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月の柵(ませ)  作者: 伊月檸檬
今を限り
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3/9

弥生


「じゃあ、また連絡するから。引っ越し前の、大丈夫な日を教えてね」

「うん、じゃあまた!」


 友人がその母と手を振り、バスを降りていった。窓越しに手を振り合ううちに発車し、姿は遠ざかっていってしまった。


「最後に遊ぶなら、早めに準備終らせないとだね」

「そうだね。でも、持っていくものは、大体まとめてあるよ」

「偉いねぇ、あんたは。こんなに良い娘がいて、私は鼻が高いよ」


 にこりと微笑む養母に、照れくささと暖かさが、身体中に広がった。



 初めて、親子に血の繋がりがないことを知ったのは、九歳の時。


 それ以前から、自分は父母と似ていないことに、幼いながらも違和感はあったのだが、村の縁者──商店のお婆さんの娘さんが、帰省した際にふと、彼女の口から、真実を聞かされたことがきっかけだった。


 彼女に悪気はなかったのだろう。が、「交番の前に捨てられていた赤ちゃん」という言葉。特に「捨てられていた」という単語が、自分の中でひどく冷たく響いた。

 


 実母は、自ら命を絶ったらしい。


 私が養父に保護された数日後、少し離れた山中で不審な車が見つかり、女性の遺体が発見された。

 車は五ヶ月ほど、乗り逃げされていたレンタカーであり、借り主である女性の隣に、燃え尽きた練炭があったという。

 遺体の女性は、出産してから間もなかったことから、降って湧いて出た赤ん坊との関係を調べると、親子であることが発覚したらしい。


 産んだばかりの私を、道連れにするつもりだった、しかし――心変わりして、交番に預けた。それが、見解だという。

 胸の奥に、細い針が一本、静かに刺さった。痛みというより、そこにある、という感触だったのを、よく覚えている。


 黙っていたことを、必死に謝る養父母の前では、受け入れた聞き分けの良い子どもを、必死に演じた。そうでなければ、二人に迷惑をかけるかもしれない。見放されるかもしれないと思ったから。

 しかし、すぐに耐えられなくなり、隙を狙って家出をした。


 別に、隠されていたことに、怒りはなかった。けれど、会いたくなかった。養父母にも、兄のように慕っていた霧生にさえも。


 ただ一人になりたくて、というよりも。自分は一人なのだと哀しくなり、山の奥へと逃げ込んだ――


――が、家出は早くに終了した。


 小学生の足で歩ける距離など、たかが知れていたのかもしれない。けれど、もう二度と家に帰れないことを、覚悟するほど遠くへ来たと思っていたのに。目の前に霧生が現れ、幼いながらも呆気にとられたことを、覚えている。

 安心したような。それでいて構わないでほしいような。


「来ないで! 私、帰らないからねっ!」


 あんなに大好きで仕方ない霧生を、拒絶してしまったことに驚きながらも、後に退けず。目の前の美丈夫に、威嚇するように叫んだ。何かの映画か何かの、見覚えのあるシーンの如く、大きな木の根を背に必死に叫んだ。

 しかし、霧生の反応は、斜め上をいくものだった。


「ちっ……すんでのところで、ようやく追いついたというのに。ぴいぴいと喚きやがって」


 舌打ちをした挙句に、意味の通らないことを、小声で吐き捨てたのだ。


 優しい、とは言いがたい性格の彼なので、慰めてくれるとは思っていなかった。あるとすれば、強引に連れ帰られるか、怒られるかだと思っていたのに。

 返ってきたのは、まさかの舌打ちだった。


 珍しく、お気に入りの霧生の金色の目を拝めているのに、それを気にする余裕がなかった。


「舌打ちしなくたっていいじゃん! 今の今で!」


 それがトリガーになり、ぷつりと限界に達し、大声で叫び、泣き喚いた。


 涙で滲んだ視界の中に、珍しくぎょっとした様子の霧生がいたが、それどころじゃなかったので構わず泣き続けた。


 霧生が舌打ちするのは別に、珍しくないものだった。そのはずが、面倒事に当たったようなその態度が、感傷に浸っている子どもには、追い打ちを与えるものだったのだろうと、今では思う。


