15.最後の一日
リリアとして過ごす最後の日。私は朝からウィリアム様を探していた。不思議なもので会いたくないと思っていた時にはあれ程遭遇していたのに、会いたいと思う今は見つからない。
昨日期せずして始まった家族会議により、私が様々勘違いしていた事が判明した。家族には随分といらぬ心配をかけてしまったみたいね。
それでもウィリアム様はリリアを想っているのではと言い募る私は、ほとんど怒られるように言われた。
「もう本人に聞いてみなよ!」
「だいたいお義姉様もウィリアム様も言葉が足りな過ぎるんです!きちんと自分の気持ちを伝えて下さい。」
「時にはしっかり話し合う事も必要ですよ。」
つい最近アレクセイ様にも同じ事を言われたばかりの私は流石に思う所があったわ。最後になるかもしれないけれど、ウィリアム様と話をしたい。出来れば明日、リリアが登園する前に。
私がリリアをフリをしていた事も、ウィリアム様の気持ちも、私の気持ちも。
例えどんな結果になったとしても、きっと後悔はしないと思う。
なのに───。
「リリアさん!ウィリアム様にお気持ちを伝えた方がいいですよ!」
「そうです。きっとウィリアム様なら分かってくださいます!」
何が悲しくてこんな時に過激派に絡まれるのかしら。これは噂を野放しにしたツケね!最悪のタイミングで回ってきたわ。神様に見放されたのかしら。
アレクセイ様に「しっかり本人の気持ちを聞くように」言われた彼女達が、律儀に“リリア”のもとに来たのは微笑ましいと思うけれど、どうせならしっかり話も聞いて欲しい。
でも今回ばかりは私にも非があるわ。
「ウィリアム様がお好きなんでしょう?」
そんな直球で来られると、昨日自分の恋心に気づいたばかりの私は表情が崩れてしまう。確かめなくても、きっと顔は真っ赤で涙も滲んでいるわ。そんな顔でいくら好きじゃないと否定しても私だって誤解するわ。でも仕方ないじゃない!
結局ウィリアム様を探しにも行けず、こうして無駄な時間を過ごしてしまっている。
そこへ数人の令嬢が駆け寄ってきた。
「ウィリアム様が門のところにいらっしゃいますわ!」
訂正、持つべきものは妄想族過激派の友人だわ。
はやる気持ちを抑えて私は駆け出した。
ウィリアム様を会うのは歌劇場に行って以来。そう言えば久しぶりだわ。少し疲れた表情をした彼の元に駆け寄る。
「…リリア嬢?」
訝しげな表情のウィリアム様を前にして、私は何も考えられなくなってしまった。
ついさっきまであぁ言おう、こぅ聞いてみようと様々考えていたのに。いざ本人を目の前にして完全に思考が停止してしまった。身体中の心臓だけが一斉に動き出し、ウィリアム様の声以外、鼓動の音しか聞こえない。
「どうした?」
とりあえず何が話さなければと焦るが、まるで言葉が出てこない。口はハクハクと浅い呼吸を繰り返すばかり。不甲斐ない自分に苛立ち涙も滲んでくる。
混乱の頂点に達した私が出来たのはたった一つ。
ぎゅうっ
頭のカツラを握りしめると、バッシーン!と地面に叩きつけた。
唖然とするウィリアム様に叫ぶように告げた。
「ごめんなさい!私ずっとリリアのフリをしていましたの。でもウィリアム様を騙そうとしていた訳ではないのです。信じてください。私はただ、リリアの助けになればと思って…。」
無造作にカツラを取ったせいで、髪はボサボサよ。溢れる涙は止まらないし伝えたい事もまとまらない。
「ウィリアム様が嘘をつくような者をお嫌いなのは知っていますわ。リリアをお好きかもしれないと分かっています!でも…でも…」
荒れ狂う胸の前で両手をきつく握りしめる。
「私、ウィリアム様をお慕いしているのです!」
もう滅茶苦茶だわ。
言ってしまった後から思考が一気に回り出した。言ってしまった言葉と言いたかった言葉が、頭の中でぐるぐると回る。ウィリアム様の気持ちも聞かずに、ただただ自分が言いたい事だけ言い放った事に今更気づいて、恥ずかしさと居たたまれなさで今すぐ逃げ出したい。
ウィリアム様がどんな顔をしているのか、見たいようで見たくない。
私は目を瞑り俯いた。
時間にしたら十秒か二十秒か。私には長く長く感じる沈黙の時間。
握りしめた両手が温かな何かに包まれ、私は恐る恐る目を開ける。
私の両手を包んだのは、節榑だった一回り大きな手。所々固くなっているのはきっと鍛錬による剣だこね。
私はこの手を知っているわ。
エスコートで触れる以外、触れた事などないけれど、その手はいつも温かだった。よく見ると細かい傷がたくさんついている。と、言うより傷だらけだわ。
顔を上げればいつもの眉間に皺を寄せたウィリアム様がそこにいた。その顔に一瞬体の血が凍るような感覚が駆け巡ったけれど、すぐに自分の鼓動に掻き消されることになった。
ウィリアム様が困ったような顔で笑ったから。
「…先を越されてしまったな」と小さく呟いた後、あやす様に目を細めた。
「クレアがリリア嬢のフリをしていたのは───気づいていたよ。」




