14.家族会議
深呼吸してお父様のいる執務室をノックする。中から入室を促すいつもの声が聞こえてきて、私はもう一度深く呼吸してから扉を開けた。
「どうした?クレア。そんな顔をして。」
リリアの準備はすっかり整い、当初の予定通り、明後日から共に学園に通う事になった。残された日は明日一日だけ。
ここ数日、私は何度も何度も考えた。アレクセイ様に言われた言葉もあるけれど、やはりご令嬢方に改めて言われた言葉は私に深く突き刺さってしまったの。そして苦しさに耐えられなくなった。
ウィリアム様の婚約者をリリアへ。
そうする事が一番だと思い至った。もっと早くに言い出せば良かったと後悔してるくらいよ。そうすればようやく花が咲いた庭師渾身の花壇の上を散歩して朝から怒られる事もなかったのに。
ソファで向かいあったお父様に意を決して口を開く。
「実はお願いが」
バタバタバタバタバタ!
言いかけた所に物凄い足音が聞こえてきた。「お義姉様はどこ?執務室?」と聞こえたかと思ったすぐ後、バン!と音を立てて執務室の扉が開いた。
「お義姉様っ!!」
息を切らし瞳に涙をためたリリアが飛び込んできた。何事かと驚いていると、騒ぎを聞きつけたお母様とお兄様もやってくる。
「リリア?」
「お義姉様、家出するつもりですか!?」
───はい?
「そうなのか?」
「違います。」
「だって手紙に書いてあります!」
手紙?と思った私の前に「先日お義姉様の部屋に入った時見つけたのですが」と言いながら、リリアに宛てた数十枚の遺書を取り出した。
「どうして今開いたの!?」
「?だってここに書いてありますよ?」
リリアは遺書を入れた袋の表を指さす。
“私がお花畑を歩いていたら開けてください”
「私が死んだらって意味よ!」
「えぇ!?」
「あ~花畑違いな。」
「クレアに感謝される日がくるなんて…。」
「父さん落ち着いて。」
「そうです。私への手紙を先にご覧になって。」
「お義母様?」
「“妬むほど優秀でもなく、苛立つほど愚鈍でもなく、生理的に嫌悪感もないお兄様で良かった”って他にないの?」
「クレア、死ぬのか?」
「いきなり確信ね!」
「誰か俺の話聞いて?」
人払いをして五人でソファに腰掛ける。改めてこの手紙の意味を問い質される。秘密にしておきたかったけれど、こうなっては仕方がないわね。
私はお医者様やアンリに話した内容を同じように繰り返した。病状や気づいた経緯、お医者様の言葉に至るまで。
話の途中でお父様は涙を浮かべ、お母様は激しく咳き込み、お兄様は爆笑して、リリアは天を仰いだ。
あら?何だかおかしくないかしら?
「それで遺書を書いたのですが。」
「え?これ遺書なの?俺二行?」
「クレア、辛かったろう。」
「父さんの血筋か。」
「いくら何でも鈍すぎでしょう…。」
「ゴホッゴホッゴホッゴホッ」
「母さん大丈夫?」
釈然としないけれど、勢いで本題もお願いする。
「それとウィリアム様の婚約者をリリアに変更して頂きたくて。」
「「「「は?」」」」
四人の声が綺麗にハモったわ。お父様と他三人とは明らかに声色が違うけれど。「なんでまた?」と問われるけれど、理由を言うのは少し苦しい。
「…ウィリアム様はリリアをお好きなのです…。」
「絶っっっ対違います!!」
いつになく大きな声でリリアが否定する。「やっぱり全然伝わってないじゃない、あの唐変木!」と聞こえた気がする。一瞬見えた般若の形相もきっと見間違えね。
「私の事は気遣わなくていいのよ?リリアもウィリアム様を想ってるんでしょう?本当は私が死ぬまで待ってもらおうと思っていたのだけど、こんな形で皆に知らせてごめんなさいね。」
私がそう言うと、リリアは遠い目をして頭を抱えた。
「…どこから訂正すればいいの…?」
「とりあえずウィリアム様を好きじゃないってとこじゃない?」
「病気うんぬんが先じゃないかしら?」
「自分で気づくのが醍醐味なのに…。」
「仕方ないでしょう。気づくのはそれこそ死に際になるかもしれないわよ?」
「ねぇ、わしも混ぜて。」
目の前で囁きの家族会議が始まったわ。
「じゃあまず訂正して、病気については誰が?」
「リリアじゃないの?」
「お義母様のほうが。」
「あぁ~頭痛がするわ。」
「…お義兄様」
「知ってる?俺の扱い底辺よ?」
「お願い、わしも混ぜて。」
そうして深呼吸したリリアは真っ直ぐ私を見て告げた。
「お義姉様、私はウィリアム様を好きじゃないです。本当に好きじゃないんです。」
「二回言った。」
「大事な事ですもの。」
真摯な目をしたリリアに嘘を言っていないとわかる。お兄様とお母様も頷いてるわ。
「それからお義姉様は死にません。ついでに病気でもありません。」
「え?だって…」
「胸が痛むのも、熱が出るのも、動悸が激しくなるのも、心臓が移動するのも増えるのも、ウィリアム様といる時ではないですか?」
「そんな……。」
「逆にウィリアム様の事を考えると胸が苦しくなったり、動悸がしたりしませんか?ウィリアム様を忘れろと言われて忘れられますか?」
思い出されるのは眉間に皺を寄せた嫌悪の表情のウィリアム様だと思った。でも実際に浮かんだのは違った。
木登りして赤くなった耳朶。
資料室で真っ赤になった顔。
カフェで見た涙目。
汗した額。
そして眉間に皺を寄せた、けれども物言いたげな顔。
例え嫌われていても、それらを忘れるなんて出来ない。
叶うならもっともっと色々な顔をするウィリアム様を見たい。知りたい。
涙が零れ落ちた。止めようと思っても、次から次へと溢れてくる。胸が苦しい。あぁ、これは今まで感じていた痛みと同じだわ。
リリアが側に歩み寄り私の涙を拭って微笑んだ。
「お義姉様はウィリアム様に恋をしているのです。」