「たくっ……目を擦るな! これで拭け」


 布ずれの音ともに、視界が一気に暗くなった。頭に被せられた物を煩わしく思い、取ると、それは霧生の羽織だった。白シャツになった霧生は大きく息をつきながら、投げやりな態度で隣に腰を下ろし、煙管を口に咥えた。


 涙が出たことで、落ち着いたのか。はたまた泣き疲れただけなのか。羽織に顔を埋めているうちに、隣で煙を吹かすだけの霧生に、思いを吐き出したくなっていた。


「本当のお母さんは、私を好きになれなかったのかな……」


 霧生の吐く息だけが、響いていた。


「私、要らない子だったんだろうね、きっと……」

「……さあな」

「……本当のお母さんも、要らないと思っていたかもしれないのに。お父さんとお母さんは、私のこと本当に、好きでいてくれているのかなあ」


 収まっていた涙が、またじわりとこみ上げてくるのを感じると、羽織をぎゅっと抱きしめた。


「私のこと、邪魔じゃないかなあ……」


 霧生はただ隣にいるだけで、慰めの言葉は一切かけてくれなかった。


 期待していたわけではない、と言えば嘘かもしれないが。もう少し、目に見える優しさが欲しいと思った。

 けれど、それが霧生だから、と腑に落ちているところもあった。いつもとあまりにも変わらない様子に、取り乱している自分がおかしいのか、と疑うほどに。


「ねえ、きりちゃん」


 霧生のことを盗み見るように覗くと、彼はそっと、こちらに視線を向けてきた。


「きりちゃんは知っていたの? 私が……二人の子じゃないって」

「ああ……」

「……そっか」


 霧生は煙を吐くだけで、何も言わない。それがいつもと同じで、だからこそ少しだけ、腹が立った。こんなに大きなことなのに、と。


 しかし同時に、分かっていて、ずっと同じだったということでもある。それは確かに、天変地異のような衝撃的な事だったが、霧生にとっては大したことではないのだ。その事実を知っていて、今まで接してくれていたのだと。


 なんだか、あれほど大きく立ちふさがっていたモノが、みるみるうちに小さく縮み、手のひらに収まるくらいのモノに、変わっていくような気がした。確かに重たい。けれど、それを抱えてこの先、歩いていけるような気がし始めていた。

 

「そろそろ帰るぞ」


 頃合いを見計らっていたのか。霧生がかけた言葉に、すんなりと頷いてしまった。

「きりちゃん……抱っこして」

「……は?」


 霧生は、また舌打ちでもしそうな顔をした。帰る気にはなったが、泣きすぎたせいなのか、頭がぼうっとして、歩く気力が湧かなかったから、ついて出た。


「じゃあ、おんぶして」


 霧生の鋭い目に見下される。

 この空気に耐えられる気がしなくなったので、冗談と弁明しようとした矢先、霧生が目の前にしゃがみ、背中を向けた。 


「いいの……?」

「頼んだのはお前じゃないのか?」


 背中が遠ざかりそうになったので、慌てて止めた。羽織を着込み、その背中にしがみついた。


 霧生の歩くリズムに揺られ、家路についたところで、全て終結した。


 ただ、いなくなっている間に村は大騒ぎになったらしい。

 帰りの道のりからすれば、それほど山の奥に行っていたわけでもないはずなのに。私の行方は、三日も分からなかったのだとか。山狩りの勢いで捜索しても、見つからなかったのだとか。


 それから、お婆さんには、額が削れてなくなってしまうほど、土下座をされた。噂では、自身の娘だというのに、鬼の形相で殴りかかろうとするお婆さんを、周りの大人が必死に阻止する騒動があったことが囁かれていた。


