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12.観劇と真意②

「……その、今日もとても美しいな。」

「ありがとうございます。リリアが一緒に選んでくれました。」

「そうか、リリア嬢が…。」

「ウィリアム様もとてもお似合いですわ。」

「…ありがとう。」


二人きりの馬車の中、言葉を繋ごうとするが続かない。いつもはどうしていただろうと考えて、リリアが一緒だったと思い出す。心臓がまた嫌な音を立てそうになった時、馬車は歌劇場に到着した。


馬車から降りた私は小さく深呼吸して、お医者様の言葉「日々を大切に」を思い出す。そうよね、折角の観劇を楽しみましょう。


歌劇場はたくさんの人で溢れていた。ウィリアム様いわく今日の演目は最近では一番のヒット作らしい。“野薔薇に愛を囁いて”という演目は私の知らない物だけど、周りの人達の会話から熱量が伝わってきた。


ウィリアム様にエスコートされ着いたのは、なんとロイヤルボックスの隣、しかも本来六人入る部屋を貸切だった。一体誰からこんなよい場所のチケットをと訝しんだが、そういえばロイヤルのお友達がいるのだったわ。


最前列の二人がけソファに腰掛ける。二人で座っても触れ合わないほど十分な広さのソファだが、何だか落ち着かない。自分で思っているより観劇を楽しみにしているのね。ウィリアム様も同じようでソワソワしているのが伝わってくるわ。


他の観客を見ながら待っていると、開演の合図が響き緞帳が上がる。軽快なオーケストラが聞こえ、賑わう下町の風景が浮かび上がった。程なく登場したヒロインに目を奪われる。挫けぬ心優しいヒロイン。正装した彼女は輝く美しさよ。二幕で王子と出会うシーンは尊すぎて目眩がする程。美しい衣装、素晴らしい音楽、涙を誘う台詞と役者の魂の演技!どれを取っても本当に素晴らしいわ!!でも、でも


コレ“野の花は愛を得て大輪になる~真実の愛を貴方と”じゃないの───!


知らない演目なんて嘘よ。よく知っているわ。熟読しているし、何なら台詞も覚えているもの。舞台化おめでとう!ロングヒットもおめでとう!でも、またコレなの!?離れられない運命なのかしら?


感嘆とやるせなさで脳内が大忙しよ。動悸も熱も吹っ飛ぶ勢いよ。そしてしっかりがっつり終演まで堪能した私に、うっかり存在を忘れていたウィリアム様が声を掛けてきた。


「少しは楽しめたか?」

「えぇ。それはもう色々心揺さぶられましたわ!」

「…良かった。」

「え?」

「ここの所元気がないように見えたからな。」


眉間に皺を寄せたままのウィリアム様は怒っているようにすら見える。何か気に触る事でもしてしまったかしら。


「リリア嬢が心配していた。」

「…そう、ですか。」

「それにこの舞台をどうしても見せたくてな。」

「え?」


それは一体どういう意味なのかしら?困惑する私にウィリアム様は続けた。


「この舞台は人から勧められたのだが、素晴らしかったな。逆境や困難に挫けぬ美しいヒロイン。…似ているだろう?」

───誰に?


「んん!あのような女性は非常に好ましいと思ってだな。」

───それはリリアを想っているということ?


「しかしあの悪役令嬢は酷かったな。あの様に陰湿に人を貶めるなど…。」

───私の事もそうだと言いたいの?


「それに二人を引き裂くために…。嘘をつくなど、俺が最も嫌いな事だ。」

───私がリリアに扮していると知ったら?


熱かったはずの指先が急激に冷えていく。代わりに喉の奥に熱い何かが込み上げてきた。傷ついているのは確かだけれど、何にこんなに傷ついているのか、自分でもよく分からない。


リリアは自慢の素晴らしい義妹よ。でも、私は無条件で疎まれる存在なのかしら。これまで過ごしてきた時間は何だったというの。ウィリアム様にだけは、分かってもらえると思っていたのに。


もしかして、今日は釘を刺すために私をここに連れてきたのかしら───。


目の奥が熱くて必死に瞬きを繰り返す。上手く息が出来ない。俯いてしまった私にウィリアム様は問いかけた。


「その……クレア、は、どんな男性が好みなのだ?」

「…そうですね…。野に咲く花など全て刈り取って、私だけに愛を注いで下さる方でしょうか。」

「野に…?」

「帰りましょう。」


それからほとんど口を開くことはなかった。胸がちぎれそうに痛んだけれど、唇を噛んで手を握り締めて耐えた。


ウィリアム様は物言いたげに家のエントランスまで送ってくれたけれど、疲れたと言い訳をして挨拶もそこそこ部屋へ戻った。視界の端にリリアが映るが、構わず歩を進める。後ろから「ちゃんと伝えられました?」「あぁ、たぶん。」「絶対嘘です!何したんですか!」というやり取りが聞こえてくる。


あぁ、やっぱり。大丈夫よ、リリア。ウィリアム様の思いは伝わっているわよ。安心して。


着替えの手伝いに来たメイドにしばらく一人にして欲しいと頼み部屋へ入る。後ろ手でドアを閉めるとようやく息を吐き出した。そのままベッドに倒れ込む。行儀は悪いが、今日だけは許して欲しい。


喉の奥の熱いものをゆっくりと吐き出す。瞳を閉じると先程のウィリアム様の顔が浮かび、今日は一日中眉間の皺が取れなかった事を思い出しておかしくなる。私と二人の時は、あのお顔ばかりね。


どうして気づかなかったのかしら。

ウィリアム様とリリアが想い合っていると。

ウィリアム様が柔らかなお顔をするのはリリアがいるからだと。

ウィリアム様と会う機会が増えたのはリリアに会うためだと。


二人とも言ってくれれば良かったのに。でもきっと優しい二人は言えなかったのでしょうね。


名ばかりの婚約者である私が邪魔だと。


「これじゃ本当に私が悪役令嬢みたいね。」


堪えていた涙が溢れてくる。それを拭う気力もわかない。今まで耐えていた自分を褒めてあげたいくらいだ。


痛みで悲鳴を上げているこの胸が、いっそちぎれてしまえばいいのに。でも、待たせる時間はきっとそう長くはないはずよ。


安心して。もうすぐ私はいなくなるわ───。





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