↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペルシアンラヴ   作者: 藤原去鬼(ふじわらさき)
PR
24/27

ペルシアンラヴ 24

 このデモのときも無意識に前の人間の後ろに入ってしまったりしていた。情けないと思いつつ、無意識にそうしてしまう。でも、それがほとんどの人の場合普通だろう。

このとき、歩いた距離は数百メートルにしかならない。荒地のなかを、ただ無言で歩いていく。境界で、イスラエル兵士たちが待っているのがだんだん近くに見えてくる。時間の経過がとても遅く感じる。近くになると兵士が銃を携帯していることがはっきりと分かる。なにか銃殺されに、わざわざ出向いていくような気がしてくる。時間の感覚はさらに遅くなる。もちろん、まだ兵士は銃を構えてはいないが、こちらの列から誰かが石でも投げてしまったら、途端に催涙弾、ものすごい音を立てる音響爆弾、ゴム弾、そして最悪、実弾が飛んでくる。

境界で並んでいる兵士たちの後方には、ジープ数台と数十人のイスラエル兵士たちの姿も見えてきた。とりあえず「特殊部隊」ではないようだ。いちばん無慈悲な特殊部隊の連中は、黒い制服を着ている。いきなり実弾を撃ちかねないヤツらだ。

境界線まで来ると、デモ隊が次々と歩みを止める。一部の人たちはイスラエル兵士に対して、説得を試みていた。「君が本当に誇りある人間ならば、除隊すべきだ」とか「自分たちのやっていることが正しいと思うのか」などと言っていたらしい(ヘブライ語だから、後で聞いた話だ)。なかには英語で「お前たちは単なる殺戮者だ」と書かれたプラカードを兵士に押しつける者もいた。往々にして過激な連中はイスラエル人の平和運動家だ。見ていてこちらのほうがひやひやする。

しばらく対峙した状態が続いていたが、15分ほどでデモ隊のリーダーが反転を命じた。やれやれ、どうにか無事で終わったと正直思った。実弾やゴム弾で撃たれなくとも、催涙弾や音響爆弾でもかなりキツイ。催涙弾は特別仕立てで、気管支炎などを患っていると、窒息死することもあるらしい。また、音響爆弾は近くで爆発すると鼓膜が何日間もおかしくなる。すべて「スペシャル」なんだ、パレスチナでは。

…この時のデモのリーダーは、数年後に射殺された…


1-3 壁

 小高い丘に築かれた街の、丘の下の道路だった。この道路を辿って幹線の広い道路に出て行く。

突然、無理な追い越しをかけた乗用車があっと言う間に目の前に来た。相手のドライバーが目を大きく開けているのがはっきり見えた。

 「最後か」と瞬間的に思った。走馬灯はよぎらなかったが、急激に時間の進行がゆるくなった。

 間一髪、こちらと向こうの車は交差して行き交い、通り過ぎた。もしかしたら、一生のうちで最も「死」に近づいた瞬間かもしれない。

 アフリカでもそうらしいが、パレスチナではいい歳の男性でも、親の仇のように車を飛ばす。いつでもフルアクセル。時間をまったく気にしていないときでも同様だ。そのため、街の中心部に入る道路には、断続的に段差が設けられている。スピードを落とさずに進入すると、事故を起こしかねない。さすがにこれによってスピードは落ちる。

 それにしてもなんでスピード狂ばかりなのだろう。異常な環境による異常なストレスからなのだろうか。


 「壁」。


 近代史に名前を残したのは「ベルリンの壁」だが、既にほとんどは撤去され、一部が記念として残されているだけだ。ここパレスチナの「壁」は、2000年頃から建築が加速された。噂だが、当時の首相シャロンの親族は、この壁の建設でひと財産築いたという。

 元々は「テロリスト流入」の防ぎとする、ということだった。そして、イスラエルとパレスチナの領土の境だけではなく、パレスチナ領内に築かれたイスラエル人の入植地の周囲にも築かれ、既得権益の確定にひと役かった。

そして、段々とエスカレートしていく。入植地でもない、パレスチナ人の土地にまで大きく広げるように築かれ、無理矢理な土地の奪取の「尖兵」となった。

さらに学校の校庭に壁が築かれたり、道路の途中を寸断したり、もう滅茶苦茶である。道路規制と相まって、パレスチナ側のダメージがいちばん大きくなるように、計算され尽くして建てられていることも多い。

当初の壁の高さは7メートル。それがずんずん伸び、10メートルを超すところも今では多い。イスラエル側では花の絵が描かれるなど、印象をソフトにする細工も施されている。ベツレヘムのパレスチナ側などでは、ユーモアも含めた抗議のイラストなどで「壁美術館」化されているところもある。

築かれ始めた当初は、壁の間にある監視塔からも、撃たれる例があった。初めてパレスチナへ行った2004年には、壁が畑を分断しているところを歩いていて、かなり「びびって」しまった。ひろひろと布がはためくのを見て、兵士がいる、撃たれると緊張したものだった。

この「壁」のせいで、ある程度は、治安は守られている。直接的に起こるトラブルも減った。しかしまた、イスラエル人とパレスチナ人のよい意味でのコミュニケーションも失われた。以前は、パレスチナの安い農産物をイスラエル人の主婦が買いに行く、という情景もあった。しかし、今はそれもない。まったく別の集合体が、壁を隔てて存在している。お互いの「顔」も見られなくなってしまった。このままでは、もっと酷いことが起きるだろう。

いや、もう起きている。

金魚鉢のように封鎖されているガザ地区には、何度も侵攻が繰り返されている。ガザ地区での、入植者撤退が決められたのは2006年。しかし、「泣く泣く我が家から出ていく」イスラエル人の移動が人情ものみたいなドキュメンタリーとなっていたが、ガザは封鎖されたまま。そして、三度に渡る大々的な侵攻が行われてきた(2016年現在)。(つづく)

