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淑女の嗜みと母の真心と

「かーしゃ、だっきゅ」

 朝食にエルヴィスと降りていくと、もう着替えたクラウスがアマーリエに抱っこを求めた。クラウスとて3人で寝たいはずである。そこを我慢させている負い目もアマーリエにはあった。アマーリエは屈んで、クラウスを抱き上げた。額と額をくっつけて目を細める。

 クラウスはアマーリエのことを、完全に母親だと思っているようだった。きゃらきゃらと、可愛い鈴を転がすような笑い声が上がった。

「えーと、クラウス……」

「あい」

「クラウス?」

「きゃあ」

「やっぱり中々慣れませんね……」

 そうため息をつくと、エルヴィスがくくっと笑う。

「大丈夫、慣れるよ。な、クラウス」

「はーい」

 高い高いをエルヴィスにされてクラウスはご機嫌だ。そのまま食堂に入っていくと、フェリクスはもう席に着いていた。

「待たせたかしら? フェリクスごめんなさい」

そう謝ると、フェリクスは首を振る。

「今日はエルヴィスさまが執務を教えてくださるので、早起きをしたんです」

「そうなの。エルヴィスさま、よろしくお願いしますね」

「ああ。安心して任せてくれ」

 焼き立てのパンにオムレツにサラダ、ポタージュスープにフルーツはとても美味しかった。

 ここから、アマーリエはマナーのレッスンに、フェリクスは執務の勉強へとわかれる。クラウスとも、しばしの間お別れだ。

「休憩のお茶の時には来ますからね? クラウス……を宜しくお願いね」

 侍女たちに頼むと、心強くはい! という返事が返ってくる。アマーリエはほっとして、クラウスにバイバイをすると、マナーの特訓へと向かった。


「お茶会ですので、そんなに畏まらなくても良いとおもいますが、守るべき作法はございます」

 品の良いアマーリエの母ほどのマナー講師は、こほんと咳払いをした。

「上位の方、この場合王族の方が口をつけるまで、先にティーカップに、手をのばしてはいけません。王族の方がお飲みになって、楽にしてと声をかけてからお茶に口をつけるのが作法です」

「なるほど……お菓子などは?」

「お菓子も同様でございます」

「でも今回は、クラウスもお呼ばれしているのよね」

「はい。ですから、そんな、格式張ったお茶会ではなく、本当に、内輪のお茶会なのだと思われます。ですから、そこまで緊張なさることはありません。奥さまはマナーはきちんとされております。王族とのマナーだけを意識されれば大丈夫かと……」

「それを聞いて安心したわ。ありがとう夫人」

「身分の高い方はそう簡単に礼を、言ってはいけません。そこはなおりませんね」

「本当ね……こればかりはなおりそうもないわ。でも、精進します……」

 アマーリエはため息をつく。ところで、とアマーリエはお願いとマナー講師に頼んでみる。

「クラウス……が、気になるの。一段落がついたなら、見に行ってきていいかしら?」

「仕方のない奥さまですね……。どうぞ。30分後にはお戻りくださいね」

「はい! ありがとう!」

 アマーリエは元気に返事すると、クラウスを探しに出かけた。


「クラウス……?」

 クラウスの部屋を覗くと、クラウスと侍女たちが集まっていた。本を読んでいたらしいクラウスは、両手を広げて、アマーリエのもとまで、おぼつかない足取りで歩いてくる。

「あんよが本当に、上手になりましたねー」

 そう言って褒めると、にっこりと笑う。可愛いとアマーリエは思う。こんなに可愛いこの子は天使か、と思う。

「ご本を読んでもらっていたの? 良かったわね。あなたたちもありがとう」

「とんでもありません、奥さま!」

 アマーリエが礼を言ったのに侍女たちが驚いている。だって仕方ない。生まれてから19年染み付いているのはとれはしない。

「旦那さまが奥さまに甘いのもわかる気がします。奥さまはお美しいですし、こうして目下の私たちにも優しいですし……」

「本当に、奥さまがいらしてくださって良かったです」

 アマーリエは手放しで褒められて恐縮する。ふと、気になったことが浮かんだ。

「エルヴィスさまは、前の奥さまにもあんなに甘かったの……?」

 もしそうならどうしてたのかアドバイスを聞きたいと思ったのだが、侍女たちは顔を見合わせた。

「旦那さまはそれはお優しい方ですけれど、その、奥さまに対するほどではなかったかと……」

「え、そうなの? なぜかしら……」

 その時、クラウスがアマーリエの袖を掴んだ。

「かーしゃ、ほん」

「ああ、ごめんなさいね。クラウス……。ご本を読みましょうね」

 そしてアマーリエは猫が冒険をする絵本を読んだのだった。「もいっかい」ループが3度ほど続いて、アマーリエはすっかり暗記してしまった。

「あ、もうこんな時間。行かないと……。クラウス……母さまはちょっとご用があるから、待っていてね」

「かーしゃ、いや」

 アマーリエが離れていくのを悟ったのか、クラウスが目に涙をいっぱいに、ためた。アマーリエの良心が痛む。

「かーしゃ、いや……」

 ドレスの裾を掴まれてわんわんと泣き出してしまった。これは仕方ないと、アマーリエは思う。クラウスを抱き上げると、何人かの侍女についてきてもらう。実際、クラウスもお茶会に行くならちょうど良いとマナー講師のところへ連れてゆく。

 待ち構えていたマナー講師の、呆れたような、けれどどこか「予想通りだ」と言いたげな深い溜め息が、廊下にまで漏れ聞こえてきた。

「……全く。ですが、王族の方々も、これほど愛らしい『おまけ』が付いてくるのであれば、奥さまの多少の無作法も笑って許してくださるでしょう。さて、クラウス様をあやしながらの優雅な会釈、特訓いたしましょう」

 その言葉にアマーリエは喜んで夫人にまたありがとうと伝えて呆れさせたのだった。




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