」
ラビスは温和な性格をしているヨコヅナは軍人に向いてないと思っていた。
「…普段の様子からすればそうなのだが」
しかし何度も手合わせしているハイネは気づいている、ヨコヅナはやる時は殺れる男だと。
「いずれにせよ本人が本気で嫌がるなら入隊などさせないさ。だがヨコヅナには言うなよ、あれぐらい言っておかないとヨコヅナは本気を出さないからな」
もちろん手合わせでヨコヅナは本気を出している、しかしそれはハイネを本気で捕まえようとしているであって、倒そうとしているわけではない。
「信じられるか?この『閃光のハイネ』を相手に一度たりとも傷をつけるような攻撃をしたことがないのだぞ。全くふざけた男だ」
口では悪態を付きつつも、ハイネの顔には楽しそうな笑顔を浮かべている。
「訓練用の剣だがあそこまでされて攻撃してこないとは…信念をもっての言葉だったようだな」
『女性とは戦わない』 女を軽視している男がよく言う言葉だが、ヨコヅナはそんな男共とは違う。
ハイネが今まで会ったことのない男性。
「屋敷に住む事に拘る理由をあえて言うのであれば、もっとヨコヅナの事を知りたいから、と言ったところか」
「そんな言葉を言っていては、ヘルシング家がヨコヅナ様を追い出そうとするのも無理はありませんよ」
「フフッ、そうかもな」
ラビスからすればヨコヅナがハイネの屋敷に住めなくなろうと、仕事に支障がなければ問題ないと考える、だがヘルシング家の思惑通りになるのは面白くない。逆にその思惑を潰すという役割は面白い仕事だ。
「クククッ、分かりましたその仕事お請けします」
「助かる、仕事に関して真面目なようだからな」
「私はいつでも真面目ですよ」
「そうだったな。フフッ」
はじめこそ喧嘩になりそうなほど険悪な二人だったが、有能なことを認め合えれば仲良くなることはそう難しいことではなかった。
しかしハイネが行軍から帰ってきた時、二人の関係は再度こじれることになる。




