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天然夫人の無垢なる刃

「あー、やっぱりこの空気、懐かしいわね」

 フェルゼンハント伯爵家の豪華なシャンデリアの下、アマーリエは小さく独り言を漏らした。かつては壁の花のように扱われていた場所。若草色の、けれど最高級のシルクが放つ光沢は、周囲の視線を吸い寄せずにはいられない。フェルゼンハント家のお茶会は、軽いさざめきであふれていた。

「アマーリエ様……? まさか、あのリーヴェスヴィンセン家の?」

 扇の影でひそひそと囁く声が聞こえる。アマーリエを「売れ残りの行き遅れ」と呼んで笑っていた令嬢たちが、信じられないものを見る目で固まっていた。

「まあ、本当。よく今日、ここへ来られたわね。……その後ろの方、失礼ながら借金の取り立てか何かかしら?」

 中心にいた侯爵令嬢が、アマーリエの背後に立つ影を見て勝ち誇ったように笑った。

 確かに、その影は威圧的だった。しかし、取り立て屋にしては美しすぎ、そして何より——着ている服の刺繍が、アマーリエの瞳と同じ翡翠色で施されていた。

「私の妻に、何かご用かな?」

 低く、地を這うような冷徹な声。

 エルヴィスがアマーリエの肩を抱くようにして一歩前へ出ると、会場の温度が数度下がった。

「こ、公爵……閣下……!?」

 令嬢たちの顔から血の気が引いていく。

 アマーリエは困ったように微笑み、エルヴィスの腕にそっと手を添えた。

「皆さま。ご紹介しますわ。夫のエルヴィス・フォン・ローゼンブルグです。以前お会いした時は、私が『行き遅れ』すぎて憐れんでくださったけれど……おかげさまで、こんなに素敵な方と縁がありました。あの時の皆様の励まし、忘れません」

「は、励まし……?」

 アマーリエは本気で「心配してくれていた」と信じているような、一点の曇りもない翡翠色の瞳で彼女たちを見つめた。それが逆に、過去の悪口をすべて良心という名の刃で切り刻んでいく。

「エルヴィスさま、この方々、私がお金に困っていると思って、安い香草の効能を熱心に教えてくださったんですよ」

「……ほう。我が妻に、節約の心得を説いてくださったわけだ。ローゼンブルグ家の財政を心配していただくとは、殊勝な心がけだ。後でじっくり、その『節約術』とやらを我が家の執事に報告してもらおうか。……家計が苦しい家の相談なら、いつでも乗るよ」

 エルヴィスのブルーグレイの瞳が、侮蔑を込めて細められる。令嬢たちは蛇に睨まれた蛙のように震え、言葉も出ない。

 そこへ、優雅に歩み寄るもう一人の影があった。

「姉さま。あまり皆さまを困らせてはいけませんよ。……皆さま、姉の無邪気な言葉をお許しください。ああ、そうだ。皆さまのご実家の財務状況、僕の方で少しお調べしておきました。後でゆっくりお話ししませんか?」

 フェリクスが手に持った手帳をパタンと閉じて、姉に似て繊細な美貌が微笑んだ。

 姉を馬鹿にした者たちの弱みを、彼は執務見習いの間にしっかりと握り込んでいたのだ。

「あ、いえ、そんなこと……急に気分が……失礼します!」

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく貴族たち。

 アマーリエはそれを見送って、ふう、と溜息をついた。

「フェリクス、皆さまお忙しそうね。お顔の色が悪かったけれど、やっぱりここの舗装は悪いのかかも。馬車酔いかもしれないわね」

「……姉さま。それはきっと現実という名の馬車に酔ったんですよ」

 フェリクスの皮肉も、アマーリエには届かない。

 エルヴィスが、彼女の髪を指で梳いた。

「アマーリエ。もういいだろう。クラウスが家で待っている。こんな騒がしい場所より、君が淹れたあの美味しいいハーブティーを飲みながら、家族で過ごしたい」

「ええ、エルヴィスさま。帰りましょう」

 かつて彼女を笑った者たちが呆然と見守る中、アマーリエは公爵にエスコートされ、一歩も引かない気品を纏って会場を後にした。

 その背中は、どんな宝石よりも、彼女自身の優しさと強さで輝いていた。

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