 何はともあれ、その出来事はしっかりと、私の人生の黒歴史として刻まれたのだ。



「お母さん……」

「なあに?」


 改めて、胸の内にじんわりと熱が広がった。


「ありがとう。大学まで行かせてくれて。頑張るからね、私」

「あらやだ。泣かせようとしないで。せっかくお化粧頑張ったのに崩れちゃうわ」


 養母は鼻を軽くすすると、鞄から何かを取り出し始めた。


「じゃあ……まずは、卒業祝いとして、これをあげましょう。じゃーん」


 養母が取り出した雑誌の表紙に、飛び跳ねたい衝動を、両手をぐっと握りしめることで、何とか分散させる。


「『鏡花水月』だ!」

「今朝、珠依が出発した後に、霧生先生がいらしてね。渡してやってくれって」

「霧生せんせが……? 珍しい。今、読んで良い?」

「すぐ読みたいだろうと思って、持ってきたの。読んでどうぞ」

「ありがとう! じゃあ、早速読んじゃうよ」


 養母は目を細めて微笑み、頷いた。



 *



「珠依?」


 養母の心配する声が聞こえたが、私は『月の路』の最後の頁を、食い入るように見つめることしか出来なかった。


「とりあえず、もう降りるから、鞄にしまって」


 促されるままに、鞄の中へ『鏡花水月』をしまったが、話の内容がぐるぐると頭の中を巡り続ける。 


「ほら、着いたよ。降りよう、珠依」


 養母の声に急かされ、バスを降りたが、頭の中を、ぐるぐると掻き回されるような感覚に襲われていた。


「お母さん……」

「なあに?」

「ごめん、ちょっと。行かなきゃ」

「ちょ、ちょっと。珠依!」


 制止する声を無視し、竹林を目指して走った。


 



──依良は、約束の時に向かったが、焔晴の姿はどこにもなかった。ただ、見覚えのある勾玉が一つ、木の枝に掛けられていた。


――依良はしばらく、その場に立ち尽くした。風が吹き、枝が揺れる。勾玉が、光を受けてわずかに揺れた。呼べば来るだろうか。探せば近くにいるだろうか。




  頭の中で、何度も何度も『月の路』の文章を巡らす。




──依良はいつものように、焔晴の名を呼ぼうとしたが、なぜか口は、開かなかった。勾玉の輝きに、妨げられたような気がしたが、依良自身にもよく分からなかった。


――ただ、その輝きに導かれるようにして勾玉を手に取ると、胸の奥に詰まっていた何かが、音もなく解けていくのを感じた。頭の中に立ち込めていた霧が、晴れ渡っていく。


――知らぬ内に己の手の中にある勾玉に視線を移すと、物珍しげに日光にかざす。


――心が確かに晴れていくのに、何が晴れたのか。依良には分からなかった。ただ、勾玉は美しかった。それだけが、依良の中に残った。




 竹林に入ると、冷ややかな風が押し戻そうとするかのように、向かい風となってやってくる。




──焔晴は、勾玉の美しさに目を輝かせる依良を、遠くから眺めていた。(うつつ)に生きる依良は、常世のモノを忘れ、真の意味で未来を拓いた。




 昨日の、霧生らしくない言動が、なぜか焔晴の行動と、似たものを感じて仕方がない。まるで、焔晴の動きを霧生が辿ろうとしているように感じた。


 竹林の道の先に、いつもの霧生の家が見えた。脚を速めるが、湿った土で滑りそうになる。




──現の者にとって、常世のモノとの縁は、足枷となる。


――焔晴は、依良への最後の贈り物を受け取ったことを見届けた。




 霧生がゴミだと言い張っていたものを、贈り物と結びつけることが出来るのか。そう思いつつも、どうしてもその考えを、切り離すことが出来ない。

 ようやく平屋の前までたどり着く。喉に、冷たさが貼りついているような感触が、離れてくれない。狭くなった気道を無理やり、唾で飲み込んで広げ、引き戸を震える手で開いた。


