離乳食を片手に
「お待たせしました」
アマーリエは応接室へと入ると頭を下げた。応接室はいつになく明るい。父が蝋燭を奮発したのだろう。
「アマーリエ……! そのドレスはどうしたのだ!?」
父がぎょっとしたように言う。改めて見ると右足が太ももまで露わになっていた。アマーリエはため息をつく。片手でドレスを整えた。
「これも、仕方ない事情があるの。でもせっかく誂えてくれたのにごめんなさい父さま」
アマーリエは頭を下げる。
「ね、姉さま。公子さまはもう限界です……!」
泣いて暴れているクラウスを抱きながら、フェリクスが首を振る。空腹が限界に達したのだろう。
アマーリエは一人分だけ入れたハーブティーをエルヴィスの前に置いた。
「温まるわよ、どうぞ」
そう言ってもエルヴィスはティーカップに手を付けようとしない。
「……結構だ」
アマーリエは、カップをずい、とエルヴィスに突きつけた。
「良いから、一口飲んで。我が家の茶葉を無駄にしないで」
アマーリエの威勢に押されたように、エルヴィスはカップを受け取ると一口飲んだ。
焼け付くような熱さが喉を通して、胃の腑を熱くする。温かいものを飲んだのはどれくらいぶりだろうか。エルヴィスの中で何かが確かに決壊した。
「……温かい」
「そうでしょう。我が家特製のハーブティーよ。フェリクス、良く頑張ったわ。公子さまをこちらへちょうだい」
「はい、姉さま」
クラウスを腕に抱きしめると、アマーリエはトントンとお尻を優しく叩いた。
「はい、公子さま。お腹が空きましたね。まんまにしましょう」
膝に抱きかかえると、パン粥をスプーンで口元に持っていく。すると、クラウスは大きな口を開けて食いつくようにパン粥を食べた。もっともっとと言うように、口を開ける。
「美味しいですか? 良かったですね、お腹空いてましたねえ」
アマーリエの言葉も表情もやわらかくなる。クラウスは咀嚼するのももどかしそうに、口を開けてパン粥とマッシュしたジャガイモを食べている。その食欲の旺盛さに驚く。一体、どれくらい腹を減らしていたのだろうと不憫になった。エルヴィスに目を向けると、彼は気まずそうにうつむいた。ティーカップは空になっている。
「フェリクス。エルヴィスさまにお茶のおかわりを入れてあげて」
「はい、姉さま」
フェリクスは2杯目のハーブティーを注ぐと、どうぞとエルヴィスに差し出した。エルヴィスは少し躊躇する様子を見せる。
「このハーブティー、姉が作ったものなのです。わが家はご覧の通りの有り様ですから」
「姉君が……とても、美味しいです。いただきます」
アマーリエは、白湯をクラウスに飲ませた。喉も渇いていたのだろう。クラウスはスプーンから白湯を飲む。
パン粥も白湯も食べてしまうと、アマーリエはクラウスを抱いて立ち上がった。ぽんぽんと背中を叩いてあやしてやる。
「クラウスさま、お腹いっぱいになりましたか? 良かったですね。少しねんねしましょうね」
子守唄を歌いながらゆらゆら揺らすと、クラウスの目がだんだんとうとうとし始めた。本当はおむつも変えてあげたいが、あいにくリーヴェスヴィンセン家には余剰のタオルもない。
子守唄を歌いながらあやしていたアマーリエは、ぎょっとしたようにエルヴィスを見た。
彼はアマーリエを見つめて静かに泣いていた。ブルーグレイの綺麗な瞳が揺れて、涙が次々と窶れた頬に零れ落ちる。
「クラウスさまは寝たわ。……さあ、話してもらいましょうか、なぜ、子どもを道連れに自殺なんてバカなことをしようとしたのかを」
エルヴィスは顔を覆った。アマーリエもフェリクスも父も、エルヴィスの言葉を待つ。やがてぽつぽつと彼は話し始めた。




