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ペルシアンラヴ   作者: 藤原去鬼(ふじわらさき)
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ペルシアンラヴ 23

 ここは「世界で最も古い街のひとつ」と言われるヘブロンの旧市街。「ヘブライ語」「ヘブライ人」の語源となったという、古い古い街だ。ユダヤ、キリスト、イスラームの民に共通するセム族の父祖アブラハムが死んだ地だ。街のはずれには、アブラハムとその妻サラが眠るというイブラヒームモスクがある。イスラーム最大の英雄のひとりサッラーフ・アッディーンが修復させて、今の姿となったという。共通の父祖ということで、イスラエル側ではマクペラの洞窟と呼ばれ、ユダヤ教会シナゴーグもひと際高い位置に隣接している。

この街に「平和」を蝕むウィルス、いや致命的な癌細胞=入植者による侵食が始まったのはいつ頃のことだろう。ここでも、かつてはユダヤ人とパレスチナ人が仲良く暮らしていたのだが、「シオニズム」の波に乗ってユダヤ人の入植者が急増した結果、1929年にユダヤ人を虐殺する事件が起きている。

その後、1967年の第三次中東戦争でパレスチナは占領され、それから西岸地区とガザ地区では既に50年近いパレスチナ人の苦しみが続いている。

街の郊外にはキリヤット・アルバという大がかりな入植地が建設され、これが紛争の種となる。入植者セトラー、特に旧市街に住み着いた者には常軌を逸した狂信的な人物も多く、彼らが揉め事の元を作る。そして軍が陰に日向に後押しする。

1980年に6人のセトラーが、悪質ないやがらせや暴力を振るった結果、パレスチナ人に銃撃された。その結果、イスラエル政府は旧市街のパレスチナ人の追放を開始した。代わってセトラーによる旧市街の占拠がはじまった。それからは暴力と憎しみの日々が今も続いている。1994年にはセトラーによる乱射事件も起きた。イブラヒームモスクで礼拝する人々に対して銃を乱射。29人が死亡している。これについてイスラエル側では「賞賛」の声が少なくなく、ある高校では銃撃犯のため「追悼集会」が開かれたという。

その後、1997年に「ヘブロン合意」が交わされた。80パーセントのH1地区はパレスチナ人が自治する。そして20パーセントのH2地区はイスラエル軍が管理する。元から言えば、100パーセント・パレスチナ自治とすべきなのだが…。その後、旧市街に住みついたセトラーは諸説あるが多いものでは800人。警護に当たるのは2千人のイスラエル兵士。

そしてセトラーが、イスラエル軍がヘブロンでなにをしてきたか…。


例えば、パレスチナでは屋上に水の貯水タンクを設置した家が多い。狂信的なセトラー、そして兵士もこれを銃撃する。あるとき、金属製のタンクのようなものがごろごろと集められている場所へ、地元のパレスチナ人に案内された。なぜだろうと思っていたら、どのタンクにも銃弾の穴が開いていた。タンクだけではない、家も狙撃される。窓ガラスが壊されている家では、ガラスを張り替えていない。入れても、またすぐ狙撃され、危ないからだ。冬はかなり気温が下がるのに…

悪名高い入植地キリヤット・アルバの近くへも行ってみた。自然の中に道がつくられているのだが、あちらこちらで掘り返されている。ゴミを投棄して、道を通りにくくしているところもある。夕暮れ迫る中、さらに入植地に近づくと、やぐらのような監視塔に黄色いランプが灯っている。同行していたパレスチナ青年が言った。

「あのランプがもしも赤に変わったら、即刻立ち去らないといけない」

「そのまま居たらどうなるのかい? 」

「射殺される」

 …似たような会話を街の中心でもした。道のあちこちには「ロードブロック」と呼ばれる四角いコンクリートの塊が置かれている。これによって街のあちこちで道路が封鎖されている。火事が起きて、そのために消防車が通ろうとしてもダメだ。

 「もしも勝手にロードブロックをどけたらどうなる? 」

 「Just Fired」

…つまり、ロケット弾が飛んでくる。


 「生きることをいじめる」


郊外へ行くと、岩石を採取していたり、陶器を作っていたり、軽工業地帯のようなところがあった。陶器の工場を訪ねると、ろくろを使って得意げに作業する、職工のとめどない自慢から逃れ(少しほめると、次々に手わざの披露を始め、簡単に立ち去れなくなった)、戦闘機の攻撃を受けたという高台のガラス工場跡へ行く。

写真を撮りながら、瓦礫の中へと進もうとすると付近にいた地元の男性数人が慌ててやって来た。

「入ってはダメだ!」


クラスター爆弾がまだ残っているかも知れないからだそうだ。子となる爆弾を無数に撒き散らし、不発弾が多いために後からも爆発が頻発するクラスター爆弾は。国際的に非難されている兵器である。多くの国が使用禁止条例に参加している。しかし、アメリカは批准していない。ロシアやイスラエル空軍は濫用している。クラスター爆弾だけではない。白リン弾、強力な催涙ガスなど非人道的兵器を次々と使うだけではなく、パレスチナを残虐な新兵器の実験場ともしている。例えば無数の金属片を撒き散らすフレシェット弾など。この兵器で顔の半分が吹っ飛んだ男性の映像も後に見せられた。