「霧生、せんせ?」


 しんと静まり返った小さな平屋に、自分の声が虚しく響いた。

 黒塗りの下駄も、黒革靴もない。


 ローファーを脱ぎ捨て、障子戸を開いたが、ただでさえ物の少ない家から、物が更に消えており、正真正銘の空き家となっていた。


 いつもの黒い羽織の後ろ姿が、どこにもない。

 ストーブも、煙草盆も、座椅子も。執筆台の上の原稿用紙も、万年筆も。あの人がここにいた証が、全部、消えていた。


 呼吸の仕方を、忘れたような気がする。目の前の現実を、頭が拒もうと、必死に働くけれど、やっぱり無意味なものでしかなかった。


(猫と一緒だ……)


 以前、友人に聞いた。いつも素っ気ない態度しかとらない飼い猫が、突然甘え、一緒に眠ったら次の日には、冷たくなっていたのだと。


 昨日の霧生は変だった。でも、気のせいにしてしまった。

 いや、一昨日も、少しおかしかった。どうして直感に、素直に従わなかったのだろう。

 頬を撫でてくれた手の感触だけが、まだそこにあるような気がした。


 中央の木製テーブルの上には、古ぼけた大学ノートの山が、静かに鎮座している。


「ゴミって、これのこと? 霧生せんせ……」


 誰もなにも、返事をくれなかったが、ノートの存在が「そうだ」と主張してくる。


 一番上に置かれていたノートを、手に取る。

 表紙には何も書かれていない。最初の頁を捲ると、霧生のすらりとした文字が、飛び込んできた。




――平成十四年三月一日の折。


 それは、自分が生まれた日とされた日。保護された日だ。

 その筆跡をゆっくりなぞる。書かれてから、かなりの年数は経っているようだった。






――赤ん坊を拾った。






 どくりとなった心臓の音が、頭から爪先まで震えさせた。

 なぜよりにもよってその日に、そんな記述があるのか。

 霧生は物心つく前から側にいた。しかし、ここに住むようになったのは、私が保護されてからのことだったはずだ。



――自動車という、人間が最近になって作った鉄の塊の中で、女の童(めのわらわ)が泣いていた。母親らしき人間もいたが眠ったまま動かず、隣で炭が燃えていた。



「え……なんで?」


 日にちも状況も、この女の童と呼ばれているのは、私自身としか考えられない。

 しかし、どうして霧生響が――近くに住む作家が、この事実をまるで見たかのように書いているのか。どうして、交番の前に私を置いてから命を絶ったはずなのに。赤ん坊が母親の側にいるのか。



――女の童が、玉依良の霊魂と同じ故に、捨て置くことが出来なかった。物の怪などの匂いはしない。千年を超える年月を経て、生まれ出でたようだ。しかし、生まれてすぐに道連れにされるなど、あまりに不運な奴だ。



「玉依良? 千年? せんせ、パンクしちゃうって……」


『月の路』で何度も見た名を持つ、その名。同じ「依」の字が入っているのが嬉しくて仕方なかったその字を持ち、「珠依」と「依良」を合わせたような名。


 霊魂、千年を超える年月。

 道連れ、不運。



――赤ん坊は、交番という、検非違使のような役回りの場所へ置いた。玉依良と同様、妙に霊力の強い赤ん坊故に、物の怪の格好な餌食になる前に、と拾ってしまったが、常世の己が何か出来るわけでもない。現の者は、現の中で暮らすべきだ。幸いにも、すぐ交番から人間が出てきて、赤ん坊を匿った。



「ねえ……あなたが、置いたの? 私を」



――己が知る人間の世から、何もかも変わっていて、よく分からぬ。季節のずれがあり気色悪いが、異なる暦を、平然と扱っている。それにしても、この万年筆というのは、慣れれば使い勝手が良い。ボオルペンというのも書きやすかったが、こちらの方が好みである。人間は新しいものがつくづく好きらしい。