いつも殺されるのは、ほとんどが民間人。子どもや女性が殺されつづけている。両手を上げて出て行っても撃たれる。しかも、子どもまで。ガザ地区を実効支配しているパレスチナ側の組織「ハマス」は、ほぼ「手づくり」のロケット弾攻撃で反撃するが、それでイスラエル人が数人死傷すると、何十、何百倍ものお返しだ。

しかし、こんな反撃にガザ地区のパレスチナ人が大喜びするからしょうもない。侵攻では、民間人を集めた建物に爆撃をし、白リン弾(水で消えない火がずっと燃え続ける。人体に付着すれば骨に届くまで燃え続ける)など非人道的な兵器を使いまくり、民家に押し入れば子どもの教科書の上に大便をし、クルアーンを破り散らす。狂気の沙汰を繰り返す。麻薬でもやっているとしか思えない。


 そして封鎖は続き、学校や病院、発電所まで意図的に攻撃され、武器になりえない物資、医薬品の搬入も制限され、地区内では治療不可の重症患者も出ることを許されず無為に死んでいく…

 「絶望」という言葉が現実に具現されている。「地獄」と言ってもよいだろう。住人の多くは、移住を考え出している。以前は不屈の闘志を感じさせた人々だったが、今ではイスラエルにも、また自分たちの政治組織であるハマスにも、腐敗による金の独占の問題などから激しい嫌悪と憎悪を感じている…




 …まだ文章は続いていたが、いたたまれなくなってきた。こんなところへ麻子は行くのか。以前の陽一だったら、冗談じゃない、ですぐ終わったろう。自分が関わるなんてありえない。ましてや現地へ行くなんて論外だ。

しかし…麻子と出会う前の日々を考え、このまま前の生活に戻ることを考えたら…また、金と引き換えに、ただ生命を無意味にすり減らしていくだけの日々が続くだろう。


でも、現地へ行くとしてなにが出来る? ただ足手まといになるだけじゃないか。

帰って、元のような生活を続け、たまに休みを取ってパレスチナへ行く? それがいちばん現実的かも知れない。アリも、もういないし、麻子もいずれは日本へ戻って来るのではないか。一流銀行の正社員なのだから、老後まで保証されているようなものだ。仕事をしながら、いろいろ勉強して体験してからでもパレスチナへ行くのは遅くないだろう。我慢していれば、会社でいろいろな自由もおいおい得られるだろう…そもそも、せっかく自分の人生を安心できるものとしてくれた両親に申し訳ない。


…このまま帰ろう。怖気づいたわけじゃない。「大人の選択」だ。そこまで考えると、酔いも加わって深い眠りについた。




 …なんだか分からないけれど、周りは火薬のような匂いがキツく、黒煙がいくつも上がっていた。…すぐ近くでも爆発があった。

 「何をぼやぼやしてんだよ!」

 隣の若いヤツに怒鳴られた。なんだか古い時代の装束だ。ギリシャ? ローマ? 兜を被っているので顔がよく見えない。でも、自分も同じような服装になっている。

 「え? なんなのさ? 」

 「バカヤロー、闘わないとすべて終わりだぞ!」

 「でも、誰と闘うんだ?」

 「前を見ろ!」

 前を見ると、テレビで見たことがあるだけのアメリカの「B元大統領」や日本の「K元首相」の顔があった。ものすごく巨大化していて、まるで顔だけのお化けのようだった。

 「お前、つれはいないのか?」

 ああ? 周りを見ると、「自分たちの側」で戦っているのは、確かに男女のアベックばかりだった。なんだかすごく情けない気分になったが、

 「オレひとりだって闘ってやる!」

 と怒鳴った。

 「困ったなあ、これはペアじゃないと闘えないんだぞ…」

 と隣のヤツが横を向いた。その途端、また爆発があって、そいつは血だらけになって転がっていた、兜が開いて顔が見えた。よく見るとそれは優だった。必死に介抱しているのは加奈子だった。

 「くそっ」

 なんだか、むらむらと闘志がわいてきた。誰かに手榴弾みたいなものを渡され、相手のほうに突っ込んで行こうとした。目の前には、白髪でひときわ顔の大きいヤツがいる。


 「ダメ! そいつはシャロンよ。そんなのでは効かない」

 突如として、真後ろから麻子の声がした。

 彼女はまるでテレビアニメのヒロインのようなコスチュームを着ていた。からだの露出が多いので、つい人に見られるなよ、と余計なことを思ってしまった。

 しかし、彼女は陽一の思惑には委細かまわず、ダイナミックに躍動し始めた。

 爆裂弾みたいなものを連射している。シャロンに命中した。シャロンの大きな顔がのけぞってうめいた。

 「そんなに運動神経よかったっけ? 」

 「高校のときには、陸上部に入っていたって言ったでしょ」

 「陸上部では戦争はしないだろ」

 「そんなこと言ってる場合? 」

 「アリは…」

 「ちっ。情けない…人に頼るなんて。死んだ人は戦えないの。これは現実なのよ。それくらい分かるでしょう…向こうは死んだヤツも復活してくるけどね」

「私たちツインソウルは、たくさんの人を幸せにしないといけない。そのためには悪とも戦わなければいけないの」

「えっ、だって悪って言ったって、絶対悪なんてないと誰かに聞いたような…」

見ると、「敵側」の後ろの方にはものすごい数の大群衆が付いていた。大群衆なのに、レンズを当てているようにひとりひとりの顔が見えた。会社の同僚がいた、世界の政治家や投資家の顔が見えた。両親に似た顔さえ見えてびっくりした。

「きれいごとだけ言ってはいられないのよ。あれを見なさい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。