13.傷口に塩
あれから私は随分とぼんやりしている。一昨日は何も無い所で七回すっ転び、昨日は授業が終わった事に気づかず捜索隊が探しに来た。今日は朝食を二回食べた上にスープをナイフとフォークで食べようとしていたらしい。
考えないようにしていても、ふとした拍子に眉間に皺を寄せたウィリアム様の顔がチラつくの。
もういっそ婚約を破棄すべきかとも思うけれど、私の個人的な感情で進言するのははばかられる。どうせ私はもうすぐいなくなるのだから、それまで待ってもらった方が良い。
その考えを何度も行ったり来たりしている。
だから珍しく話かけられ、言われるまま放課後の庭園について来てしまった。その結果がこれよ。
「リリアさんを影で虐めてるって本当なんですか!?酷いです!」
「リリアさんとウィリアム様はお互い想い合ってるのに、貴方がいるから遠慮してるんですよ!」
「ウィリアム様はリリアさんと一緒の時の方が穏やかな顔をされてますもの!」
絶賛傷口に塩をグリグリと塗り込まれているわ。
口々にそうよそうよと言う令嬢方の声が何処か遠くに聞こえる。そう言えばここ最近はクレアに直訴してくる方はほとんどいなかったわね。このタイミングでなんて、苦難は重なるものなのかしら。
それにしても私としては三度目の妄想族過激派の襲来よ。何だかもうお友達になった気分。友人A、特に貴方。
改めて言われた事を思い返すと、私は昨日気づいた事ばかり。物事とはかえって関係の無い第三者のほうがしっかり見えるのかもしれない。それとも私が鈍すぎるのかしら。
そう思うと何だかもう自分が滑稽に思えて、思わず苦笑いになってしまう。
途端、目の前のご令嬢方がザワリとした。何か信じられない物でも見たかのように、こちらを見ているのは気の所為かしら。小さく「…笑っ…!?」と聞こえてくるけど、私だってたまには笑う事もあるわよ。何なら今のは苦笑いよ。珍獣扱いはやめて。
「何をしているんだい?」
いつかと似たような成り行きに既視感を覚える。もしかしてと振り返ると、そこにいたのはアレクセイ様だった。その事にひどく落ち込んでいる自分がいる。
でも目の前のご令嬢方は突然の第一王子の登場に分かりやすく動揺しているわ。
「ちょうど通りかかったら声がしたものだから気になってね。」
「あの…。」
「学年や爵位を越えた友情とは素晴らしいものだね。だが、話に出ていたリリア嬢はどうしたのかな?この事を知っているの?」
「……。」
「過ぎた行動は害悪になるものだよ。一度リリア嬢の気持ちをしっかり聞くといい。」
「わかりました…。」
アレクセイ様の説得に彼女達はしおしおとして去っていった。今日は取り繕う気力がないから本当に有難いわ。
「アレクセイ様、ありがとうございました。」
「私は特に何もしていないよ。正論を言っただけさ。」
「それでも助かりましたわ。」
「本来ならウィリアムが来たんだろうけどね。彼は今重要な私用で休んでいるからね。」
「…そうでしたか。」
いないのならば助けになど来られないわね。分かってはいるが、やはりリリアの時には…と思ってしまい、小さくため息をついた。
「…クレア嬢は以前より表情豊かになったな。」
「そうでしょうか?」
「あぁ、角が取れたというか、内面と揃ってきたというか…。」
考えた事はなかったけれど、確かにそうかもしれない。リリアに扮してすぐは頬の筋肉痛に苛まれたわ。眉毛の近くに筋肉があるってご存知?笑う度に顔全体が痛むって不思議な感覚なのよね。
それを通り過ぎ今ではすっかり顔面筋力は向上したわ。学園でクレアに声をかける人がいなかったから気づかなかったけれど、確かに以前よりクレアの表情筋も活躍していそうね。
「君の内面が分かれば彼女達も見え方が変わるだろうね。」
「……そうでしょうか。」
何せ今は何処を切っても自信のないクレアが顔を出すし、これまで誤解された続けてきたんだもの。なかなか素直に頷けないわ。
そんな私にアレクセイ様は苦笑いで続けた。
「クレア嬢もウィリアムも言葉が足りてないからなぁ。自分の気持ちは言葉にしないと伝わらないし、案外誤解も多いものだよ?もっと互いに腹を割って話をするといいんじゃないかな。」
「…はい…。」
「…私としては君たちには上手くいって欲しいのだけどね。」
「え?」
「何でもないよ。じゃあ帰りは気をつけて。」
私は改めてお礼を述べてその場を後にした。
「上手く転べば爵位も派閥も越えた人脈を持つ人材を得ることになるけど…望みすぎかな。ウィリアムの頑張り次第かなぁ。」
今は隣にいない不器用な友を思うアレクセイ様の呟きは、風の中に消えた。




