16.答え合わせ
「気づいていた……?」
「あぁ。」
「いつから?」
「最初から。」
つまりウィリアム様は私渾身のリリアへの変装を初見で見破ったの!?誰にもバレていないと思ったのに、凄いわ!ちょっと悔しい。
自分でも少しズレていると思う感想を抱きながらウィリアム様の次の言葉を待つ。「どこから話そうか」と呟いた後、彼は話し始めた。
「俺はクレア・ミュレーズは品行方正、淑やかで凛とした淑女だと思っていた。」
どこか懐かしそうにウィリアム様は話す。確かに以前の私と言えばそんなイメージだったと思うわ。
「ところがある時、耳を疑う噂を聞いた。“クレア・ミュレーズが義妹のリリア・ミュレーズを陰で虐めている”と。」
やはり噂はウィリアム様の耳にも届いていたのだわ。もし噂を信じていたらと焦る。
「公爵家の跡取りとして、そのような女性を妻にすることは出来ない。俺は噂が真実か確かめるために、リリア嬢を茶に誘った。だが───現れたのはどう見てもクレア、君だった。俺は自分の目と頭を疑ったよ。」
「頭ですか?」
「婚約者が義妹の格好で登園してると誰かに相談されたら、君ならどう思う?」
「………。」
ウィリアム様は一つ咳払いしてから続けた。
「それで噂はともかく、俺の勘違いでなければ君が何かしているというのは分かった。となると、これまで思っていたクレア・ミュレーズの人物像と乖離が生まれる。アレクセイにもクレアの印象を聞いてみたが俺と大差がない。どういう事だと思っていたら、今度は君が木の上にいた。」
世紀の凡戦の時ね。確かに木に登る淑女は少ないわ。ん?私だけかしら。
「驚いたよ。でも、どうやらクレア・ミュレーズには俺が知らない一面があるらしいという事はわかった。でも、その時はまだクレアがリリア嬢のフリをしている確信がなかったんだ。何しろ初めて会った時は多少混乱していたし…。物凄く似ている姉妹だという事もあるだろう?はっきり分かったのは資料室に行った時だ。」
そう言われて思い出したわ。オバケ騒動ですっかりリリアのフリが抜け落ちてしまっていたわね。
「クレアがリリア嬢のフリをしている事はわかった。だけど理由がわからない。噂が真実である可能性も捨て切れなかった。だから俺は敢えて先触れを出さずに君を訪ねてみた。ちょうどリリア嬢と出掛けるというから同行したら、控え目に言っても君は義妹を溺愛していた。」
良かった、ウィリアム様は分かってくれていたわ。安心する私に「ちなみに俺は甘い物が得意じゃない」とまさかのカミングアウトよ。スウィーツ男子じゃなかったなんて。
「ますます混乱した俺は直接リリア嬢に聞いてみる事にしたんだ。そうしたら、三ヶ月の間リリア嬢からお願いされて君が一人二役をしているとわかった。その理由も。それに君が、意外とお転婆で感性豊かだって事もね。それからは…リリア嬢には色々協力してもらっていたんだ。」
「協力、ですか?」
そう言うときまり悪そうにウィリアム様が言った。
「俺は男兄弟ばかりだし、その、女性にどう接していいのか、全く分からなくて。乙女心というものを教えてもらっていたんだ。」
「協力してもらううちに好意が芽生えたのですね…。」
「違う!」
ウィリアム様は慌てたような怒ったような表情をした。
「どうしてリリア嬢に好意があると思うんだ!」
「だって!リリアといるとウィリアム様の表情が柔らかいのです。お話も弾みます。…私に見せるお顔はいつも眉間に皺を寄せておられて…。」
「!それはっ。」
私がそういうと、顔を横に向け悩むように目元を手で覆った。隠れていない部分の顔は真っ赤だわ。そうして少しの間の後、深く深く息を吐くと言った。
「…好きなっ、女性を前にすると、緊張してこうなるんだ。リリア嬢に変装した君の前や他に誰かいれば少しはマシになるが…。」
聞き間違いかしら。都合の良い夢かしら。
驚きと嬉しさが、期待するなと諦める自分と脳内で争っている。
治まっていた心臓が早鐘を打ち始める。
固まる私の前にウィリアム様が跪いた。
「クレア、俺が好きなのは君だ。初めからずっと、君だけを想っている。」
包まれた両手の指先が震える。真っ直ぐな言葉に胸が震える。けれど、どうしてもギリギリの所で信じきれない。そんな自分が嫌で、申し訳なくて涙が滲む。
何も言えずイヤイヤと首を振る私を責めもせず、ウィリアム様は苦笑いしながら言った。
「そうかと思って、証拠を用意したんだ。」
そう言うと何か合図を送った。何だろうと不思議に思っていた私は、目の前に広がり出した光景にただただ驚いて目を丸くした。
現れたのは数え切れないほどの荷馬車。それらの荷台には色とりどりのたくさんの花。学園のロータリーを埋めつくしてもなお、入り切らない数の花たちに囲まれる。
「公爵領の野の花を摘んできたんだ。三日目で養蜂家と近所の女の子に泣きつかれたから、ほんの一部になってしまったが…。これでは、駄目だろうか…?」
“野に咲く花など全て刈り取って、私だけに愛を注いで下さる方”
深く考えずに言ったあの言葉をウィリアム様は全力で叶えてくれたのだ。あんな言葉を真に受けて、手を傷だらけにして。
私の為に。
心配そうに見つめるウィリアム様が愛おしくて、何だかもう全部が堪らなくて。
私はその胸に飛び込んだ。
聞こえる早い鼓動はどちらのものか分からない。ウィリアム様は躊躇いがちに、ほとんど触れるだけ抱き締め返した。もっときつくていいのに。もしかしたら、簡単に潰れると思っているのかもしれないわ。
「もっときつく抱き締めてくださいませ。」
「っ!いや、でも。」
「足りませんわ。」
「…君は俺をどうしたいんだ…。」
「?ウィリアム様はそのままで素晴らしく愛しい存在ですわ?」
「〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎あぁ、もう!」
「そういうところだよ!」とウィリアム様は何故か怒りながらぎゅうっと抱き締めてくださった。理由は分からなかったけれど、何だかおかしくて幸せで。
私は声を出して笑った。