しかし…ガラス工場は、テロリストが潜んだわけではない。なにか敵対行為をしたわけではない。それなのにクラスター爆弾まで使われて破壊された。なんのために? 「生活が成り立たないようにするいやがらせ」としか言いようがない。残っているガラス工場や陶器工場からの搬出、また材料の搬入は、道路規制がされて余計に時間がかかるようになっている。

そして、分離壁アパルトヘイトウォールの設置が進むのと反比例して、多くが撤去されたが、ヘブロンだけではなく、あらゆるパレスチナ自治区の街や道路に設置されていた検問所チェックポイント。これは固定式のやぐらなどがあるタイプのもの、乗り継ぎの重要ポイントのカランディアなど大掛かりな基地のようなもの、そして、ジープ一台が道路に止まって始まる移動式チェックポイントなどいろいろある。これがパレスチナ人の日常とスケジュールとをずたずたに切り裂く。コンピューター時代なのだから、身分証をチェックし、ボディチェックをしても数分で済むだろうに、気まぐれに人や車の出入りをストップし、また、つまらないことで延々と時間を取る。反抗的な態度を取れば即逮捕、ヘタすればそのまま収監だ。


ヘブロンの話に戻ろう。

あるとき、H2地域にある民間NGOの平和組織のオフィスを訪ねたときだった。坂道を少し上って、H2地区のとっかかりにあるオフィスへ向かったが、狭い歩道から降りずに歩けと言われた。なぜなのか説明もなかったため、つい狭い歩道から車道に降りた。そのとき、猛烈なスピードで坂の上から乗用車がやって来た。有無を言わさずに同行のスタッフのひとりが車道から歩道に引っ張り上げてくれたが、ギリギリのところを乗用車は通過していった。そのとき運転している中年の女性の顔が目に焼きついた。


満面の笑顔だった。


うれしそうに笑っていた。


H2地区の車に乗ったセトラーたちは、歩道から降りて歩くパレスチナ人を、老若男女を問わず狙うのだと言う。車道を歩いているパレスチナ人を轢いても、罪にならないからだ。インターナショナルな支援者も同じだ。やはりここは「異常な街」なのだ。普通には暮らせないところなのだ。

ほかにもNGOのメンバーに引率され、さまざまな信じ難いものを目にした。例えばガソリンを浴びせられて焼かれたオリーブの木。いったい木になんの罪があるというのだろう。

そしてH2地区に暮らすパレスチナ人の家屋。見ると門の前のコンクリートの柱のひとつが、酷く欠けている。夜中にセトラーが襲撃し、大きなハンマーで壊そうとしたらしい。また、この地域のパレスチナ人の学童が通学する道がタイルで舗装されていたが、これもまたハンマーで破壊されていた。学童の通学はセトラーに襲われるため、有志のインターナショナル(世界中からパレスチナ支援のために集まった人たち)が護衛する。インターナショナルの人間に理由なく暴力を振るうと、いくらセトラーでもイスラエルの法で裁かれる可能性が高いので、普通は手出しないが、ヘブロンのセトラーはお構いなし。インターナショナルの人たちでも襲撃し、袋叩きにする。それだけでなく、H2地区のセトラーにカメラを向けただけで投石されたりもする。まったく野獣のような連中としか言いようがない。

 

1-2 ビリーン


 毎回、この村の金曜のデモは趣向を変えて行われる。ピアノ奏者をピアノとともにトラックの荷台に乗せて、ピアノ演奏をしながらのデモもあったそうだ。今日は「沈黙のデモ」だ。皆、口を白いテープで塞いでいる。そのまま境界まで行進していく。境界線まで行って、何ごともなく終わればいいのだが、往々にしてトラブルが起きる。酷いときはイスラエル兵士によって実弾が発射される。それで死んだパレスチナ人も何人もいる。ゴム弾だって怖い。金属の弾丸に硬質のゴムが被せられているだけだ(ちょうど自分が参加した翌週のデモでは、イタリア人の男性の延髄をゴム弾が直撃し、その結果、男性は下半身不随となってしまった)。

デモ隊のインターナショナル、パレスチナ人、そして平和主義のイスラエル人がなにかを起こすことはまずないのだが「扇動者」が混ざっていることもある。こいつらは「わざと」イスラエル兵士に向かって石を投げたりする。そして、自分らはいち早く逃げ出すのだが、なにもしなかった者が、実弾やゴム弾の餌食となる。

 そんなことを知らずに参加していればいいのだが、あいにくいろいろと聞いてしまっていた。境界線が近づくにつれ、表情は余裕を保っていても、歩いているうちに下腹がつっぱってくる。これは、ほかの危険地帯を行くときもいつも同じだ。これが「死への恐怖」なんだろう。状況によっては、もっとキツくなる。本当に下腹に石が入ったようになる。それだけでなく、危険度によっては四肢の関節に異物を混入されたようになり、スムーズな動きが出来なくなる。

よく映画の中では戦場で格好よく動く兵士がいるが、あんなことできるもんか。みんな無様に、どこか人形のように動くだけさ。(つづく)

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