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箱の中に潜むもの

 アンネが宝石箱に鍵をかける「カチリ」という小さな音が、なぜかエルヴィスの耳には重く、冷たく響いた。

 その夜、エルヴィスは奇妙な夢を見た。

 広大な雪原の中に、一輪の真紅の薔薇が咲いている。アマーリエがそれを手に取ろうとした瞬間、薔薇は瞬時に凍りつき、鋭いダイヤモンドの礫となって彼女の指先を切り裂いた。

「……っ!」

 跳ね起きると、隣ではアマーリエが穏やかな寝息を立てていた。エルヴィスは額の汗を拭い、自嘲気味に息を吐く。

(……クラウスの言葉を気にしすぎたか)

 だが、異変は翌朝から始まった。

 食卓に並んだ果物を一口含んだアマーリエが、唐突に顔を青ざめさせて口元を押さえたのだ。

「アマーリエ?」

「……すみません。なんだか、急に……金属のような味がして……」

 アンネが慌てて差し出した水さえ、彼女は受け付けなかった。つわりが酷くなったのかと思われたが、それにしても容態が急変し過ぎた。

「お父さま……」

 クラウスがおずおずとエルヴィスに歩み寄る。エルヴィスは息子の頭を撫でた。

「お母さまなら大丈夫だよ」

 内心の焦りを隠してやっと言葉をつなぐ。クラウスはエルヴィスの裾を小さな手で握りしめた。

「僕、あの石嫌い」

「なぜ、そう思うんだい?」

「なんだか……お母さまのこと食べちゃいそうなの」 

 その言葉にエルヴィスは絶句する。急いでフェリクスと目配せをする。彼は翡翠色の瞳に決意を宿すと、急いでエルベアトの元へと向かった。

 エルヴィスは屈み込み、幼い息子と目線を合わせる。

「あの石が怖いんだな」

「……うん」

「わかった。クラウス。すぐにお母さまの部屋から出そう」

「本当……?」

 クラウスの目に喜びの色が宿った。

「僕、お母さまのお見舞いに行ってくる」

「ああ、私も行こう」

 エルヴィスは走り出したい気持ちを必死に我慢して、長い廊下を歩いた。ふたりの靴音が、広い邸内に高く響いた。

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