 千年。

 女の童。

 暦……というのは、恐らく太陰暦から太陽暦への変化。

 検非違使。

 ボオルペン。



 千年以上を生きた者の日記だという事実を、頭では分かりながら、身体がついていかない。時代錯誤を仄めかす単語が、並んだその日記は、霧生響という存在は、人ならざるモノだったことを、如実に突きつけていた。


 膝の支えがなくなり、その場にしゃがみこんでしまう。あまりお行儀のよくない格好と分かっているから、起き上がろうと力を入れようとするけれど、ぶるぶる震えるだけで、いうことを聞いてくれない。おまけに、ノートを持つ手も震えている。


 もう十分なほど、衝撃的なことが続いている。けれど、最も打ちのめされたことは、頭を殴ってきた事実は――霧生が消えたことでも、霧生の正体でもない。


(『月の路』は、私と重ね合わせて書いたの? 依良は私で、焔晴は霧生響……?)


 焔晴は、依良を見つけて施設に預けた。

 霧生響は、山中の車の中から私を見つけて、交番に預けた。


 焔晴は依良の近くで、幼馴染として見守り関係を築いた。

 霧生響は珠依の近くに住み、十八年の間、関係を築いた。


 焔晴は、依良が常世のモノを忘れ、未来を開くことができるようにした。

 霧生響は――


「つまり……忘れろ、とでも言うつもり?」


 力のない笑いが、唇の端から漏れ出す。体の芯が震えているせいで、声の震えを抑えることができない。


「依良のように、常世と縁を切って? じゃあなんで、あなたは私の記憶を消さないの? こんな暴露本の山を遺して、全てから消えたつもり?」


 いつの間にか、目には止めようのない湿り気が満ちてくる。滲んだ涙の向こうで、不格好にゆがみ、文字が見えなくなっていく。


「やることが、ちぐはぐすぎる……なんで、綺麗に終わらせた気になっているの? あなたは、焔晴なんかじゃない。格好つけたつもりの、勘違い馬鹿っ」


 叫んだ声が、虚しく空き家に響いた。いつもであれば、あの人に届いたはずの言葉が、行き場を失って静かに霧散していく。


「常世のモノは足枷になる、なんて言っておきながら、どうしてこれを渡したの?」


 瞳の縁から、溜めきれなくなった熱い塊が、ぼろぼろと音を立てるような勢いでこぼれだす。一度零れてしまうと、視界を奪うほどの奔流が、私の意思を無視して零れ落ちていく。


「珠依……」


 目尻を強引に拭い、声の方に顔を向けると、こちらを不安げに窺う、養父母が立っていた。


 この空っぽな家に驚いた様子がない。霧生が去ることを知っていたのだと、二人の表情から理解した。


「口止めでもされていたの? あの人に」

「すまない……半年前から、聞いてはいたんだよ。癌で余命幾ばくもないから、海外のホスピスに入るつもりだと……何度も説得はしたんだ。珠依にもきちんと話してほしいって。でも、頑なに認めなくて……すまない……」


 養父は、沈んだ顔でそう言った。


(ああ……二人には、嘘ついたんだ)


 養父母の表情から、霧生の正体を知りながら、その嘘を口にしている訳ではないことは分かった。二人とも、嘘をつくのは下手だから。


(あなたの秘密を、一生独りで抱えて生きろ、とでも言うつもりなの?)


 養母は、私をそっと優しく、腕の中に引き寄せた。その温かさに、自分の身体が随分と冷えていたことに気がついた。


 その温もりに、縋り、身をゆだねてしまいたくなった。でも、出来ない。二人に縋ってしまえば、霧生響と自分の秘密を、吐き出してしまう。

 ただ頬に伝わる、涙の生温かさを感じながら、同じ記述を何度も、頭の中で繰り返した。




――女の童が、玉依良の霊魂と同じ故に、捨て置くことが出来なかった。

――現の者は、現の中で暮らすべきだ。



 養母の腕の温かさの中で、私はひとり、その言葉を何度も、何度も反芻した。

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